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今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第19回《前編》鈴木 俊太郎さん

暮らしにまつわるなんでもを、マルチにこなす“自立”した人。小学生で描いた理想を実現中

後編はこちら

プロフィール
すずき・しゅんたろう/東京都出身。子どもの頃は虚弱体質だった。1977年公開の米映画「アドベンチャーファミリー」の自給自足生活に感銘を受け、小学生にして生きる方向性を定める。やはり小学校時代にヨガや医学に興味を持ち、同時にものづくりを学び始める。高校からはアウトドアに没頭。プログラマーとして働いた大手光学機器メーカーを26歳で辞めて世界一周の新婚旅行に。その後約10年、障がい者福祉施設で働くも体調を崩したことで整体を学び独立。移住先の旧相模湖町に自宅兼整体院を建ててオフグリッド 発電を取り入れる。求めに応じて電気工事、大工仕事、溶接、伐採を手がけ、学童保育の指導員や防災の講師も務めながら自家焙煎のオーガニックコーヒー販売まで行うマルチぶり。 漢方整体「森氣庵」公式サイト
鈴木俊太郎さんの じぶん年表

※オフグリッドは、電力会社の送電網(グリッド)から電力供給を受けず、太陽光などで発電した電気を自ら使う、いわば電力の自給自足のこと。

本業のほか、あれも、これも

― 何足のわらじをお履きなのか…といった鈴木さんですが。

鈴木さん :自分でもなんと説明したものかと思うのですが(笑)、漢方整体と、 藤野電力 での電気工事の仕事をメインに、あとは求められるがままにいろんなことを…。

― 周囲も、「とりあえず、鈴木さんにお願いしてみようか」と。

鈴木さん :そうみたいです。若い頃から生粋のアウトドア派だったのと、自力でつくったり直したりが身についているので、このふたつを掛け合わせると相当応用が利くんですよ。例えば、クライマーだから木に登れるし、自宅の薪ストーブ用にチェーンソーで木を切り出すのにも慣れているから伐採を頼まれたり、キャンプ生活はお手の物で、発電の心得もあるから防災の講師を頼まれたり。そのうち「水道がこわれた」なんて電話もくるようになったから、何でも屋状態(笑)。未経験のことも、「やれそうだな」と思ってやってみているうちに、やれることがどんどん増えました。

鈴木さんのおこなう電気工事の多くは、足場のない高所での作業。クライミングの技術と道具が役立つ。

― あはは。ふつうは整体師さんに「水道がこわれた」という電話はこないですね。一家に一台というか、地域に一台って、言われませんか。ひとりでなん役もこなされている。

鈴木さん :そうなんですけど、何人分もの収入ということは決してありません(笑)。ただ、自分でも楽しいし、役に立つとうれしいじゃないですか。相談されるとあんまり断りたくないですよね。

― なんでも自分でやるという思考は、子どもの頃からだったのですかね。

鈴木さん :そうでしたね。与えられた便利には興味がありませんでした。将来は自給自足をめざすと決めてましたから。

今の生き方を決めたのは、小学生のとき

― 9歳で映画「アドベンチャーファミリー」を観て以来ですか。

鈴木さん :はい。ロッキーの大自然の中で自給自足の生活を試みる家族の物語なのですが、子どもごころに「これだ」と確信したんです。以来、ログハウスを自分でつくるための雑誌を、ボロボロになるまで読んで勉強したり、自転車の修理に始まって、時計を分解して仕組みを探ったり、体を鍛えることに関心が向いたら、石を木に縛りつけた手製のダンベルでウエイトトレーニングしたり。小学生のときからやろうとすることは一貫してましたね。

― なんて早熟な小学生…。

鈴木さん :振り返ると、レアな小学生ですよね。空手を習ったら、武道の精神世界に感じるものがあって、ヨガや気功の研究もしてました。ちょっと変わっているようですけど、学校ではなかなかの人気者でしたよ。

― みんな、興味津々だったんじゃないですか。

鈴木さん :そうですね。僕が面白い遊び方を知ってるからか、人が集まってきましたね。

アウトドアは今も大好き。家族で南伊豆に出かけ、シーカヤックを楽しんだときの一枚。

― そこも今とあまり変わっていないのでないかと想像します。高校からは本格的にアウトドアにのめり込んでゆくのですね。

鈴木さん :はい。高校ではワンダーフォーゲル同好会を設立して、それ以降は山に川に海に。特に社会人になってお金が自由に使えるようになってからはもう、アウトドアスポーツの限りを尽くしたと言えるくらい。仕事は家に帰れないことも珍しくないほど忙しかったのですが、収入のほぼすべてをアウトドアにつぎ込んでいました。26歳で結婚した妻には、貯金がないことがバレバレでしたね。

20代で会社を辞めて新婚旅行。30代で移住して住宅ローン

奥さまの道代さんと、薪ストーブの前で。愛猫ピトンくんは、長女の萌菜ちゃんが生まれる少し前にふらりとやってきて、鈴木家の一員になった。

― でしょうね(笑)。でも、新婚旅行もバックパックで世界アウトドアの旅ですものね。奥さまもアウトドア派だったのでは。

鈴木さん :はい、彼女のほうは子どもの頃からアメリカのテレビドラマ「大草原の小さな家」に憧れていたそうで、指向は似てますね。今は、畑をやってくれていますし、アウトドア料理を提案していて、彼女も取材を受けることがありますよ。

― 素敵なパートナーに巡り会いましたね。でも、新婚旅行で数ヶ月日本を離れる前に、鈴木さんは会社を辞めています。結婚を機に仕事を辞めるというのもまた、あまりないケースです(笑)。

鈴木さん :勇気があると言われます(笑)。だけど旅行は最高でした。アメリカでクライミング、カナダでシーカヤック、スイスやフランスでスキーと登山。アジアも周りました。僕にとっては初めての海外でもあったのです。多様な文化に触れて、自然の素晴らしさを再認識して、それはそれは思い出深いです。住宅ローンを返し終わったあかつきには、毎年2ヶ月間くらいは海外に滞在したいですね。

― 「住宅ローン」の言葉で、急に現代社会に連れ戻されたようです(笑)。大きな敷地、大きなおうちですものね。

鈴木さん :ほら、小学生の頃からログハウスを自分でつくる気満々だったので…。でも、住宅抜きではローンが組めないという事情から、土地のみの購入は断念せざるをえませんでした。「土地取得後に自分で建てる」では通用しないんですね。やむなく、良さそうなログハウスメーカーに入ってもらい、僕はそこに通いで参加する形をとりました。おかげで、プロの仕事を一通り学べましたけどね。キッチンは、全部自分たちでつくったかな。