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今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第10回《後編》写真家 岩崎量示さん

旅に終止符、定住を決めた北の地で、朽ちゆく鉄道橋を被写体に

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プロフィール
いわさき・りょうじ/埼玉県出身。写真家として、北海道遺産「タウシュベツ川橋梁」(北海道河東郡上士幌町のタウシュベツ川に架かるコンクリート製のめがね橋で、旧国鉄の鉄道橋)を約10年にわたり撮り続ける。学生時代に旅にめざめ、郵便局の仕分け、皿洗いやライターの仕事などをしながら北海道や沖縄、四国など国内各地を巡る。2005年に上士幌町糠平(ぬかびら)に移住。もともと写真家志望ではなかったが、北海道に暮らし続けるために生業にしようと写真を学ぶ。撮りためたタウシュベツ川橋梁の写真が注目され、都心で個展も開催。公式サイト http://r-y-z.jimdo.com

写真は、「撮り手のセンス<被写体」だと思い至る

― そうですか…。そして、縁あって、今もお住まいの北海道上士幌町の糠平に移っていらした。

岩崎さん :糠平には、大学卒業後の夏に、住み込みでバイトをしながら滞在したことがありました。東京に戻って会社員になることも考えなくはなかったのですが、会社員になって頑張って出世できたとしたら、ますます東京にいなくてはいけなくなるなぁと、将来の、そういう自分の姿と、糠平にいる姿とを想像して比べたら、後者のほうがうらやましい気がしたんですよね。昔から、ぜんぜん違う場所で暮らしたいという願望が強かったですし。

― そうやって移り住むことにして、パチンコで勝ったこともあって(笑)、写真で食べてゆこうとするに至るわけですね。暮らし続ける手段だったとのことでしたが、腕におぼえはあったのですか。

岩崎さん :写真との接点はそれまで2度ありました。1度目は学生時代。友人に影響され、真似して一眼レフを買ったのですが、その友人と同じようにはうまく撮れないからおもしろくなかった(笑)。2度目は、卒業後にバイトしていたところで、セミプロみたいな人に手ほどきを受けて。そのときも結局、自分にはセンスがないと思ってくじけました。ですから、腕におぼえなんてありませんでしたよ。

― それでも移住後に挑戦したんですね。

岩崎さん :写真はセンスで撮るものだと思っていたのが、必ずしもそうではないって、だんだんわかってきたんです。もちろん、すごいセンスの写真家はいるし、憧れるような写真もたくさんありますよ。それでも今は、ほぼ被写体なんだと思っています。いい被写体があり、そのときにそこにいることがほぼすべて。

「タウシュベツ川橋梁」という、被写体に出会って

2013年に東京と札幌で開催された個展「タウシュベツ拾遺」

― なるほど。岩崎さんの場合は、タウシュベツ川橋梁という被写体に出会ったんですね。

岩崎さん :僕はまず、この橋を記録した方がいいと思ったんです。日本中いろいろ旅して来たけれど、こんな景色の中に存在する橋を見たことがなかった。しかも、劣化が進んでいて、もうじき崩れ落ちると言われている。そうなる前に、誰かがこの姿を記録すべきだと思ったのですが、周囲には、この橋にそこまでの価値はないと言われました。ほら、僕は検証するのが好きなので、ならば自分が撮って記録することで、その価値の検証に立ち会おうと思ったんです。記録が美しくてはいけないという理由はないし、カメラを学んで、美しく、人を引きつける写真にしようと、そこは努力しました。

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黄色く染まる湖底とタウシュベツ川橋梁

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虹の架かるタウシュベツ川橋梁

― それから10年近く、春夏秋冬、撮り続けるわけですね。

岩崎さん :このあたりは夏と冬とで気温の振れ幅が最大60度くらいあります。その分、自然の表情が豊かです。時間帯によっても違いますし、どんなに通いつめていても、その瞬間にしか見られない景色が出現することがあります。

― それにしても、仕事として、お金を稼ぐために写真を撮ることと、後世に記録を残すために橋の写真を撮ることは別ものに思えます。いつか、お金に結びつくと考えたのですか。

岩崎さん :タウシュベツ川橋梁に関して言えば、そんな目論みはまったくないですね。一発当たるはずもないじゃないですか(笑)。僕は、成功への執着は強くないほうだと思います。反面、こだわりたいことには、それがなんの得にならないとわかっても、こだわると決めてこだわります。自分のなかでの意味づけだけが大事だというか。

― 自分のロマンを持っている方なんだろうと思います。が、ご家族は理解してくださいましたか?

岩崎さん :いえいえ、親には「一体なにをやってるんだ」「いつまでわけのわからないことをしてるんだ」と言われ続けたので、申し訳ないですが、こちらも取り合わないでやり過ごしてきました(笑)。2013年に東京ミッドタウンのフジフイルム スクエアで個展を開く機会に恵まれて。それからですね、親をはじめ、人の評価が変わってきたのは。

― そうですか。お金や成功とは関係のないモチベーションで撮りはじめたタウシュベツ川橋梁の写真が、結果的に、岩崎さんの写真家としての今をつくったんですね。

岩崎さん :そうですね。タウシュベツ川橋梁という被写体がなければ、決してこんなふうには写真を頑張らなかったでしょうしね。

都会にいると、五感の感度が高まらない

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国際宇宙ステーションの光跡とタウシュベツ川橋梁

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雪の日のタウシュベツ川橋梁

― そんなタウシュベツ川橋梁も、いよいよ寿命と言われて何年か経っているそうですね。橋が崩れ落ちてしまっても、今いる場所にい続けますか?

岩崎さん :どうでしょうね。今いる糠平に永住するかはわかりませんが、北海道の田舎にいたいな、と思います。

― 都会には戻らない。

岩崎さん :都会にたまに行くのは好きですが、住めと言われたら嫌です。まぁ、もっとも、もはや誰も住めとは言わないでしょうけれど、僕にしてみたら、なんでみんなあんなに都会に集まるのか、なかなか共感しがたいというか。

― 意志的に地方に暮らす方にはよく、東京はあの電車だけで耐えられないとか、いるだけで疲れると言われます。

岩崎さん :疲れるのもあるのですが、都会に行くと、五感の感度が落ちるんですよ。戻すのに4、5日かかります。

― 五感の感度ですか。

岩崎さん :ずっと遠くから人が来ていることとか、気配のようなものがわかる感じというのでしょうか。僕なんか、橋の写真を撮るのに、ひとりで林道を歩くわけです。早朝とか、ひとっこひとりいないことも珍しくないですよね。ヒグマの姿も何度か目にしていますし、そういう感度が落ちると、危険なこともあります。だけど都会に行くと、五感を通して入ってくる情報の質が違うし、あえて感度を落とさないとむしろしんどいじゃないですか。

― 確かに。都会では、そうした感覚を研ぎすます必要がないし、情報はともすれば暴力的にインプットされる感じです。生き物としては退化しているのかもしれませんね。

岩崎さん :渡り合わなくてはいけないものが違いますよね。こちらはヒグマですからね(笑)。

岩崎量示さんの生きるヒント『人生の、優先順位』外国の大学の、マネジメントの授業でされたらしい、寓話のような話が印象的でした。教授が、大きな器に岩を入れてゆき、もう入らなくなると、生徒に器は満杯か尋ねます。生徒たちは「Yes」と答えます。すると教授はバケツに入った砂利を取り出し、先ほどの器の中に隙間なく入れて、再び満杯か尋ねる。次に砂を、その次に水を注ぎ、最後に、意味することがわかるか聞きます。学生のひとりが、「どんなに忙しくても、工夫次第でまだ予定を入れられる」と答えますが不正解で、「大きな岩は先に入れない限り、二度と入れられない。それは君たちの人生で最も大事なものだ。ほかを先に入れてしまうと、それらで人生が占められ、最も大事なものを永遠に失うことになる」と教えてくれたそうです。示唆に富んだお話だと思います。

※掲載写真はすべて、岩崎さんご本人により撮影されたものです。