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今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第2回《後編》デザイナー 迫田司さん

11軒の集落で、米をつくって薪を割るデザイナー。「半径5㎞を自慢したくてデザインしてる」

前編はこちら

プロフィール
さこだ・つかさ/熊本県出身。サコダデザイン株式会社 代表取締役。大学で美術を学び上京、大手印刷会社に入社。3年間の勤務の間に四万十川でのカヌーに魅せられ、高知県幡多郡西土佐村(現・四万十市)に移住を決意。その2年後にサコダデザインを設立する。やがて順調に依頼が入るようになるも、デザインの力を第一次産業再生のために使うと決心し、収入の糧となっていた仕事を捨てて振り出しに戻る。紆余曲折を経て、現在は、地域に根差したデザインで注目の存在に。活動は従来のデザインの枠にとらわれず、2014年には地元の住民たちを教授とする「 西ヶ方大学 」を始動する。

技術と知恵を学び、酒盛りも欠かさない日々

My田んぼ。2013年は3年ぶりの収穫!(過去2年、シカやイノシシ、サルとの戦いに敗れて全滅…)

― 10年も貧乏して、よく続きましたね。

迫田さん :そうそう、実は楽しかったんですよ。貧乏だけど、毎晩飲んでました。お酒と肴持参で、夜な夜な来てくれるおじさんがいたし、いろんな家の冷蔵庫の中身をみんなが知ってるわ、商店に行ってビールと缶詰開けて酒盛り始めちゃうわ、11軒の集落での暮らしは、おおらか全開で楽しかった。

― 当時迫田さんは30代ですよね。集落の人たちというのは年上ですか。

迫田さん :おじいさんの手前くらいの年齢ですね。その時代のその年代の人たちというのは本当にすごくて、山で木を刈り、イノシシを獲り、川では鮎を獲って、米から野菜から育てる。完璧に計算されたような水路はつくるし、ちょっとした小屋なら1日半くらいで建てちゃう。専門に学んでなくても、力学も生物学も修めたみたいな感じです。実地で得てきた技術と知恵は、圧倒的というしかなく、どんな知識にも勝るんだと知りました。

そういう達人たちに囲まれて、迫田さんも、暮らしの力を磨いてきたんですね。

迫田さん :集落でかわいがってもらって、いろんなことを教わりました。その頃手がけた米袋のデザインが賞をとってテレビ局の取材を受けたとき、僕がテレビで、そのお米についてコメントするのを見た生産者が、「いいかげんなことを言うな」って怒ったんです。そのとき、自分は米づくりを見聞きしただけ、本当にはわかっていないのだから、言われても仕方がないと思いました。以来、なんでも自分でやって、生産者のこともわかるデザイナーになろうと努力しました。周りに教えてくれる人たちがいたのは幸運でしたね。

田舎で育ち、違いのわかる大人に!

― 地元を味わい尽くしている感じですね。

迫田さん :凹んだこともたくさんありましたけど、やっぱり、ここでの暮らしのほとんどが気に入っているんですよ。都会って、お金があったら楽しいところだけど、一歩歩けばお金がかかりますよね。ここでは一歩歩けば食べ物やエネルギーが落ちている。

― エネルギーが落ちている?

迫田さん :あ、うちは薪ストーブで、子どもたちが小さかった頃は、学校帰りに薪を拾って帰ってきたもんですよ(笑)。迫田家には月に一度「エネルギーの日」っていうのがあって、家族総出で、朝から晩まで薪割をしたり、それを並べたりするの。子どもたちが嫌がるから、楽しげな名前をつけてみた(笑)。まぁ、それでも当然嫌がるわけですが、同じお風呂でも、薪で焚いたほうが気持ちがいいって感覚を、子どもたちも次第にわかってくる。すると、少々面倒でも薪を割って…となるんですよね。おいしい食べ物だってそう。街のジャンクフードより、とれたてのものや、手づくりのものがおいしいと、子どもだって違いがわかってくる。いいところは、タダだというばかりではありません。

「デザイナー」へのこだわり

副代表を務める地元の住民による住民のためのプロダクション、「四プロ」のメンバーと。ただ今干し柿を仕込中。

― そんな時期を経て、全国に知られるデザイナーになった今はどうですか。

迫田さん :ときどき、昔に戻りたいと思うこともあります。いろんなことができましたから。やってみると自分は、農作業も好きでした。今も自分の田んぼを続けていますが、朝から晩までやっていたいくらい好きですね。

― ここでデザインの仕事をしていてやりがいを感じるのはどんなときでしょう。

迫田さん :僕は自分の暮らす集落が大好きだから、その半径5㎞を自慢したくてデザインしてるんですよ。嬉しいのも、地元の人が「あんた、いいデザインするな」なんて言ってくれたとき。ふつうの人に、「こういうのが欲しかった!」って言われるのが最高ですね。どんなデザインの賞をもらうより、そっちがいい。

現在、廃校になった小学校を舞台にしたプロジェクトを計画中。

― デザイナーとしての目標はありますか。

迫田さん :デザインを、特別のものとしてではなく、 地元に住んでいる人たちで完結させてみたい。その思いで今手がけているのが「しまんと住民プロダクション( 四プロ=よんぷろ )」です。僕は、ものづくりの中で、デザイナーだけが特別枠みたいなのが嫌なんですよ。地域の生産者とか職人とかと同じようであるべきだと思うし、地元のデザインっていうのがあれば一番だと思うんです。東京の気鋭のデザイナーが、デザインとしての質を極めたものを出してきて、それを被せればなんでもいい、みたいなのは違うと思うんです。「地デザイナー」が、地域ごとに育つのがいい。

迫田司さんの生きるヒント『旅をすること』知らない土地に行くと、知らないことに出会うでしょ。遠くに行く必要はなくて、僕はむしろ、外国なんて言葉も通じなくて怖いし(笑)。新しい土地では必ずひとつふたつ驚くようなことがあるんです。この間は青森の御所川原市で、地元特産の、果肉にも赤色が混ざるリンゴを見ました。見たことなくて、大興奮!すごいことをやっている地域もあって、ぎゃふんと言わされるときもある。すごいことも一人からしか始まらないわけだから、取り組む姿勢に参るし、いつだって刺激になります。