わたしのふるさと What is FURUSATO for you? わたしのふるさと What is FURUSATO for you?

誰しも生まれた地、育った地があります。ずっとその地で過ごす人、進学や就職を機に離れる人、転々とする人。
縁ある土地とのつき合い方は人それぞれです。「第二のふるさと」「心のふるさと」という言葉があるように、「ふるさと」は、生まれ育った地とも限らず、もしかすると、物理的な土地とすら結びつかない、その人にとって大切ななにかがある場所とも定義できるかもしれません。
あなたにとって「ふるさと」は、どんなものでしょう。

19早川侑さん

東京都町田市生まれ、町田市育ち、町田市在住

早川侑(はやかわ・ゆう)

早川青果 代表

1984東京都町田市生まれ。生まれ育った町田市つくし野に、現在も暮らしている。大手自動車ディーラーに5年間勤務した後の2012年、町田市内で農業を学び始め、住宅街での移動販売の八百屋を開業。その後、町田市観光案内人となると同時に、地元に刺激をもたらすべく、さまざな分野で活躍する著名人を招いての講演会などを次々企画、主催するも、赤字続き。日々複数のアルバイトをこなし、借金返済に充てた。現在は、主に買い物に不自由する地域の高齢者を意識した野菜の移動販売は継続しつつ、コーヒーチェーンなどで働きながら、次のステップに向けた土台固めに奮闘中。

地元は、「寝起きする場所」という感じだったけど

母がすごく教育熱心でした。母が元気だったら、僕もずっと地元にいるようなことはなかったと思います。僕が幼稚園に入るころに入院生活が始まった母は、小学校6年生のときに亡くなりました。僕にはお受験お受験言える状況ではなかったんですね。学区外の有名進学校からエリート路線を行った兄に対し、僕は地元の公立の学校に通って、野球少年として青春時代を過ごしました。

僕の生まれ育った、町田市つくし野は、1968年に、ちょっと高級路線を意識した開発が始まって、桜並木をシンボルとして整備された、当時の新興住宅地です。若いころは、特に愛着を持ったことがありませんでした。寝起きする場所という感じです(笑)。高校と大学は市外でしたけど実家から通いました。大学での友人が地方出身者ばかりで、長い休みになるとみんな帰省でいなくなってしまう。遊び相手がいないので、久々に地元の友だちに連絡して会ったら、思い出話に花が咲いて楽しくて、「地方出身の人は、こういうのをみんなやってるんだ」と、発見したような気持ちになりました。

被災地でのヒアリングと自分の経験から確信した、
“ご近所づきあい”の大切さ

早川さんも「つくし野フェニックス」のメンバーだったそう。青春は野球に捧げたそうで、「恋愛にではなかったです」と。

その後、海外をバックパックで野宿しながら旅したとき、怪しい人に追いかけられたり、すごく景色のきれいなところで足元に目を移したらゴミだらけだったり…。そんな体験が、つくし野ってきれいでいいところだったんだと見直すきっかけになります。少しずつ、地元愛がふくらんできました。

ここ数年、いろんなアルバイトを掛け持ちでしながら生活しています。その前は正社員として、大手自動車メーカーの車を売っていました。担当エリアは町田市内で、僕だから買うと言ってくださるお客様もいて、一生懸命働いていました。そんなとき、東日本大震災が起きて。ボランティアに出かけたのを機に、災害で被災地となった場所がどうやって復興したのかに興味を持つようになったんです。そこで、阪神淡路大震災や中越沖地震の被災地をはじめ、全国をヒアリングしてまわることにしました。共通して聞こえてきたキーワードが「ご近所づきあい」だったんですよね。

僕自身、振り返るとすごくご近所さんに助けられて育ちました。母が入退院を繰り返すようになってから、同居していた母方の祖母に面倒をみてもらってたんですね。その祖母も、僕が小学3年生のときに亡くなって、気にかけてよく夕飯のおかずを持ってきてくれるご近所さんに、ずいぶん助けてもらいました。小学6年で母を亡くしてからは、名古屋の、父方の祖母が1ヶ月単位でうちに来てくれるようにました。誰とでも仲良くなる才能の持ち主で、うちのご近所さんともあっという間に親しくなったんですね。仕事で多忙な父と思春期の息子ふたりでは、とてもそんなご近所づきあいは維持できなかったと思います。この祖母がつないでくれていたおかげで、僕は20歳になるくらいまで、ご近所さんにお世話になりました。病気のため母がほとんど家にいなくて、さみしいこと、つらいことも多い子ども時代ではありましたけど、ふたりの祖母やご近所さん、それから、何度か倒れるほどに働いていた父、父は僕が中学、高校のときずっとお弁当をつくってくれてたんですよね。いろんな人の手に助けられて育ったんだなぁと、大人になるにつれ、しみじみありがたさを理解するようになりました。

見込みの甘さが災いし、借金生活に

イベントの打ち上げでの一枚。多くは幼馴染やそのきょうだいで、中には遠く北海道から駆けつけてくれた人もいるのだとか。早川さん、愛されてる!

お年寄りを中心に、近くに生活必需品を買うお店がなくて不自由する「買い物難民」のような言葉が登場して、つくし野にも思い当たったこと、外出する機会の少ない「ご近所さん」たちが集う場をつくりたかったこと、加えて、地元の農地はここ30年で6分の1になったと知り、農家さんは困っているに違いないと思ったこと、それらを考え合わせて、八百屋の移動販売を思いつきました。すごい名案だと思ったんですよ。車のお客さんとのおつき合いも大事にしたかったので、一年ほど考えましたが、やっぱり会社を辞めて開業することに決めました。ところが肝心の野菜を売ってくれる農家さんは、30軒当たってやっと1軒だったし、爆発的に売れるという予想は大はずれで、売れたのは青菜一束という日も。こんな商売でめちゃくちゃ儲かると思っていたと話すと、だいたい呆れられるんですけど、本当にそう思ってたんです。役立つし、儲かるし、こんないいことないって(笑)。見通しが甘いにもほどがありますよね。あはは。

この見通しの甘さはほかでも発揮されてまして…。もうひとつ、自分としては「なんていいことを思いついたんだ!」と思い実行したことで借金をつくってしまいました。都心へのアクセスの良さから地元に文化的なものが根づきにくいと感じていた町田市で、講演会や映画上映会を催したんですね。講演会は毎回、全国で活躍されている社会起業家やアスリートをお招きしました。合計10回行いましたが、どの方のお話も本当に素晴らしく、聴いていて胸が踊るようでした。来場くださった方々にも大好評だったんです。でも、まったくの個人で動いていたのと、僕のPR力のなさから、人数が入らなくて…。何百人と入るホールに十数人ということもありました。当然、ホールを借りる費用も講演料もすべて僕にかかってくるわけで、両親が僕のために貯めていてくれた分を含め、貯金は瞬く間に尽き、ついにカードローン。デパ地下のお惣菜屋さん、居酒屋、コーヒーチェーン、衣料品チェーンと、多いときはバイト4つを掛け持ちしてました。2015年からは365日中362日は9時間働いてましたね。車を売っていたころ売れ筋だった車種が新車で3台は買えるほどの借金はキツかったですが、5年ほどで返済にこぎつけました。

目指すは八百屋を兼ねた地域のコーヒー屋さん開業

「めちゃくちゃ落ち込んだときに来る場所」だそう。今日は笑顔で。

いまも八百屋は続けていまして、ありがたいことにお客さんもついてくれています。僕を応援してくれる気持ちもあるのでしょうね、自動車ディーラー時代のお客さんにも、経営されている飲食店の食材として買ってくれている方がいて、本当に感謝しています。この商売については、喜ばれさえすればガソリン代だけ稼げればいいと思ってます。規模拡大を見込めるモデルではないことも、僕が商売人ではないこともよくわかりました(笑)。八百屋のお客さんの、買い物に不自由してる年配の方々と接しているとつい、「(まだ若い自分は)掛け持ちでバイトしてでも、この人たちより頑張れる」って思っちゃうんです。考えてみたら、こんな感覚の人間は絶対商売やっちゃダメですよね(笑)。

いまでは地元つくし野が大好きです。やっと負債がなくなって、少しずつ貯金できるところにきたので、バイト先でバリスタの勉強をしながら、コーヒー屋さんを始めたいと思案中なんです。店を持てたら、そこの軒下で野菜の販売も続けつつ、今度は小さな規模でイベントを復活させたいと、懲りずに(笑)思ってます。父は不動産関係の仕事をしてきましたが、本当はずっとレストランをしたかった人。父に対しては、少し反発心もあったんですけれど、そんなところは継いでるのかもしれませんね。僕がしたいと思ったどんなことも、見守ることで応援してくれて感謝しています。父のつくるごはん専用のインスタのアカウント持ってます(笑)。

ふるさとのお気に入り

町田市つくし野

by早川侑さん

  • なんにもないところ

    都心に比べれば不便。家から最寄りのコンビニまでも15分です。と言っても、それで本当に困るわけではなくて、これといってなんにもないところだから落ち着くのかなぁ、なんて思います。あらためて考えてみると、家族も友だちも、お客さんも、それから思い出も、僕の大事なものはすべてここにそろってるんです。なんにもないところでありながら、僕にとっては、ないものがないんですよね。

編集後記

オレンジ色の愛車とともに写る写真は、移動の八百屋さんを始めた場所で。荷台に野菜を積んで運びました。「若い人が地元のことを考えてくれて」と喜んで、いつも話しかけてくれるおばあちゃんがいたそうです。早川さん、「お年寄りには人気者かもしれません」と笑っていたけれど、そうでしょう、そうでしょう。ニコニコとうなずきながらよく相手の話を聞く方で、きっと誰だって、近所に早川さんにいてほしいと思うのではないかしら。「見込みが甘く」手痛い失敗を繰り返したお話には驚かされますが(笑)、動機の純粋さと行動力に感心。野球少年時代から、ひたむきに頑張る子だったのではと想像します。応援したくなる人の気持ちがよくわかりました。

(取材・文:小林奈穂子)


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