わたしのふるさと What is FURUSATO for you? わたしのふるさと What is FURUSATO for you?

誰しも生まれた地、育った地があります。ずっとその地で過ごす人、進学や就職を機に離れる人、転々とする人。
縁ある土地とのつき合い方は人それぞれです。「第二のふるさと」「心のふるさと」という言葉があるように、「ふるさと」は、生まれ育った地とも限らず、もしかすると、物理的な土地とすら結びつかない、その人にとって大切ななにかがある場所とも定義できるかもしれません。
あなたにとって「ふるさと」は、どんなものでしょう。

20高島未季さん

広島県福山市生まれ、神奈川県横浜市育ち→東京都→
アメリカ・ニューヨーク州在住

広島県福山市生まれ、神奈川県横浜市育ち→東京都→アメリカ・ニューヨーク州在住

高島未季(たかしま・みき)

フォトグラファー

1983年母親が里帰り中の広島県福山市で生まれ、横浜で育つ。桑沢デザイン研究所スペースデザイン専攻卒業。ファンタジー映画に影響され特殊メイクの世界を志したり、サグラダ・ファミリアに衝撃を受け建築家を目指そうとしたりもしたが、表現の手段として写真が最も自分に向いていると思うに至る。都内のスタジオ勤務、コマーシャルフォトグラファーのアシスタントを経て独立。2016年からニューヨークを拠点とし、現在はインテリアや建築の専門誌中心の仕事をしながら、自身の作品を撮りためている。

MIKI TAKASHIMA PHOTOGRAPHY

港とは離れた、田んぼもある横浜で育った

ご実家のある地域で。ご本人もおっしゃるように、多くの人が抱く港のイメージとは異なる横浜。

母が里帰りして私を出産したため、生まれは広島県福山市です。横浜市内で育っていますが、横浜って広くて、いまもうちの実家がある緑区の中山は、全国的に知られるキラキラした港の風景とは全然違います。自然が残ってますし、田んぼもありました。大人になるにつれ、日本に生きづらさを感じるようになった私ですが、子どものころは学校が大好きで、特に小学校の高学年のときは楽しくてたまらなかったです。型にはまらない担任の先生だったからですかね、くだらないことで笑い通しで、これが一生続けばいいのにって思ってました。

高校卒業後は美大への進学を志望してました。ただそのころは、興味が定まり切らず、特殊メイクの世界に進もうとしたり、建築家がいいと思ったり、なにかに影響されては気持ちが移ってました。デザイン系の専門学校を卒業するころには写真の道を志していたのですが、ただの写真好きでしかなかった私を雇ってくれる写真関係の職場はなくて、とりあえずはと、派遣会社を通じて大手住宅メーカーで働き始めました。その後、印刷会社2社で数年働きます。会社勤め自体に新鮮味もあって、けっこう楽しめてはいたのですが、その間もずっと写真で食べてゆく道を探ってまして、何度もコマーシャルスタジオの門を叩いています。結局、写真を撮りたい気持ちは変わらないと気づいて、本腰を入れて転職活動した末に、やっとスタジオへの就職が決まりました。また、そこで仕事をするうち、某著名広告系フォトグラファーのアシスタントになるチャンスが巡ってきたんです。

アシスタントはクビ、ガールズバーではクレーム

3歳くらいのとき、当時住んでいたご自宅で。小さいころ絵を描くのが好きだったそうだが、それにしても楽しそうで、あまりに可愛らしい。隣で微笑むお母様といい、最高の一枚!

ところがそのアシスタント、「向いてない!」と言い渡されて、2ヶ月ほどでクビになるんです。頭が真っ白になりましたね。実はそのとき、生活費と貯金のため、ガールズバーとスナックとで、夜のバイトを掛け持ってました。しかしこれこそ恐ろしく向いてませんでした。本当につらかった!お客さんとおしゃべりする話題を見つけることすらできず、みんなとテンションを合わせるためにひたすらお酒を飲むという、どうしようもないありさまでした。お客さんに、「お金払ってんだけど」とか「酔いが覚める」とかクレームされることもありました。そりゃそうだろうと自分でも思います(笑)。写真で食べていけるようになるまでという思いと、ニューヨーク行きの資金づくりのため、3年間は無理して働きましたね。健康だけには自信があったので、体力勝負をしすぎたところもあります。ただ、バイト先のひとつだった銀座のスナックは、ママもマネージャーも、長くニューヨークに生活した人たちだったんです。それで刺激も受けましたし、応援もしてもらいました。

私がアシスタントをクビになった著名なフォトグラファーさんとのエピソードには後日談がありまして、クビになった後、その方を通じて知り合ったアートディレクターさんに撮影の仕事を回してもらえたんです。クビ直後はこの先どうしていいのかなにも考えられない状態でしたが、アシスタントに向いてないと言われたものの、フォトグラファーに向いていないとは言われなかったんですよね。「さっさとフリーランスになれ!」とも言われたので、間接的に背中を押してもらったんですかね。いただいた仕事が次へ次へとつながって、ニューヨーク渡航前は、夜のバイトをしなくても成り立つようになっていました。本当に助かりました。

馴染んできたニューヨーク暮らしが、コロナウイルスで中断

自身のプロジェクト用にThomas Keller(ベルリン在住のフォトグラファー)のフェイスラインを撮影中の高島さん 。「メンター的存在」であるというNY在住のフォトグラファー、Todd Weinstein氏のご自宅にて、2017年。(撮影:Todd Weistein)

26歳までは実家住まいで東京の職場まで通っていましたが、母にいい加減出て行くよう言われて(笑)、都内、自由が丘で、ひとり暮らしを始めました。地元からは、横浜の中心部に出るのも渋谷に出るのもさほど変わりません。東京のほうがいろんな人がいておもしろいかな、と思って東京にしました。自由が丘といえば「女子が最も住みたい街」と言われるだけあって、週末ともなればスイーツや雑貨目当てに大賑わいです。まったく違うタイプの私がなぜそんな街を選んだのか覚えていないのですが(笑)、借りたのも、ネズミが走るようなボロアパートで、世の自由が丘のイメージとはかけ離れたものでした。そこに2年いた後、東京には合わせて5年くらい住みました。私は東京のスピード感が好きでした。このスピード感は都市ならどこでも感じられるものではないのですが、ニューヨークは少し似ています。ただ、いまは好きだと感じるところが変化してきて、ニューヨークでも郊外に惹かれるようになりましたし、帰国してみれば実家の辺りもいいなと感じていて不思議です。

ビザの更新の都合で、2019年の後半に一時帰国しました。政権が変わって取得しづらくなったと言われている、待望のビザが発給され、春にあちらに戻るつもりが、新型コロナウイルスで足止めに。今後のビジョンも、あちらを前提に描いていますし、早く戻りたいのですが仕方がありません。ニューヨークの友人たちは毎日のように状況を知らせてきてくれます。みんな大変そうです。私は偶然にも日本で実家に身を寄せられて安泰でしたけど、あちらにいたらすっかり食い詰めていたでしょうね。

あちらには当初、学生ビザで渡っています。読み書きはできるけど話せない典型的な日本人の英語力だったので、まずは英語を学びに学校に。英語を覚えに行ってるくせに、クラスで口を閉ざしてしまうくらいのレベルでした(笑)。言葉には徐々に不自由がなくなってきましたが、物価の高いニューヨークでは、安い部屋でもひとりでは借りることがなかなかできず、ここ4年ほどの間、何度か引っ越しながら、ルーツも文化も年齢も違う様々な人たちと、次から次へとルームシェアしました。いい人もいれば、考えられないくらい困った人もいました(笑)。大変でも、私はあちらが性に合っていたみたいです。正直、日本に帰りたいと思ったことはありませんでした。

自分に合う場所は、一生懸命探す価値がある

小っちゃいときから、目が大きいとか色が黒いとか、見た目をからかわれるのがすごく嫌でした。相手に悪気はないのでしょうが、いちいち反応するのも面倒で。あんまり言われるから、自分は人と違うと意識するようにもなりました。高校の学生証の写真は、目を少し伏せた状態で写っています。専門学校時代、初海外のヨーロッパで、いろんな人種の、当然それぞれに見た目も違う人の中にいると、すごく自由だと感じたんです。「もしかして日本じゃなくていいのかもしれない」って思った、初めての経験でした。そのあと、いくつかほかの地域も旅してみた中で、ニューヨークが一番、「ここだ」と思えたんですよね。ワクワクしました。あちらで出会う人の、自分の思うことや欲望をストレートに表現するところ、誰を気にするでもなく主張して、周りもそれを受け止めるところ、そんな気風をすごく魅力に感じています。日本だと、はっきり言わない代わりに察してもらうことを期待してコミュニケーションをとるじゃないですか。そこが私には、相手に寄りかかっているように思えることがあるんです。なんであろうと自分の意見を持って、それを表明すること自体が尊重されるほうが、自立して感じられます。渡米前、「なんでニューヨークなの?すごい日本人じゃん」って、けっこう言われたんです。でも、自分が感じる居心地の良さのほうがリアルですよね。

自分に合う場所は、一生懸命探す価値があると思います。私はあっちに行って本当によかった。ものすごく大変だったけど(笑)、それでも正解でした。どこで生まれたかはあまり重要じゃないと思います。仕事では、日本のインテリア専門誌のコーナーを持つなどしていて、そのジャンルもおもしろくなってきたところです。仕事とは別に、自分の作品にも取り組んでいます。いま進めているのは、人の顔に刻まれた年齢にフォーカスしたプロジェクトや、男性の体のラインに見る表情を写しとるプロジェクトなどです。前者は、若さ信仰のようなものへのアンチテーゼ的に、年を重ねることでしか出てこない美しさを表現したくて。後者は、男性目線の女性の写真は溢れているけど、その逆はあまりないなぁと、興味を惹かれて。年齢やジェンダーに関わる違和感から発したテーマですね。どちらも、特に日本にいるときには、その違和感がぼんやりとしか見えていませんでした。写真という表現手段があってよかったです。

ふるさとのお気に入り

横浜市緑区中山

by高島未季さん

  • 何度も通った道

    いろんな年齢、いろんな気持ちのときに歩いたことが、はっきりと浮かぶ道。すごく懐かしい思い出ではなくても、何気に思い出される温度とか、景色とか、それがふいにいまと重なる感覚を味わうことも。そういう感覚になれるのはこの場所だけですね。ゼロになれるというか、力を入れなくていい場所でもあります。

編集後記

明るくあっけらかんとした中に、「気ぃ遣い」な一面も垣間見える。欧米でのほうが自由だと感じられるとおっしゃるのが、わかる気がします。夜のバイトが向いてなかったというのも、失礼ながら、よくわかる気がします(笑)。そうは言っても、(ガールズバーでの会話がどうであったかわかりませんけど)話していて時間を忘れるような、楽しい方。飾らず、カッコつけず、豪快に笑う高島さんには、好感しか持ちませんでした。また、最後にお話しくださった作品のテーマなどは特に、この方の内面が現れていて、とても魅力的です。『Time on the Skin』ぜひご覧になってみてください。頑張ってたどり着き、いまの居場所だと思えるニューヨークに戻れる日が、早く訪れますように。

(取材・文:小林奈穂子)


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