今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第18回《後編》イラストレーター 安斉将さん

イラストレーターが青森でパフォーマーに転身?馬のかぶりもので、人々をアートの世界に

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プロフィール
あんざい・まさる/神奈川県出身。子どもの頃より絵を描くのが好きだった。高校で一度絵の世界から離れたが、美大に進学。漠然と「クリエイティブなことで名を成す」ことを目標に工業デザインを学び、外資系家具メーカーでバブルを謳歌。「好きだし、楽に稼げていい」と考え、独立してイラストの道に進むも、すぐにそれほど甘い世界でないことを知る。独立して約4年、20代後半から安定的に仕事を得られるように。マガジンハウスをはじめ大手出版社の仕事を中心に、ディスプレイやライブペインティングなど紙媒体以外も手がける。2010年に青森県十和田市に移住。翌年より八戸工業大学非常勤講師。「ウマジンプロジェクト」で2014年度のグッドデザイン賞受賞。 安斉将公式サイト

移住したからこそできた、アート活動

― イラストレーターとして、ライブペインティングなども経験されていますが、ウマジンで踊るなどのパフォーマンスは別物ですよね(笑)。性格的には、ステージに上がりたいタイプではないのですね。

安斉さん :活動としては面白いのですよ。でも、自ら上がりたいタイプではないですね。ただ、イラストレーターという孤独な職業であるがゆえ、長らく孤独に慣れて、ひとりが好きなつもりになっていたのですが、ウマジンの活動で外に出るようになってみたら、それはそれで楽しいですね。

― そうした発見も、ここでだからできたことのひとつでしょうか。

外資系化粧品メーカーAVEDAの、日本上陸10周年記念アイテムのパッケージにも使われた風車。写真の壁画はイベント用に描かれた。

安斉さん :そうですね。十和田市現代美術館は、世界に誇れる展示物を所蔵しながら、外からも鑑賞できる作品がいくつもあるつくりになっています。そこに象徴されるように、この町のアートに対するスタンスは、アートがアートとして切り離されず、生活の中にあるところが特徴なんです。僕もそこがすごく気に入っていますし、ウマジンが広がっていったのも、そんな町の土壌あってのことかもしれません。仮に都会で始めても埋もれていたかもしれませんよね。少なくとも、こんなに面白い展開は期待できなかったように思います。

― ウマジンのような「アート活動」は、思いがけない展開だったのだとは思いますが、きっと安斉さんのお人柄と、それに柔軟さが、そうした流れを呼んだのでしょうね。ご経歴からも、そう感じました。

安斉さん :なにかと成り行き任せなので…。一緒に活動してくれる仲間と、応援してくれる人たちのお陰でできています。

バブルを謳歌し、バブル崩壊を乗り越えて

― 安斉さんがそういうマインドの持ち主でなかったら、いい人たちに恵まれて、そういう成り行きにもならなかったのではないかと。そうそう、ご経歴といえば、高校時代だけは体育会系だったんですね。

安斉さん :小さい頃の仮面ライダーやウルトラマンのお絵描きに始まって、中学までは、周囲に絵が上手で知られた子でした。中学の美術の先生が、人と違うことというか、くだらないことをするほど褒めてくれたので、のびのび楽しく描けていたんですね。ところが高校の先生にはダメ出しばかりされてしまい、イヤになっちゃった。だからバスケ部に入って頑張ってました。

― でも美大に。

安斉さん :大学進学を考えたとき、ほかの同級生のように、経済学部などといった選択をするのはどうもピンとこなくて、「そうだ、絵が好きだったじゃん」と、そんな感じでした。だけどその頃の僕には、絵を描く仕事といえば画家や漫画家くらいしか思い浮かばず、「それじゃ食えそうにもないぞ。待てよ、どうやらデザインという仕事もあるらしい」と、工業デザインを学ぶことにしたんです。

― ちょうどバブル経済にかかっていますものね。「デザイン」が華々しく脚光を浴びた時代でもありました。

安斉さん :まさにそうで、大学卒業後に就職した外資系家具メーカーではバブルを謳歌しました。入ったその日に十数万円渡されて、「これで一流の芸術を見て、レポートを書きなさい」と言われましたから。ストリップを見に行って書いたら破り捨てられましたけど(笑)。

― すごい…(笑)。

安斉さん :入社早々、海外出張にも何度か行きましたし、そんな環境で気が大きくなっていったんでしょうね。24歳で独立しました。

― イラストレーターとして、独立したんですよね。

安斉さん :実績もないのに、いきなりイラストレーターを名乗りました。やっぱり絵が描いてみたかったのと、デザインよりイラストを描くほうが、アナログで済んで手っ取り早いと思ったんです。たまたまもらった仕事でけっこうなギャラをもらって「こんなんでこれだけもらえるなんて、なんてボロい商売なんだ」と浮き足立ちました。この調子だとすごいお金持ちになれるぞと。

― 非常にわかりやすい展開に…。

安斉さん :はい。もちろんそんな景気のいい話は最初だけでした。バブルははじけるし、プロダクションや出版社を経て独立したわけではない僕にはコネクションもありませんでしたから、その後コンスタントに仕事をもらえるようになるまでは時間がかかりました。

「笑い」にこだわり、十和田から世界にアートを発信したい

安斉さんデザインによるオリジナル手ぬぐいは、ウマジンや地域の名産品などがモチーフに。十和田市現代美術館のショップにも置かれている。

― そこから20年以上、第一線で続けてこられたというのは本当にすごいことです。都会を離れてからも5年が経とうとしていますが、マイペースでできているのもすごいです。これからも十和田で?

安斉さん :そのつもりです。今のところ、都会に戻る気持ちはまったくありません。ここ十和田から、アートで世界的なことをやるのが目下の目標です。

― いいですねぇ。

安斉さん :十和田は世界的なアーティストがひょっこり遊びに来るところでもあるのですよ。美術館にかかわる町の人たちが、そういったアーティストと親しくしているのがまた面白い。そんな十和田から、世界に向けてアートを発信したい。みんなで、遊びの延長のような感覚で、ちょっと笑っちゃえるようなことをしたいです。しあわせのポイントは、笑いにあると思っているので、笑っちゃえるようなことにこだわりたいなぁと。

安斉将さんの生きるヒント『固まらない自分でいる』世の中にはいろんな価値観があります。好みや、ものごとの捉えかたもそうですよね。理解できないことだっていっぱいあります。どうせそうなのだから、固執せずに楽にゆこうって姿勢でいたいと思っています。僕は根が真面目で固まりやすいほう。そんな自分を知っているから、気持ちが固まってしまうことで、見かたが狭くなったり、遊びごころを失ったりしないように気をつけています。イラストレーターとしては、自分の仕事に自信を持たなければならないけれど、反面、その自信に固執して疑うことをしないと、それはそれでダメです。しなやかに、角度を変えて見ることも大事ですよね。「どうも固まってきた」というときは、海外に行って、まったく違うものを視野に入れると自然とほぐれることもありますよ。


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