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わたしのふるさと

わたしのふるさと What is FURUSATO for you? わたしのふるさと What is FURUSATO for you?

誰しも生まれた地、育った地があります。ずっとその地で過ごす人、進学や就職を機に離れる人、転々とする人。
縁ある土地とのつき合い方は人それぞれです。「第二のふるさと」「心のふるさと」という言葉があるように、「ふるさと」は、生まれ育った地とも限らず、もしかすると、物理的な土地とすら結びつかない、その人にとって大切ななにかがある場所とも定義できるかもしれません。
あなたにとって「ふるさと」は、どんなものでしょう。

11鈴木輝隆さん

愛知県名古屋市生まれ、名古屋市育ち→
北海道札幌市→兵庫県神戸市→山梨県甲府市→
千葉県松戸市→埼玉県さいたま市在住

愛知県名古屋市生まれ、名古屋市育ち→北海道札幌市→兵庫県神戸市→山梨県甲府市→千葉県松戸市→埼玉県さいたま市在住

鈴木輝隆(すずき・てるたか)

立正大学経済学部特任教授(地域経営論、ローカルデザイン論)

1949年愛知県名古屋市生まれ。北海道大学農学部卒業後、神戸市役所、山梨県庁勤務を経て、1995年総合研究開発機構、2000年より江戸川大学、2017年より立正大学で教鞭を執る。「持続可能な地域の創造」をテーマに、自治力や文化力、経済力を高める活動を継続。北海道清里町「じゃがいも焼酎・北海道清里」の商品開発、愛媛県内子町石畳地区の地域経営、熊本県の人吉球磨の総合プロデュース、北海道東川町や北竜町の創造的アドバイザーなど、さまざまな地域でプロジェクトに携わる。建築家の隈研吾氏、デザイナーの梅原真氏、原研哉氏など名だたるクリエイターと親交が深く、地域とつないできたことでも知られている。
『田舎意匠帳(ろーかるでざいんのおと)』(全国林業改良普及協会)、『みつばち鈴木先生-ローカルデザインと人のつながり』(羽鳥書店)他著書多数。

“ふるさと”とは、ノスタルジーを感じさせる場所

これまで住んだまちだけ並べても、そこから自分の“ふるさと”を示せるとは思いません。ふるさとというのは、ノスタルジーを感じさせる場所だと思うんですね。そのノスタルジーをもたらすのはなにかというと、共有した時間ではないのかな。話して、食べて、学んで、遊んで。僕の場合、何十年もずっと、たくさんの地域を歩いてきたので、全国あちこちにそうしたふるさとができました。

「猛暑の中、鰺ヶ沢町の畑で学生とスイカを運び、落として割ったのを一緒に食べたなぁ」なんて、何気ない一コマを思い出して、それが不思議と僕とまちを近づけてくれる。昔は居間に、“みんなの柱時計”があって、文字通り時間を共有できた。スマホ片手に自分だけで完結してしまういまの時代は、例えるなら、生まれたときから腕時計をしているようなものじゃないですか。都会だと隣の人とも話さないから、なおさら共有の時間を持ちづらいですよね。「シェア経済」という言葉が使われるようになってきましたけど「シェア時間」、昔はそれが当たり前。家族で共有する居間の柱時計どころか、電話や水道も食事もお風呂も、ご近所と共有していた時代がありました。ふるさとは、無意識のうちにみんなが大事にしてきた「シェア時間」でもあるんじゃないかな。

子ども時代の中心にあるのが、鶴舞公園

名古屋で過ごした、僕の子ども時代の中心にあるのは、鶴舞(つるま)公園です。1909年に、名古屋市が設置した最初の大規模な総合公園です。人工的に造ったとはわからないくらい川や池の様子が自然で、桜やバラが美しく、堂々の図書館や公会堂なんかの文化施設もある。野球場や小さな動物園、なんと古墳まであってね、素晴らしい場所でした。僕が子どものころは規則も厳しくなかったから、水辺でザリガニや魚をつかまえるのはもちろん、古墳で滑り降りたり穴掘ったり、戦争ごっこしたりと、いまでは考えられない遊びもしてました。子どもたちにとっては、自由で豊かな時間でしたよね。あの古墳、いまは立ち入り禁止だから、昔より保存状態いいですよ(笑)。

我が家は、化粧品や日用雑貨を扱う小さな店を営んでいました。そのころは芝居好きのお袋に連れられて、「御園座」によく芝居見物に出かけたものです。行くと大好きな寿司をご馳走してもらえたので、幼稚園のときから喜んでついて行ってましてね(笑)。当時は、仕入先の問屋さんがうちみたいなお得意さんを招待してくれる習わしらしきものがあったんです。商店街のほんの小商いでも、そんな恩恵にあずかることができました。演劇、歌舞伎、プロ野球、それにちょっとした旅行にも招待してもらえましたからね。そんな体験と、鶴舞公園。おかげさまで子どものころから、いい伝統や文化に触れる機会に恵まれました。

あちこちでふるさとが商品化されているけれど・・・

人や地域の魅力についてお話しし出すと止まらない。記憶に残るエピソードをたくさんお持ちの鈴木さん。

日本中で“地域づくり”“まちおこし”が叫ばれていますね。同時に、地域振興の名の下、あちこちでふるさとが商品化されてるでしょ。生きてゆくためにはたくましくなくちゃいけない。ただ、経済的な繁栄は一時的なものが多いんです。一時のために売っちゃダメですよ。僕には30年くらいのつきあいをしている地域がいくつもあって、すべてを足して200歳だと言われたりします。日本遺産の熊本県の人吉球磨(ひとよしくま)もそのひとつで、一時の経済的繁栄とは逆の価値を持っています。700年もの間、同じ藩主が治め、戦災をまぬがれた、奇跡のような地域。神社仏閣が素晴らしい状態で保存されていて、ここがすごいのだけど、850年前の仏像がいくつも、人々の日々の祈りの対象として、暮らしの中にあるんですよ。生活の景色もほとんど変わっていない、さながらトトロの世界。司馬遼太郎さんも「日本でもっとも豊かな隠れ里」と絶賛しています。みんなに大事にされてきたものだけが持つ、圧倒的な時間価値ですよね。

ほかにも魅力的な地域はたくさんあります。日本で唯一の茅葺環状集落がある新潟県柏崎市高柳町は、建築家の隈研吾さんが20年前に僕とともに訪れて地方の面白さに目覚めたまちで、のちに茅葺の「陽の楽屋」を手がけました。愛媛県内子町石畳は、30年以上にわたり多数決をせずに少数の意見も大切にしている稀有な地域。30年以上も通う北海道北竜町は、日本で最初に広大なひまわりの畑を実現した地で、すべての農家が安全なお米作りを目指す医食同源のまちです。2017年、感動したデザイナーの梅原真さんが、明るい農村ならぬ「あかるい農法の町」と名づけました。住民はさらに元気になり、新しい農業ビジネスも次々誕生してきていますよ。とにかく日本はローカルが面白い。仲間と共に、世界に通用する本物の豊かさを育てることに携わりながら、感動を求めて歩き続けています。

こうした、僕の地域の見方に大きな影響を与えた人が、99歳で亡くなられた越中和紙の吉田桂介さんです。柳宗悦※1や芹沢銈介※2を師とした方で、「おわら風の盆」で知られる富山市八尾町の歴史を作り上げてきた人物です。手漉き和紙における貢献は言うまでもありませんが、山の中にいながら世界のことや真贋がわかる人。その美意識、審美眼、豊かさのとらえ方…、本当に多くのことを教わりました。人生に迷ったときに真っ先に思い出す、師と仰ぐ先達と思っています。おわら風の盆の夜中12時過ぎ、敬愛する桂介さんと、隈さん、梅原さん、デザイナーの原研哉さんと一緒に下駄を履いて歩いたのを思い出せば、まさに懐かしく絶対的な人生の時間、ノスタルジーが呼び覚まされます。

※1 柳宗悦(やなぎむねよし・1889−1961)は、1920年代より手仕事による日常使いの工芸品に美しさを見出す民藝運動を提唱、主導した思想家。東京・駒場にある日本民藝館の初代館長。

※2 芹沢銈介(せりざわけいすけ・1895−1984)は、型絵染めで知られる染色工芸家。柳宗悦が始動させた民藝運動の中心メンバーで、1956年には人間国宝に認定される。

ふるさとを成すものには、永遠に続いてほしい

高校生の鈴木さん(中央)。鶴舞公園は、すでに卒業していたころだろうか。

遊び方こそ変わっても、家族と、友だちと、中学くらいまではしょっちゅう鶴舞公園に行ってました。20分ほどの距離を、いまは空き家となっている実家から公園まで、八幡神社や名古屋工大のグラウンドを抜けて歩くんです。かつては活気のあった商店街、お風呂屋さん、古本屋さん…。周辺で思い出されるものの多くはなくなったり、寂れたりしていますが、鶴舞公園だけは、いまも驚くほど変わらぬ姿でそこにあります。高齢のため公園に隣接する名古屋大学医学部付属病院に入院していた親父は、「桜の時期に死にたい」との言葉通り、桜満開の4月に息を引き取りました。生と死、さまざまな思い出がつまった、原点と呼べる場所です。あの公園がなかったら、ローカルデザイナーの僕はなかったかもしれません。

僕にとってのそれは、たまたま公共の公園だったから、この先も失われることはないだろうと思いますが、ノスタルジーをもたらす豊かな時間や空間、みんなに大事にされてきたもの…ふるさとを成す本質は、永遠に続いてほしいですよね。その代表が、地域の一次産業の風景でしょう。例えば、健全な農業をやって生きていけないなんて、希望がないじゃないですか。だから知恵を出し、自由に豊かに暮らせる方法を考える。それは、個々に自己実現に取り組みながら、地域という現場で、共有できる時と場所をどのように築いてゆけるかを考えることから始まるんだろうと思います。

ふるさとのお気に入り

名古屋市

by鈴木輝隆さん

  • 鶴舞公園

    昔から続く断絶のない風景、いつでも誰にでも寛容で懐かしい場所が、人間には必要です。大好きで毎日のように通った図書館、桜並木とバラ園、レトロな噴水と公会堂、父や母、弟と夜桜を見た公園は、60年以上の時間を経ても、風も緑も水辺も、子どものころそのまま。本質が変わらぬ場所の存在は、人生のすべてを肯定してくれます。

編集後記

日本中の、たくさんの地域を訪れ、時代に左右されない価値を見出しては、長く深い関わりを持っていらした鈴木さん。ご自身のお話をしているようで、だいたい、そうした地域や文化、人が、いかに魅力的であるかを熱心に語っていらっしゃる。聞けばもれなく、言及される場所に「行きたい」、人に「会いたい」と感じるはず。著名なクリエイターの方々と、地域や手仕事などをつなぎ、形にしてきたことから、“みつばち先生”と呼ばれる鈴木さん。きっとみなさん、鈴木先生のお話を聞きするうち、「行きたい」「会いたい」と思われるのだろうと想像します。

(取材・文:小林奈穂子)