わたしのふるさと What is FURUSATO for you? わたしのふるさと What is FURUSATO for you?

誰しも生まれた地、育った地があります。ずっとその地で過ごす人、進学や就職を機に離れる人、転々とする人。
縁ある土地とのつき合い方は人それぞれです。「第二のふるさと」「心のふるさと」という言葉があるように、「ふるさと」は、生まれ育った地とも限らず、もしかすると、物理的な土地とすら結びつかない、その人にとって大切ななにかがある場所とも定義できるかもしれません。
あなたにとって「ふるさと」は、どんなものでしょう。

5貝澤徹さん

北海道平取町生まれ、平取町育ち→北海道白老町→
平取町在住

北海道平取町生まれ、平取町育ち→北海道白老町→平取町在住

貝澤徹(かいざわ・とおる)

木彫家・北の工房つとむ 店主

1958年平取町生まれ。アイヌの聖地とされる二風谷(にぶたに)で、木彫の名工・貝澤ウトレントクを曽祖父に持ち、工芸に囲まれた環境で育つ。伝統を継承しながらも独自の感性でオリジナルの創作に取り組み、作品は海外を含む数々の博物館で展示される。2018年にはイギリスの大英博物館からも製作依頼があり、「日本文化コーナー」に常設展示が決まった。映画や人気漫画の登場人物が持つマキリ(アイヌの小刀)の製作も手がけてたびたび話題となる、アイヌ工芸の第一人者。北海道アイヌ伝統工芸展北海道知事賞ほか受賞多数。

二風谷アイヌ匠の道公式サイト

二風谷で最初の仕事は子熊の世話!

高校の3年間だけ、下宿しながら白老(しらおい)で生活しました。あとはずっと平取(びらとり)で、二風谷にいます。平取もアイヌの地として知られていますが、白老はもっと観光地で、当時はバスが何十台も連なってお土産物屋さんにやって来てました。昭和50年前後のことです。そんな景気の良さを目にしてましたから、二風谷に帰っても、両親の営むこの店で、「食いっぱぐれることはないな」と思ったんです。勉強が嫌いだったし、帰って、いずれは家業を継ごうと。親は自分たちの代で畳むつもりだったようで怒られましたけどね。

次第に薄れてきてはいるものの、二風谷にはアイヌの文化や技術がいまも残っています。イオマンテも、昭和50年代前半まで行われていました。高校卒業後、二風谷に帰ってきて私に最初に与えられた仕事は子熊の世話でした。いまでは考えられないような体験ですよね。2月にハンターが捕まえたヒグマの子を売りに来るんです。あのころ20万円でした。「ギャーギャー」って人間の子みたいに鳴いて、ミルクをせがみます。抱きかかえて哺乳瓶でミルクをあげて…。4月くらいには犬くらいの大きさになります。1ヶ月ほど散歩して歩いてました。通りすがりの車が驚いて止まったりしてね(笑)。夏になるころにはもう檻に入れないといけなくなりますが、小熊の体が小さいうちは、店先に槐(エンジュ)の柱を立ててつないでいたものですよ。この辺りのお土産物屋さんではよくある光景でした。ツキノワグマを育てているのも見たことがあるんですけど、ヒグマは成長がぜんぜん違って大きくなるペースも速いです。大きくなるとやっぱり危険です。でも、世話をする私には、爪を立てることもしませんでした。

※ 「熊送り」と呼ばれるアイヌ民族の重要な儀式。アイヌの集落では、冬の終わり、穴で冬眠しているヒグマを狩る際、穴に子熊がいると連れ帰り、大切に育てる。1、2年後、この子熊の霊を神々の国に送り返すために行う盛大な儀式がイオマンテ。

人生を変えた、熊彫り名人の作品

手にしているのが、貝澤さんが「人生を変えた」と語る、若き日に藤戸竹喜さんからもらった熊。いまも大切にしている。

二風谷では多くの人が、男性は彫物、女性は織物をやってました。男性は作業場に集まって、女性は内職で。うちも親戚一同そうでしたから、当たり前の日常として触れて育ちました。子どもにも、巧い人は見てわかるもので、かっこいいと思ってましたね。この地域独特なのは、小学校の自由研究を木彫にして、当初子どもなりのものをつくっても、お父さんや叔父さんがどうも黙っていられなくて、子どもの見ぬ間に勝手に手を入れてしまうんです(笑)。誰がどう見ても子どものものではない完璧な仕上がりにしてしまうということが、割といろんな家庭で起きていて、先生も当然気づくでしょうけど、なんとなく黙認されているというか(笑)。

そんな、彫りが盛んな環境にいながら、高校を卒業するまで彫刻刀を握ったこともありませんでした。それでも、ずっと見て育っていたのは大きかったですね。覚えてからというもの、この店の前で、いわゆる客寄せの実演で彫りました。北海道観光がブームだったのと、両親が商売上手だったのとで、よく売れました。お金になりますし、お客さんに気に入ってもらえるのがうれしくて、対面販売は楽しかったですよ。同じものを何個もつくって売る時代でしたけど、自由に彫らせてもらえたのが良かったです。それがいまも肥やしになっています。

20歳くらいのときに人生を変える出会いがありました。2018年の10月に亡くなった、著名な熊彫りの藤戸竹喜さんの作品です。藤戸さんが阿寒湖畔からいらしたときの印象は忘れられませんね。まず一見して、風貌がかっこよかったんですよ。レイバンのサングラスして、ハーレーダビッドソンで!そのときに藤戸さんにもらった小さな木彫の熊に衝撃を受けました。日本中に出回っていた、鮭をくわえた土産物とは別物の、細部まで写実的に彫られた熊でした。その熊を手にしてからは自分も、量産ではない彫り物をちゃんとやろうと思うようになったんです。

おばあちゃんは、私にはアイヌ語で話さなかった

名工として知られる貝澤さんの曽祖父・貝澤ウトレントク氏による、アイヌ文様がほどこされた二風谷イタ(木製の盆)。貝澤さんは、同じく木彫家であった父の名を冠する民芸品店を営みながら、木彫家としてこうした伝統を受け継いでいる。

二風谷に生まれ育ったことを特別運命的に感じるようなことはありませんが、若いころは、出身地や民族のことで、傷つくことが多かったのは事実です。まぁ、あんまり暗い話はしたくないんですけどね、コンプレックスでした。30代くらいになって自分の確たるものができると、そうした葛藤から解放されてゆきました。誰もが通らなくてはならない道だと思っていましたけど、いまの若い人がポジティブに受け入れているのを見ると、時代は変わったなぁと思います。

子どものころはおばあちゃんが昔話をいろいろしてくれたのに、すっかり忘れてしまったんです。よく記憶している人もいるんですけどね、なぜか私はなにひとつ覚えていません。覚えていれば貴重な話ができたでしょうし、語り部にもなれていたのにと思うと残念です。おばあちゃんは、私にはアイヌ語で話しませんでした。孫にアイヌ語を覚えさせるよりも、日本語でうまく世の中に溶け込めるようにしないといけないと思っていたんですね。

欧米からもお客さんがやって来るように

昨今、アイヌ文化に注目を集めるきっかけのひとつになった大ヒット漫画『ゴールデンカムイ』(集英社)の著者・野田サトル氏も、登場人物に持たせるマキリ(アイヌの小刀)の製作を貝澤さんに依頼したという。

景気のいい時代は続かず、大変な時期もありましたよ。波はありました。でも、どんなときも手を抜かないで続けることが大事なんだと思います。この商売をしていていいのは、出会いがあること。だんだんとお客さんがついて、毎年来てくれたりね、長くつき合ってくれている人たちもいます。わざわざ海外から来てくれるお客さんもいてうれしいです。欧米では先住民族への関心が高いみたいですね。欧米のお客さんは、伝統的な作風を好む傾向があります。こちらとしては新鮮な印象を受けますね。

昭和の観光ブームの時代はお土産としてたくさん売れましたけど、ここ25年くらいでしょうかね、バスでやって来る団体のお客さんとは違って、作家として、作品のファンになってくれるお客さんが増えました。あと、私はインターネットをやらないのですけど、ネットはすごいですよね、ネットで見て、いきなり訪ねて来てくれる。最近はつくるほうが追いつかなくてお客さんをずいぶん待たせてしまっているのですが、いろんな人に欲しいと言ってもらえるとやっぱり、伝統を受け継いで、木彫をやっていて良かったと思います。

ふるさとのお気に入り

二風谷

by貝澤徹さん

  • 「二風谷」という地名

    「二風谷」って、『風の谷のナウシカ』みたいで良くないですか?文字を持たないアイヌ語の「ニプタイ」という音を当てた地名で、森や林という意味です。昔は原生林だったんでしょうね。ダムができてからは環境が大きく変わってしまいましたが、以前は鮭もたくさんのぼってきていたし、本当にナウシカの世界に近かったんですよ。

編集後記

すごい作家さんであることを忘れさせてしまうほど、気さくに応じてくれる貝澤さん。貝澤さんのように高い、特に立体彫りの技術を持つ木彫家はもう少ないそうです。技術ばかりではありません。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、消滅の危機にある世界の2,500の言語のうちアイヌ語を、絶滅手前の「極めて深刻」に分類しています。環境も、文化もしかり。「あまり暗い話はしたくない」とほがらかにおっしゃる貝澤さんと、目を見張るものづくりに接した時間は、代わりのないものに思いを致す時間でもありました。

(取材・文:小林奈穂子)


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