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今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第4回《前編》NPO代表 曽根原久司さん

異色キャリアの個性派が、地域おこしのヒーローに。合言葉は、「開墾モリモリ~!」

後編はこちら

プロフィール
そねはら・ひさし/長野県出身。NPO法人 えがおつなげて 代表理事。大学卒業後5年間、アルバイトをしながらミュージシャンとして過ごす。その後、金融機関を中心とした企業の経営コンサルタントを経て現職。バブル経済の最中、経営コンサルタント時代に山梨県白州町(現北杜市)に移住し、田畑を耕しながら地域おこしの活動を開始。都会から地元に続々人を呼び込むようになり、次第に全国で引っ張りだこに。2007年に内閣府地域活性伝道師に任命され、山梨大学客員准教授、山梨県立農業大学校講師のほか、経済産業省や農林水産省の各種委員などを歴任。
曽根原久司さんのじぶん年表

大学卒業後はフリーター

― 音楽をやりながらフリーター生活。そこから金融の経営コンサルタント、そして農業にNPO…非常にユニークなご経歴ですね。

曽根原さん :自分としては、奇をてらったつもりはないのですが、まぁ、変わってるんでしょうね。「これだ!」と思うと、やりたい衝動が抑えられないんです。それに、ずっと同じようなことをしていると、どうも刺激が足りなくて、逆に落ち着かない。

― まったく異なる世界に進む決断力や行動力もすごいですが、どれもきちんとできているからさらにすごいですよね。

曽根原さん :衝動的ではありますが、やみくもに突っ走るわけではなく、衝動を実現させるための「設計」はきちんとしますからね。その点は、コンサルタントになろうと思ってからの準備と、なってからの経験が大きいと思います。

華麗な転身!?

ジャズにロックにポップス、ボサノヴァ、なんでもござれ。これまでつくった曲は1,000曲超!

― そこは気になります。金融の世界で経営コンサルタントというと、金融関連の仕事を長く経験した上で、MBAを取得して…といったような経歴をイメージするのですが。

曽根原さん :そうそう、そういう人が多いですよね。私は前職がフリーターでしたけど!でもね、コンサルタントとしてずいぶん優秀でしたよ(笑)。最終的に独立してバリバリやってましたからね。

― 華麗な転身ですし、貴重なキャリアの持ち主ですね。

曽根原さん :今までの職業では、音楽が唯一成り立たなかったかな。それがフリーター時代ですよね。ただ、音楽やっているときに、自分はプレイヤーとしてより、プロデューサー的な役回りの方が向いているのではないかと気づいたのですから、人生、どこで発見があるかわからない。

最近手に入れた世界最小のスペインギター。出張にも持ち歩き、講演の際にも一曲♪

― それにしてもなぜ、経営コンサルタントだったんですか。

曽根原さん :音楽やりながら、自分に向いているのはプレイヤーじゃないなと思ったのと時期を同じくして、一度サラリーマンも経験してみようと思ったんです。では、どんな職種でどんなところに就職すべきかと思案しました。当時から、同じことにじっくり打ち込める性質ではないと自覚していたことから、いろんな顧客を相手にして、顧客に応じて都度さまざまな戦略を練るようなのがいいと思い、ひたすら「コンサルタント」の募集ばかりを当たることにしました。そしてある会社に、200倍の難関をくぐってめでたく採用されたんです。

ビジネスについては、本を読んで「わかった」

― 未経験なのに!

曽根原さん :未経験ですけどね、ものすごい数の本を読みました。それも衝動に近いのですが、世の中がどのような仕組みで回っているか知りたいと思い、お金のこと、経営のこと、それもさまざまな業種の、ビジネスに関するあらゆる本を読み漁ったんです。年間で1,000冊くらいは読んでましたね。そんなことを5年も続けていると、どんな人間でもビジネスについてわかるようになるんですよ。実は結局、会社はいくつも転々としたのですが(笑)、最後は独立も果たして、成功したと言っていい状態でしたね。

― 年間1,000冊とは超人的な感じです…。

曽根原さん :金曜に大型書店に行き、30冊くらいまとめ買いするんです。週末は怒濤の読書。平日も、どんなに忙しくても1日1冊は読んでました。今ではその3分の1くらいになりましたが、それでも読んでる方でしょう。ベッドの横は積み上げた本で要塞のようですよ。子どもの頃から読書なんて大嫌いだったのに、知りたいことへの欲求が勝った。なにかと極端な性格なんでしょうね。

古民家の中に設けた事務所。職員の方も、ここが気に入っているそう。

― 極端な(笑)。それで、経営コンサルタントの仕事をしながら、次は農業に目が向いた。

曽根原さん :農業というよりは、農村に目が向いた。私が経営コンサルタントしていたのはバブル時代です。しかも金融の世界でしょ?それはもう、無敵なわけですよ。だけど私は一緒になって浮かれることができなかった。世界の、環境問題や、それに続く食糧問題、個人個人の健康の問題、それらが差し迫っていると感じていました。こんなイケイケな世の中が続くわけがないと思ったんです。結果、農村の持つ資源に着目するに至りました。その時代、農村に移住すると言ったら、周囲にことごとく、頭がおかしいと言われましたけどね(笑)。