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緊急連載:みんなの老後を考える

2010年8月 第2回 市民自らが事業を起こし、介護力を向上させて、街を豊かにする ヒューマンサポートネットワーク厚木(代表) 特定非営利法人MOMO 特定非営利法人子ども未来じゅく 理事長 又木京子さん

地域の介護力アップを考える時に、重要な役割を果たすのが、NPOなど民間非営利団体が中心の協(市民社会)セクターです。協セクターの団体、グループは全国にたくさんありますが、社会福祉法人として全国で初めての単独デイサービスを行うなど、先進的な取り組みを行ってきたのが、神奈川県厚木市に本部があるNPO法人MOMOです。「みんなの老後を考える」の2回目として、MOMO代表 又木京子さんに、MOMO設立に至る経緯や事業の内容、課題などについて聞きました。

 

周りにニーズが生まれたら、できることから自分たちで事業化する

1980年代から、高齢者福祉に取り組んで来られていますが、その経緯をお話し下さい。

人々が自分たちの住んでいる地域や街を変え、暮らしやすくするためにはどうすればよいのか。それを一緒に考え、行動する仲間と人のネットワークを作るために、生活クラブ生協の共同購入活動を始めました。そこに集まっていた人の間で、「地域で暮らす高齢者の方々が安心して暮らせるように、何か新しい取り組みを始めたい」という話が持ち上がり、「一番簡単にできるのはホームヘルパーだ」という結論になりました。そこで、一人一人が出資し、1989年に非営利組織であるワーカーズ・コレクティブ「さち」を作り、家事支援サービスを始めました。

ちょうど同じ年に、とある市民から、「小田急線本厚木駅前の土地を福祉活動のために寄付したい」という話が私のところに寄せられました。当時、親の介護のために、仕事を辞をやめなければならない人がチラホラ出初めてきたことを見聞きしていたので、「それでは、その土地にデイサービスを提供する社会福祉法人を作ってみたい」と私たちは考えました。ところが当時、社会福祉法人の事業範囲や設立・運営を定めた社会福祉法には、デイサービスなど高齢者福祉サービスに関する条項がなく、どういう基準で法人を設立してよいかわかりませんでした。そこで県や国に問い合わせてみたところ、「1年後に法律を改正して、盛り込む予定だ」といわれました。しかたがないので1年間待ち、1990年に全国で初めてデイサービス単独の事業を行う社会福祉法人「藤雪会」を設立、ケアセンター「あさひ」を開設しました。

 

社会福祉法人は土地の寄付が前提になるので、その施設は普通、地価の安い、市街地から離れた交通の便が悪い所に作られるケースがほとんどです。しかし私たちの場合、駅前というとても好立地な場所に施設を作ることができたので、利用者にとってはとても利便性がよく、したがって多くの人たちに喜んで利用していただくことができました。

私たちも多くの人のニーズに応えようと、食事サービスをはじめ、様々なサービスを提供するようになりました。その極め付きが、日本初の移送サービスです。これは、自家用車などの私用車を使い、介護が必要な高齢者の移送を行うもので、現在では、「福祉有償運送」と呼ばれ、多くの地域でそのサービスが提供されています。そもそものきっかけは、「デイサービスの車や運転者が昼間、空いているのがもったいない。何かできることはないか」と考えて始めたものです。

そうした取り組みの中で、私が常に考えていたのは人が集まる中で、自分の周りにニーズが生まれたら、自分たちにできることから始めようということでした。実際、ホームヘルプサービスから、デイサービス、そして保育所も作ったのですが、それらすべてが周りで見えたものをサービスとして行い、事業化したものです。

 

入居前の関係を断ち切らない「共同で暮らす離れ」を開設

2000年にはNPO法人MOMOを設立し、ケア付き共同住宅サービスハウス「ポポロ」を開設します。

ケアセンター「あさひ」は在宅介護支援センターを併設していますが、そこで在宅介護サービスを受けていたお年寄りが、ある日突然、いなくなってしまうケースがよくありました。これは、お年寄りの家族が、何かの事情で在宅介護をすることができなくなってしまった結果、そのお年よりは縁もゆかりもない山奥の施設や病院に送られてしまうのです。そして、そのお年寄りが今まで培ってきた人間関係は全て断ち切られて、見ず知らずの土地で最期の時を迎えることになってしまいます。これでは豊かな老後とはいえません。そこで私たちは、「自宅での生活は無理でも、今までの人間関係を継続しながら、暮らしていける方法はないか」と考え、ケア付き共同住宅を作ることにしました。

建物は見つかったのですが、改装に1億円かかることが分かりました。ケアセンター「あさひ」の職員は、これまで給料の15%を新しい市民事業のためにプールしていたので、その資金が500万円ほど貯まっていました。しかし、それだけでは全く足りません。そこで、年利0.5%という銀行より高い金利を設定したファンドを設立し、市民からお金を借りることにしました。自分たちの住む街を暮らしやすく、豊かにしていくのは市民自身の責任です。そこで、「生きてきた街で、今までの関係を断ち切らずに、誰もが豊かに暮らせるようにしたい。そのために、目に見える形で、街が豊かになるものにお金を投資しよう」と呼びかけて、2,000万円集めることを目標にしました。当初、集まるかどうか不安だったのですが、最終的には6,500万円が集まり、ケア付き共同住宅「ポポロ」を開設することができました。

ポポロはどのような施設なのでしょうか。

ひとことでいえば、「共同で暮らす離れ」です。家族や友だちが自由に出入りでき、自宅で頼んでいたヘルパーにもそのまま担当してもらえ、今まで自宅から行っていたデイサービスにも通えます。ですから、40人ほどの入居者に対して、10ヶ所ほどのヘルパーステーションから人が来ていましたし、入居者はあちこちのデイサービスに行っていました。しかし、入居施設でありながら、サービスを外部に出してしまうのは経営的には無理があります。そこで、「ぽぽろ」で新たにデイサービスを行うことにして、現在、入居者とは別に、平均して毎日26名ほどの人がデイサービスに通ってきています。

たくさんの人が出入りすることは入居者の安全を守るためにも、必要なことなのです。お母さんが孤立した中で子どもを育てると、怒鳴らなくてもよいのに怒鳴ったり、叩かなくてよいのに叩いたりします。けれども、周りに誰かいれば、相談もできるし、そんなひどいことはしません。高齢者施設も同じで、認知症の人が同じ動作を繰り返したり、失禁したりすれば、いくら優秀な職員でも腹が立ちます。その時に外の人がいれば、チェック機能が働き、おかしなことはできません。入居施設は閉じれば閉じるほど、恐ろしいのです。介護保険事業者やヘルパーなどの専門家がたくさん出入りすることは最高の安全策であり、どんな研修にも勝る、職員に対する最高の教育なのです。

 

1つの社会福祉法人、6つのNPOが連携して事業を展開

その後、どのような取り組みを
されてきたのでしょうか。

街を豊かにするという観点から支援してくれる市民から集めたお金はピーク時で4億円ほどになりましたが、2006年に方針を変え、MOMOで働く人たちからお金を集めることにしました。スタッフが本当に意欲を持って働くためには、自分が事業所のオーナーだと考えて、責任感を持つことが一番重要です。ワーカーズ・コレクティブは共同出資・共同労働・共同経営といっていますが、出資金は2万円で、働きたい時に働くという仕組みです。しかし、そんな金額ではMOMOの事業への出資にはなりませんので、「スタッフ1人、50-100万円は出そう」と呼びかけました。180人いるスタッフの内、100人が出せば、5,000万円から1億円になるわけです。そして、50万円以上を貸し付けた場合、利息を0.5%から1%に上げことにして、「スタッフオーナーズMOMO」と名付けて、資金集めを始めました。いきなり100万円持ってきた人や毎月積み立てる人など関わり方は様々ですが、若い職員も含めて今150人のスタッフがお金を出して、集めた資金は8,000万円位になっています。市民から借りたお金は大分返済してきていて、残金は4,000-5,000万円になっているので、現在ではスタッフが出した資金の方が多くなっています。

そして、横浜市にもケア付き共同住宅とグループホームの2つの施設を作り、地域コミュニティと人のネットワークが存在して、資金集めができる、伊勢原、小田原、茅ヶ崎では、資金集めや施設設計のノウハウを教えたり、不足分の資金を貸し付けるなどして、デイサービスや入居施設を作るための支援をしてきました。その中で、伊勢原の「風の丘高森台」は小規模多機能では全国のモデルといわれる施設になっています。

高齢者向けサービス以外の事業にも取り組んでいるとお聞きしましたが。

1989年に、本厚木駅前の土地を寄付した方は「働く女性の支援をしたい」ということでしたが、当時は保育園が余っていたため、高齢者向け施設を作りました。ところが、この数年、待機児童が増え、保育園不足が深刻になってきたこともあり、NPO法人「子ども未来じゅく」を設立し、厚木、川崎3カ所、藤沢で認可保育園を運営しています。こうして、現在、MOMO全体ではひとつの社会福祉法人、6つのNPOが連携しながら、活動しています。

 

市民事業成功のカギは「街作りを担う一員」という当事者意識

運営していく上での課題は何なのでしょうか。

介護保険制度の下で、民間企業であっても、NPOやワーカーズ・コレクティブでも、ヘルパーは皆、同じです。それなのに、民間企業は悪で、NPOやワーカーズ・コレクティブの自分たちは「よいことをしている」という思いが強くなりがちです。そうすると、自分たちが実際にやっている仕事と、NPOやワーカーズ・コレクティブの建て前にギャップが生まれていることに気付かなくなり、「よいことをやっています」という言葉だけが空回りしてしまいます。それは非常に恐いことで、企業がやっていることをバカにすることなく、そのよい点は学んで取り入れながら、スタッフの意欲を引き出していくことが重要になっています。加えて、設立当初、スタッフは生活クラブ生協のメンバーが中心でしたが、最近はハローワークや就職情報誌なども含めて広い範囲で求人しているため、若い人やMOMOのことを全く知らない人が働くようになっています。

そこで、どんなきっかけで働き始めたにせよ、「自分も街づくりを担う一員なのだ」という認識を持って、継続的に働いて欲しいと考えて、ワーカーズ・コレクティブも含め20ヶ所ほどある社会福祉法人・MOMO・子ども未来じゅくなどの全施設を巡る研修ツアーを行っています。現在まで、45回ほど実施しましたが、誰もが持っている人のために役立ちたいという気持ちを引き出して、意欲を持って働けるように、これからもツアーを行っていく考えです。

今後の目標をお聞かせください。

ひとつは世代交代できる仕組みを作ることです。現在リーダーを務めている60歳代、その下の50歳代の人たちは右肩上がり成長の中で、それなりの暮らしを成り立たせてきた人たちです。それに対して、今の20-30歳代の人は厳しい経済環境の中で、自力で働いて給料を得て、生活していかなければならないという切実さがあり、働くことへの強い意欲を持っています。ですので、今すべて60歳代のスタッフが担っている施設長については、半分位を30歳代にしていきたいと考えています。もうひとつは借入金を早期に返済し、経営負担を軽くすることです。完全な独立採算制の施設は施設長が一国一城の主になって、内に閉じてしまうため、非常に危険です。そこで、グループとしてはひとまとまりで連携をとって、ネットワークを広げながら、各施設が経営的には自立していく方向を目指していきます。そして、現在残っている1億円ほどの借り入れを2-3年で返して、経営の負担を軽くしていく考えです。高齢者福祉について、制度を作るのは国ですが、市民が国や自治体に任せっきりでは、納得のゆくサービス提供は望めません。自分たちが住んでいる街を暮らしよく、豊かにするために、市民自身が1人ひとり自覚して、資金の負担も含めてリスクを負いながら、高齢者の豊かな老後を保障していくことが必要だと思います。

 

 

又木 京子(またき きょうこ)


 

1949年鹿児島県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2歳で神奈川県厚木市に転居、以来厚木市に居住。1987年厚木市議に当選(95年まで)。93 年社会福祉法人「藤雪会」による全国初のデイサービス単独福祉施設ケアセンター「あさひ」を設立。95年神奈川県議に当選(03年まで)。2000年、NPO法人MOMOによるケア付き共同住宅サービスハウス「ポポロ」を開所。著書に『市民とつくる厚木のまち暮らし』、共著に『アンペイド・ワークとは何か』(藤原書店)、『市民立法入門』(ぎょうせい)。