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緊急連載:みんなの老後を考える

2010年6月 第1回 すべての人が安心して老後を暮らせるために今、私たちができること 上野千鶴子さん(東京大学大学院人文社会系研究科社会学研究室教授)

高齢社会が現実のものとなる中で、老後の生活に不安を持っている人は多くいます。しかし、実際に高齢者の生活の状況や年金制度の今後、介護保険の持つ意味など、老後の生活を送る上で欠かせない問題のポイントが分かりづらいのが実情です。そこで、「みんなの老後を考える」をテーマにして、3回にわたる特集をお送りします。1回目は東京大学 大学院教授 上野千鶴子さんです。

 

子どもへの経済的依存を脱却させた年金制度

現在、主に年金で生活している高齢者はどのような形に分けることができるのでしょうか。

時代と世代、年齢という3つのファクターで見る必要があります。現在、75歳以上の後期高齢者の人たちは年金制度確立以前に、一定の年齢に達していた人が多いことと、自営業者の比率が極めて高いのが特徴です。1950年代、高度成長直前までの日本は農家世帯率が5割以上あり、その人たちは老後働けなくなれば、子どもと同居するか、子どもの仕送りに頼るしか、生きていく術がありませんでした。それが1961年に国民年金制度が発足して、老後、子どもに経済的に依存しなくて済むようになりました。そういう歴史を反映して、現在でも年齢が上がるほど、農家や商店主など自営業者の比率が高いために、その人たちは国民年金だけしか受けていないため、低年金です。

  厚生年金を受給できるだけの十分な加入期間を持ち、雇用を継続してきた人たちが社会の中で大きな比率を占めるようになったのは1960年代以降のことです。その前後に働き始めた人たちは、2000年代にリーマンショックで多くの企業が打撃を受ける前に定年退職して、満額回答の形で退職金を受けとり、年金を受け取ることができています。ですから、今、一番よい思いをしているのはそうした形で年金を受けている70歳代の男性でしょう。この人たちは日本社会の中で、二階建ての年金制度の恩恵をじゅうぶんに受けることができる最初で最後の世代かもしれません。

 

  その上で、大きな問題がジェンダーというファクターです。70歳代の男性の正規雇用率は非常に高かったのですが、その背景には女性の無業化があり、圧倒的多数が専業主婦でした。そのため、厚生年金受給者の夫を看取って、遺族年金をもらっている女性は比較的余裕のある暮らしをしています。しかし、それ以前に死別・離別した人は年金額が少なく、さらに子どもを抱えた母子家庭の人たちは惨憺たる状況で、大変に貧しい生活を強いられています。1980年代半ば以降、女性の雇用率は上昇してきましたが、最近では非正規雇用の比率が極めて高くなり、正規雇用者よりも非正規雇用者の方が多くなっています。その場合、年収130万円以下の被扶養者の範囲で働いている人も多く、その枠を外れたとしても、女性労働者の平均給与が低いので、受け取れる年金額は極めて低い水準にとどまる傾向があります。

 

最大の問題は年金未加入による無年金者の増大

年金制度の確立はとても大きな意味が
あったわけですね。

そうです。年金制度の確立以前、高齢者は資産家を除いて、皆貧困でした。子どもの仕送りに頼らざるをえず、子どものいない高齢者の生活は実に無惨なものでした。年金制度は「個人的な仕送りを社会的な仕送りに変えただけ」で、ポケットは同じです。子どもは自分の親に直接お金を送る代わりに、いったん国家に預けて、それを親が受け取るわけですが、稼ぎのよい子どもと悪い子ども、子どものいる人といない人、子どもに先立たれた人とそうでない人の間に、リスクが分散されたのが年金保険制度というものです。

  年金制度や健康保険制度、介護保険によるリスクの再分配はリスクのない人にとっては、極めて不公平なものです。例えば、収入が多くて健康保険料をたくさん払っていても、健康で一度も医者にかかったことのない人は収支計算では損をしている勘定になります。また、親を早くに亡くした人でも、40歳から営々と介護保険料を払わなくてはならず、そうした人はことのほか、不合理な思いが強いと思います。しかし、リスクの高い人と低い人とのあいだで再分配を行うという社会連帯の理念は、社会を成り立たせていくための基盤であり、私たちが生活していく上で不可欠のものです。その点をまずきちんと見ておく必要があります。

年金未加入者の増加で、これから年金を受け取ることができなくなるのではないかと不安に思う人が増えています。

 

年金制度が崩壊するといわれていますが、社会保障経済学の研究者で慶應義塾大学教授の権丈善一さんがいうように、年金は払った人が受けとり、払わない人は受け取れない仕組みになっているため、未加入者が増えても、直ちに年金制度が崩壊するわけではありません。そこで起きるのは未加入による無年金者の急増です。その人たちも含めて、今後高齢者は、厚生年金を所得に応じた給付として受けとる人、国民年金受給者、そして国民年金未加入者の3つのグループに分かれるでしょう。

  その中で最大の問題は、年金未加入による無年金者の増加です。未加入者は権利がないので、年金を受給できず、生活保護を受けるしかありません。今でも、生活保護世帯の中で無年金、低年金の高齢者が占める比率は非常に高いのですが、このまま行くと、無年金層がさらに増え、現在非婚で非正規職にある人々、すなわち女性高齢者の3割、同じく男性の2割近くになるかもしれません。

国民年金や厚生年金の受給者はどうでしょうか。

やはり、大きな変化が生じます。国民年金の受給層は主に自営業で、多くは家産、家業があり、定年のない仕事についています。しかし、土地神話が崩れ、不動産価格の地域差が大きくなり、個人経営の商店や飲食店が不振を極める中で、家産、家業からの収入をあてに出来ない状況になってきています。一方、これから、日本の人口が減少し、生産年齢人口が減っていきますから、社会保障費の配分が生産年齢層に薄く、高齢者層に厚いという状況を改める配分比の見直しが進みます。そうすると、厚生年金ではふたつのことが起こります。ひとつは給付率の引き下げです。今までは、現役時代の手取り収入の6割が年金として給付されていました。それが5割に引き下げられようとしていますが、今後、人口減と日本経済の状況によっては、さらに下げられる可能性があります。

  もうひとつは配分のあり方の見直しです。配分を収入比で行うのは、現役時代の貧富の差を生涯延長するという考え方にもとづいています。しかし、給付率がどんどん下がっていくと、高額所得者は給付率が4割になってもさほど厳しくはありませんが、所得が少ない人は痛みがとても大きくなります。そこで、配分を高所得者に薄く、低所得者に厚い逆進性にして、老後は生産年齢の時よりも、所得格差を縮小しようという考え方が出てきています。これを「老後社会主義」と呼びますが、ただしこれには富裕層の納得が得られるかどうか分かりません。

 

政府への信頼回復のカギは情報公開と意思決定の透明性

厳しい状況の中で、人々が安心して
暮らしていくためには、何が必要なのでしょうか。

東大の調査によれば、今より安心できる保障のためならば、より高い負担に応じても構わないという人が国民の約6割を占めていることが分かっています。その時に、ネックになるのが政府に対する信頼性の欠如です。つまり多くの国民は、自分が出したお金がどう使われているかについて、政府を信頼していないのです。そうすると、再分配を行う社会連帯の要である政府に対する信頼の回復が極めて重要になってきます。そのカギは情報の公開と意思決定の透明性にあります。スウェーデンやデンマークなど福祉先進国の実情を見ると、スモールスケールの地方自治と意思決定に関する民主主義の伝統があることが分かります。それらの国々の手厚い社会保障は、棚ぼた式に恩恵として与えられたものではなく、地域に住む人々が草の根の実践の中から、必要なものを獲得して実現されています。

  それらの国々では情報公開と意思決定の透明性が確保された中で、合意形成が行われていて、市民一人ひとりが自分たちの目と手が届く範囲に、サービスと負担があることを確信しています。そう考えた時に、政府に対する信頼性を回復していくための手がかりは地方自治にあります。ところが、日本では地方自治体に対する大きな権限移譲が行われたのに、財源の移譲が伴っていませんし、政府が強力に推進した「平成の大合併」で、1999年3月末に3,232あった市町村は2006年3月末には1,820となってしまいました。その結果、めざすべきスモールスケールの地方自治とは逆の方向になって、自治体の規模が大きくなり、市民一人ひとりの目が届く自治の範囲が壊されてしまいました。また、1990年代までの福祉先進自治体といわれた町村は、合併でほとんどつぶされてしまっています。

 

NPOを軸にした非営利事業体が牽引する地域の介護力アップ

希望は地方自治にあると考えた時に、現状はなかなか厳しいように思いますが、
どこに可能性があるのでしょうか。

現在、福祉の領域は官(国家)、民(市場)、協(市民社会)、私(家族)の4つのセクターによって担われていますが、その中の協セクターの人たちの活動の中に、新たな可能性があります。介護サービスの提供については地域差が大きく、介護の先進地域は確実に存在します。その担い手になっているのは主に民間非営利団体、NPOの人たちで、自治体と連携している場合もあれば、何の援助も受けていないケースもあります。その人たちは、たとえ行政の助けは借りられなくても、自分たちで道を切り拓いて来たひとたちです。パイオニアとなる事業を行い、それに行政が後から随いてくるという形になっています。

  こうした非営利団体が成り立つようになった背景には、97年のNPO法の成立と介護保険制度があります。介護保険によって、今日約年間8兆円、周辺市場まで入れたら16兆円といわれる市場ができあがりました。これがなければ、民間非営利事業体は成り立ちません。その上に、地域の介護力を上げるためには、自治体のサポートも必要です。ベンチャー企業に対するインキュベーションが必要なように、自治体は民間非営利事業体の創業支援を制度化してほしいと思います。

先進的な取り組みを進めている例をお聞かせください。

1993年に富山市でスタートし、現在NPOとしてデイサービスセンターを運営している「このゆびとまーれ」は、そのひとつです。2006年の改訂で小規模多機能型施設として、厚労省のモデル事業の原型となったパイオニア的な事業です。この創業者の方たちは、小規模多機能富山型施設の起業家セミナーを何期にもわたって開催しています。受講者の起業化率は60%と極めて高く、現在富山型小規模多機能施設は富山県下に45ヶ所と増え、点から面に広がっています。起業したデイサービスセンターはケアネット富山という形で連携して、そこを窓口に県を巻き込む形で起業家セミナーを開催すると共に、2004年度から県と市が小規模多機能共生型施設の新築・増改築資金を提供する創業支援制度をスタートしました。

  また、24時間対応の巡回訪問介護と訪問医療、訪問看護があれば、自宅でのホームホスピスが可能です。そうした多職種連携で在宅終末期ケアを実践するところが出てきています。例えば、宮崎市ではNPO法人「ホームホスピス宮崎」が中心になって、10年ほど前から訪問介護ステーションが作られてきていて、現在市内全域でホームホスピスができるようになったと聞いています。

  こうした取り組みも含めて、リスクの再分配を引き受けるためのベースは、社会連帯にあります。そのための制度が国民皆保険による健康保険、年金制度と介護保険です。これらは日本が世界に自慢できる制度であり、絶対に崩壊させてはなりませんし、制度があっても使えないという制度の空洞化を、防がなければなりません。そのためには、私たち一人ひとりが政府の1つひとつの動きをウォッチして、負担増に応じる覚悟と負担増に値する政府を作っていくことが求められています。

 

 

上野 千鶴子(うえの ちづこ)


 

東京大学 大学院人文社会系研究科 教授(社会学専攻)

1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)、『当事者主権』(中西正司と共著・岩波書店)、『老いる準備』(朝日文庫)、『「女縁」を生きた女たち』(岩波現代文庫)、『世代間連帯』(辻元清美と共著・岩波書店)など著書多数。近年は高齢者の介護問題に関わり、『おひとりさまの老後』(法研)はベストセラーに。2009年には『男おひとりさま道』を刊行。新刊にエッセイ集『ひとりの午後に』(NHK出版)。