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2010年8月号 これからの子育てを考える 第5回 紙芝居は子どもの「共感」を育む大切なコミュニケーション・ツール 童心社 取締役会長 酒井京子さん

1957年に、紙芝居専門の出版社として誕生した童心社。その編集者として活躍し、現在は同社会長職にある酒井京子さんは、2001年に「紙芝居文化の会」を立ち上げ、日本独自の「KAMISHIBAI」を海外へ発信する活動もしています。レトロなだけではない、今だからこそ求められる紙芝居の魅力とその子育て効果について、うかがいました。

絵本は「個性」を育み、紙芝居は「共感」を育む

童心社では紙芝居と絵本の両方を作っておられますね。
同じように絵と文章でできていますが、作られ方に違いはあるのでしょうか?

酒井 やはり、ちょっと違います。絵本も紙芝居も、画家と編集者の2人、あるいは作家、画家、編集者の3人で完成させるのですが、紙芝居の場合、担当者がそれに加えて編集会議で演じてみたり、実際に子どもたちの反応を見たりしながら、内容を煮詰めていきます。

  絵本と紙芝居は似たようなモノだと思われがちなのですが、じつはまったく違う世界を持っています。絵本は端的に言うと、個の世界。1人でも十分に楽しむことができますし、子どもたちはそのページをめくるごとにどんどん、自分だけの世界へと入っていきます。そうやって物語の中に没頭することで、子どもたちにとって大事な「個性」も培われていくのです。

  紙芝居はその逆で、集団の世界。むしろ、外へと開いていく。そこで養われるのは「共感」です。ですから、観客は10人、15人と大勢いた方がおもしろい。

  「個」と「共感」。人間形成にはどちらも大切ですし、必要なものでしょう。ですからわたしたちは、紙芝居と絵本は子育てにおける車の両輪のようなものだ、と考えています。

大人が子どもに向かって紙芝居を演じる際、どのような点に気をつけて演じたら良いのでしょう?

酒井 紙芝居をご覧になると、裏に「ゆっくりぬく」とか「さっとぬく」とか演じ方のアドバイスがいろいろと書いてあります。基本的にはそのとおり演じていただければ良いので、なにも難しいことはありません。自分が心底いいと思う作品を、心をこめて演じ、子どもたちと一緒になって楽しむ。それが一番、大切なことです。

  紙芝居では、大げさに演じたり、声色を使ったりする必要はまったくありません。大事なのは、子どもたちの反応をよく見ること。一方的に話を進めようとするのではなく、子どもたちと十分にコミュニケーションをとりながら話を進めていくこと、だと思います。

  少し例をあげてお話します。まついのりこさんの『おおきく おおきく おおきくなあれ』という紙芝居を用意しました。最初の場面には、タイトルと作者名、子ブタが描かれています。子どもの頃、ご覧になった方がいらっしゃるかも知れませんが、「小さな 小さな ブタがいるよ」で始まる、たのしいお話です。

  この紙芝居では、演じ手が何度も「おおきく おおきく おおきくなあれって言ってみて」と、子どもたちに呼びかけます。子どもたちがそれに応じて「おーきく、おーきく、おーきくなーれ」と言ってくれたら、画面を抜いて、次の場面へと進むことができるわけです。

  考えてみると、これはかなり強烈なコミュニケーションですよね。かけ声をかけた瞬間、ほんとうにおおきくなったブタの絵が出てくると、子どもたちは大喜びします。わたしたちはこれを「参加型」と呼んでいますが、この参加を促すコミュニケーションが、紙芝居にはとても大事な要素なのです。

紙芝居で子どもは多様なコミュニケーションを体得する

紙芝居のコミュニケーションから、子どもたちはなにを学んでいるのでしょうか?

酒井 たとえば、『おおきく おおきく おおきくなあれ』では、となりのおともだちや後ろのおともだちが出す声を聞いて、子どもたちは自然と声を出すタイミングを合わせたり、声を張り上げたりします。紙芝居のすごいところは、演じ手と観客の間だけではなく、観客同士の間にもコミュニケーションがうまれること。そして、コミュニケーションをとおして、どんどん共感の輪が広がっていくことです。

  このお話の最後には子どもたちの大好きなケーキが出てくるのですが、一度かけ声をかけただけではケーキはおおきくなりません。だから、みんなが声を合わせ、より一層おおきな声で、「おーきく おーきく おーきくなーれ!」と念じないといけない。そうしてようやくケーキがおおきくなると、今度は「みんな、手を出してみて」と、演じ手が観客に促します。みんなの力でおおきくしたケーキを、その場にいる全員で分け合って食べましょう、ということなのです。

  そうすると、大人も子どもも、そこにいる全員が手を出して、おいしそうにケーキを食べてくれます。もちろん、演じ手も食べます。「おおきく おおきく おおきくなあれ」はむかしからよく日本人が口にしていた言葉で、そこには子どもたちへの深い愛情や成長への願いが込められています。最後にみんな一緒にケーキを食べるふりをするのは、作品のおもしろさだけではなく、そこに込められた大事なメッセージ「みんな一緒に成長しておおきくなろうね」も同時に味わってもらいたいから、なのです。

時代によって、子どもたちの反応に変化は見られますか?

酒井 そこは、変わりません。「紙芝居をやるよ」と言うと、いつでもどこでも、子どもたちは喜んで集まってきます。ふだんは落ち着きのない子どもでも、紙芝居の間はじっと集中しているので、先生方が驚きます。生身の人間どうしのコミュニケーションは、子どもたちにとってそれだけ強烈で、魅力的だ、ということでしょうね。

  つい最近も、こんなことがありました。3歳児に向かって、松谷みよ子さんの脚本の『モモちゃんがあかちゃんだったとき』という紙芝居を演じた時のことです。1968年の初版ですから、赤ちゃんが生まれる場面も病院ではなくて自宅。しかも、畳敷きです。登場人物が着ている洋服も当時のままでしたから、今の子どもに見せて「わかるだろうか」と心配していました。ところが、紙芝居が始まるやいなやその子は大喜びで、すっかり疲れてしまうまで、「もう一回、もう一回」とせがむんです。

  その姿を見て、いい作品は時代を超えると確信しましたし、いつの世も、子どもたちにはその良さがわかる、と実感しました。

紙芝居はそもそも、どのようにして生まれたものなのでしょうか?

酒井 日本で街頭紙芝居が生まれたのは1930年、世界恐慌の翌年です。街に失業者があふれていたそうです。その失業者たちが街頭で紙芝居を演じたのがはじまりだ、と言われています。当時は単なる生活の糧を獲る手段ですから、子どもたちが毎日、飽きずに通ってくれることが何よりも重要なことでした。そのため、内容は派手でおどろおどろしく、切った張ったの立ち回りが中心。「紙芝居など見せるな」「子どもたちに悪い影響を及ぼす」、と批判する人もいたようです。

  戦争が始まると、今度は戦意高揚のために紙芝居が利用されました。童心社にも当時の紙芝居が残っていますが、お国のために戦う兵隊さんたちはこんなに頑張っている、偉いんだ、という内容のものです。戦時中はありとあらゆるメディアが戦争遂行のために使われましたが、なかでも、紙芝居の影響力はとても大きかったようです。というのは、紙芝居はあの東京裁判にもかけられているのです。紙芝居は共感を広げるメディアですから、戦争を遂行しようとする人たちにとっても、好都合だったということでしょう。

  戦争に利用されたことで、紙芝居は大きく傷つきました。わたしたちは、そのことを決して忘れてはいけない、と思っています。こうした「負の歴史」を背負う紙芝居だからこそ、未来のために使っていかなければならない。そういう気持ちで紙芝居をつくり、演じ続けています。

ヨーロッパでも注目される紙芝居

紙芝居は最近、海外からも注目を集めているそうですね。

酒井 最初に海外で紙芝居を演じたのは10年以上前、イタリア・ボローニャでのブックフェアに参加した時です。ジュヌヴィエーブ・パットさんという、フランスで初めて児童図書館を作った女性に会い、紙芝居を演じたら、「これはすごい」と驚かれました。欧米はいわゆる「個」の文化ですから、紙芝居のようなものはない、と言うのです。紙芝居が日本独自の文化だと改めて認識したのも、その時でした。

  以来、フランス、オランダ、ドイツなどで紙芝居講座を行ってきました。2001年には、紙芝居を演じる仲間たち20人と「紙芝居文化の会」も立ち上げました。運営資金の計画も立てずに会を始めてしまったものですから、最初は「これでやっていけるだろうか」と不安でしたが、年を追うごとに会員は増え、今では約650人を数える規模になっています。外国人の会員はうち約60人。活動は世界30ヵ国に広がり、来年は「ヨーロッパ紙芝居会議」も開催予定です。

  テレビ放送が始まった1950年代後半には、「紙芝居はもうなくなるだろう」と言われました。ところが、結果的には消えずに残り、新たな時代を迎えています。小学校では、読み聞かせをするボランティアの方たちが、絵本と一緒に紙芝居も持っていって、演じてくださいます。なかでも、積極的なのは50代くらいの女性です。「紙芝居文化の会」にもたくさんいらっしゃいますが、「子どもたちのためになにかしたい」という彼女たちのパワーには、いつも圧倒されます。

  最近は、高齢者施設から「お年寄りが楽しめる紙芝居はありますか?」と、問い合わせをいただくことも多いですね。

子育てにはたす紙芝居の役割

紙芝居を演じたい、と思ったらまず、なにをすればいいですか?

酒井 紙芝居を買っていただければうれしいですが、わざわざ買わなくても、図書館に行けばたくさん揃っています。ただし、紙芝居をセットする舞台だけは用意していただけるといいですね。舞台があると、観客の視線が自然とそこに集中しますので、難なく紙芝居の世界に入っていけます。もちろん、個人で買うのは大変でしょうから、仲間を集めてグループで購入するといいと思います。

  演じる場所に関しては、お近くの児童館や公民館、小学校、図書館などに相談してみてはいかがでしょう。同じような想いを持つ仲間がいるかも知れませんし、やってみれば、子どもたちは間違いなく喜んでくれますから、楽しいと思います。また、家で家族どうしが演じあうのもいいですね。

  それでも「どうしたらいいかわからない」という方は、「紙芝居文化の会」のホームページをのぞいてみてください。各地で講座を開いていますし、紙芝居に関するもろもろの情報も載せています。

これからの子育てにとって、紙芝居はどのような意味を持つと思いますか?

酒井 ますます重要になっていく、と感じています。先ほどからお話しているように、紙芝居の特性は人間と人間が集団で、しかも肉声でコミュニケーションすることにあります。ところが、子どもたちのまわりから、そういう生のコミュニケーションが急速に減ってきているような気がするのです。

  子どもたちにお乳をあげながら携帯電話でメールをするお母さんがいます。お母さん方もさみしいし、孤独なのは、とてもわかります。ただ、子どもが一所懸命に命をつなごうとしている時に、子どもだけに向き合えないのはどうしてだろう、と思います。出版業界はこのごろ電子書籍の話題で持ちきりで、童心社にも「紙芝居を電子媒体に流しませんか」というお話をいただきます。電子媒体はとても便利でおもしろく、いろいろな可能性があるのもわかります。ただし、絵本や紙芝居は大事にしていってほしいと思います。

  紙や木には、素材そのものの感触や匂い、厚みや重さがあります。絵本の表紙に熊の絵が描かれていると、小さな子どもはそれを不思議がって、こすったり、なめたりします。お母さんの膝にのったときの温かさ、ページをめくる時の指の動き。そうしたもろもろの感触に囲まれて、子どもたちの五感は育まれていきます。「そこにある」という物質性や実感は、子どもたちの五感を磨くうえでとても大事なものだ、と思うからです。

  ただでさえ、子どもたちのまわりから自然が失われています。もしも、生まれて間もない頃から電子媒体だけに囲まれて子どもたちが育つとしたら、いったいどうなるのでしょう。人間として本来備わっている力がますます弱ってしまうのではないか、と心配しています。電子媒体が今後普及していくならなおさらのこと、少なくとも幼児や小学校低学年のうちは、紙芝居のような生のコミュニケーションと物体が持つ感触に触れる機会を増やしてあげて欲しい。大人のみなさんには、そう強くお願いしたいと思っています。

酒井京子(さかい・きょうこ)


 

童心社 取締役会長。1946年東京都生まれ。1968年に法政大学経済学部を卒業し、童心社に入社。編集者として、『おしいれのぼうけん』『14ひきのシリーズ』などのロングセラー絵本を世に送り出す。1998年、三代目社長に就任。2007年から現職。2001年に20人の仲間と「紙芝居文化の会」を立ち上げ、統括委員として活動中。

紙芝居文化の会ホームページ

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