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2010年6月号 これからの子育てを考える 第3回 まず、自分の不完全さを許そう。「ホーム・レス」から「ホーム」ある社会へ ノンフィクションライター 北村年子さん

子どもたちの幸せな明日をつくりだすことをめざす「これからの子育てを考える!」シリーズ。その第3回として、ノンフィクションライターの北村年子(きたむら としこ)さんのインタビューをお送りします。北村さんは子ども・女性・ジェンダーを主なテーマに取材、執筆活動に取り組みながら、親と子の自尊感情を育てるための自己尊重ワークショップをはじめ、子育て支援・子育ち支援のためのセミナー、学校での「いじめ」「ホームレス問題」についての授業・講演活動も精力的に行っています。

子育ての考え方を根本的に変えさせた釜ヶ崎での経験

北村さんは子育て中のお母さんのための「自己尊重トレーニング」を提唱、子育て講座も開いています。始めた理由をお聞かせ下さい。

北村 私には今18歳の息子がいますが、自分が20代の頃は子どもを生むまいと思っていました。1986年、東京・中野区の中学2年生鹿川裕史君が「葬式ごっこ」などのイジメを苦に、「このままじゃ生きジゴクになっちゃうよ」という遺書を残して、自殺しました。その事件の取材から始まって、多くの十代たちを取材するようになりましたが、学校でも家庭でも、子どもたちのストレスが深刻なことが分かりました。話を聞くと、まず出てくるのは親の悪口。「ああいう大人にだけはなりたくない」と例にあ【挙げる】げるのは自分の親のことでした。小さい頃から親のいうことをよく聞いて従順だった子が、中学生になり、思春期を迎えると、自分のことを尊重してくれていない親や大人たちへの怒りが爆発するのです。でもその怒りを親にも教師にもぶつけられない子は、弱者へのいじめに向かいます。当時、私は24歳でしたが、こうした子どもたちに接する中で、こんな時代の今の社会に命を生み出すことを罪悪のように感じ、「親になるのはとても大変で、私には子どもを育てる自信はない」と思っていたのです。

  でも、4年後の1990年、私は大勢の日雇い労働者が生活する日本最大の「寄せ場」である大阪"釜ヶ崎"を訪ね、その街の中にある「こどもの里」という児童館の活動に出会いました。そこでは1983年に横浜で起きた少年たちによる「ホームレス襲撃事件」をきっかけに、日本で初めての「子ども夜まわり」が行われていました。それは、子どもたちがおにぎりや毛布を持って、野宿者に声をかけて回る支援活動であると同時に、実際に当事者から話を聞きながら「ホームレス」にいたった背景を理解していく体験学習になっています。大人社会の無知と偏見から「危ない」「怖い」「怠け者」と教えられていた子どもたちが、実際に「人と人として」ふれあう体験と実感を通してどんどん意識が変わっていきます。その活動に参加し、釜ヶ崎で半年暮らすなかで、子どもと共に成長している素敵な親や大人たちに出会えたことで、私の子育てに対する考え方も大きく変わりました。

  たとえば、自分たちの生活も決して裕福ではない親子やシングルマザーたちが、子どもと一緒に、困窮している人たちへの炊き出しや夜回りの活動をしていました。彼女たちは完璧な存在として、子どもたちを教え諭したりしていたわけではなく、むしろ、子どもたちから「人として一番大切なこと」に気づかされ、教えられながら、親としても育てられていました。その姿を見て、ああ、私も子どもに学び、導かれながら、成長していければいいのだと思えるようになったんですね。そんな経験を経て、釜ヶ崎から帰ってきた後、1992年に子どもを産みました。

「いいお母さんにならなくちゃ」で追いつめられるお母さんたち

子どもが生まれて、どうでしたか。

北村 「想定外」の連続でした。子どもを生んだ時、「これまで取材で聞いてきた親のようにはなりたくない。子どものためにいろんなことをしてあげたい、いいお母さんになろう」と心に誓いました。ところが、生まれた息子は夜泣きは激しいし、四六時中、身体を密着させていないと泣きやんでくれない。産後1ヶ月間、ほとんどまともに寝られず、心身共にくたくたになり、意識ももうろうとして、完全なノイローゼ状態になってしまいました。

  そんな状態で、初めて3ヶ月児健診に行った時に、助産師さんから「体重が増えてないよ。おっぱいが足りてないんじゃないの?」といわれたんです。私は本で読んだ通りに、母乳育児にこだわって、体がつらくてもおっぱいにしがみつかせていたのですが、助産師さんは「無理しないで、粉ミルク足しなさい。まずもっと自分を大事にしなさい。お母さんが自分の身体をいたわることが最優先よ」と言ってくれました。それを聞いたら、突然ぽろーっと涙が出てきたのです。それまで、誰ひとりとして、「子どもよりも、自分を大事に考えなさい」といってくれる人はいませんでした。私自身も「いいお母さんにならなくちゃ!」と思いつめていました。そんな中で、「あなた自身がまず大事」という助産師さんの言葉を聞いたら、全身の力がすっーと抜けて、「そうか。完璧でなくていいんだ。母乳でなくても粉ミルク足せば、まあ、いっか」という気持ちになったんです。そして、ミルクをあげたら、息子は一気にごくごく飲んで、ぱたんと寝てしまいました。「なんだ。泣きやまないのもお腹が減っていただけだったんだ」と思いましたが、当時はそんなことも分からないほど私も未熟な母親だったのです。

その体験は多くのお母さんに共通するのではないでしょうか。

北村 赤ちゃんを産めば、誰でもお母さんになれるわけではありません。私のように、失敗したり、赤ん坊を抱いて一緒に泣いたり、ベランダから子どもを放り出してしまいたい気持ちにかられたり、そんな自分への嫌悪感や罪悪感にさいなまれたりします。当時の私も含めて、今のお母さんたちは「しなくちゃ病」「ねばならない病」で、がんじがらめです。「母乳育児がよい」と聞けば、母乳育児に走り、「読み聞かせがよい」となると、毎日読み聞かせしなくちゃ。一事が万事、様々な情報に振り回されて、24時間あれもこれも「しなくちゃ」「こうでなくちゃ」とやっていたら、肉体的、精神的に追いつめられてしまいます。

  今、子育てをしているお母さんたちは親の過剰な期待や過干渉に苦しんできたり、「自分はそうはするまい」と思っていたりもするのですが、自分が母親になると、ほかにやり方を知らないし、無意識に自分がされてきたと同じ子育てをしてしまいがちです。でも「いいお母さんにならなくちゃ」とがんばってイライラしているより、「ま、いっか」と自分を許し「幸せなお母さん」でいることのほうが大切です。私自身の体験も踏まえて、「いいお母さんから、幸せな子どもは生まれません。自分を大事にできる幸せなお母さんから、幸せな子どもが生まれます」と訴えています。

不完全さを許した上で、自分のよさを見つけることが自己尊重の基盤

それが「自己尊重トレーニング」のベースになる考え方なのですか。

北村 そうです。自分のことをほめられないのに、子どもをほめられるはずがありません。自分自身が肯定的なエネルギーにあふれた時に、子どもにも目一杯の愛情を注ぐことができるのです。自己尊重トレーニングの講座では、それを「自尊の種」と、花の種にたとえます。そして、「SMAPの『世界にひとつだけの花』の歌のように、ぼくはぼくでいい、私は私ですばらしい、という自尊の花を咲かせるためには何が必要ですか」と参加者に尋ねます。そうすると、「きれいな水や暖かい太陽、養分のある土、肥料」などの答えが返ってきます。その通りで、それらすべてがプラスのエネルギーになって、この世にひとつの花が咲くわけです。それが自己実現であり、人がそれぞれに持って生まれた気質や個性を社会のために役立てていくことにつながります。そのための自尊の種(自己尊重基盤)の最大の養分が「ほめること」「愛すること」「関心を向けること」そして「許すこと」です。

お母さんたちの反応はどうですか。

北村 「お母さんがまず自分を大事にして、自分をもっと肯定してあげましょう」と言うと、やっぱり18年前、私が助産師さんにいわれた時と同じで、みなさん、ぽろぽろと泣かれたりします。それで、「今まで、一度も子どもを叩いたことがない人はいますか」と尋ねると、まずほどんどの場合、いない。そして、そのお母さんたちにさらに話を聞くと、そうした自分を「なんてダメな母親なのだ」と責めていて、その中で「もっと子どもをほめなくちゃ」「愛さなくちゃ」とやっているのです。けれども、「こんな私は最低だ、母親失格だ」と自分を責めて嫌っていては、自分のお花に毒水をかけているようなものです。自尊の花は育つどころか、打ちひしがれて枯れてしまいます。

  そこで、お母さん自身が自責の念から解き放たれるためには、まず「ほめる」以上に、あるがままの自分を認めて、「許す」ことが必要です。よく、「自分のよいところを探して、ほめましょう」と言われますが、講座に来る時でさえも、子どもに「早く歩いて!」とどなって怒ったりして、罪悪感でいっぱいになっているお母さんにとって、「自分をほめることなんてできない」と思ってしまうのも当然です。でも、人間誰しも、長所があれば、短所もあります。ほめることが自分の長所を認めることだとすれば、許すことは自分の短所や不完全さを認めて受け入れることです。ですから、まず自分の不完全さや間違いを許して、受け入れるところから始めて、自分のよいところを探していくのです。

今の社会では、「不完全さを許そう」という声はなかなか聞こえてきません。

北村 そうなんです。お母さんだけではなく、子どもたちもありのままの自分を許せなくて、自分を責めています。学校でいじめられても、そんな自分を弱い、男らしくないと思って、恥ずかしくて両親にはいえない「こんなダメ息子でごめんなさい」と、遺書を書いて死んでいくのです。そんな時、「弱くてもかまわない」「いじめられても、かけがえのない大事な私の子どもだ。逃げてもいいし、生きてさえいてくれればいい」と、勝てないことや弱いことを許し、不完全さを受け入れてもらえれば、子どもは安心します。この安心感を持つことができれば、子どもは生きていけるし、何度でもやり直せるのです。

 私は「今ここに生きているだけで尊い、オンリーワンの子育て」を奨めていますが、「オンリーワン」を勘違いして、「子どもに何か、ひとつの優秀さを求めること」と思い込んでいるお母さんがいます。それは今の日本社会で、圧倒的多数の人が常に誰かと自分を比較して、「あの人よりマシだが、あの人にはかなわない」という基準で、ものごとを考えていることの反映です。子どものいじめも同じです。子どもたちも家や学校、あらゆるところで、常に比較されていて、誰かを下に置かないと安心することができずに、いじめに向かう。いじめている子自身が、何より自分を肯定できていない自己尊重感の低い子どもです。

親も子どもも安心して自信を持っていられる居場所や関係を作る

北村さんが子育てをされた1990年代と今は違いがありますか。

北村 年々、「しなくちゃ病」がきつくなっています。「今は大学出ても、就職難なのだから、もっと努力して、人に負けないようにがんばらなきゃダメ」と不安をあおる親が増えているのに対して、「まあ、大丈夫、何とかなるさ」と楽天的な寅さんのような人や「こんな生き方もあるよ」と教えてくれる大人が少なくなっています。こうして不完全さを許すメッセージが減り、社会的な不安やしばりがきつくなる中で、親も子どもも、安心して自信を持って生きられる居場所や人との関係が築けない「ホーム・レス」の状態に陥っています。そして、それが現在の社会の様々な不幸や暴力を生む大きな原因となって、家庭でも安心できない、親からも否定され、追いつめられた子どもたちは、そのいらだちを学校でぶつけ、それに反撃できない子どもはさらに路上で野宿している人を襲撃する、といったいじめの連鎖が生まれています。

  そうした状況を変えていくためには、人と人が助け合い、関心を持ち合って、たとえ家族であろうがなかろうが、あるがままの存在を受け入れあえる居場所や人との関係をつくる「ホーム」が必要です。2008年に、子どもたちの野宿者への襲撃やいじめをなくし、人と人が理解しあいつながっていくことをめざして立ち上げた「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」も、人々の自尊感情を育む基盤となる「ホームづくり」が目標です。

子育てをしているお父さんやお母さんへのメッセージをお聞かせください。

北村 責任感の強い人ほど、仕事でも子育てでもがんばろうとします。家族のため、子どものため、がんばるわけですが、がんばりすぎると、がんばってないように見える人を責めたくなります。そして、自分が失敗すると、今度は自分を責めるのです。「責める」と「攻める」は同じで、自分いじめになり、人をいじめることになります。子どものいじめも、子どもたち自身がいじめが必要になるまで、がんばっているから、起こるのです。だから子どもたちには「誰かをいじめたくなるまで、がんばらなくていいよ。人を傷つければ、結局、自分を傷つけるよ。自分を大事にして、自分を好きでいられるために、まわりの人にも愛を、プラスのお水を注いであげようね」と話します。子育ても同じです。イライラするまでがんばらない。自分や子どもを、責めたくなるまでがんばらない。肯定しあい、認めあい、許しあえる「ホーム」こそが、自分も子どもも幸せにしてくれます。

北村 年子(きたむら としこ)


 

ノンフィクションライター 1962年滋賀県生まれ。デビュー作『少女宣言』(長征社、1987年)が大きな話題を呼ぶ。以後、女性・子ども・ジェンダーを主なテーマに取材・執筆活動を進め、近年は子育て・子育ち支援のセミナー、自己尊重ワークショップ、いじめや野宿者問題についての講演活動も精力的に行っている。2008年、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を立ち上げ、共同代表となる。著書に『おかあさんがもっと自分を好きになる本―子育てがラクになる自己尊重トレーニング』(学陽書房)、『こどもを認める「ほめ方・叱り方」―愛が伝わる幸せ子育て』(PHP研究所)、『ホームレス襲撃事件と子どもたち―いじめの連鎖を断つために』(太郎次郎社エディタス)などがある。