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2008年8月号 21世紀を生きるための新しい価値観2回 「ワークライフバランス」株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長小室淑恵さん

2006年にコンサルティング会社、株式会社ワーク・ライフバランスを立ち上げ、企業の就業制度へのアドバイス、講演、執筆など、幅広く活躍されている小室淑恵さん。「21世紀を生きるための新しい価値観」の第2回は、小室さんに「ワークライフバランス」という言葉の意味や背景、実践のための具体的方法などを伺いました。個人や企業、そして日本社会にとってのワークライフバランスの重要性をわかりやすく解説していただきました。

「ライフ」と「ワーク」の相乗効果

ワークライフバランスという考え方は、いつ頃、どの国で生まれたのですか?

小室  ワークライフバランスという言葉が盛んに使われるようになってきたのは1990年代からで、欧米の各国から同時多発的に出てきた考え方です。アメリカの例で見ると、90年代の不況期に多くの企業が人員削減を実施したことがきっかけとなって、企業におけるワークライフバランスの取り組みが活発化しました。従業員の数が減れば、残った人材を有効に活用しないと企業活動が停滞してしまいますよね。ですから多くの企業が、従業員のモチベーションを高く保って、生産性を上げるための施策として、育児や介護などの私生活と仕事を両立できる制度をつくったわけです。そのような動きが、90年代にいろいろな国で起こりました。

 日本にワークライフバランスという考え方が入ってきたのは2000年頃だと思いますが、多くの企業がワークバランスに取り組み始めたのは、2006年になってからです。この年に、当時の安倍晋三総理がワークライフバランスの重要性を唱えたこともあり、職場復帰支援のプログラムなどを導入する企業が急増しました。

小室さんご自身は、「ワークライフバランス」という言葉をどのように定義していますか?

小室   「バランス」と聞くと、どうしても、天秤のようにどちらかが重くて、どちらかが軽いという状態をイメージしてしまいます。私生活、つまり「ライフ」が2なら「ワーク」は8、「ライフ」が6なら「ワーク」は4、といった感じですね。しかし、私の考えるワークライフバランスとは、そういうものではありません。

 家庭生活がうまくいき、体も健康になって、自己研鑽の時間をとることもできて、いろいろな人とのネットワークもできる。そうやって「ライフ」の時間が充実すれば、そこで蓄積した情報や知識や人脈を「ワーク」に活かすことができるようになります。つまり、「ライフ」と「ワーク」の両方がともに向上するのが、本来のワークライフバランスであると私は考えています。ですから、「バランス」というよりもむしろ、「ハーモニー(調和)」とか「シナジー(相乗効果)」といった方がわかりやすいかもしれませんね。

なるほど、「私生活と仕事の調和」とか「私生活と仕事の相乗効果」と考えれば、確かにわかりやすいですね。では、ワークライフバランスを実践することのメリットは何であるとお考えですか?

小室   個人にとっての最大のメリットは、短い時間でたくさんの仕事のアウトプットが出せるようになることです。現代の仕事において最も重要なのは、アイデアです。アイデアが新しい企画などのアウトプットに繋がるわけですよね。そのアイデアを生み出すのに必要なものが、情報や知識などのインプットです。「ライフ」の時間で自己研鑽を積み、いろいろな人とのネットワークをつくることができれば、そのすべてがインプットとなって様々なアイデアが生まれ、結果として、仕事のアウトプットが短時間で出せるようになる。それが、ワークライフバランスを実践することの一番のメリットだと思います。

 アウトプットを短時間で出せるようになれば、残業をせずに、就業時間内ですべての仕事を終わらせることができるようになります。その習慣をつけておけば、仕事と、例えば育児などの私生活の両方をこなすことができるようになります。これまでのように、育児と仕事のどちらかを選ぶということをしなくてすむわけですね。つまり、ワークライフバランスがうまくいっていれば、私生活がどう変化しても、仕事をずっと続けることができるのです。

ワークライフバランスを実現した企業だけが生き残る

では、企業がワークライフバランスを実践することのメリットは何でしょうか?

小室  企業に関して言えば、メリットがあるかないかという議論には実はあまり意味がないと私は考えています。というもの、企業が今後も確実に利益を上げていくことを目指すなら、どうしてもワークライフバランスに取り組まざるをえないからです。

 現在の日本は、月60時間以上残業している人の数が世界一です。しかし、ひとり当たりの付加価値額は先進国中で最下位となっています。つまり、非常に多い労働時間を費やしながら、その成果は極めて少ないということです。現在でもこれだけ非効率なわけですから、今後労働人口がどんどん減っていけば、生産性はどんどん低下していくことになります。

 では、これからの企業はどうすればいいのでしょうか。最も重要なのが、優れた人材を集め、その人たちに長く、しかもモチベーション高く働いてもらうことです。そして、それによって経営をできる限り効率化することです。それができた企業だけが勝ち残っていくことができると言っていいと思います。そのために必要な施策が、先ほどアメリカの例で上げたように、ワークライフバランスなのです。

 それから、もうひとつ重要な視点があります。今後の日本社会では、介護への対応が大きな課題となります。07年から09年にかけて、多くの人が退職を迎えたわけですが、この人たちは15年後に一気に要介護年齢を迎えます。日本社会における被介護者が一気に増大するわけですね。その人たちを介護するのは、いわゆる団塊ジュニアの世代です。団塊ジュニアのほとんどは共働きですから、夫婦ともに働きながらそれぞれの両親の介護を担わなければならなくなります。つまり、15年後には、男性も女性も介護のために仕事を休んだり、短時間勤務をしなければならなくなるわけです。多くの社員が、介護のために6時には家に帰らなければならない。当然、残業はできない。そうなると、これまで残業に頼った経営をしていた企業は、利益を出すことが難しくなります。今から、社員が残業をしなくても利益を出せる構造をつくっておかなければ、15年後にいきなり利益が激減することになります。そう考えれば、残業をしない仕事のスタイル、つまりワークライフバランスが企業にとってどれだけ重要かがおわかりいただけると思います。

少子化問題は「男性問題」

これから個人的にワークライフバランスを実践しようとしている人は、始めにどこから変えていけばいいでしょうか?

小室  私はまず、自分の仕事をしっかりスケジューリングすることをお勧めしています。9時から6時の間で仕事を終えられるスケジュールを毎日立てる。さらに、そのスケジュールの達成度を毎日上司に報告する。それによって、ワークライフバランスはかなり実現に近づきます。

 例えば、毎朝の通勤途中などにその日のスケジュールを立てます。そして、終業時間の30分前に上司のところに行って、どの仕事が終わり、どの仕事が終わらなかったかを報告します。そうすると、仕事にかかった時間が細かく把握できますし、仕事の中の無駄な部分や、より重要な部分が見えてきます。また、上司に「この人はきちんとスケジューリングをしている」と認知されれば、思いつきで余計な仕事を振られることもほとんどなくなるはずです。

 ワークライフバランスを実践する場合のポイントは、「自分ひとりで頑張らない」ことですね。仕事の進行状況を上司に報告し、アドバイスをもらう。スケジュールがうまくこなせた時は、周囲の人のおかげで仕事が達成できたことを、上司を始め周りの人たちに伝える。常に周囲への感謝の気持ちをあらわす──。このようなコミュニケーションに気をつけることによって、定時で帰ることをみんなが納得してくれるようになります。

ワークライフバランスを実践すると、生活は大きく変化しますか?

小室  私の知り合いの20代の女性で、残業続きで悲壮感いっぱいに生きていた人がいました。私はその人に「残業をやめる努力をしなさい」「仕事を早く終わらせるために、スキルアップをしなさい」とアドバイスをしました。彼女は頑張って6時に帰る努力をし、空いた時間で資格をとる勉強をしたり、いろいろな勉強会に積極的に参加するようになりました。その中で、ベンチャー企業の経営者の男性と知り合っておつきあいするようになり、その彼から経営に関する話をいろいろ聞くことで情報感度も高くなって、情報収集の効率も劇的に向上しました。結果として、昇格して給料が上がり、私生活もたいへん充実するようになりました。まさにワークライフバランスの相乗効果によって生活が大きく変わったわけです。こういう人は、私の周りにたくさんいますよ。

最後に、ご自身のこれからの目標や夢についてお聞かせください。

小室  男性が家庭に早く帰ってこられる社会をつくること。それが一番の夢ですね。少子化問題は、実は「男性問題」であると私は考えています。女性がひとりで育児に取り組むのはたいへんなことで、ひとり目の子供を育てた後で、もううんざりしてしまって、二人目はいらないと考える女性がとても多いんです。もし男性が早く家に帰ってきて、夫婦で一緒に子育てに取り組むことができれば、育児はとても楽しくなって、出生率も必ず上向きになるはずです。

 それから、男性自身が育児に参加しないと家庭での居場所を失うことになります。子供がなつかなくなるし、たまに家にいると「パパ、どうして家にいるの?」と聞かれるようになります。それはとても寂しいことですよね。

 男性が子供から愛され、家庭に居場所がある。そういう社会が実現することが、公私を含めた今の私の願いです。

小室淑恵


1975年東京生まれ。資生堂に入社、インターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス事業を立ち上げ注目される。
資生堂を退社後、06年7月に 株式会社ワーク・ライフバランス を設立。育児休業者、介護休業者、うつ病などによる休業者の職場復帰プログラム「armo(アルモ)」の提供のほか、業務の効率化や働き方の改革・残業削減などワーク・ライフバランスに関する幅広いコンサルティングを多くの企業に提供している。内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」など数多くの委員も担う。私生活では03年に結婚し、06年4月に第一子を出産した。著書に『新しい人事戦略 ワークライフバランス--考え方と導入法』(日本能率協会マネジメントセンター)、『キャリアも恋も手に入れる、あなたが輝く働き方』(ダイヤモンド社)、『結果を出して定時に帰る時間術』(成美堂出版)などがある。