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2009年3月号 絵本をめぐる世界第2回 絵本を通じたコミュニケーション 青山学院女子短期大学非常勤講師 中村柾子さん

大学卒業後、36年間にわたって保育の現場に関わってこられた中村柾子(なかむら まさこ)さん。中村さんは、意識的に絵本の読み聞かせを実践して、子供たちとのコミュニケーションを図ってこられました。現在子育てをしている人、これから父親、母親になる人、そして純粋に絵本が好きな人──。そういった人たちに向けて、絵本の魅力、絵本の力、絵本によるコミュニケーションの意義などを語っていただきました。

読み手と聞き手がとけ合っていく体験

絵本は子供にどのような影響を与えるとお考えですか?

中村  最も顕著な影響は、「聞く」ことの喜びを感じるようになることだと思います。絵本は子供自身が読むものではなく、大人が読んで聞かせるものですよね。子供は物語を「読んでもらう」ことによって、大きな喜びを感じるわけです。それはすなわち、読み手と聞き手の間に絆が生まれることを意味します。

 それから、絵本の世界に接することによって、子供は言葉の豊かさを知るようになります。音の響き、語感、表現の豊かさや面白さ──。そういうことを知って、言葉に対する感受性を育んでいきます。

絵本の力を実感されたのはいつ頃ですか?

中村  短大を出てすぐに保育者になったのですが、それ以前から絵本が好きで、子供たちに絵本を読んであげたいと考えていました。でも、実際に保育現場で読み聞かせを始めるまで、絵本の本当の魅力をわかっていなかったと思います。

 絵本を自分ひとりで読むことと、子供に読み聞かせることは、まったくの別ものなんです。子供の前で絵本を読むと、それまで気づかなかった言葉の響きがわかったり、子供たちから思わぬ反応があったり、自分が面白いと思っても受け入れてもらえなかったりと、いろいろなことを体験します。保育者になってから「ああ、これが絵本を読み聞かせるということなんだな」と実感しました。

声に出したり、相手がいたりすることで初めて見えてくるものがあるわけですね。

中村  そうですね。絵本の本当のよさは、声に出して読んでみないとわからないと思います。とくに美しい言葉で書かれた絵本は、音読することでより魅力が伝わります。よい絵本の言葉には、歯切れのよさや、リズム感、テンポ、力強さなどがあります。文章自体も短くて、子供にわかりやすいように書かれています。逆に、どこで息継ぎしていいのかわからないような絵本もありますね。

 それから、読み聞かせを始めてから気づいたのは、子供は本当に絵をよく見ているということです。大人は絵を見ているようでいて、あまり見ていないんです。文字があると、どうしてもそれに頼ってしまいます。でも子供は、耳から言葉を聞いて、それを絵でひとつひとつ確認しながら話を聞きます。

 とにかく、子供と一緒に本を読んでいると、いろいろな発見があるんですよ。それまでよさがわからなかったけれど、子供に教えられて初めて魅力がわかったという本がたくさんあります。絵本を読み聞かせるという行為には、読み手と聞き手の上下関係のようなものはまったくなくて、お互いが完全に横並びになって、とけ合っていくんです。それが絵本を読み聞かせることの醍醐味だと思いますね。

子供に何かを求めてはいけない

絵本を読み聞かせるときに、具体的にどのようなことを心がけてこられましたか?

中村  ゆっくり、丁寧に読むということですね。普通の話し言葉よりも少し遅いスピードで、子供が絵をじっくり味わう時間を与えてあげることを心がけてきました。それから、心を込めて読むということ。読み手の心がここにあらずというときは、子供にもそれが伝わるものです。逆に、「このお話を届けてあげたい」という気持ちをもって読めば、その思いはとても素直に伝わっていきます。

 もうひとつ、私がとくに気をつけていたことは、子供に何も求めないということでした。何かを教えるとか、覚えさせるとか、そういうことは一切考えないようにしていました。大人は、テーマ性とか教育的な見地のようなものを絵本に求めがちです。でも、子供はそういう匂いをすぐに嗅ぎつけて、絵本から離れていってしまいます。絵本はあくまでも楽しいものであって、それ以上のことは必要ないんです。その楽しさの感覚を子供が身につけることができれば、後々辛いことや苦しいことがあっても、きっと乗り越えていけると思うんです。

私たちが子供に絵本を読み聞かせる場合のコツを教えていただけますか?

中村  絵本の読み方は、その本が「どう読まれたがっているか」によって決まると思います。言葉遊びの本ならば、リズミカルに読めば魅力がより伝わりますし、穏やかな物語なら、静かに読まれることを求めているはずです。また、図鑑などの本なら、子供と会話をしながら読むのがふさわしいと思います。まずは、その本がどういう本かを考えてみるのがいいと思いますね。

 絵本を読み慣れた方の中には、物語を脚色したり、声色を大げさに使い分けたりしながら読む方もいますが、私はごく自然に読むことをお勧めしています。本を読むことは演劇ではありませんし、わざとらしさは子供に簡単に見抜かれるものです。言葉や物語を子供の心に自然に届けること。それをいつも大切にしながら読んでいただきたいと思います。

読み聞かせは、子供が何歳になるまで必要なものなのですか?

中村  子供が読んでほしいと言っているのなら、何歳になっても読んであげたらいいと思いますよ。小学2年生になっても3年生になっても、読み聞かせには意味があると思います。子供が本を読んでほしいというときは、たんに「物語が聞きたい」というだけではなくて、「ここにいてほしい」という気持ちもあるものです。あくまでも子供とのコミュニケーションのひとつとして読み聞かせを捉えるのがいいのではないでしょうか。

 そうやってお話を「読んでもらう」ところから、自然に児童文学などを「自分で読む」というところに移行していければ理想的ですよね。

いいものを見分ける目をもってほしい

絵本の選び方についてアドバイスをいただけますか?

中村  子供が喜ぶ本というのが基本だと思います。喜ぶといっても、子供に迎合するという意味ではありません。これから未来に向かっていく子供たちの糧となるような世界観が表現されていて、子供がそれを全身で受け止められるような本ということです。

 とはいっても、そういう本をすぐに探し出すのはたいへんですよね。ですから、たとえば自分が子供の頃に好きだった絵本から始めてみるのはどうでしょうか。それから、ロングセラーとなっている絵本にも、よいものが多いと思います。何しろ、長い間いろいろな世代の子供たちに読み継がれているものですから。

 どうしても読み聞かせたい絵本が見つからないという人は、図書館を利用してみるのもお勧めです。優れた本がセレクトされていますし、ジャンルに分かれていて選びやすいですからね。

絵本には対象年齢が設定されていますが、あれも目安になりますか?

中村  確かにひとつの目安ですが、あまり気にしなくてもいいのではないでしょうか。小さな子でも、文章がたくさんある本が好きな子もいますし、比較的大きくなってからも小さい頃の絵本を読みたがる子もいます。そのときに子供が求めるものを読んであげればいいと思いますよ。

長い間保育の現場に関わられて、以前と最近とで子供をめぐる環境はどのように変化したとお感じですか?

中村  最近の子供は、小さな頃からゲームや映像に接するようになっているので、本のページを1枚1枚めくりながら、ゆっくりしたテンポで読んでいくということをまどろっこしく感じるようになってきていると思います。

 それから、外で遊ぶ子供が減っていますね。虫を捕まえたり、花を摘んだり、泥だんごをつくったりと、いろいろなことを自分の体で体験しないと、絵本を読んでも、物語の世界を実感としてつかむことができません。子供を大切に育てることにもちろん異論はありませんが、多少はほったらかしにして、外で自由に遊ばせるという勇気も必要かと思います。

 逆によくなっているところは、子育てや子供の発育を社会的に支援していく動きが活発になっている点ですね。子供劇場、図書館、各種の児童施設、ブックスタートのような非営利組織──。現代の子供たちは、そういったものを活用して早くからいろいろな文化に接することができます。もっとも、情報や選択肢が多い分、本当に子供にとってよいものが何かを選んでいくのは、大人にとって難しいことかもしれませんね。

最後に、現在子育てをしている人や、これから父親、母親になっていく人たちに向けて、メッセージをいただけますか?

中村  いいものを見分ける目をもってほしいと思います。誰かがこう言っているから、ということではなく、絵本にせよ、それ以外のことにせよ、自分自身で良し悪しを見極めていく力をぜひ身につけていただきたい。そう思いますね。

中村柾子(なかむら・まさこ)


1944年東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業後、保育者として幼稚園、保育園に36年間勤務する。退職後、青山学院女子短期大学などで絵本や言葉に関する講義を行っている。著書に『絵本はともだち』(福音館書店)などがある。