今月の「生きるヒント」

シリーズ 女性の生き方 ターニングポイント~わたしの転機~ vol.8 土田和歌子さん 前向きな心と意志で 困難を乗り越え、走る

プロフィール
つちだ・わかこ/1974年、東京都生まれ。サノフィ株式会社に所属する、日本を代表する車いすアスリート。17歳のときに交通事故で脊髄を損傷し、膝から下が動かなくなる。入院中から、車いすスポーツに興味を持ち、アイススレッジスピードスケートで活躍後、陸上競技に転向。2001年の大分国際車いすマラソンで1時間38分32秒の世界最高記録を樹立。1998年の長野パラリンピックでの金メダルに続き、2004年アテネパラリンピックでも金メダルを獲得。日本人初の、夏冬での金メダリストになる。2008年の北京パラリンピックでは、事故に巻き込まれ転倒するアクシデントに見舞われるものの、ロンドンパラリンピックで見事復帰。4大会連続出場をはたし、日本選手団の主将を務めた。

入院中に出会った車いすスポーツから、アスリートの道へ

高校2年の時に交通事故にあい、膝から下が動かなくなりました。でも意外と、死にたくなったりとか、何日も落ち込んだりとかは、しなかったんですよね。私、一部で「ポジティブモンスター」と呼ばれているくらい(笑)、根っから前向きなんです。

入院中に車いすスポーツに出会ってからは、もうそれに夢中。そこから、車いすのアスリートを目指すことになります。19歳でリレハンメル冬季パラリンピックに出場。メダルが取れなかった悔しさをバネに、次は長野冬季パラリンピックに出場し、アイススレッジスピードスケート競技で金メダルと銀メダルを獲得することができました。そこから、陸上競技に転身し、シドニーパラリンピックに挑むことになります。シドニーを終えたあと、もっと集中して練習したいと、プロへの転向を決意しました。前の職場の上司が「あなたの居場所は、ここにはもうないのよ」と言って、背中を押してくれたこともあり、次の道がひらけたんです。ここからアテネパラリンピックまでの4年間は、本当に贅沢な練習環境でトレーニングができました。

車いす競技を初めて、もう18年以上も経ったんですね。もともとスポーツ選手になりたいと思っていたわけではないのですが、4年ごとのパラリンピックなど、目の前に現れたことに無我夢中で挑戦していたら、ここまで来ていました。


競技中の事故で負傷。入院中に、人生と向き合った

2008年
退院後復帰へ向けて
走り始めた頃

2008年には、北京パラリンピックで接触事故に巻き込まれました。息が止まるような痛みと苦しみを感じ、4年に1度の大会のために練習してきたことが、すべて水の泡に。本当に悔しかったです。事故によって、まわりの皆さんには大きなトラウマを与えてしまったようです。ロンドンパラリンピックに向けて走りだした時、たくさんの方から「もう5000メートルトラックの種目は出ないほうがいいんじゃないか」と心配されました。息子にも「おかあさん、もうころばないでね」と言われ、不安な気持ちにさせていたのかと切なくなりました。でも、私自身は、復帰してレーサー(競技用車いす)に乗った時、やっぱり「楽しい!」と思ったんです。復帰できたことに、喜びこそあれ、怖さはまったくありませんでした。

それは、怪我を治療している2ヵ月の間に、自分の人生と向き合うことができたからかもしれません。最初に入院していた部屋からは、ホスピスの建物が見えました。数日前まで元気に談笑されていた方が、ある日亡くなってしまう。死というのは誰にでも訪れるものだということに直面し、今自分に与えられている環境について考えました。次に、移動した先が産婦人科の分娩室の隣の部屋。起きる前から赤ちゃんの産声が聞こえてくるようなところで、その生命力に圧倒されました。この対照的な部屋選びは、もしかしたら主治医のお気遣いだったのかもしれない、と思っています。


私の挑戦する姿から、困難を乗り越える力を見つけてほしい

遠征があったり、合宿があったりと、子どもと過ごす時間は、普通のお母さんよりも少ないかもしれません。家にいる時も、仕事に家事にバタバタしています。「はやくはやく」と急かして、叱ってしまうことも。そんななかで、どう愛情を表現するか、すごく考えています。息子がリクエストしたお弁当をつくったり、短時間でもいいからふれあう時間をつくったりと、できる限りのことはしたいですね。やっぱり子どもが「おかあさん、すごい!」と喜ぶその笑顔が、なににも代えがたい活力になりますから。子どもから、すごく勇気をもらっていると感じます。逆に、子どもが人生の壁にぶつかった時は、私が競技に挑戦していた姿を思い出して、壁を突破するきっかけを見つけてくれればいいですね。

子どもはもちろん一番大事なのですが、生まれる前と後で、競技へのモチベーションはまったく変わっていないんです。やはり競技は、自分のためにあるもの。足は動かなくなったけれど、自分を表現できる競技に出会えたことを、すごく幸せだと思っています。だから、その車いす陸上を極めたいという思いで、ずっと続けているんです。


歳と経験を重ね、自分の殻をやぶれるように

悩みがあるときはスパっと行動をおこして、解決する。それが私の当たり前だったのですが、歳をとるにつれ、そうではない人もいるんだなと気づけるようになりました。いやむしろ、そうではない人が大半かもしれません。行動するまでに時間がかかるのも、当たり前なんだとわかりました。そして、だんだんと、自分自身も変わってきました。ずっと、考えるより先に行動するタイプだったんですが、年齢とともに、まわりの方の意見を聞いて、慎重になることも増えてきたのです。

どちらかというと、友だちからは「壁がないようである」といわれてきたんです。いつも発言する前に、「相手はどう思うだろう」ということを先に考えてしまっていたからでしょうか。でも、最近は自分を出すように心がけています。自分の気持ちを伝えないと、相手も心をひらいてくれませんからね。どうしても自分のいいところばかり見せたくなってしまいますが、いいところも悪いところもさらけ出して、関係性を築いていくほうが、きっと長く続くと思うんです。やっぱり私は、まわりに支えてもらって、初めて力を発揮できる。一緒にいる人と同じ方向にベクトルが向いていると、より強い力が出せるんです。だからこそ、自分の殻をやぶって、コミュニケーションしていこうと思います。

土田和歌子さんの、生きるヒント

北京での接触事故後、プロ選手としての契約が切れてしまい、ご縁のあった会社に社員として所属することになりました。そこで、車いす競技と社員としての仕事、そして家事・子育てを、全力で連立することを決めました。この時、「揺るぎない意志」という言葉をモットーにしたんです。そこから4年間、同じことを1からやりなさいと言われたら、できないかもしれないというくらい、いろいろなことを越えてきました。でも、意志があれば、なんとかなるものなんですよ(笑)。どんなことも、自分の意志なくしてはできないと思っています。自分で決めて、納得して生きていくこと。それが、大切なのだと思います。判断と実戦の積み重ねが、自分らしい人生につながるのです。

【色紙プレゼント!】応募受付は終了しました。ご応募ありがとうございました。当選者には、2013年2月上旬以降にご連絡いたします。


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