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2011年2月号 「人間力」を高めよう! 第5回 他者に受け入れられ、受け入れた経験が人を成長させる―「希望力」を高める ドキュメンタリー映画監督 太田直子さん

現代の社会を、より良くそして健やかに生き抜いていくために、私たちは、人間の持つさまざまな「力」を体得し高めていく必要があります。「生きる意味を見つけること」「コミュニティーの一員として自分に何ができるかを考えること」「現実をクールに分析・理解すること」「自分に尊厳を持つこと」等々──。そうした一つひとつの「人間力」こそが、私たちの人生を豊かで実りの多いものに導いてくれるはずです。

今回のテーマは、「希望力を高める」。

若者たちが絶望せず、生きる希望を抱きながら生きていくためには何が必要なのか。映画監督の太田直子さんにうかがいました。

ドキュメンタリーの映画監督である太田直子さんは2001年秋、知り合いから埼玉県にある定時制浦和商業高校を撮影してくれないか、という依頼を受けます。当時、埼玉県教育委員会は県内の定時制高校3校を統廃合する計画を立てており、浦商もその計画の中に入っていました。
教師や卒業生、保護者たちからの「統廃合を食い止めたい」という思いを受けて始まった密着取材は、2002年4月から4年間続きます。取材の成果は先ごろ、ドキュメンタリー映画『月あかりの下で~ある定時制高校の記録~』として結実し、映画は現在、全国各地で上映されるとともに、平成22年度文化庁映画賞、2010年度日本映画ペンクラブ賞など数々の賞も受賞しています。
今回のインタビューはその映画の内容をふまえつつ、そこに出てくる生徒たちがいかにして希望を持ち続け、成長していったか、を聞くことから始まりました。

見えない定時制のニーズ

映画を見させていただき、最初はかなり驚きました。生徒たちは片時もじっとしていないし、学校に来ても教室に入らないでウロウロしている子たちもいる。机の上に寝そべって、ピンヒールのサンダルを教壇に向けて教師と話すサチコを見た時は、「これでよく、先生は怒らずにいられるな」というのが、正直な感想でした。

太田 あのシーンは、いろいろと物議を醸しました(笑)。あそこでサチコの履いているピンヒールにズームしていますが、あのカメラの動きは、私自身の素直な驚きを表現したものでもあるんです。

  じつは私、取材に入るまで定時制についてほとんど知らなくて、そこにどんな子たちが来ているかもまったく知識がない状態でした。その手探りのような状態で、最初は彼女たちの入学式から撮り始めたんです。

  驚いたのは、その服装ですよね。制服がなくても、入学式だからさすがにスーツを着てくるかと思ったら、ジャージにサンダル。名前を呼ばれてもはっきり返事をしないし、表情を見ていても、「なんだか暗い子が多いな」という印象でした。

  対照的に、保護者はきちっとスーツを着て、なんだかほっとしたような表情をしていました。取材を始めたばかりの第一印象と言えばまず、その両者のギャップが心に残っています。

当時、浦商にはどのような子たちが入学してきていたんでしょうか?

太田 撮影に入った頃は、7、8割が中学時代に不登校だった子どもたちでした。なかには、中学時代にいじめに遭ったり、親から暴力を受けて児童相談所に保護されていたりする子もいました。

  定時制はもともと昭和23年、憲法に定められた教育の機会均等の精神に基づき、様々な理由で全日制の高等学校に進めない青少年に対し、高等学校の教育を受ける機会を与えようと誕生した学校です。

  定時制に入ってくる子どもたちの状況も時代によって大きく変化してきていて、不登校の子が増え始めたのは90年代に入ってから。上映会での声を聞いていると、最近は経済的に苦しく、昼間働かざるを得ない子たちが定時制に通うケースも増えているようです。

  じつは、定時制のニーズというのはなかなか数字には表れにくいんですね。生徒の気持ちとしては、できれば全日制に通いたい。しかし、全日制に通うには成績も出席日数も足りず、消極的な理由で定時制を選択する子が多いからです。

  倍率を見ると、たいてい一次募集は低くて、二次募集になるとぐんと上がる。現場では「必要だ」と感じていても、その声がなかなか行政には届かない現実がありました。そんな中「あそこはすごく生徒の面倒みがいい」と関係者の間で名が知られ、生徒たちが集まってきていたのが浦商でした。

「他者のまなざし」が人を変える

映画では、浦商に入ったばかりの1年生のクラスにフォーカスし、その4年間の成長の軌跡を追いかけています。太田さんが子どもたちの「成長」や「変化」を感じ始めたのは、どのあたりからだったのでしょうか。

太田 2年生くらいから、変わる子は変わり始めました。入ってきたばかりの1年生の時は、彼らは自分に注目して欲しくて騒いだり、無茶したりしています。あの子たちの多くは、学校で認めてもらった経験があまりない。だから、自分を無視して欲しくなくて、最初はわざと目立つような行動をとりたがるんです。

  先生たちはそれを十分に理解していて、どんな生徒もひとり一人必ず顔と名前をおぼえて、声をかける。授業に出ないでウロウロしていても、いきなり叱るのではなく、まずは名前で呼びかけてその子の話を聞く。物議を醸したあのシーンでも、先生はサチコとの信頼関係ができるまでは我慢して、彼女の話を聞くことに徹していたんです。

  担任だけではなく、すべての先生が自分の顔と名前を知っている。それがわかってくると、生徒たちの間に安心感が広がる。すると、行動もだんだんと落ち着いてきて、他人のことを思いやる精神的な余裕も出てきます。

  映像に出てくるメグミは、最初の頃はなんでも「わたし、わたし」と自分に引きつけてしゃべるクセのある子でしたが、撮影が進むにつれ、だんだんとそのクセが消えていきました。自分の抱えている問題で精一杯だった子が、2年生、3年生と進級するにつれ、学校に来ないクラスメイトを迎えに行くようにもなっていきます。

  撮影をしながら、人に受け入れられ、意識の中に「他者のまなざし」が入ってくると、人はこれほどまでに変わるのだな、と実感しました。

印象的だった場面は、ありますか?

太田 いくつもありますが、強いてあげるとすれば、サチコが先生に食ってかかった場面でしょうか。

  あれは2年生のはじめ、1年間休職して復帰したばかりの先生が担当する情報の授業での出来事でした。私は当初、授業に出ないで廊下でおしゃべりしている女の子たちのグループと一緒にいて、「そろそろ教室に入ろうかな」と思ったところで、サチコの怒鳴り声が聞こえてきたんです。急いでカメラを持って教室に入ったら、あのシーンに出くわしました。

  見た瞬間、「これはすごいシーンだ」と思いましたね。先生とサチコの間に教頭先生が分け入って、にらみ合っている。何か起きたら自分も間に入って止めなくちゃいけないと思ってカメラを置いて教室の前に行こうとしたら、サチコがガーンと机を蹴飛ばして教室を出て行ったんです。

  後を追いかけて行って話を聞くと、彼女はクラスメイトをかばって怒っていたことがわかりました。じつは、あのクラスには人に話しかけられても顔さえ上げられない子がいたんです。先生から「ファイルを取りに来なさい」と言われても、返事さえできない。

  休職していた先生はその子の事情をよく知らないから、いつまでも反応がないことにしびれを切らして「ファイルを取りに来い!」と怒鳴った。そしたらサチコが席を立って、「ふざけるな」と先生に食ってかかったらしいんです。おとなしかった子がちょうど少しずつ心を開いて、クラスメイトの前では顔を上げられるようになってきた時期なのに、そんな事情も知らずに怒鳴るなんてひどい、と思ったらしいのです。

  サチコに関しては、最初はすごく暗いなという印象でした。教室にも入らないでウロウロしているし、クラスの中にも溶け込めずにいる。それでも、不思議と毎日、お姉さんと一緒に学校に来る。だから、この子にとって学校は、ひょっとすると家庭に代わる団らんの場であって、そういう居場所を求めているのかな、とも感じていました。

  そんなサチコが友だちをかばってキレた様子を見て、クラスメイトの子たちも「サチコってこんな子なんだ」と気づいたみたいです。みんなが「サチコ、すげえ」と言い出して、学級通信でもサチコに共感して、サチコを応援した。

  それでサチコもだんだんと、みんなに対して心を開いていったような気がします。

自分自身への信頼が基本になければ、人は成長できない

中学時代は不登校で他者とコミュニケーションできなかった子が、浦商に入って他者とまじわることをおぼえ、成長していく。その成長の源にあるのはなんだ、と思われますか?

太田 自分は頑張れるという、自分自身への信頼でしょうか。もちろん、それが芽生えるためにはまず、「ここなら、ありのままの自分を受け入れてくれる」という安心感がないといけない、と思います。

  今回の映画には、人間が育つために何が必要かということを込めたつもりなんです。社会が悲惨で、親がひどかったら、その子の人生も悲惨になるのかと言えば、そうではない。若者を大人として育てる場所が、家庭以外にあっていい。浦商はまさに、そういう機能を果たそうとしていた学校だったと伝えたかったんです。

  非常に厳しい環境に置かれて絶望的になっている子に対し、親に変わって面倒みてくれる人を紹介したり、住み込みで働ける場所を探してあげたり……。先生たちは本当に真剣になって子どもたちと向き合っていましたし、「なんとか卒業させたい」と必死になって授業をしたり、家庭訪問したりしていました。もちろん、人はそう簡単には成長しないから、先生たちは日々ストレスを溜めていたりもするんですが、それでも、最後は必ず生徒たちの力を信じていました。

  映画の中で、卒業生が浦商を「生きる希望をくれた場所」と言うシーンがあります。じゃあその「生きる希望をくれた場所」とは具体的に何かと言えば、人に受け入れられ、自分も他人を受け入れた人間関係の経験なんです。

  映画には出てきませんが、取材した2つ上のクラスの子を取材した時にも、印象的な言葉を聞きました。その子は両親が離婚しておじいちゃん、おばあちゃんに育てられたんです。中学時代は「自分は誰にも愛されてない」と感じ、リストカットを繰り返していました。

  それが浦商に来たら、担任の先生が声をかけてくれて「ばかなことをするな」と思いきり叱ってくれた。「それまでは毎日死のうと思っていたけれど、ここに来たら毎日が楽しい」と、涙ながらに話すんです。

  そして、こんな風にも言いました。「浦商に入ってから、ふだん何気なく通っている道が光って見えた」と。それはたった一度のことだったらしいですが、「生きている」と感じた瞬間だったそうです。

映画を見ていて痛感したのは、人の心の傷は外見では判断出来ないということです。1年生の時の映像を見る限り、映画に登場するナオミさんは問題を抱えているようには見えません。しかし、映画が進むにつれ、彼女が過呼吸の発作やリストカットを繰り返していたことがわかってきます。彼女たちが「今だから話せる」状態になるまで、待つことも多かったのではないでしょうか?

太田 基本的に、嫌なことはほじくらないというスタンスで撮影に臨んでいました。ナオミに関しては、妊娠していることがわかった時、すぐにインタビューしたいと思ったんです。でも、取材の約束をしてもドタキャンされたりすることが続いたので、「話したくないんだな」と感じ、その場で追いかけるのはやめました。

  ジレンマもあったんです。じつは、3年生の終わりくらいに別のテレビクルーが浦商を撮影しに来たことがあって、すごくプレッシャーも感じました。向こうは「いついつ放送する」と決まっているから、短時間で食い込もうと必死です。「短時間なのにこんなに食い込めるんだ」と思うくらい、彼らと生徒との距離も近づいていきました。

  それを見ていて、複雑な心境になることもありました。相手のディレクターが嫌な人だったらいいんですけど、これがまた、「いい人」なんです(笑)。

  この作品、当初は1年目の映像とその当時4年生だった生徒をダブルで追いかけるテレビ番組にしようと思って撮影を始めたものです。それが、1年目だけでは生徒たちの成長の軌跡が見えにくく、作品として理解されないことがわかり、発表のタイミングを待っていたところで別のクルーが撮影に来た訳です。

  結果的にはその後、日本テレビのNNNドキュメントという番組で放映できることになったのですが、組んでいた制作会社の方からは一時、「テレビはしばらく無理だね」と言われ、「自主制作でいくしかないか」とも言われていました。こうしたドキュメンタリーを放映できるテレビの放送枠は限られていますから、フリーランスの立場としては、苦しかったのは事実です。

  振り返ると、4年間撮影したことで生徒たちの成長を明確に感じることができましたし、それを映像化して伝えることもできた。ですから結果的には、これで良かったと思っています。

  映画にはほとんど出てきませんが、じつは男の子たちも驚くくらい成長しました。一番最初はお酒を飲んで赤ら顔で教室に来ていたオガは、最後は生徒会長になった。卒業式の実行委員会でみんながまとまらないでいる時、オガは黒板に「One for all All for one」と書いて出て行くんです。その姿を見て、子どもたちの成長力って「すごいなあ」と思いました。

  行事の前になると生徒同士のぶつかり合いもけっこうありましたけれど、そうしたぶつかり合いの中で互いに成長していく部分も大きかったと思います。クラスメイトが成長した姿に刺激され、自分も伸びたいと願う。そういう相互関係が生まれる場が、あの浦商だったと思います。

家庭以外にも「希望を育む場」を増やしたい

最後に、このインタビューを読んで映画を見たいと思った方に、
メッセージをお願いします。

太田 残念ながら、この映画に出てくる浦商(定時制)は2008年に統廃合され、なくなってしまいました。消滅を食い止められなかったことは心残りですが、この映像を世に送り出せたことで、浦商が与えてくれた希望をつないでいくことが出来たらな、と思っています。

  上映会に参加した方たちからは、「この映画を見て、もう一度子育てしたくなった」(高齢者)とか、「これを見て、絶対に先生になりたいと思った」(教師を目指す学生)などの声が寄せられています。「こんな学校で学びたかった」と話す元不登校の人もいます。

  興味を持って下さった方は是非、映画のオフィシャルサイトを見てアクセスして下さい。自主上映の企画も、そこで受けつけています。この映画が広がることで、若者が希望を持って巣立っていける教育の場が、学校や地域にもっともっと増えてくれればうれしいと思います。

太田直子(おおた・なおこ)


 

1964年生まれ。東京都出身。高校非常勤講師、書籍編集などの仕事を経て映像の仕事に携わる。

2002年4月から2008年3月まで浦和商業高校定時制の撮影に通い、この映像をもとに2007年夏日本テレビ『テージセー~1461日の記憶~』を演出した。新たに取材した映像を加えて再編集した映画『月あかりの下で』は 平成22年度 文化庁映画賞<文化記録映画優秀賞>、2010年度 日本映画ペンクラブ<文化映画部門 第1位>、2010年 第84回キネマ旬報ベスト・テン<文化映画 第2位>、 第16回平和・協同ジャーナリスト基金賞<荒井なみ子賞>、あいち国際女性映画祭<愛知県興行協会賞>を受賞している

月あかりの下で-ある定時制高校の記憶- オフィシャルサイト


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