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今月の「生きるヒント」
その人の価値観をはかるモノサシにされることも多い“お金”。人生に、深くかかわりがある割に、真正面から語られることが少ないのも“お金”です。
誰かのお金観の背景にある経験やエピソードは、いつか自分のそれと重なるかもしれないし、現在の向き合い方を考え直すきっかけになるかもしれません。専門家による経済の話でなく、人それぞれの、お金にまつわるストーリーをお届けします。
第
14
回
お金より健康!うつ病で失った10年が悔しい お金より健康!
うつ病で失った
10年が悔しい
田中 圭一さん
たなか・けいいち
マンガ家、京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科 ギャグマンガコース専任准教授
1962年大阪府生まれ。近畿大学法学部在学中に漫画家としてデビューを果たす。最初に就職した大手おもちゃメーカー時代も描き続け、現在にいたるまで二足のわらじ。40代に入るころうつ病を患い、約10年間苦しんだ末にそのトンネルを抜けた体験をベースに、2014年、『うつヌケ』(KADOKAWA)を発表、流行語大賞の候補にも挙がる大ヒットに。もともとお得意なのは手塚治虫をはじめとする著名作家の絵柄をまねたパロディや下ネタギャグ。
独身で、京都と東京の二拠点生活。仕事のほかに趣味を模索中。代表作に『うつヌケ』のほか『神罰』(イースト・プレス)、『ペンと箸』(小学館)。
15年分の印税2千万円がパーに
1990年代の半ばから5年間勤めていたゲーム会社は、終盤経営が傾いていました。社長から自社の株を買ってくれと頼まれ、貯金のほとんどを充てました。躊躇がなかったわけではありませんが、社長には一目置くところもあったし、運命共同体のようなことを言われて、僕が辞めるときには同額で買い取ってもらう条件で引き受けてしまったんです。当時、サラリーマンとしての僕の年収は500〜600万円ほどでしたが、副業のマンガの印税には手をつけずにいたので、2,000万円くらいの蓄えがありました。それをほぼ全額。
ところが会社の経営は悪くなるばかりで、株を買って以降、幹部の態度は冷たくなるし、従業員にリストラを申し渡す役回りは命ぜられるし、さすがにもう無理だと思って退職します。株のことを弁護士に相談しましたが、買い戻してくれるだなんて口約束を信じるほうがバカだと言われました(笑)。通帳のお金は30万円を切っていて、残ったのは無価値な株。事実上の一文無しです。15年間、地道に貯めた2,000万円ものお金を一気に失ったのに、周囲には「マンガの印税なんてあぶく銭だから」と同情すらしてもらえませんでした。
お金なんて一瞬でなくなるものなのだから、ずっと働き続けられる身体のほうがずっと大事だと考えるようになりました。タバコをやめ、お酒の量も控えるようにしました。にもかかわらず、転職先の会社で向いてもいないことをがんばりすぎて、2003年くらいからうつ病を発症します。僕にはマンガというもうひとつのわらじもあったんだから、再び転職すれば良かったんです。なのにあのときは、40歳もすぎた自分を雇ってくれる会社なんかないと思ってしまい、しがみついたんです。
うつ病に苦しみながら、再び多額の出費を
うつを悪化させ、集中力も記憶力も著しく低下している状態に苦しみながら働きづめ。なににも感動できなくなり、毎日の不安と恐怖に耐えきれず、死ぬことさえ考えるようになります。自分がそんな病気になるだなんて、思いもしませんでした。振り返ればそれまでの職場で、うつに悩む人に接したとき、「人間やる気になればなんでもできる」「俺だって大変だったけどがんばった」なんて、無益どころか有害な言葉をかけていました。それくらい他人事だったんです。寄り添う気持ちのない最悪な対応だったと、我が身をもって知りました。いまはだいぶ世の中の理解が進んだと言われてはいますが、まだまだ、あのときの僕のような、有害な励ましをしている上司なり同僚はいると思います。
一文無しになった翌々年に出した本が売れて、失くした2,000万円の貯金は回復していました。転職先の会社で思うように結果が出せずに焦っていた僕は、絵が描けない人にもマンガが描けるソフトの開発を成功させてなんとか逆転をはかろうとしました。うつによって正しい判断力を失っていたことも手伝い、開発費の半分を自分で負担してまで、それを進めたんです。著しい自己嫌悪に陥っていたので、会社にとって役に立つ人材になれたら、うつのトンネルを抜けられると思っていたんです。そのときの負担額がまた2,000万円でした。開発したソフトの販売はさっぱりでしたが、僕がその会社を去ったあとも細々と売られ続けて、2017年にやっと黒字に転じました。ちなみに僕の投資分はまだまだ未回収です。
それでも仕事が好きだと言える世代?
僕は結局、うつ病に苦しんだ10年間を通して、ほとんど休むことなく仕事を続けました。会社勤めをしばらくしなくても、すぐに経済的に立ちゆかなくなるということは、あの時点ではなかったのですけど、そのときを含め、マンガ家一本でやろうと本気で考えたことはありません。ひとつには、マンガ家みたいな水商売では生活を安定させられるはずがないと思っていたからで、もうひとつは、IT系の会社で新しい技術に触れることにもおもしろさを感じていたからです。うつを脱出した人たちのエピソードをマンガにした『うつヌケ』で15人以上を取材しましたが、仕事を長期に休むことで、良い結果を招く人と、さらに不安を募らせる人がいます。僕の場合は後者です。仕事自体がつらい人と、もともと生きがいであった人とでは違うので、どちらが正解とは言えませんね。
いわゆるステップアップを目的にした転職ではなく、おもしろい仕事を求めて会社を転々として、いろんな業務を経験してきました。企画書をつくり、プレゼンする。アポをとって営業に行く。開発にも携わったし、いま在籍している大学では新しいコースを立ち上げました。どれもふつうマンガ家が経験する仕事ではありませんよね。でも、無駄になっているものはないんです。自分の出す本の販促を出版社といっしょに考えて、どうやったら書店さんが助かるか、喜ぶか、自ら提案することもあります。それに、二足のわらじは僕にとって、異なる世界を行き来することが、ちょうどいいバランスになっているんですよね。それが結果として、経済的にも補い合っている状態です。
大学で教えているので学生と接しますが、いまの学生は、とかく就職して会社に入るということに対するイメージが悪い。僕のように仕事が好きで、会社でずいぶんつらい思いもしたけれどいまはどんな経験も役立ったと言える人間からすると、なぜそこまでネガティブにとらえるのか、最初は不思議でした。だけどだんだん、世代間の深い溝が見えてきたんです。いまの学生は、学費のためにバイトに励み、バイトを減らすと学費が払えなくなるくらい切迫していることが珍しくないんです。そうでなくても、多くが奨学金を借りて、新社会人になった時点で500万円以上の借金を背負っている。初任給の知れた若者にとっての500万円はとんでもない額です。余暇に充てるお金がほとんどない社会人生活で、返済のための仕事を楽しめと言われても無理でしょう。しかも先の見通しも明るくない。「がんばればなんとかなる」なんて言えば、「あんたらの時代とは違う」と返されるだけです。そこを理解しないことには。そんな彼ら彼女らは、前の世代のツケを払わされているにほかならないんですよね。
最後は自分らしく、笑える葬式にお金を投じたい
マンガ好きのオタクを代表してお話しすると、僕らのようなタイプの人間は、年収500万円あれば大概幸せに暮らせます。豪邸に住みたいとか高級外車に乗りたいと考える人は少なくて、ゲームの課金を好きなだけしたいとか、好き放題マンガ本を買いたいとか、そんなふうなんです。僕自身、これまでの人生で、家賃10万円以上の住まいに暮らしたことも、100万円以上の車に乗ったこともありません。誰もが知るような超売れっ子になれば派手な生活もできるでしょうが、一生安泰なんてマンガ家はほんのわずか。売れなくなったときにダウンサイズすることを思うとそっちのほうが怖いですよ。
仮に資産数十億円の身分になったとしたらですか?映画をつくりたいですね。アニメかどうかわからないけど、自分が観たい映画を、好きなようにつくるんです。あと、これはそこまでの資金を必要としませんが、葬式は思いっきり不謹慎に笑えるものにしたいです。棺桶の中をうなぎのタレでひたひたにして一緒に焼いてもらうとか、焼いた骨に一本だけ「当たり」を入れておくとか。もちろん遺影には趣向を凝らします。お金はあの世に持って行けないんだから、最後に楽しんでもらいたいと、いつも妄想しています。
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- Q1.
- お金のことには詳しいほうだ。
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- Q2.
- 「趣味は貯金」に共感する。
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- Q3.
- 「趣味は投資」に共感する。
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- Q4.
- 先のことはわからないからこそ「使う」。
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- Q5.
- どんぶり勘定の人よりお金に細かい人のほうが信用できる。
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- Q6.
- 100万円と10億円、もらえるなら10億円。
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- Q7.
- お金の稼ぎ方と使い方、こだわるなら稼ぎ方。
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- Q8.
- 「金は天下の回りもの」に賛同する。
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- Q9.
- アリとキリギリスならアリタイプ。
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- Q10.
- お金にまつわる経験から得た教訓や信条をお聞かせください。
お金より健康のほうがずっと大事!僕のような経験をしなくても、例えば通貨がどうかなるとか、お金なんて一瞬で紙くずになる可能性が常にあるわけです。働き続けたいし、長生きしたいですよ。10億円もらうより、10年余計に長生きしたい。スマホ以前、スマホ以降が違うように、世の中10年でがらりと変わりますもん。85歳だと見届けられない原発の廃炉も95歳まで生きれば見られる。
現在、睡眠時無呼吸症候群の治療中です。働き盛りの40代をうつで失ったことは、やっぱり悔しいんです。元気な一日一日が過ごせることを、寿命が延びるに等しい価値だと感じています。
編集後記
大ベストセラー『うつヌケ』、うつ病に悩む方だけではなく、身近で接している方も、いまのところ縁がない方も、読んでおいて悪いことはないと思います。ユーモアを交えたマンガで読みやすく、医師や研究者ではない、表現者で体験者である田中さんだからこそと感じられる描写がたくさんありました。どれほどのつらさかは当事者にしか知りえなくても、理解の手助けにはなると思います。2,000万円という大金を二度も手放したのが、田中さんにとって取るに足りないことだったとは決して思いませんが、それでも「お金より健康のほうがずっと大事」と、確信を持って強調されたのが印象的でした。
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