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2010年9月号 これからの子育てを考える 最終回 あなたにもできます。そして、誰もができることから始めなければ間に合わないのです 東洋大学教授 森田明美さん

子どもたちの幸せな明日を作り出すことをめざす「これからの子育てを考える!」シリーズ。その最終回として東洋大学教授 森田 明美さんのインタビューをお届けします。森田さんは子どもの権利を基盤とした児童福祉学が専門で、NPOこども福祉研究所理事長、こくみん共済 coop の理事でもあります。国や自治体への政策提言(※)だけでなく、地域での子育て支援活動にも関わっています。

※「子どもの権利条約」の国内での実現のために、国会内で市民と議員を対象としたセミナーを開催。コーディネーターをしています。2010年7月29日の第3回院内セミナーの様子は こちら

打ち出され始めた子どもの育ちと子育ての両方に向けた政策

子育てに関する政策の変遷についてお聞かせください。

森田 日本では1989年に1人の女性が一生の間に産む子どもの数である合計特殊出生率が1.57と戦後最低を記録し、少子化が顕在化しました。そこで92年に政府は育児休業制度、94年にエンゼルプランを策定、女性が働きやすい環境の整備や保育の充実などの施策によって、少子化を食い止めようとしました。一方で、同じく89年には、国連で基本的人権が子どもにも保障されるべきであることを定めた子どもの権利条約が採決されました。日本も94年に同条約を批准、子どもの権利侵害が大きな問題であることの認識がようやく生まれ始めました。

  以降も、政府は労働力を増やすための少子化対策で事態を乗り切ろうとしてきましたが、少子化は一向に収まらず、出生率は下がり続けてきました。加えて、2000年代に入ると、子どもの虐待やドメスティックバイオレンスなど家族に対する暴力が深刻な問題として浮上し、法律が整備されました。こうした中で、少子化対策では少子化に歯止めをかけられないだけでなく、子どもたちが直面している問題も解決できないという認識が深まりました。そして、政権交代後の2010年1月、私も策定に協力しましたが、第4次エンゼルプラン「子ども・子育てビジョン」、さらに7月に「子ども・若者ビジョン」が発表され、初めて子どもの育ちと子育ての両方をターゲットにした政策が打ち出され始めました。

今までの政策はどこに問題があったのでしょうか。

森田 従来、日本の社会は子どもの育ちや子育てをほとんど家族に委ねてきました。しかし、今や少子化の中で育った子どもたちが親になり始めており、ひとり親世帯や再婚家庭、外国人家族の増加など家族の姿はどんどん変わってきています。そうした中で、親や子どもの価値観が大きく変化しているのに、政府から子どもたちに接する教員や保育士、地域の人たちまでが、その現実に気付いていませんでした。そのため、例えば、政府でいえば、夫婦と子ども2人からなる標準家庭を基準にして政策を立てたり、個人のレベルでは4組に1組の夫婦が離婚するのに、自分のところだけは違うと考えたりするなど、現実を見ずに、ある種の思い込みでやってきたわけです。それが国連の子どもの権利委員会の勧告もありますが、昨年以来、子どもの貧困に関するデータが発表されたり、子どもの自殺についても明らかにされるなど、現実を踏まえた上での新しい取り組みがようやく始まっています。

孤立度の高まりによって、生み出される深刻な問題

子どもたちはどのように変わってきているのでしょうか。

「ティーンズママの会」の様子

森田 孤立度が強まっています。家族の中でも、友だちとの間でも、学校でも、コミュニケーションがとれないのです。また子育て親同士でも、うまくコミュニケーションができません。特に、貧困や障がいなど問題を抱えている家庭ほど、孤立度が高いのです。孤立していなければ、誰かにSOSを出せるのですが、それができないのです。

  7月末に、大阪で23歳の母親が3歳と2歳の子どもを置き去りにしたため、2人とも衰弱死したという事件がありました。私は「ティーンズママの会」などを主催して、10代の親の子育て問題を研究していることもあり、彼女の置かれた状況はとてもよく分かります。彼女は子どもなのです。子どもが大人になりきる前に、親になってしまったのです。子どもとして、十分に豊かな環境の中で、自己のアイデンティティを形成し、女性としての生き方がはっきりした後で、子どもを産むことができていれば、2人の子どもを抱えても苦しければ人に助けを求めたり、自治体の福祉サービスを利用することができたと思います。ところが、彼女は親にも、友だちにも、社会福祉のサービスにもつながれなかった、つまり孤立していたわけです。

  10代の親たちは、それまでの厳しい社会の目から一時的に逃れ、パートナーや家族から妊娠中やさしくされ、存在を肯定されているので、子どもを産む時まではとても幸せと感じていることが多い。子どもを産めば、幸せになれると錯覚してしまいます。ところが、子どもを産んだ瞬間から、子どもは親の状態に構わず世話を要求するので、子育てや経済的な問題を含めて一気に様々な問題が出てきます。そうすると、よほど親身になってサポートしてくれる家族や友だちがいない限り、彼女たちが子育てをしていくことは非常に難しい。一番力になるのは親ですが、親もまだ30~40代で子どもを育てていたり、自分たちが生活するのに精一杯で、孫を産んだ子どもの面倒まで見られないという場合が多いのです。そうすると、誰も手を差し伸べる人がいないため、子育てができないということになってしまいます。そうしたケースをたくさん見聞きしていますが、本当に切なくなります。

30-40年かけて関係を作り直すために必要な社会的支援

10代に顕著ではあっても、それが一般的傾向だとすると、今何が必要なのでしょうか。

森田 祖父母世代が、今の若い親たちに積極的にかかわらねばならないと思っています。若い人たちをダメと非難するのではなく、家族は壊れたとあきらめるのではなく、50-60代以上の人たちが改めて自分たちができる形で行動していくことが必要です。人間としての価値や暮らしを伝えるのは日常的な人と人の関係が基本になるので、基本的に家族がすることが子どもに伝わりやすく、また大変価値があります。それが若い親たちに伝わっていないのは、祖父母世代が旧い形の親支援を拒絶してきた自分たちの価値を次の世代に引きずりたくないと、深い関与や支援を避けてきたことにも大きな原因があります。

国や自治体の子育て支援施策は
どんな役割を果たすのでしょうか。

森田 今までお話ししてきた変化は、1980年代から30年ほどかかって起きてきているので、それを修復するには、二世代、30-40年はかかります。その位の長期的なスパンで考えた時に、いくら年長の世代がサポートしたとしても、それだけでは全く不十分で、多くの家庭へ社会的な支援が必要になります。「子ども・子育てビジョン」「子ども・若者ビジョン」はそうした観点にある程度立ち始めましたが、法体系や政府の政策は少子化対策がなお基本ですから、子育て支援施策はまだまだ不十分です。

  今回のビジョンで、ひとつ大きなことは「こども政策」が入ったことです。「子どもと若者」を大人のパートナーと位置づけ、今まで学童保育事業くらいしか施策がなかったのが、子どもたちの遊びや交流の場や社会参加、権利侵害への相談・救済の場を設けることなどが盛り込まれました。また若者に対しても、今までは就労支援でフリーター対策だけだったのが、引きこもりの子どもたちの居場所作りや相談や活動の場作り、10代の親支援なども打ち出されました。

  これらはいずれも子どもの権利条約の考え方を基本にした「子どもにやさしい街づくり」のための施策です。今までは待機児童が発生したから、保育所を作るとか、高校に何人進学するから、整備するなどニーズ対応型アプローチで、対策が後手に回っていました。それに対して、「子どもにやさしい街づくり」は権利基盤アプローチという考え方で、国連では子どものために、これだけのものは必ず作る、そのための予算は何%という形で基準を決めています。そして、それを満たすことで、子どもの権利を実現する社会を作っていこうというものです。

2010年7月29日の第3回院内セミナーの様子

様々なレベルの居場所を作り、子どもたちを受け止める

市民の自主的活動の果たす役割も重要になると思うのですが。

新川わくわくプレーパークの様子
写真: 八千代市ホームページ より
新川わくわくプレーパーク井戸掘り体験の様子
写真: 八千代市ホームページ より

森田 日本の最大の問題は市民社会が動かず、行政だけがサービスを作り出してきたことです。国や自治体に頼っていて、それが手を引いたら、何もないという状況を何とかして変えていかなければなりません。私自身もNPOを作り活動をしています。千葉県八千代市では、3年前から子どもたちの好奇心や欲求を大切にして、秘密基地づくり、木登り、穴掘り、泥んこ遊びなどを「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに掲げるプレーパーク作りに取り組んできました。その「新川わくわくプレーパーク」は、地域の市民やリタイアした人たちにNPOを作ってもらって運営を引き継ぎました。運営は大変ですが、大人も一緒にプレーパークで野菜を作ったり、上総掘り(かずさぼり)という古来の方法で井戸を掘って、水を引いて遊んでいます。また市の施設を借りて、お金がなくて塾に行けない、ひとり親家庭の子どもたち向けの学習塾をやったり、中高生向けの居場所などを作り出しています。

  プレーパークは冒険遊び場なので、子どもたちは大人たちが見守る中で遊び、ひとりではないと感じることができます。子どもたちは「親がもし、あなたを捨てても、SOSを出せる、近所の人やお兄さん、お姉さんがいる」と思えるのです。大人と違い、子どもは自分が相談しなければいけないことがあることを分かっていないことも多いのです。ですから、子どもたちの居場所を作り、そこに子どもの声を聴き取ることができる、力のある大人がいて、危機的な状況を早い時期にキャッチして、子どもたちが自分自身を回復させていく、ハードルの低い場所が必要です。プレーパークは屋外の遊び場ですが、少し離れた場所にプレハブの昔の事務所を利用した「フリーパレット」という中高生のための自由空間・居場所を作り、私のゼミの学生たちが交代でサポートに入って運営の支援をしてきました。

  子どもの居場所の必要性は自分の力、親の力、そして地域との関係のバランスで決まってきます。地域が安全だったり、親が家にいれば、子どもはひとりでもいられます。ところが、そのバランスが崩れてきているわけですから、色々なレベルの居場所を作ることが必要になっています。本当に深刻な問題を抱えている子どもには専門家がいて、ケアできる場が必要です。一方で、そんな場はハードルが高いから行きたくないが、ちょっと困った時にSOSが出せればよいと思っている子どももいます。また、地域の信頼できる大人がいて、逃げ込める場があればよいという場合もあるわけです。

森田ゼミの学生による活動報告の様子

自分の住む市町村に働きかけ、子どもにやさしい街を作る

親はどうすればよいのでしょうか。

森田 子どもの成長を自らの五感を動員して見つめながら、見守るところは見守って、関わっていくことです。子どもはきれいな家庭の中だけで、ご飯を食べさせていれば育つというものではなく、人や自然との多様なかかわりの中で、育っていくものです。それを親がきちんと認識していないと、子どもの育ちをなかなか自覚できません。

  多くの場合、親たちは小学校に入るまで子どもを非常に保護的に育てます。小学校に入ると子どもはひとりで学校に行かなければなりませんが、親自身が地域と関係がないので地域の様子が分からないことから不安になり、親が安心するために長期間/時間に渡って学童保育クラブに通わせます。しかし親たちがもっと意識的に地域の中で生きていくことを考え、地域の活動に参加して、その中で子どもが色々な関係を作っていけるようにすれば、地域を怖がらずに早くから自立して活動できる子どもを育てていくことができます。

親たちはこれから
どんなことをしたらよいのでしょうか。

森田 国の政策も大切ですが、自分たちが住んでいる市町村の施策が非常に重要です。今は予算も権限も市町村に移っているので、子育てにもっとお金をかけよう、豊かな文化を提供していこうと自治体に働きかけていくことが大切です。子どもの数が減っていますが、子ども会活動やスポーツチームなど色々とやれることはあるはずです。学校も学校評議会のように父母が様々な形で参加できる余地が出てきています。その開催時間を平日の昼間ではなく夜間や休日にして出席しやすくしたり、休暇をとったりして積極的に地域での活動に参加していくことです。

  また30年ほど前と比べると親の数は半分になっているので、祖父母世代も孫たちのために様々な活動により積極的に参加していくことです。特にリタイアした人たちは、八千代のプレーパークの上総掘りのように、時間や力を子どもたちに貸して欲しいと思います。そうした活動の積み重ねによって地域の新しい関係が生み出され、子どもにやさしい街が作り出されていくと思います。

森田明美(もりた・あけみ)


 

東洋大学 社会学部 社会福祉学科教授。子どもの権利を基盤とした児童福祉学が専門。現在、東京都世田谷区社会福祉サービス苦情審査会副会長、NPO法人こども福祉研究所理事長、子こどもの人権連代表委員、日本社会福祉学会理事、こくみん共済 coop 理事など。また西東京市、国立市、埼玉県飯能市、千葉県八千代市、船橋市など多くの自治体の子ども・子育て支援計画などに関わる。近刊著書に『子どもの権利 日韓共同研究』『子ども計画ハンドブック』『子ども条例ハンドブック』(日本評論社)『シングルマザーのくらしと福祉政策-日本・アメリカ・韓国の比較調査』(ミネルヴァ書房)など。

特定非営利活動法人 こども福祉研究所ホームページ

特定非営利活動法人 子どもの権利条約総合研究所ホームページ


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