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2008年3月号 新シリーズ幸せに満ちた生活提案3回 「常に満たされている」ことの不幸~自力で人生を豊かにする「うおつか流幸福論」食文化研究家魚柄仁之助さん

「食」は人間の生活の基本中の基本です。しかし現在の日本では、一方にジャンクフードが溢れ、一方でミシュランのガイドブックがベストセラーとなり、テレビではグルメ番組が花盛りで、輸入食品に関する事件が社会問題になるなど、食のシーンは混乱を極めています。食のあり方を見直して、より健康で幸福な生活を送るにはどうすればいいのでしょうか? 「幸せに満ちた生活の提案」第3回は、著書『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』(朝日新書)で、自身の人生の歩みと日本の食文化の激変をパラレルに描き、現代日本の食を厳しく喝破した魚柄仁之助さんにお話をうかがいます。独自のスタンスで食に関するメッセージを発し続ける魚柄さんが考える「食」「幸福」「豊かさ」とは?

原点は、14歳の時の壮絶な体験

『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』が話題を集めていますね。

 あの本は、半ば時代に対して喧嘩を売るような気持ちで書いたんです。現代の主婦全員を敵に回すような内容ですから、婦人雑誌あたりがバッシングをするだろうなと思っていました。しかし意外にも苦情はまったくなかったですね。女性雑誌も軒並み絶賛してくれました。

 あの本を書こうと思ったのは、「日本人の食生活は、どう考えてもおかしいだろう」という思いが募ったからなんです。日本人って、食糧自給率がどうのこうのという前に、この50年とか60年の間に、恥知らずなくらいに食べ物を無駄にするようになりましたよね。僕の知り合いに医者がいるんですが、そいつの家なんか、二人暮らしで子供もいないのに、冷蔵庫が5台ですよ。その中にいつ食べるかもわからん食料を詰め込んで、しかも毎日買い物に行っている。「いったい何を考えとるんだ!」と言いたくなりますよ、ほんと(笑)。

 作家の出来根達郎さんが新聞の連載コラムで書いていたんですが、出来根さんのお宅で去年の夏に冷蔵庫が壊れたそうなんです。それを読んだ朝日新書の編集長が、早速この本を送ったんですね。そうしたら出来根さん、同じコラムでこの本を取り上げてくれました。冷蔵庫を買い換えようと思って電気屋に相談すると、やたら大きい冷蔵庫を薦める。僕のこの本には、大きな冷蔵庫は必要ないと書いてある。そうだよな、この年齢になってそれほどたくさん食べもしないのに、大きい冷蔵庫を買う必要はないよな。そう考えて、結局小さい冷蔵庫を買った──。そんなことが書いてありました。実に嬉しい話ですね。僕の主張の正しさが認められつつあるということです(笑)。

魚柄さんの人生の最大の関心事が「食」だったのは、なぜですか?

 いやいや、最大の関心事は食じゃないですよ。食べなきゃ生きていけないから、どうせならしっかり食べようと思っているだけで、「食べることが一番好き」っていうのは貧しいことだと思いますよ。

 食文化研究を仕事にしているのは、食というものをいろいろな角度から切ってみたいという思いがあったからなんです。どんな国の人でも、どんな民族でも、食べるという行為を抜きに生活することはできないでしょう。それに食は思想性とか政治性を超越します。右であれ左であれ、南であれ北であれ、人間は食べなきゃならない。そういう根本的なものに興味があったんですね。

 僕はかみさんと30年間一緒に暮らしてきましたが、ずっと僕が3食全部作って、弁当も持たせてきました。今、彼女は仙台に単身赴任していますけど、帰ってきた時はやはり僕が全部作って食べさせています。食というのは、こうやって自分で買い物をして、自分で食事を作るという行為を日常的にやっている人間が語るべきだと思うんです。外食ばっかりしていて、ろくに食材の値段も知らん連中が、日本の食文化がどうしたとか言っても説得力ないですもん。僕は親元を19歳で離れてからずっと自活をし、自分で食事を作ってきたから、この30数年の間の日本の食料事情はたいがい知っていますよ。いつ頃にどんな食材が安かったとか、どんな食材がどの時代に登場したか、とかね。

魚柄さん流の「わが道を行く」といった生き方には、何か原体験のようなものがあるのですか?

 子供の頃に剣道や居合いをやっていたのですが、その先生が、「みんなが善人になったら、お前ひとり悪人になれ。みんなが右を見ていたら、お前ひとり左を見ろ」と僕によく言っていたんです。そうしないと傑出した人間になれんぞ、ということらしいのですが、当時僕は5歳ですからね。何を言われているのかわからなかった(笑)。しかし、あとから振り返ってみて、あの言葉にはずいぶん影響されているなと思いました。

 それから小学校の先生ね。南先生という人でしたが、わからないことがあって質問すると、「お前はどう思う?」と必ず聞き返す先生だった。答えは言わないんです。子供に考えさせる。そうすれば、子供のほうは必死に考えて、仮説を立てて、それを何とか検証するでしょう。僕があらゆることを自分で考えて、自分で試してみるという生き方をするようになったのは、それ以来です。

 もうひとつ、一番大きかったのは、14歳の時に左目に針金が刺さって片目を失明したことですね。刺さった夜はもう痛くて痛くて眠れないんです。その眠れない夜じゅう、僕は考えた。「今日はたまたま片目が潰れたけれど、命を落とす時もこんなものなんだろうな。突然死んじゃったりするんだろうな」。それから平均寿命みたいなものは一切信じなくなりました。そして、いつくたばってもいいように、自分の好きなことを自分の力でやっていこうと決めました。あれ以来、ほとんど親にも頼らず生きてきましたね。自分の力で食べ、知らないことがあったら自分で調べて、自分で検証する。本にも書きましたけれど、片目を失った14歳の時が、僕の元服だったと思います。

人は清濁合わせ飲むことが必要

朝早くから夜遅くまで忙しく働いているビジネスマンが、食生活を見直すにはどうすればいいと思いますか?

 体を壊せばいいんです。体を壊してみて初めて、「この食生活じゃいかん」と思うんです。それしかないです。今までたくさんの人に食生活を見直すためのアドバイスをしてきましたが、そう簡単に直りゃせんですよ。

 そもそも、時間がないというのは嘘です。食事のための時間を作ろうとしていないだけです。食事をしっかり作って体を大切にするための時間を取るか、仕事をして酒を飲みに行く時間を取るか。時間がないと言っている人は、後者を選んでいるということでしょ。まともな食事もせずに、栄養ドリンクを飲んで、毎日へとへとになるまで働いて、酒ばっかり飲む。それは緩慢な自殺ですよ。でもそれを選んでいるわけです。生きるも死ぬも自分の責任だし、幸せになるも不幸になるも自分の責任です。僕は片目を失ってから、ずっとそう考えて生きてきたから、自分で不幸を選んでいる人にお節介を焼く気はもはやありません。

最近では「食育」ということが重視されていますね。「食育」に関する風潮についてのお考えをお聞かせください。

 僕の知り合いのある料理研究家が、「おやつは必ずママの手作り」と決めて子供を育てたんです。手作りのマフィンとか、おむすびしか食べさせない。そうしたらその子は、中学になってから「ママの作ったものは食べたくない」と言って、コンビニで買い食いしまくるようになったんです。やめさせようと思って小遣いを与えないようにしたら、今度は学校をさぼってアルバイトをして、その金で買い食いをするようになった。その子はもう20歳になりましたけれど、今も家では一切食事をしないそうです。

 その子は、子供の頃にコンビニで売っているものが食べたかったんです。しかし親は絶対に食べさせなかった。子供を純粋培養しようとした。それが正しい「食育」だと思っていた。その結果、その子は家で食事をしない人に育ってしまったわけです。

 人間はね、清濁合わせ飲むということが必要なんですよ。「鬼平犯科帳」で長谷川平蔵が、「悪を知らねえ奴に、悪が裁けるか!」って言うでしょ。あれですよ(笑)。まっとうな食生活をしようと思ったら、ジャンクフードを知らなきゃ駄目なんです。僕は子供の頃から、親と一緒にトリスバーに行って酒を飲んで、つまみを食べていました。ホルモン焼き屋にもよく行った。ジャンクなものをずいぶん食べました。そういう食生活をしばらくしてみると、「何かへんだな」と思うようになるんです。「いまいち力が出ないな」とか「やたら胃がもたれて、いつまでもお腹が空かないな」とかね(笑)。そういう経験があれば、食に関する判断力がついて、しっかりした食生活をしようと考えるようになるんです。小学校2年生の僕をトリスバーにつれて行った僕の親は、いい食育をしたと思いますよ(笑)。

食に興味を持つことは、人間に興味を持つこと

魚柄さんが日常的に「幸せ」と感じる瞬間は、どんな時ですか?

 人間って、人がいないと生きていけないですよね。人と出会ったり、つながったり。幸福というのは、そういうところにあると思います。食というのも、結局そこに関係していますよね。例えば、食事を作ってあげる相手がいる、自分が作った食事を食べてくれる人がいる。これはとても幸せなことです。「あんたのために30年間ご飯を作り続けたのよっ!」とか文句を言う主婦の気持ちもわからんではないですが、自分が作った食事を食べてくれる人がずっと身近にいたということは、実は幸せなことだった。そう考えてみてもいいんじゃないかと思います。

 僕が本を作る時は、編集者、イラストレーター、デザイナー、カメラマンといった人たちをみんな僕の自宅に呼ぶんです。そして、がんがん食べさせて、がんがん飲ませて、一人ひとりに話すんです。「いい本にするために頑張ってくれ」「俺のために働いてくれ」「完成した時に全身がしびれるような、そんな本を作ろう」──。ふぐ刺しはひとりにひと皿。吟醸酒をずらっと並べて、「好きだけ飲めっ!」とか言いながら、そんな話をする。もちろん、料理は僕の手作りです。こうやって食べたり飲んだりしながら話せば、伝わるんですよ。みんなやる気が出るんです。「魚柄さんについて行きます!」となるんです。もしここに食事も酒もなかったら、こんな結びつきは生まれないですよ。食には人間をつなげる力があるんです。食というのは、結局人間なんですよ。僕は食について調べたり書いたりすることを仕事にしていますが、食に興味を持つということは、実は人間に興味を持つということなんだと思いますね。

「豊かさ」や「幸福」についてのお考えをお聞かせください。

 本当の幸福というのは、とことん腹を減らしてみないとわからないもんです。とことんまで腹が減っている時に食べたものは何よりもおいしいし、何よりも幸せと感じるはずです。今の日本だと、例えばレタスが不作になると「スーパーからレタスが消えた」といってニュースになるでしょ。で、慌てて輸入したりする。これってほんと、へんですよ。レタスが年中手に入ることのほうが異常なんです。常に手に入るから、なかなか人は豊かさを感じられなくなる。常に満たされているところを基準にしているから、なかなか幸福を感じられなくなる。

 昔、オリックスに星野っていうピッチャーがいたでしょう。むちゃくちゃ遅いスローカーブを投げるから、100キロそこそこのストレートが剛速球に見える(笑)。それと一緒で、基準をぐっと下げればいいんです。恵まれたところに基準点を置かずに。そうすれば、ちょっとしたことが幸せになりますよ。

 この間、全国的に雪が降った日に、みんなが暖房をがんがんつけて電力使用がピークになったでしょう。「部屋の温度を23度まで下げましょう」とか電力会社が言っている。その日、僕んちの温度計を見たら、5度ですよ、室内で(笑)。でも、どてら一枚着ときゃあ、それで凌げるんです。冬には暖房がなければならない。夏にはクーラーがなければならない。冷蔵庫にはものがいっぱい入っていなければならない──そういうところを基準にしているから、豊かさということも幸福ということもわからんようになっているんです。

 僕ね、年間にかかる生活費を計算してみたんですよ。だいたい36万円から40万円です。年間でですよ。電気とガスの料金なんか、合計で月平均5000円くらいです。お酒をそこそこ買ったとしても、年間50万円あれば生きていける。

 8年ほど前に家を買ったから、家賃はかからないんです。昭和20年代に建てられたぼろぼろの家でね、改築して住んでいるんですが、もともと掘りコタツがついていて、それも自分で改装して囲炉裏にしたんです。その炭火がね、あったかいんですよ(笑)。暖房なんかいらない。炭火があるだけで幸せ。ほんと、僕って低いんですよ、幸せを感じるレベルが(笑)。

魚柄仁之助(うおつか・じんのすけ)


1956年、福岡県北九州市生まれ。宇都宮大学で農業を学び、バイク店経営、古道具店経営などを経て、現在は食文化・食生活に関する執筆や講演に専念している。『うおつか流 台所リストラ術』(講談社プラスアルファ文庫)、『ひと月9000円の快適食生活』(飛鳥新社)ほか著書多数。漫画『おかわり飯蔵』の原作者でもある。

魚柄仁之助公認サイト「台所の穴」