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2008年10月号 21世紀を生きるための新しい価値観4回 「コモンズ」株式会社ロフトワーク取締役林千晶さん

 インターネットは、これまで出会う手だてのなかった人同士を結びつけ、情報やコンテンツを共有することを可能にしました。従来はある特定の人だけに価値があったものが、多くの人の価値になる。インターネットは、そんな道筋を私たちに提示しています。
 今回ご紹介する「コモンズ」もまた、インターネットが可能にした人々の結びつきの新しい形のひとつです。現在は、インターネットの世界を超えて、あらゆる分野で取り組みが始まっている「コモンズ」。その言葉の意味や可能性を、制作代理店ロフトワークの代表取締役であり、著作権管理の簡略化の仕組みを提唱している「クリエイティブ・コモンズ」のアドバイザリー・ボードを務める林千晶さんに解説していただきました。

「共有する」という行為が、新しい価値を生み出す

ロフトワークとは、どのような会社なのですか?

 ひと言で言えば、「新しい形の制作代理店」です。デザイナー、イラストレーター、カメラマン、ライター、音楽家といったクリエイターの皆さんにウェブサイトに登録してもらい、個々のクリエイターと、その能力が必要とされる仕事を、インターネットを介して結びつける。それが、ロフトワークの基本的なコンセプトです。

 ロフトワーク自体が制作会社であり、私たち自身がクリエイターと一緒にチームをつくって制作を行うケースもありますし、ほかの制作会社がロフトワークのデータベースからクリエイターを探して仕事を発注するケースもあります。クリエイターのデータベースは完全にオープンで、例えば、ほかの制作会社がデータベースを利用する場合にも、紹介手数料のようなものは一切いただいていません。この、「データベースをオープンにする」というところに、私たちのこだわりがあります。

 登録しているクリエイターの数は、すでに1万人を超えています。これだけのデータベースをクローズドにして一部の人しか使えないようにしてしまうのは、社会的に見て非常にもったいないことです。オープンにして誰でも使えるようにしておけば、そこにいろいろな結びつきが生まれ、新しい仕事が発生し、クリエイターさんの才能も磨かれることになります。そうやって人材の質が向上していけば、私たちロフトワークの制作力自体も向上することになりますし、クライアントに対してより質の高い制作物を提供できるようになります。つまり、オープンデータベースは、そこに関わるあらゆる人をハッピーにするシステムなんです。そして、このロフトワークのコンセプト自体に、実は「コモンズ」の思想が反映されています。

なるほど。では、「コモンズ」という言葉の意味について、 具体的に教えていただけますか?

  元来は「共有地」という意味の英語です。それを今日的な意味で再定義したのが、ローレンス・レッシグというスタンフォード大学の教授です。彼は、法律の専門家であり、著作物の共有化を目指す「クリエイティブ・コモンズ」という非営利団体の生みの親でもあります。

 クリエイティブ・コモンズの考え方をひと言で言えば、「“共有する”という行為がイノベーションを生み出す」ということです。例えば日本の著作権法では、誰かが作品をつくると、そこに自動的に著作権が発生することになります。日本において著作権とは、特許のように申請して認められるものではなく、自然発生権なんですね。ですから、あらゆる「作品」はすなわち「著作物」であり、そのオープンな利用が著作権法によって厳しく制限されているわけです。

 クリエイティブ・コモンズは、この著作権の制限を超えて作品が広まっていくことを目指します。例えばあるイラストレーターが、自分のホームページで公開したオリジナルのイラストを多くの人に流用してもらいたいと考えたとします。そういう時に、作品に「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」をつければ、「作者の名前さえ明記してくれたら、許可なく使ってもいいですよ」という意志の表明になるわけです。そうすれば、その作品が多くの人の目に触れるばかりでなく、その作品をもとにして新たな作品や新たなビジネスが生まれるかもしれない。つまり、ひとつの作品の「共有」によって、文化や産業が発展する可能性が芽生えるのです。

 これがレッシグが唱えるコモンズの思想であり、この「共有する」というコモンズの考え方が、現在、いろいろな分野に広がってきているわけです。クリエイターのデータベースを共有し、そこに新しい結びつきや価値を生み出すというロフトワークのコンセプトも、ある意味では、このコモンズの一種なんです。

コモンズには、ほかにどのような取り組みがありますか?

  コモンズという思想を実際に掲げているかどうかは別にして、最もよく知られたコモンズ的な取り組みは、インターネットのフリー百科事典である「ウィキペディア」でしょうね。ウィキペディアは、あらゆる人が解説者となり訂正者となりユーザーとなって知識を共有するという意味で、まさにコモンズです。

 それから、「リナックス」に代表されるようなオープンソースのソフトウェア(※)もコモンズのひとつと言えます。

 さらに言えば、個人のブログも一種のコモンズです。自分の知っていることをブログに書き、その情報を誰かが共有して新しい何かを生み出す。そのネット上の有機的で複合的な結びつきの全体がコモンズだと言っていいと思います。

※ソフトの設計図に当たるソースコードが一般に公開されていて、誰もが内容を改良することができるソフトウェア。

コモンズは、新しい社会貢献の形

コモンズは、インターネット上でのみ行われている取り組みなのですか?

 インターネットは人と人を結びつける非常に便利な道具なので、現在のコモンズの多くは、インターネット上で展開されています。しかし、今後はよりリアルな世界に広がっていくと私は考えています。

 例えば、「シブヤ大学」という一種のオープンキャンパスがあります。これは、渋谷という地域をベースに、誰もが先生となり、また誰もが生徒となって、いろいろな講義を行ったり、聴いたりできるという取り組みです。これなどは、ネットではなくリアルの世界に成立したコモンズと言えると思います。今後は、このように地域を拠点としたコモンズなどがどんどん増えていくのではないでしょうか。

コモンズとは、基本的にボランティアによって担われるものなのですか?

 クリエイティブ・コモンズは、世界47カ国でボランティアによって運営されています。しかし、コモンズの取り組みのすべてがボランティアである必要はなくて、ビジネスとして成立するなら、それに越したことはないと思います。事実、ロフトワークも、ビジネスの中にコモンズの考え方を取り入れ、しっかりと利益を上げています。

 重要なのは、ボランティアかビジネスかではなく、コモンズの活動が、何らかの意味での「社会貢献」になっており、かつ、それが自分自身のためでもあるという点だと私は考えています。

 従来の社会貢献は、フィランソロピー(慈善事業)、メセナ、寄付などに限定されていました。それらはすべて、より恵まれた人から、より恵まれない人に一方的に与えるものでした。一方、コモンズとは、誰もが自分のやりたいことをやって、それが結果的に誰かのためになるという双方的な社会貢献です。一方的に「貢献する」のではなく、自分もまたほかの誰かから「貢献される」のです。

 誰にでも、「人のために何かをやりたい」とか「自分だけではなく、多くの人がハッピーになってほしい」という想いがあって、それが生きる意味や手応えになっているのだと私は思っています。そういう誰もがもっている想いを誰もが実現できる。それがコモンズの背景にある思想だと言っていいでしょうね。

「自分にできること」をやればいいということですか?

 「自分に何ができるか」と考えると、何も始められないものです。そうではなくて、「自分が何がやりたいか」──それがすべての出発点だと思います。例えば、ブログで自分の得意な分野の知識を発表してみる。そうすると、10人の人から書き込みがあった。それをひと月続けたら、書き込みが20人に増えていた──。たぶん、そんな展開が理想なんです。「やりたいからやっちゃった。そうしたら、ほかの人の役に立っちゃった」、それが私が考えるコモンズのあり方ですね。

コモンズが一人ひとりの満足感や達成感を実現する

林さん自身がコモンズに取り組む個人的なモチベーションは何ですか?

 振り返ってみると、出発点は就職活動ですね。大学3年生の時に、就活用の履歴書を書きますよね。自分で書いた履歴書を見て、本当に自分には何の特徴もないことに気づいたんです。特技があるわけでもないし、資格があるわけでもない。ほんと、「普通」なんですよ(笑)。で、「これじゃ、就職できないよ」と悩んだりするわけですけど、でも考えてみたら、何の取り柄もない人が頑張っていい結果を出すということはいくらでもあることですよね。生まれながらに特別な才能をもっている人だけが、社会的に成功するわけではない。だったら私も、ごく普通の、ほかの人と比べて際立ったところは何もないその履歴書を出発点にしよう、そう心に決めたんです。

 私にとってのコモンズは、その履歴書にまっすぐに結びついているんですよね。「普通」の私たちにもそれぞれにやりたいことはあって、それが誰かのためになるかもしれない。そんな一人ひとりのグッドウィル(善意、好意)の総和が何かを生み出すと考えるのがコモンズなんです。だから、コモンズというのは、公共性だけを重視する思想ではなくて、一人ひとりが満足感や達成感、生き甲斐を得るための方法なのだと私は考えています。

最後に、これからの目標や夢についてお聞かせください。

 夢は、私立の小学校を経営することです。小学生の時期というのは、人の人生を大きく左右するとても大切な時期だと思うんです。その時に誰に教わったかで、その後の歩みが大きく変わってしまいます。現状の教育制度だと、残念ながら、実社会での経験があまりない先生が教育を担っています。だから、社会に出て何をするかといった将来のビジョンを考える機会が、子供たちにほとんど与えられないわけですよね。

 でも例えば、プロフェッショナルとして仕事をしている外部のいろいろな人に授業してもらえば、社会についてダイレクトに学べるし、世の中のいろいろなことが理解できます。午前中はしっかり義務教育のカリキュラムをこなして、午後には、第一線で活躍している社会人に、自分が働く分野に関する講義をしてもらう。講義を担当する社会人の側は、子供たちに教えることによって、自分の知識を整理したり、スキルを向上させたりできる。そんな小学校ができたら、すごく楽しくて有意義ですよね。これって、素晴らしいコモンズの実践だと思うんです。

林千晶(はやし・ちあき)


1971年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、花王に入社。97年に退社しボストン大学大学院ジャーナリズム学科に留学。卒業後、共同通信ニューヨーク支局勤務を経て、2000年に制作代理店「ロフトワーク」を立ち上げる。07年よりクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのアドバイザリー・ボードを務める。一児の母。共著に『Webプロジェクトマネジメント標準』(技術評論社)がある。

ブログ「女性ベンチャー起業家の細うで繁盛記」