今月の「生きるヒント」

シリーズ 女性の生き方 ターニングポイント~わたしの転機~ vol.14 枝廣淳子貴さん 心の声に耳を傾け 90代を人生のピークに

プロフィール
えだひろ・じゅんこ/1962年、京都府生まれ。東京大学大学院教育心理学専攻修士課程終了。2年間の米国生活をきっかけに、29歳で英語の勉強を始め、同時通訳者・翻訳者・環境ジャーナリストとなる。環境問題に関する講演、執筆、翻訳などの活動を通じて「伝えること、つなげること」でうねりを広げつつ、行動変容と広げるしくみづくりを研究。環境問題に関する考え方や知見を環境メールニュースで広く提供するほか、「翻訳道場」「一年の計を立て、自分マネジメントのしくみを身につけるワークショップ」などを開催。2011年1月に「幸せ経済社会研究所」を設立。「つながり」と「対話」でしなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす。( イーズ 未来共創フォーラム )。日経ウーマンの『ウーマン・オブ・ザ・イヤー 2004 キャリアクリエイト部門』を受賞。主な著書・訳書に『朝2時起きで、なんでもできる!』(サンマーク出版)『不都合な真実』(訳:ランダムハウス講談社)など。

29歳で苦手な英語に向き合い、あえて高いゴールを設定した

私は今でこそ通訳や翻訳の仕事もしていますが、ずっと英語が大嫌いだったんです。転機となったのは、29歳のとき。学生結婚した夫が、アメリカへ2年間留学すると決まったことでした。海外で暮らすこと自体初めてでしたし、仕事をやめて渡米し、戻ってきた時に自分の居場所があるかどうかも不安でした。私はそのとき、幼児教育の教材を開発・直販している会社で、編集のアシスタントをしていたんです。ちゃんとした編集者でもなく、どちらかというと宴会部長として周年行事などを任されるお手伝いさん的な役回り。だから、2年休業して元のポジションに戻るなどという望みはなく、何か手に職を付けなければと考えていました。

アメリカ滞在が決まっても、英語から逃げたくて、英語以外で何か習得できることはないかぎりぎりまで探していました。でも、ここで向き合わなかったら後がないと覚悟を決めたんです。そして、せっかく、誰も知らない新天地に移るのだから、思い切って一番高いゴールを設定しようと考えました。そこで、目指したのが同時通訳者。英語ができる人の最高峰が同時通訳者だと思ったからです。でも、当時はそんなだいそれた目標を掲げているなんて、恥ずかしくて誰にも言えませんでした。

アメリカでは、まだ赤ちゃんだった長女が寝ている間に、1日3時間はテレビの前にかじりつき、ヒアリングの練習とわからない単語の洗い出しをしました。リーディングは英語の簡単な雑誌を読むことで力をつけ、全体で毎日8時間から10時間は勉強していたと思います。本当に受験勉強のようでしたね(笑)。


どんな仕事も引き受けているうちに「思えば遠くへ来たもんだ」

ある程度英語ができるようになって日本に戻ると、それまでとはぜんぜん違う世界がひらけていきました。半年だけ通訳学校に通い、そこで人脈ができると、先生や友だちから少しずつ通訳の仕事が入るようになりました。そして、通訳をやっているなかで、環境の分野に興味を持ち、専門的に勉強することにしました。そうしていると、通訳の仕事だけでなく講演や記事執筆などでも、お声がけいただけるようになったのです。私のポリシーは「座敷がかかったらまず行く」、つまり声がかかったらどんな仕事でもまず受ける。そして、引き受けてから考える。それは今も変わりませんね。それによって仕事のフィールドがどんどん広がり、海援隊の歌ではないですが「思えば遠くへ来たもんだ」という感じです(笑)。

一緒に仕事している人には「枝廣さんの心電図っていつも“ツーーー”って一直線なんじゃないですか」といわれることがあります(笑)。確かに、ピンチのときも、うれしいときも、あまり感情が揺れ動かない、省エネ型の心臓をもっています。でも、高校や大学の頃は、けっこうよく落ち込むタイプでした。実家には、大学で毎日の反省点を書きためていた、暗いノートがたくさんしまってあります。昔と比べて性格は変わったんだと思います。もう一つ大きく変わったのは、アイデアがポンポン浮かぶようになったこと。小学校の通知表などには「言われたことはちゃんとやるけど、あまり独創的ではない」と書かれていたのに、いまはすぐに新しいことを思いついては、周りを翻弄しています(笑)。これはやはり、アメリカで英語を勉強した体験が、すごく大きいですね。2年間完全に独学だったので、自分で工夫して、勉強のアイデアを出して、試行錯誤するしかなかった。その過程で、アイデアをたくさん出せるようになったんです。


手段に挫折しても、目標には挫折しない

これまで刊行した
著書・翻訳書は計60冊以上

英語を学習するときなど、手段に挫折して、目標まで諦めてしまう人が多いと感じます。例えば、英会話学校に行ったら先生と相性が合わなくてダメだった、英語の参考書を買ったけどよくわからなかったとします。そうすると、「やっぱり私は英語がダメなんだ」と思い込んでしまう。でもこれは、手段に挫折しただけなんですよね。だから、やり方を変えればいいんです。この考えも、2年間の英語勉強で身につけました。そう考えないと、続けていられませんでした。だって、うまくいかないことだらけなんですから(笑)。最初から百発百中で、最適な手段が見つかるわけがない。それはホールインワンくらい確率の低いことです。何回も試しているうちに、成功する手段にたどり着ける。だから、英語の勉強だけでなく、手段にはよく挫折していますが、目標に挫折したことはありません。

心から成し遂げたいことを、志を同じくする人たちと達成する。それが、人生で一番幸せなことだと思います。そのためには、自分の心の声に耳を傾けることが必要です。本当の自分は何を思っているのだろう。その「成し遂げたいこと」は本当に自分の中から出てきたものなのか。これによって、やる気も違うし、できたときの喜びも大きく変わります。


ホームポジションで、自分の心を立て直す

そのためには、常に戻って来られる「ホームポジション」を持つことも大事です。忙しさに溺れて自分の心の声が聞こえなくなってしまったときも、今はホームポジションから離れていると自覚する。そして仕事が一区切りしたら、戻ってくる。私は海が好きなので、自分をホームポジションに戻すために、ただぼーっと海を眺めに行くことがあります。そこまでの時間がとれないときは、移動中に自分をホームポジションに戻します。飛行機に長時間乗るときなどは、うってつけの時間です。そういうタイミングでゆっくり自分の声に耳を傾けると、地に足の着いた、無理のない、本当に心からやりたいことを積み重ねることができると思います。

私は、20代より30代、30代より40代のほうが、ずっと気持ちが楽だし、幸せに生きられていると感じます。私の人生は、ピークを90代にもっていく計画なんです。一般的には60~65歳の定年まで勤めあげて、そこからは下降するようなイメージがありますよね。でも、90代にピークを持ってくれば、45歳でまだ半分。まだまだなだらかに上昇していけるんです。そう考えるとあせることはないんです。記憶力などは衰えていくかもしれませんが、そうではない知恵などはきっと身につくと思います。今身につけたいのは、将棋の棋士のような集中力です。人の話を聞くという集中力は大学時代にカウンセリングのトレーニングで、知的な情報処理としての集中力は同時通訳の経験で鍛えてきたのですが、これからはもっと、先を読み、全体像を把握して、大きなものを見出す集中力を身につけたい。そう考えていると、これからも成長していける部分はたくさんあると感じます。

枝廣淳子貴さんの、生きるヒント

一期一会。大学の頃からこの言葉がずっと好きです。カウンセリングをやっていたことも関係しているのかもしれません。毎日のように会える人もいますが、一度しか会えない人もたくさんいる。でも、一度だとしてもそれはすごく大事な出会いなんです。最近は、この言葉が別の意味でも好きになりました。それは、自分自身とも一期一会なんだ、ということ。自分の人生はこの一回だけ。何かに遠慮し、誰かの期待に合わせ、世間体を気にするのではなく、一度しか会えないこの自分がやりたいようにやるのが、一番いい。そんな風に思います。

【色紙プレゼント!】応募受付は終了しました。ご応募ありがとうございました。当選者には、2013年8月上旬以降にご連絡いたします。


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