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今月の「生きるヒント」
その人の価値観をはかるモノサシにされることも多い“お金”。人生に、深くかかわりがある割に、真正面から語られることが少ないのも“お金”です。
誰かのお金観の背景にある経験やエピソードは、いつか自分のそれと重なるかもしれないし、現在の向き合い方を考え直すきっかけになるかもしれません。専門家による経済の話でなく、人それぞれの、お金にまつわるストーリーをお届けします。
第
12
回
お金は魔物。取り込まれず生きる「教養」を磨く お金は魔物。
取り込まれず生きる
「教養」を磨く
吉原 毅さん
よしわら・つよし
城南信用金庫 顧問
1955年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、城南信用金庫に入庫。37歳で常勤理事となり、副理事長などを経て2010年に理事長に就任。地域の相互扶助を目的とした協同組織としての原点回帰を牽引し、改革を実行する。2015年、自らが改革の中で定年と定めた60歳で理事長職を退き相談役となり、2017年より現職。元首相の小泉純一郎氏や細川護煕氏が顧問を務める原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟の会長でもある。
著書に『信用金庫の力――人をつなぐ、地域を守る』(12年、岩波ブックレット)、『原発ゼロで日本経済は再生する』(14年、角川oneテーマ21)など。
大好きだった祖父を、お金のために失って
東京の大田区蒲田の、サラリーマン家庭に生まれました。3歳のとき、大好きだった祖父が強盗に襲われてこの世を去るという事件を経験します。はす向かいに住んでいた祖父は農家だったのですが、城南信用金庫の常務を務めていたことからお金を持っていると思われたのでしょうね。そのショックは、私が引きこもって本ばかり読むような子に育った原因になったと思います。「人ってお金のために人を殺すんだ」と思わせた体験の強烈さと、ありとあらゆる本を読んで抱いた、貧富の差が生む悲劇への強い意識は、私の人生にずっと影響を持ち続けています。
『フランダースの犬』『クリスマス・キャロル』『若草物語』。文学作品の多くに、持てる者と持たざる者の格差からくるドラマが描かれています。「これが戦争につながるのか」と、早くから考えていました。中学生になると引きこもりを脱し、ラグビーやサイクリングで体を鍛えるようにこそなりましたが、どのようにしたら個人の平和が得られるかは、絶えず考え続けていました。大学で経済学部に進んだのも、人の豊かさや幸せを実現する学問として学びたいと思ったからです。当時は、そんな学生も少なくなかったんです。マルクスに傾倒する学生が多かったですが、私はプルードン※のほうに、より強く共感しましたね。大学でも、相変わらず読書には熱心でした。
※「資本論」のマルクスと同時代、18世紀に活躍したフランスの社会哲学者で、「相互主義」を唱えたピエール・ジョゼフ・プルードン。
銀行に落ちて就職した信金で、金融機関の使命を学ぶ
人々を幸せにする、理論だけでなく社会政策に落とし込んだ働きがしたいと、就職先は銀行を希望していました。銀行なら、公共に寄与する仕事ができると思い込んでいたのです。しかしことごとく落とされました。役員面接まで進んで内定まであと一歩のところに近づいたときもあったのですけれど、「太宰治の『人間失格』は素晴らしいですね」だなんて言うような学生だったので、ダメでした(笑)。結局、城南信用金庫に入れてもらいました。いわゆる“コネ入社”です。
入庫式のとき、信用金庫の存在意義を「世のため人のために尽くすことにある」と、当時理事長だった小原鐵五郎(おばらてつごろう)が言ったんです。そのころにはもう、金融機関への幻想から醒めていた私は、「どうせウソだろ」と、斜めに見ていました。ところが本気だったんですね。小原は、「信金は、世の中を良くするためにお金の是正をする組織。儲け主義の銀行に成り下がってはいけない」と、常々言っていました。信金は、18世紀にイギリスで生まれた協同組織運動にルーツを持つ、相互扶助の精神を原点にした組織なのです。
実際に支店で仕事を始めて、地域の商店街の店主さんや中小企業の社長さんと接するようになると、彼らを支える仕事をしている実感と誇りを持つことができました。40年前の城南信金は、リヤカーに両替用の硬貨を乗せて商店街を歩くこともあったんですよ。まさに地域密着です。いろんな人間模様に触れ、人とお金の関わりを現場で学びながら、金融機関の使命を再確認したのが支店時代です。担当していた会社が倒産の危機に直面し、社長さんの悩む姿を見た私が上司に相談したら、すぐに用立てるよう指示がありました。いまも存続しているその会社の社長さんが、私が転勤になるときエビフライ定食をご馳走してくれたのは忘れられない思い出です。最近では『陸王』(集英社/TBS)など、池井戸潤原作のテレビドラマなんかでも、中小企業の奮闘や銀行との攻防を見ると、やっぱり胸が熱くなりますね。
組織改革のため、トップになると決意し実現
ビジネスというものは、お金を唯一の基準であるかのごとくして行うと、決して骨太には育ちません。松下幸之助もスティーブ・ジョブズもそうではなかったですよね。お金のために働くことを続けていると、虚無主義になってしまいます。お金さえ稼げればすべてありという思考に陥ってしまう。そのようなことに対する確信を深めていたころ、本部に異動になった私は、城南信用金庫もまた、ひどく蝕まれていたことを知ります。まさに、お金は魔物だと思いましたね。そこには、お金のために、地位のために働く人間の姿があったのです。会社を変えなくてはならない、そのためには自分がトップになるしかないと決意しました。以来20年以上、その目的を果たすために必死でやりました。上には忠実に見せながら、意向をすべて実現させ、手柄は差し出し、同時に、そんな自分の働きでお客さんや従業員が良くなるよう、やれることはなんでもしました。何度も何度も地雷を踏みそうになりながら、ギリギリのところを戦って勝ち残り、階段を上りつめ、2010年に、ついにトップである理事長に就任しました。
トップになったとたんに改革に着手です。保身など考えずに本気でやれば改革は半年でできるものなのです。できない人には、確立された哲学やビジョンがないんですよ。経営者でも政治家でも、そのポストに就任してから考えるだなんてその時点でダメですね。私はずっと考え、実践の中で学び続けてきました。やるだけやって5年で退いてから振り返ると、それでも、「もっと徹底的にできたかな」と思うところもあります。例えば、本部そのものをなくすとか、経営を投票で決めるとか、オールフラットな組織にするとか、そうしたことです。ただ、人間は、長くトップにいると自分に甘くなりますから、引き際が大事だという思いは変わっていません。
お金が暴走して行き着く先は、幸せの対極にあるところ
理事長就任後まもなく東日本大震災が起き、相互扶助を本分とする信金として、できるだけの支援に動きました。寄付やボランティアのほか、被災して内定を取り消さざるをえなかった現地の信金に代わって、就職予定者の受け入れもしました。また、金融機関として初めての脱原発宣言をし、「原発に頼らない安心できる社会」へのビジョンを打ち出して、今日まで活動してきています。お金が暴走して引き起こすことには、行きすぎたグローバリゼーションや、極まれば戦争があります。人の幸せの対極にあることです。あの震災では、最も顕著な現れ方をしたのが原発でしょう。
人を豊かにする健全なお金は、ローカルマネーと言い換えることもでき、健全なコミュニティの中で健全なお金のつくり方をしてはじめて流れ始めます。ここでのコミュニティというのは、根源的な価値を持った、現実の社会でなくてはなりません。昨今の仮想通貨などはその逆ですね。テクノロジーがつくった、見せかけの価値を増殖し、投機を煽る、資本主義の極致です。新しい古いの問題ではなく、お金のプロとして私は、そのようなものをまったく認めていません。
暴走するお金に取り込まれない人間でいるため、どうすべきか。複合的な物事の判断の基礎になる「教養」を磨くことだと思います。教養とは、ただの知識ではありません。頭のいいのとも違います。むずかしい哲学書でなくとも、名作の児童書を一冊でも読めば、本質を学ぶことができるはずなんですよ。『アルプスの少女ハイジ』のハイジは、なぜなにもないようなあの山で、あんなに元気で幸せなのか、シンプルなことではないでしょうか。見栄を張らず、虚栄に生きず、お金に依存して自分の価値をわからなくすることをしない。車だグルメだお屋敷だと、お金こそが幸せだと思い込み、それをひけらかす…。教養があれば、そんな人間になることを、自分のプライドが許さないですよ。
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- Q1.
- お金のことには詳しいほうだ。
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- Q2.
- 「趣味は貯金」に共感する。
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- Q3.
- 「趣味は投資」に共感する。
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- Q4.
- 先のことはわからないからこそ「使う」。
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- Q5.
- どんぶり勘定の人よりお金に細かい人のほうが信用できる。
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- Q6.
- 100万円と10億円、もらえるなら10億円。
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- Q7.
- お金の稼ぎ方と使い方、こだわるなら稼ぎ方。
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- Q8.
- 「金は天下の回りもの」に賛同する。
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- Q9.
- アリとキリギリスならアリタイプ。
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- Q10.
- お金にまつわる経験から得た教訓や信条をお聞かせください。
遡れば紀元前から、人類の歴史はお金との戦いです。持てる者と持たざる者との格差も、永遠のテーマですね。私は長く金融機関にいるので、お金の怖い側面のほうが身にしみています。(本文でも触れた)小原鐵五郎の「お金は麻薬です」の言葉を、何度となく噛み締めてきました。お金というものを、慎重に考えるべきであることは間違いありません。
お金を命の次に大事などと考えるのは愚かなことです。お金は切り札。自分の、この孤独な切り札をいかに使えば多くの人が幸せになるのかに意識的であること。消費もビジネスも、本当の目的はそこにあることを忘れてはいけません。
編集後記
【教養】を辞書で引くと「学問・知識を(一定の文化理想のもとに)しっかり身につけることによって養われる、心の豊かさ。(岩波国語辞典)」とありました。吉原さんの口から次々と出てくる文学作品は、誰もが知る名作ばかりです。ただ、吉原さんに限っては、引き出しから自由に取り出すようにさまざまなシーンを引用し、登場人物のセリフは、さっき読んだかのごとく生き生きとそらんじるのです。引きこもって本ばかり読んでいたという吉原少年が、いかに深く作品に入り込み、実社会に重ねて思考し、「心の豊かさ」にしていったか。大人になり、社会的地位を得ても、確固として持ち続けていらしたそれに、感動しました。
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