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今月の「生きるヒント」
その人の価値観をはかるモノサシにされることも多い“お金”。人生に、深くかかわりがある割に、真正面から語られることが少ないのも“お金”です。
誰かのお金観の背景にある経験やエピソードは、いつか自分のそれと重なるかもしれないし、現在の向き合い方を考え直すきっかけになるかもしれません。専門家による経済の話でなく、人それぞれの、お金にまつわるストーリーをお届けします。
第
7
回
お金の不安に力ずくで直面させられた、29歳の乳がん お金の不安に力ずくで
直面させられた、
29歳の乳がん
松 さや香さん
まつ・さやか
PR・文筆業
1977年東京都生まれ。日台ハーフ。航空会社にて広告営業を経て、広告会社で情報誌の編集職に採用された29歳のとき、若年性乳がんを宣告される。計5年の治療後に台湾・フランスを遊学し、帰国後LCCで国際線客室乗務員を経験。現在PR業を軸に著述にいそしみ、趣味でもある旅を繰り返しながら東京で暮らす。2015年に結婚。著書に『彼女失格-恋してるだとかガンだとか-』(幻冬舎)。2017年11月15日に新著『女子と乳がん』(扶桑社)出版予定。
ELLE ONLINE ブログ父が教えてくれた、「人は生まれて死ぬまでお金がかかる」
私のお金に対する見方に大きな影響を与えたのは、会社を経営していた父と、29歳で宣告を受けた、乳がんの経験です。性格的に強烈だった父には子どものころから悩まされもしましたが、地縁のない町で、努力して会社を起こし軌道に乗せた、いまとなっては偉大な人だったと思います。その父は、私自身ががんと宣告された1年前に、がんで他界しました。入退院を繰り返して逝った父を見ていて、人は生まれてから死ぬ前後まで、途切れることなくお金がかかるものなのだと実感しました。闘病費用はもちろん、地方から出てきてくれる人に包むお車代の果てまでを記した、葬儀にまつわる段取りの詳細と、もろもろかかる費用とを、しっかり残した父は立派でした。
私が最初に就職したのは誰もが知る大企業で、契約社員ながら、その大きさや知名度からくる安心感を理由に、“正解”を選んだつもりでいました。ところがそこで触れたのは、私が父の商いに見てきたお金の生み出し方、管理のし方とは別物で、違和感ばかりが募りました。当時その会社では、社員が当たり前のようにいいお店に行き、経費で飲み食いしてました。「もとはといえばそのお金、どこから出てると思ってるんだよ!」と、まだ20代前半だった私は、父の背中越しに垣間見えたお金の流れ方との違いに驚き、資本主義と社会を皮肉にも学びました。流されずに済んだのは、まっとうに経営していた父の姿を見ていたからだと思います。
自分のない“クズ”な私に降ってきた、乳がん宣告
一方で、うちは両親ともに、どこか「女の子だから教育やキャリアより結婚」という、昭和のステレオタイプ的価値観の持ち主だったんですね。抵抗を感じながらも、その価値観に染まって成長した私は、20代のころの自分を思い返すにつけ、本当に“クズ”だったと思います。友だちと集っての話題は決まって「男と金と悪口」。若い子にありがちかつひどいものです。「女子として市場価値の高い若いうちに」「条件のいい人と結婚して」お金だってその人の経済力に乗っかりたいと話す子たちに違和感を感じながらも、それも“正解”だと感じていました。要するに、自分がなかったんです。
自分のやりたいことや恋人との関係性よりも、盲目的に信じてきたある種の世間的“正解”にとらわれ、ひたすらプロポーズされることを待っていたクズな私に降ってきたのががん宣告でした。病気に“正解”を奪われるかもしれないという恐怖。折しも転職先で働く面白さを知りはじめ、やっと正社員登用されて大喜びしたばかりでした。この先にかかる治療費のためにも仕事を失うわけにはいかない…。父の「医療保険に入っておけよ」の遺言を実行せずにいたことへの深い後悔は、そのあとしばらくつきまといました。だってまだ29歳だったんですよ!
治療に向けての情報が欲しくて本屋に行けど、参考になる本は見つかりません。それはのちに私が、『彼女失格-恋してるだとかガンだとか-』(幻冬舎)を書いた動機になりました。周囲に支えられて奇跡の回復を果たした人の話や、何が原因でがんに罹るのかの話、後者は特に、それには意味がある…という神秘的なエピソードを含め多いんです。決して否定はしませんけど、少なくとも私が求めていたのはそれらではなかった。描かれる画一的ながん患者像みたいなものにも違和感を覚えました。美しくなくていいから、一体いくらかかるか誰か教えてよ!仕事や生活と、どう両立すればいいの?って、むさぼるようにインターネットの掲示板を見てました。がんと言われても、現実の私はピンとこないくらい元気で、いきなり臥せったりしないどころか恋愛真っ只中。日常は続くんです。第一、がん患者であることを糧に食べてゆけるわけでもない。
周囲に頼れない私。米を持参した彼氏にはブチ切れる
治療を通して身にしみたのは、お金のあるなしで選択肢が変わるということです。私は結局、乳房の(全摘出と異なり、変形も軽度で済む)温存手術を受けることができましたが、最初は医師に「全摘出」と言われたので、乳房再建を希望していました。費用は当時保険適用外で約100万円。そんな大金どうしたらいいんですか。ましてや命にかかわる病気です。誰だってベストの治療を受けたいのに、どれもこれも高額になりがちで、お金持ちしか選ぶ自由がないなんて、なんて不条理なんだろうと思いました。
これは若気のいたりというほかないのですけど、不安でいっぱいなのに、頑ななまでに周囲に頼ることを嫌いました。もともと親に頼るのはイヤ。ましてや1年前に父を亡くした母や妹には、絶対心配をかけたくないから「大丈夫」、職場には、具合の悪さを見せて職を失うことを恐れて「大丈夫」。検査や治療で顔色を緑にしながらでも、1時間おきに吐きながらでも、働き続けました。現在のキャリアにもつながっていて、我ながらよくやったと思う反面、もう少し人に頼ってもよかったと反省しています。検査で治療でかさみまくる出費に絶望しながら、当時の彼氏にも、「大丈夫」を通そうとしました。いよいよ口座にお金が尽きて、その彼氏にお金を借りるほど困窮したくせに、心配してお米を持ってきてくれた彼にブチ切れた日もあります。「米だけは持ってこないでと言ったのに!」って。主食ゆえ、ほどこしに感じられて嫌だったんです。見かねて助けてくれようとした人を余裕のなさにまかせて怒鳴りつけるのですからひどい女です。その彼とはあちらの浮気をきっかけに破局を迎えることになるのですが、そりゃあ浮気もされますよね(笑)。
患者を卒業。変化したお金への考え方
5年間の治療を無事に終了。健康的な女性を象徴するような職に就いて周囲に元気なところを証明して見せたいという思いも手伝って、CAにチャレンジします。あたらしいビジネスモデルに寄与したかったためLCC(格安航空会社)のCAになった私の手取りは15万円。水道代込み3万7千円のアパートに暮らし、1回の食費を100円以下に抑えられた日は達成感を感じました。収入が半分以下になる仕事を、いままでのキャリアを捨てて選ぶなんて信じられないという友人もいましたけど、迷いも不安もありませんでした。いい意味で5年、10年先の計画をしないようになりました。思わぬ事故や病気で、未来の予定をつぶされることがつらいからです。転ばぬ先の杖のため、なんとなく感じる不安のために収入の多さを目指すことはしたくない。収入の低さを理由に自分の人生の興味や好奇心をあきらめたくもありません。実際、かつてない臨場感のエキサイティングな職場で、刺激的でしたよ(笑)。
2015年に結婚しました。会社の経営者らしい、私とはまったく違う視点を持つ人で尊敬していますが、あちらはあちらで私を面白がってくれています。自分のなかったあのころには出会えなかった相手だなぁと思います。苦しい思いもたくさんしましたけど、困難から逃げなくて良かった。あのとき父の遺言を守って保険に入っていたら、間違いなく助けになったでしょう。でも、もしかするとがむしゃらに仕事を続けることもなくて、いまとは別の人生になっていたかもしれません。あくまで私の場合の結果論ですけれど、保険はそのときの私を、キャリアはそのあとの私を守ってくれるものでした。病気を生き延びたあとに続く人生では、働いて、社会にい続けられることが自分を守る。だからいまの私には、お金って仕事とセット。仕事ありきで、あとについてくるものがお金ですね。すごい変わりましたよね(笑)。
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- Q1.
- お金のことには詳しいほうだ。
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- Q2.
- 「趣味は貯金」に共感する。
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- Q3.
- 「趣味は投資」に共感する。
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- Q4.
- 先のことはわからないからこそ「使う」。
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- Q5.
- どんぶり勘定の人よりお金に細かい人のほうが信用できる。
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- Q6.
- 100万円と10億円、もらえるなら10億円。
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- Q7.
- お金の稼ぎ方と使い方、こだわるなら稼ぎ方。
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- Q8.
- 「金は天下の回りもの」に賛同する。
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- Q9.
- アリとキリギリスならアリタイプ。
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- Q10.
- お金にまつわる経験から得た教訓や信条をお聞かせください。
社会って理不尽だし、人生って不平等ですよね。だけど思うのは、この世のすべては手に入らなくても、投じた分は返ってくるということ。なんでこんな目にと感じたこともあったけれど、結局その経験が生きてゆく自信になっているのがいまの自分。だから逆に、宝くじなんて当たったら明日死んじゃう気がしちゃう。そうしたお金は違うと思っちゃいます。
時間が経って、私もだんだん患者としてリアルに語るのがむずかしいと感じるようになってきました。そろそろあらたな学びを得に、今度は自分から動くときなのかな。学ぶことで、仕事を含めた可能性を広げたい。収入よりも自分が成長することで豊かでありたいです。
編集後記
著書『彼女失格-恋してるだとかガンだとか-』を読んで、「この言葉が適切かどうかわかりませんが、すごく面白かったです」と、松さんにお伝えしたら、「その感想が一番うれしいんです。あんなに必死な人って、もう笑ってもらうしかないじゃないですか!」と、ハツラツ。等身大で赤裸々で、必死だけれどつらいだけではない、乙女の闘病記です。病院での会計額が毎回きっちり明かされており、医療関係者との重いやりとりも、どこかコミカル。また、治療に伴う心身の様子と、恋人とのドタバタ、職場での喜怒哀楽が、同じくらいのウェイトで書かれていて、実にリアルなのです。並々ならぬ体験はもちろんですが、受け止めた松さんのお人柄、ぐいぐいと読ませる文章。これからもご活躍されることと確信しています!
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