こくみん共済 coop の公式ホームページお問い合わせ全国の窓口関東統括本部 公式ストーリー友人に教えてもらった、“支え”のありがたさ。だから自分も肝炎で苦しむ方を少しでも手助けしたい!

友人に教えてもらった、“支え”のありがたさ。
だから自分も肝炎で苦しむ方を
少しでも手助けしたい!

村田 光子さん

静岡県在住
村田 光子
さん [65歳]

PROFILE
2012年、2度目のガンから復帰。現在は障がい者施設で食事を作る仕事をしながら、和裁士として復活するべく、日夜努力に励んでいる。趣味は旅行で、特に京都のお寺巡りがお気に入り。

2度の甲状腺がん手術から復帰。その矢先に生じた、思わぬけが…

 それまではずっと、それなりに元気でやってきたのですが、2011年に甲状腺がんを患い、首の片側の筋肉を切除しました。2012年には、今度は首の反対側にがんが見つかって……。2年間で2度にわたって甲状腺がんの手術を受けることになってしまいました。そして2012年の秋頃、「やっと退院できた……」、そう思った矢先の出来事です。
 退院した日の夜、夜中に目が覚めてトイレに行こうと思ったとき、足を捻って転倒し、右膝の半月板を損傷しました。「ついてないなぁ」と思ったのと同時に、「こくみん共済に入っていてよかった」と、安堵しました。C型肝炎を患っていた私は、病気に関する保障は望めませんでした。60歳になったときに、「私はそそっかしいから、せめてけがに対する保障を」と思い加入したのがこくみん共済でした。
 5日間入院して手術を受けたのですが、入院時は毎日1万円の共済金がもらえました。退院できたのは2012年の年末。ところが、さらに不運は続きました。2013年の5月、今度はシャワーを浴びているときに転倒し、同じ右膝をけがしてしまったのです。

「また、友達と一緒に歩きたい」その一心で、膝に人工関節を入れる決意をした

 2回目の膝のけがは、夜も眠れないほどズキズキと痛みました。「なんとかしたい」と複数の病院を回った末に、「人工関節」の存在を知り、膝関節の半分を人工関節にして補う手術を受けたのです。このとき、「約1ヵ月間入院することになる」と聞いていました。ですからもし入院共済金が出るとわかっていなければ、手術には踏み切れなかったはず。備えあれば憂いなし、と強く感じたものです。気づけば2回のがん手術と膝の手術。ひとりでは心細くてとても乗り越えられなかったでしょう。いろいろな方に支えていただきましたが、もっとも大きな支えとなったのは、20年来の付き合いで、“近所のママ友”のHさんの存在でした。
 彼女は、私が2回目の膝の手術で入院したとき、1日おきにお見舞いに来てくれて、洗濯物を持ち帰って洗濯してくれたり、医師の話を一緒に聞いてくれたり、本当に親身になって支えてくれました。何としても膝を治したいと思ったのは、そんなHさんとまた一緒にウォーキングをしたい、という思いがあったから……。
 彼女とウォーキングを始めたのは、今から5・6年前の2006年くらいに、医師から「糖尿病の気がある」という報告を受け、落ち込んでいたころ。肝炎の患者にとって、臓器不全を引き起こす糖尿病は大敵なんです。彼女が「それなら健康のために一緒に歩こうよ」と提案してくれて、週に4〜5日、ウォーキングを始めました。2人の家の近所に、天候に恵まれた日だと前方に富士山が見える土手があります。地元の人間でも、富士山が見える日と見えない日では1日の気分が変わるほどの絶景でした。「かけがえのない友と世間話をしながら歩く。そんな何気ない日常を取り戻したい」、その一心でした。結果、人工関節の手術は成功しました。
 もちろん、「ウォーキングをして膝に負担をかけたらまたけがしてしまうのではないか」、という不安はありました。でも、手術の次の日から早速リハビリに取り組み、歩き方に気をつけながら歩くようになりました。医師のサポートのおかげで、徐々に筋肉もついてきたんです。医師や友人たちからは、このときもたくさん励ましてもらいました。
 そして手術から約4ヵ月たった今では、全然痛みがなくなるほど回復しました。こくみん共済に加入し、手術を受けて、心からよかったと思っています。おかげさまで職場復帰も果たし、障がい者施設で、朝6時~8時まで、朝ご飯を作りに行っています。昔、中華料理店でお手伝いをしていたから、料理は得意なんですよ! あと、私は着物が好きなんですね。若いときは和裁士として着物を縫う仕事もしていたので、こちらもいつか再開したいですね。

仕事が軌道に乗ったら、京都旅行へ。そして夢は、肝炎で苦しむ方の支えになること

 もうひとつ、病気やけがでつらかった私の心の支えになったものが京都の弥勒菩薩様。もう何十年も前から、私は京都のお寺巡りが大好きで、西も東もさまざまなお寺に参拝しました。それはもう、足の爪がはがれるくらい、歩き回りましたね(笑)。
 広隆寺の弥勒菩薩様を見たときは、その存在感に圧倒されたものです。ですから広隆寺のお守りはいつもバッグに入れていて、入院中も心の支えとなりました。Hさんとも京都へ2回一緒に旅行していますが、順調に仕事が続けられて、生活に余裕が出てきたら、また彼女やほかの友人たちとも旅行に出掛けたいです。
  夢は、私と同じ肝炎で苦しんでいる方を少しでも支えてあげられるようになること。あるご縁から、ときどきB型・C型肝炎で不安を抱えているさまざまな患者さんと直接話をする機会があるのですが、非常に孤独で寂しい思いをしている人たちが多いのです。私は周囲に支えてくれる友人たちがいる分、まだましなんだなと感じるほど。

 特に、入院時などのつらい気持ちは痛いほどわかるので、一緒に話をすることで、「そんな人たちの不安をほんの少しでも取り除いてあげられたら」と思っています。私が、Hさんをはじめ、さまざまな友人や家族からのサポートで非常に大きな力をもらったように。

編集後記

 村田さんに取材したあと、特別にご友人のHさんにも撮影に同行していただきました。「村田さんは本当に強い人ですよ。私のほうが勇気をもらっているくらい」。そうおっしゃるHさん。2人がいつも一緒にウォーキングをしているという道を歩いていただくと、楽しそうに会話する姿がほほえましかったです。お二人がお互いを尊敬しあっている存在であるということが感じられました。