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被災者・被災地の復興へ向けて―東日本大震災を乗り越えて

明日を担う子どもたちの自習室「山田町ゾンタハウス」開設

  3月11日に東日本をおそった未曾有の大震災。地震と津波の甚大な被害に加え、福島第一原子力発電所の事故による二次被害が震災をさらに深刻なものにしているのが現状です。
  こうした状況の下、私たちに何ができるのでしょうか。
  本連載では、東日本大震災の復興に向けた様々な取り組みやビジョンをレポートすることで、よりよい復興に対する理解と議論を深めていきたいと考えています。

津波と火災で市街地が壊滅した岩手県山田町に、明日を担う子どもたちのための自習室「山田町ゾンタハウス」が2011年9月4日、オープンしました。ゾンタハウスはNPO法人こども福祉研究所がたくさんの方々の寄付や協力を得て開設したもので、主に中・高校生たちが集い、軽食を取り交流し、勉強できる場所を目指しています。

 


山田町ゾンタハウス屋上からの山田町風景(2011年9月4日現在)
津波と火災ですべて焼け野原となった交差点の左手は、草が生え始めた。その先には美しい山田湾が広がっている。

 

地域社会復興に向けた一歩として、子どもたちの自習室がオープン


森田明美さん

  岩手県下閉伊郡山田町は盛岡から北上山地を横断して車で2時間半、宮古市と釜石市の間に位置する自治体だ。同町は東日本大震災による津波とその後発生した火災によって、市街地の大半が壊滅的な被害を受け、18,745人の町民の4.3%、823人が死亡ないし行方不明になり、倒壊家屋は3,184棟に及ぶ(9月6日現在。岩手県調べ)。また、宮古や釜石の学校に通う学生や高齢者が主に利用していたJR山田線は山田町を挟む形で、宮古-釜石間が不通になっており、復旧のめどは立っていない。

  大震災発生から半年が経とうとする中で、山田町では地元住民が全国からの支援や協力を受けながら、地域社会や産業の復興に向けた長い道のりを踏み出そうとしている。そうした取り組みのひとつが、9月4日JR陸中山田駅近くの津波の被害は受けたが、焼失を免れた建物にオープンした「山田町ゾンタハウス」だ。山田町ゾンタハウスは明日を担う子どもたちのための自習室で、主として中学生以上の子どもたちが集い、軽食を取り交流し、勉強できる場所を目指して、NPO法人こども福祉研究所が多くの人たちから寄せられた寄付金や協力を受けて、開設した。

  山田町ゾンタハウス設立の経緯について、こども福祉研究所の理事長である東洋大学社会学部教授 森田明美さんは次のように語る。「東日本大震災が発生してから、被災地の復興には、大人たちと一緒に子どもたちも元気になることが必要だと考え、被災地での子どもの権利を実現するための事業に取り組みたいと思っていました。5月5日子どもの日には、国連NGOとNPOをネットワーク化して、被災した子どもの権利を促進する団体である「東日本大震災子ども支援ネットワーク」の立ちあげにかかわり、事務局長として活動していました。その時に、女性の自立と社会的地位向上のために、世界67カ国で活動する奉仕団体ゾンタ・インターナショナルの日本支部から、復興支援事業への基金提供のお話があったのです」(森田教授)。

  その申し出を受けて、森田教授が山田町で、若者支援事業に取り組むことに決めたのは森田ゼミの卒業生で、東洋大職員の舟田杏子さんが山田町出身だったことがある。「3月11日の夜は大学で『自分の生まれ育った町が燃えている』と悲嘆に暮れる舟田さんと過ごしました。私にできることは何もありませんでした。その後、ゾンタから基金提供の話があったので、『これを使って、何かできれば』と考えたのです」(森田教授)。

 

1ヶ月半で建物を修理、開所に間に合わせる

  舟田杏子さんは震災発生当日、山田町在住の両親と連絡が取れない中で、テレビニュースで流れる火災の様子から、津波に襲われ、火事になった市街地の状況が手に取るように分かり、大変なショックを受けた。「被災状況を見て、役場職員の父は大丈夫だろうが、祖母と母は助からないだろうと思いました。それで、すっかり落ち込んでしまった中で、ずっと一緒にいてくれたのが森田先生でした。母も祖母もケガはしたものの、助かったのですが、その後、6月に森田先生からゾンタ基金による事業のお話があり、山田町時代にお世話になっていた学習塾の竹内範子先生に、手助けをお願いしたのです」(舟田杏子さん)。

  舟田杏子さんが連絡をとった竹内範子さんは山田町の市街地で、ふたつの学習塾と高齢者向けの配食サービスの事業を営んでいたが、そのすべてを津波と火災で失ってしまった。そうした中で、NGO・NPOの協力を得ながら、子どもたちのための事業に取り組もうと模索していたところに、森田先生からの話があった。その経緯について、現在、山田町ゾンタハウスを運営するNPO法人こども福祉研究所山田支部の代表を務めている竹内範子さんは次のように語る。「お話があったのが6月末で、森田先生の専門的かつ親身な調整で基金の提供が正式に決まったのが7月18日です。その後入居する建物を決め、改修工事に入りました。元々、1階に葬儀社、2階に音楽教室が入居していたのですが、津波で1階はガレキとヘドロがこびりついて乾いた状態で、ほこりだらけでした。2階の雨漏りや電気やトイレの改修なども行わなければならず、地震後の物資不足の中で、何とか建物の修理を終えることができたのが、開所1週間前の8月27日でした」(竹内さん)。


ゾンタハウス勉強風景


ゾンタハウス食事風景


竹内範子さん

 

地元住民の支援と協力のもと、開設準備が進む


舟田杏子さん(右)、舟田春樹さん(左)

  ゾンタハウスは、町の復興には子どもたちが元気になることが欠かせないという思いを持つ、多くの住民の支援と協力がなければ、開設することができなかった。そうした思いを持ち、スタッフとして今後の運営に関わろうとしているのが舟田杏子さんのお父さんの舟田春樹さんだ。「3月11日は3月議会の最終日で、年度末に定年退職する予定だった私は課長としてあいさつだけを残したところに、地震が来たのです。私は1960年のチリ地震津波、1968年の十勝沖地震を経験しているので、『大津波が来る』と思いました。大船渡には10メートルを超える大津波が来ているという連絡が入る中で配置に就く間もなく、山田町は未曾有の津波に襲われてしまいました。山田町は内陸部から直接来る道路がなく、宮古か釜石を経由しなければならないため、盛岡から最も遠い地域です。そして、携帯電話も1週間不通になり、情報も入らず、完全に孤立してしまいました。私自身は再任用の役場職員として、6月末まで被災者のケアを必死でやってきました」(舟田春樹さん)。

  その後仮設住宅が建設され、避難者全員が入居できたことにより、山田町の避難所は8月31日で、すべて閉鎖された。「仮設住宅では、4畳半2間に家族4人が生活し、子どもたちの落ち着いて勉強する場がありません。これまで沿岸部の子どもたちの学力を、県の平均レベル以上に上げようと学校の先生たちががんばってやってきたのに、この状態が続けばさらに学力が落ちてしまいます。それを何とか防がなければいけないと思い、ゾンタハウスの立ち上げと運営に加わることにしたのです」(舟田春樹さん)。

  この活動に地域の子育て世代の佐藤恵理子さんが加わり、山田町の若者にどんな支援が必要かと議論を積み重ねる中で、被災によって落ち着いて勉強したり、将来を考えるという状態にならない、山田町の次の時代を担う中・高生たちを支えていくおやつ付き自習室作りの動きが本格化していった。その中で、若者たちと地域の大人との交流をとおして賑わう街の復興も目指そうということになり、「やまだ街づくりネットワーク」の協力を得て、山田ゾンタハウスの一角を誰もが気軽に立ち寄ることができる「街かどギャラリー・交流集いの広場」にすることにした。

 

学生たちがボランティアとして参加、力を発揮


小川晶さん(右)

  ゾンタ・インターナショナルの活動目的は女性たちの社会活動支援である。地元の女性たちの仕事を創出し、雇用することになった。街は街灯もほとんど消失して日没後は真っ暗になる。商店の復興にまだ時間がかかる中、お腹を空かせた放課後の子どもたちを保護者が迎えられる時間までぎりぎり過ごすことができる時間を20時と設定し、それまでの若者のお腹を応援するために女性たちが軽食を作って提供することにした。さらに、地域では再開している学習塾もあることから、学習支援ではなく、子どもにあった学習を一緒に考え、問題集などは無料で使える自習室として開設した。運営はボランティアや、仲間同士、年長者が年少者を教える様々な学びの関係を作り出すこと、活動の決定は必ず子どもたちと一緒に進めるという方針で、子ども委員会を中心とした自主活動を大切にしている。

  こうした構想のもとに、ゾンタハウス開設に向けた準備を進め、必要な教材や物品、軽食用の食材などについて多くの企業や団体、住民に支援を依頼、提供を受けることができた。そして、8月27日からは、スタッフや地域の中・高校生に、東洋大学の2011夏季学生派遣ボランティア 東北応援プロジェクト(TOP)のメンバーが加わり、ゾンタハウス開設に向けた最後の準備が進められた。作業に加わった東洋大学大学院子ども支援学コースの 小川晶さんは次のように語る。「ゾンタハウス開設は7月に決まっていたのですが、私たちの宿泊場所などは、ぎりぎりまではっきりしませんでした。そのため、森田明美ゼミの学生は皆、早く現地に入りたいという思いを抱いたまま、現地に迷惑をかけないようにと待ち続けてきました。そして、現地の皆さんの力で、避難所として使われていた旧陸中海岸ホテルを宿泊場所として使うことができるようになったので、ボランティアとして来ることができました。ここに来ている子どもたちの中には家族が亡くなったり、行方不明だったりする人もいます。一緒に作業をしたり、食事をして、笑いながら過ごしているのですが、まだ自分の気持ちを整理しきれないでいると思います。ゾンタハウスで大学生の存在を身近に感じてもらい、自分の夢をあきらめずに、力強く暮らしていけるようになって欲しいと考えています」(小川さん)。


寄附による教材を手にとる唐澤慎吾さん

  また8月27日から現地に入り、開設に向けた片付けや掃除などの作業を先頭で担ってきた森田明美ゼミ長 唐澤慎吾さんは次のように語る。「がれき処理なども進み、街は思ったより片付いていたのですが、ゾンタハウスにする建物はつなみで泥やごみがこびりつきとても汚れていて、ここで本当に子どもたちが勉強できるのか、不安に思いました。けれども毎日片付けと掃除・ペンキ塗り等環境整備をし続け、土日には小・中・高校生、高専生も手助けに来てくれたり、地元の人々の手助けもあり、ようやく開所式に間に合わせることができました。また、来たばかりの頃はゾンタハウスが地元に受け入れてもらえるのか不安な面もありましたが、作業中にとおりかかった地元の子どもたちや高齢者、障がい者などいろいろな人が訪問してくれて交流もできるようになったので、不安はなくなりました」(唐澤さん)。

 

いい大人と出会い、生きる意欲を育む場所を目指す


開所式で挨拶する子どもたち

  こうして迎えた9月4日の開所式には、大家さんや地区住民自治会、商工会や社会福祉協議会、やまだ街づくりネットワークの代表の人たちだけでなく、これからゾンタハウスを利用する子どもたちも参加した。その中のひとりで、高校を卒業後、宮古の看護学校に通う佐々木公太さんは次のように語る。「3月の津波で自宅が半壊し、家族全員が2階で生活しているため、家では勉強できません。看護学校の予習や国家試験のための勉強をゾンタハウスでやりたいと思います」(佐々木さん)。また、高校卒業後、看護学校への進学を目指して、自宅で勉強中の武山えりかさんも次のように語る。「小さい子から同じ年頃の高校生まで一緒に勉強しているのを見ると、自分もやらなければという気持ちになります。今まではひとりで勉強していたのですが、ゾンタハウスで皆と刺激し合って、勉強したいと考えています」(武山さん)。

  開所式当日、舟田春樹さんの連絡用携帯電話には、ゾンタハウスを子どもに利用させたいと考えている親から次々に連絡がきた。「すでに30人くらいから申し込みがあり、大きな手応えを感じています。震災発生から今まで、私たちは外部から支援を受けてきたわけですが、いきなり全力は無理にしても、そろそろ自分たちの力で立ち上がる時期に来ています。ゾンタハウスのオープンはそのきっかけになると思います」(舟田春樹さん)。

  最後に、森田教授は「地域の人の協力が得られ、オープンできたのには8月末から入った学生の力によるところが大きいです。東洋大学の旗を掲げたら『学生たちががんばっている』と町の方々が通りがかりに声をかけてくださったり、聞いたよと東洋大学の卒業生や関係者が訪問してくださり、大きな渦ができました。子どもたちには、ゾンタハウスで早く「いい大人」に出会わせたいと考えています。いい大人が世界中にたくさんいるということを子どもたちが知れば、それが生きる支えや希望になり、意欲も出てきます。ここがそうした出会いの場になればと考えています」と今後への期待を語った。ゾンタハウスは9月25日登録者65名となった、実に山田町の中学生約600人の1割をゆうに超える人数である。すでに連日、放課後約30人の中・高校生たちが利用する自習室としてフル活用されている。


開所式が終わって、子どもたち、スタッフ、支援者一同で記念撮影

 

 

森田明美(もりた あけみ)


 

東洋大学 社会学部 社会福祉学科教授。子どもの権利を基盤とした児童福祉学が専門。現在、東京都世田谷区子ども・青少年問題協議会副会長、NPO法人こども福祉研究所理事長、子どもの人権連代表委員、東日本大震災子ども支援ネットワーク事務局長、こくみん共済 coop 理事など。また東京都西東京市、埼玉県飯能市、千葉県八千代市、船橋市など多くの自治体の子ども・子育て支援計画などに関わる。近刊著書に『子どもの権利 日韓共同研究』(日本評論社)『よくわかる女性と福祉』、『シングルマザーの暮らしと福祉政策-日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』(ミネルヴァ書房)など。

特定非営利活動法人 こども福祉研究所ホームページ

東日本大震災子ども支援ネットワーク


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■お問合せ先 山田町ゾンタハウス

TEL・FAX 019-377-3240

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