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被災者・被災地の復興へ向けて―東日本大震災を乗り越えて

友だちのように寄り添うことが自殺を防ぐ

社団法日本産業カウンセラー協会東北支部支部長補佐 神春美さん

  3月11日に東日本をおそった未曾有の大震災。地震と津波の甚大な被害に加え、福島第一原子力発電所の事故による二次被害が震災をさらに深刻なものにしているのが現状です。
  こうした状況の下、私たちに何ができるのでしょうか。
  本連載では、東日本大震災の復興に向けた様々な取り組みやビジョンをレポートすることで、よりよい復興に対する理解と議論を深めていきたいと考えています。

企業や官庁などに対して、メンタルヘルス面でのカウンセリングや研修を行っている日本産業カウンセラー協会 東北支部 支部長補佐 神 春美氏に、被災地を中心に懸念されている自殺や孤独死を防ぐ対策について話を聞きました。

 

 

自分を振り返る時間ができることで生じる自殺の危険性

東日本大震災発生から5ヶ月余りが経ち、自殺者の増加が懸念されていますが、
どうお考えですか。

神 被災した人の話を聞くと、150日経っても、自分の後ろを「助けてくれ」といいながら、流されていった人の声が頭から消えないといいます。また、親の手を握っていたが、手を離してしまい、その結果、親が亡くなってしまったという人がいます。そうすると、残された家族は「あの時、手を離さなければ助かったのではないか」と後悔の念に囚われてしまいます。また、港の消波ブロックに遺体が上がっても近づくことができず、消防も生存者の救助優先で、手が付かない状態が4~5日も続くという状況もありました。それに遭遇した人たちはトラウマが残り、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまっている方もいます。こうした例は、2万人以上の死者・行方不明者が出ている大震災ですから、枚挙にいとまがありません。

  それほどの苛烈な経験をした人たちが「自分だけが生き残ってしまって、申し訳ない」という罪悪感や負担感を抱えたままでいると、うつ病の発症が心配されます。うつ病になると、職場などの人間関係にも影響が出たり、メンタル面で不調になり、幾つかが重なることにより自殺に至る可能性もあります。

ここにきて自殺者が増える危険性が高まっている背景には何があるのでしょうか。

神 避難所が閉まり、多くの人が仮設住宅に移り始めたところから、問題が始まっています。避難所ではたくさんの人がいて、プライバシーがない状態で暮らしていたので、落ち着いて自分を振り返る時間がありませんでした。それが仮設住宅に入ると、曲がりなりにも自分の時間を確保できるので、振り返る時期に入ります。そこで、近所づきあいするような人がいるとよいのですが、それがない場合、高齢者は「この先、長くはない」と考えてしまいます。すでに宮城県の仮設住宅で2名が孤独死したという新聞報道がありますが、高齢者の孤独死が多くなることが懸念されます。

  働ける人たちは、再就職しても喪失の大きさや、生活の再構築には途方もないものを抱えてしまいます。その結果自殺を考える方が増えるという背景が考えられます。

  それを防ぐには、臨床心理士や産業カウンセラーなどがチームを組んで、定期的に仮設住宅を訪問することです。仮設住宅に入っても、生活物資が十分にあるわけではないので、必要なものを渡すことも含めて、仮設住宅入居者に対する先の見通しが見えるようなケアの態勢を作り、訪ねて歩くことが自殺予防のために今、緊急に求められています。

 

行方不明状態では気持ちに区切りを付けるステップを踏み出せない

会社の中ではどうでしょうか。

神 職場には、被災している人と被災しなかった人がいます。そうすると、昼休みに食堂で、津波やがれきの後片付けの様子がテレビで流れた時に、被災しなかった人は「片付けも大分進んだな」などと話しますが、被災した人はテレビも見ず、即刻席を離れてしまいます。被災しなかった人にとっては、震災は終わった出来事になりつつあるのですが、特に親族が亡くなったり、流されたりした被災者にとっては、まだ昨日、今日の出来事です。ですから、両者の間では地震や津波についての会話は成り立ちません。一方で、被災した人たち同士も、お互いの被災度合を比べるようになってしまうので、話ができません。 その結果、被災した人たちは次第に孤立し、孤独になっていって、つらい体験だけが自分の中に澱のようにたまり、それを外に出せない状況が続いていきます。それを吐き出して、「いやあ、ひどかったね」と言うことができれば、かなり楽になるのですが、まだそういう状態にはなっていません。その状態で仮設住宅に入っているようだと、先ほどもいったように、うつ病の発症が心配されるわけです。

気持ちを解きほぐしていくには、どうしたらよいのでしょうか。

神 何よりも、時間が必要です。7月中旬に両親や親戚が津波で流され、まだ見つかっていない方のカウンセリングをしました。職場では普通に仕事をしているのですが、面接では震災のことは言葉にならず、「とても話せません」と10分ぐらいで、席を立ってしまいました。当時の体験を話せる人が出てきている一方で、まだ話せない人もいて、両方が混在しているのが今の状況です。

  自分から言葉を発せないという状態は時間が経てば、ある程度薄まっていきます。人が亡くなると、仏教では初七日や四十九日などの法要をしますが、あれは通過儀礼で、それによって、一つ一つ区切りを付けていくわけです。今回の震災で、ご遺体が上がった人はその区切りが一つ一つ付いていきます。ところが、震災発生から5ヶ月経った8月11日現在でも、行方不明者が4,700人以上います。そうすると、その家族や親戚は「もしかしたら、どこか遠い島に流れ着いて、生きているかもしれない」と思い、気持ちの区切りを付けることができません。それに対して、周りの人は「もう亡くなっている」とは言えませんし、本人も認めたくありません。所持品でも見つかって、一種の形見のような形で出てくれば、お葬式から始まって、一連の通過儀礼が行えるのですが、それもないとなると、何もできません。また、ご遺体が見つかった人でも、見つかるまでに時間がかかっている場合が多く、その間、自分の中に気持ちを抱え込み、少しずつ傷ついているので、溜まっている澱も深くなっています。

 

そばにいることで、安心し、気持ちの整理が進む

病気で家族を亡くした場合とは確かに大きな違いがあります。

神 その思いは時間が経つことで、自分の中で少しずつ整理されていくのですが、その時にカウンセラーや友人など、周りに誰かいることが必要です。その課程では、今まで話せなかった思いが次第に言葉になっていくのですが、そこで自分が助かったことが悪いことだと考えてしまうことがあるのです。その時に、誰かが「そうではないよ」とか「皆、そういう気持ちになることがある」と言ってやることができると、「あ、そうか」と生きている自分を受け入れられるようになります。そういうことがないと、悪いという気持ちが残ったまま仕事の負担なども重なって、落ち込んでいき、うつ病から最悪の場合自殺に走ってしまう可能性があるのです。

友人など周りの人が対応するのは、とても大変なことだと思うのですが。

神 確かに大変ですが、特に言葉をかける必要があるわけではなく、そばにいるだけでよいのです。「大丈夫か」とか「思い出して、つらいね」などという必要はありません。被災した人にしてみれば、つらいに決まっているわけで、それを無理矢理こじあけるような言葉かけはやらない方がよいのです。誰もが人は被災して、うち沈んでいる人に対して、同情すべきだと思いがちですが、そう考えると、どうしても構えてしまい、不必要な発言をしてしまいます。寄り添うような気持ちを持っていただくことが何よりも大切です。例えば、昼食のときなど隣に座って一緒に食事をしたり、職場の中でも必要以上に震災の話を避けることなく、普段の過ごし方をする方が良いのですが、その中にあっても気遣いは忘れないようにして欲しいと思います。

  そういう日常の中から、少しずつ安心感を持つことが出来るようになっていくと思います。本人がどこかで「大丈夫になったみたい」と思う時が来ると思いますが、そのプロセスは一人ひとり違います。今回の震災では2万人を超える死者・行方不明者がいるわけですから、その家族や親戚だけでも10万人を超えるのではないかと思います。その方たちは被災地だけではなく、全国各地にいるわけで、ご近所に住んでいるかもしれません。そこで、被災地以外の地域や職場も含めて、その人たちに寄り添い、気持ちの整理が付くのを見守っていくことが求められていると思います。また、このような対応は、今回被災された方だけでなく、心の病を抱えている人がいる職場の中でも求められるのです。

 

情報を共有し、孤立した人の相談窓口となるハブセンターが必要

一方で、福島県では原発事故から避難した住民の避難所での生活が長期化しようとしています。そこでは、何が求められているのでしょうか。

神 各自治体は懸命にやっているのですが、避難先で住民をケアする態勢が十分にできていないように思います。例えば、夫は仕事で放射線量の高い地域に残り、妻が小さな子どもを連れて、避難しているというケースがあります。そうすると、妻は夫が食事など普通の生活が出来ているかどうか不安で、それがストレスになります。一方、夫は自分の身を犠牲にするようにして働いている中で、離れて暮らしている家族のことが心配になり、それがストレスになります。

  これが原発事故の収束時期が明確になっているのであれば、それを目標に離ればなれでも、生活していくことができます。時間の経過が分かるということは何気ないことのように思いますが、人が生きて行く上で、大変大きな力になります。誰もがどんな小さなことでも、いつまでにやろうなどの目標を立てて、毎日を過ごしています。ところが、今回の原発事故で、人々が感じる最大の不安はいつになったら、事故が収まるかが分からないことです。そのために、残っている人も避難した人もどこを目標にしたらよいのか分からず、不安な状態で毎日を過ごしているのです。

その不安をどうしたら、和らげることができるのでしょうか。

神 職場単位でサポートチームを作り、臨床心理士や産業カウンセラーなど外部のリソースを使って、定期的に話を聞いていくことが必要です。例えば、情報を集約するハブセンターのようなものを設けて、職場を巡回し、そこから必要に応じて、弁護士や保健師などにつないでいく仕組みを作るべきだと思います。福島県の場合、放射能汚染の関係で、自由に入れない地域があるわけですから、行ける場所をはっきりさせて、ハブセンターからそこに行くようにします。そうすると、ハブセンターに情報が上がってくることになり、避難している家族はハブセンターに問い合わせれば、一人残って働いている夫の状況が分かります。そうした形で、情報が共有できると、現地に残って働いている人も、避難している家族にも安心感が生まれ、全体として、がんばろうという力が湧くようになります。

宮城県を中心にした今後の取り組みをお聞かせ下さい。

神 それぞれの団体が個別に活動していて、県も仮設住宅の見回りや学校への対応などを行っています。しかし、情報の共有がなく、行政機関は縦割りなので、学校は学校、介護施設は介護施設とバラバラの状態です。それに対して、全体の情報をまとめハブセンターのようなところがあれば、そこに情報が集まります。そうした情報を横断的に集め、どうしたらよいのか分からない人が相談できるような窓口を持った組織を作ろうと、打ち合わせを持っています自殺予防のための電話による相談活動をしている「社会福祉法人仙台いのちの電話」や自死遺族の会「藍の会」、深い悲しみに向き合っていく悲嘆回復ワークショップの団体、弁護士や宗教者などの皆さんが関わっているところです。今後、自治体にも呼びかけて、連携を取った上で、孤立した被災者の自殺や孤独死を防ぐための活動に取り組んでいこうと考えています。

 

 

神 春美(じん はるみ)


 

社団法人 日本産業カウンセラー協会 東北支部 支部長補佐

昭和21年生まれ。日本産業カウンセラー協会東北支部支部長補佐、東北福祉大学兼任講師。産業カウンセラーとしてカウンセリング活動を行う傍ら、国土交通省や東北財務局、国税局などの官庁、民間企業で人材育成・メンタルヘルスマネジメント等に関する研修、講演を実施。宮城県自殺対策推進会議メンバー、宮城労働局安全衛生専門員も務める。

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