韓国反日デモでハグ「人間同士は争う必要がない」と涙

2020年の年明け。「反日デモ集会の隣で日本人がフリーハグをしてみた」という言葉に添えられた約2分の動画は、Twitter上で瞬く間に拡散された。投稿から約1ヶ月で480万回以上の再生がされ、大きな反響を呼んでいる。

近年の日韓問題は元徴用工問題、日本政府による輸出規制措置、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)終了問題などに、いくつもの軋轢を抱え、険悪なムードが漂っている。
韓国では日本製品の不買運動に発展し、両国の関係は悪化の一途をたどっているかのように映る。

そんな中、韓国で反日デモに参加し目隠しで見知らぬ人と抱擁する、いわゆる
フリーハグを行なった男性がいる。
フリーハガーとして主に東南アジアを中心に国から国へと渡り歩いている桑原功一さん(35)だ。YouTuberとしても活動し、累計再生回数は1600万回以上だ。(登録者数は約6万に上る。)
現在はYouTuberとして収入を得ながら、日本で活動報告などを行って旅の費用を工面している。

反日デモでは、目隠しをした彼の周りに一人、また一人と韓国人がやってきて抱きしめあった。桑原さん自身は終始、目隠しをして両手を優しく広げ、凛と構えている。

遠巻きに見守る人、日本人かどうかを確認する人が彼を囲んだ。やがてテレビレポーターも駆けつけ、韓国でも注目を浴びることになった。
ハグを受け入れた韓国人が、桑原さんと実際にハグを交わした瞬間の、ホッとする優しい笑顔が印象に残る。
その光景に「人間同士は争う必要がない」と心を打たれ涙した人も。

彼はなぜ、目隠しをしてフリーハグをしているのか。そしてどんな世界を望んでいるのか。
各国を飛び回る中、日本にいる合間を縫って時間をいただき、たっぷりと語ってもらった。

あまりにも無防備な目隠しの理由

今までアジア18カ国で路上でのフリーハグを実施し、注目を集めているが、フリーハグ自体には特別にこだわっていなかったという。

「日本人が抱く外国人への偏見を無くしたいだけなんです。そのためのアイデアを常に考えているんですけど、フリーハグ以外思い付かなくて。なのでフリーハグに目隠しを加えたりして進化させていこうと。」

桑原さんのフリーハグの動画で印象的だったのが「目隠し」であることだ。
反日デモという危険な場で目隠しをし、両手を広げる姿はあまりにも無防備だ。

「自分の活動の目的である『韓国人への認識の誤解や国同士の偏見の現状』が書いてあるので、『あ、こういう目的でこういうことをやってるわけね』と。理論で納得してからハグしてくれるからいいんですよね。」

目隠しをしてフリーハグをする目的の根底にあるのは、かつて自分自身が韓国人に抱いてしまった「ネガティブな偏見」だという。

2007年に桑原さんは、教員免許を取得して、大学を卒業。
それから一年間のアルバイト生活を経て、23歳から世界一周をスタートさせた。
世界一周の理由についてあっけらかんと、こう話す。
「学校の先生になってしまうと長期休暇なんて絶対取れないし、定年後に世界一周するよりも、先に行ってから学校の先生になろう、と。」

最初に訪れた国は、英語を身につけようと格安留学プランを利用して訪れたフィリピンだ。フィリピンは、当時韓国で英語圏に行く前のステップアップとして流行っていたこともあり、韓国資本の学校が多くあった。桑原さんが入った学校は、全生徒400人のうち日本人は12人しかいなかった。圧倒的に韓国人が多いコミュニティーだったという。

「当時は韓国人をなんとなく怖そうだと思っていたんです。日韓関係は長年もめているし、日本人が留学先にほぼいなかったので、弱い者いじめとかされないかなと。
それに、韓国人と友達になるためにフィリピンにきた訳じゃないと思っていたので、英語の勉強を1人でもやり続ける決意でいたんです。でも、予想と反し、韓国人はすごく優しくて、僕がぽつんとなる隙も与えないぐらいでしたね。韓国人は、本当にフランクでご飯も絶対1人にさせないんですよ。」

この3ヶ月のフィリピン留学で桑原さんの価値観が大きく変わることとなる。
学校では、日本人というもの珍しさと、桑原さん自身の明るい性格からクラスの人気者になった。

「当初の自分が抱いていた韓国人のイメージがだいぶ変わりました。あれ、なんで韓国人に対して、恐怖心を抱いていたんだろうと。海外に出て、実際に話していくうちに国や外国人の実像は、当初抱いていたものとは違うことに気づかされます。なのに、なんで日本では例えば「韓国人全員が日本人を嫌っている」というような偏ったイメージを持つ人もいるのか。疑問を抱きましたね。」

自分の持っていた偏見にフィリピンでの韓国人の友人たちとの交流から気づいた、桑原さんは再び、世界一周の旅を続けた。

それから、オーストラリアでワーキングホリデー(以下 ワーホリ)を行ったりバックパッカーと自転車でシルクロードの旅をしたりと、自分の中のあらゆる偏見を一度取っ払って、「実際のその国の人たち」を確かめている。

たった5分でも人生が変わる。「感動する動画をつくりたい」

桑原さんの人生を変えたもう一つのエピソードがある。
それは、オーストラリアでワーホリをやっていた24歳の頃。
大学の同級生たちが教員になっている中で、何もしていないことに焦りが募っていた。

「表では見聞を広めるために世界一周してくるって言っても、ただ好きなことをしているだけだったんです。何者にもなれない虚しさみたいなものもありましたし。なんかやりたいとは思っていましたが、自分に自信がなかったんです。」

そんなとき、英語の勉強としてみたのが、YouTube上の「”where the hell is matt”」というアメリカ人のマシュー・ハーディングさんの動画。
世界各国の世界遺産、有名観光地の前で、マシューさんがマットダンスという、誰でもできそうな変なダンスをするシンプルな内容だ。

「その動画にはアジア人、アフリカ人、南米人など世界中の人々が出てきます。
僕はそれを見た瞬間、人間はこうも簡単に人種の壁を超えて繋がれるのかと感動して泣きじゃくりました。
『君はここ(地球)にいていいんだよ』『君の存在自体に価値があるんだよ』と自分自身の存在がこの世界を美しくしている一つの要因なんだと気づかされました。

また、マットさんの踊りは本当に誰でもできるようなへなちょこなダンスなんです。それなのに、世界中に大きな感動の波を起こし、動画を見た人に勇気や希望を与えている事実に衝撃を受けました。そして、自分も彼のように感動を与えられる人になりたいと決意しました。」

マットさんの映像について語る桑原さんはイキイキとして、心から楽しげだ。
たった5分で、これまでにない程の感動覚えたという。

「僕はちょうどあの動画にハマって、すごくカルチャーショックを受けました。自分もマットさんみたいにアクションを起こすことにより何か変えていけるんじゃないかと。あんなシンプルな動画で自分にもできそうなことだったからこそ、自分にだって、無意識な偏見を変えられる可能性があると思えました。」

たすけあいの精神は内発的な動機を作り始めるところから

最後に、桑原さんに助け合いの精神をどう広げたらいいかを聞いた。

「難しいですよね。自分で何か行動をする人って滅多にいないです。だからやっぱり自分がその必要性に気づかないとだめだと思います。僕自身の動画が言わんとしてることを自分なりに解釈して、行動につなげて欲しいです。結局、自分の心の中に自然と湧いてきた気持ちを原動力にしなくては、何事も継続できない。」

神妙に丁寧に言葉を選びながらそう話した。

桑原さんは、あの日見たマットさんの一本の動画に影響を受け、世界中を旅するフリーハグの活動を10年間やろうと決めた。
来年でちょうど10年目だ。

「最近Twitterのフォロワー数も23,000人に増え、ユーチューブでも一動画が、40万回以上再生されたりと、見てもらうことが増えました。けれど、9年間やっていることは全く何も変わってないんです。」

それなのに、活動を続ける中で周囲から日韓問題の解決などを期待される重圧を感じているのも事実だ。あくまでフリーハグという、人間が抱く偏見を少しでも変えることができるアイデアを広めたいだけだったが、批判も多く葛藤もあったという。

「フリーハグの効果は、じつは深く考えたくないです。論理的に言葉で説明できることが、 必ずしも良いとは思えません。言葉で伝えたら、結局言葉でぶつかりあってしまう。とはいえ、みんな理屈を理解しないと納得できないし行動もできないですよね。」

様々な言葉や思想、意見が飛び交う情報社会では、行動には確固たる理由づけが必要だと思いがちだ。でも、理屈ではなく感情で動いたっていいはずだ。

何もしなくても、ただいるだけでいい。
明確な理由を無理につくり出さなくても、自分が「そうしたい」と思ったらあれこれ考えずに、行動してみる。
たすけあいの精神も、きっとこうして広げられる。
これから、誰かをたすけたいと思いながらも躊躇してしまったときは、桑原さんのこの言葉を思い出したい。

「最近は、何かを勉強して何かをもっと深く知らないと、行動してはいけないと思っている人が多いですよね。でも、大義名分よりまずは自分一人の可能性を信じることですよ。」

<取材協力>
桑原功一
創価大学教育学部卒。群馬県出身。
大学卒業後、世界一周へ出発し、フリーハグ活動を始める。
今年は世界五大陸フリーハグプロジェクトを始動予定。
Twitter: @freehugs4peace

(写真提供:桑原功一 編集:Maiko)