「誰かをたすけたい、でもその前に本当にたすけるべきなのは自分かもしれない」――そんなことに気づかせてくれたのが、ライター・プランナーの夏生さえりさんです。さえりさんは学生時代に自分を労わることができずメンタルを崩し、一年間引きこもってしまった経験があると言います。その頃、誰かにかけてもらいたかった言葉をみずから綴り、2017年には「今日は、自分を甘やかす」という書籍を出版されました。自分をたすける=「甘やかす」ために必要なメソッドとは? じっくり伺いました。

無理をして優しさを与えると、相手に対価を求めてしまう

―最近、誰かに「たすけられたな」と感じたエピソードはありますか?

夏生さえりさん(以下、さえり):たすけられたというか、ホッと心が緩んだことなんですが、いいですか? 昨日打ち合わせのために会社に向かっていたところ、途中でキャンセルの連絡が入ったんです。もう家を出ちゃったしな〜、と思って立ち寄ったコンビニで、ふとレジ横のビスコが目に入って。ちょうどクリスマスだったのでそれを大量に買い込んで、ぶらっと会社に向かったんです。会社に着いて、仕事をしているみんなの席を回りながら、「がんばっている子にビスコだよ〜!」と言って配ったら、想像以上の笑顔で喜んでくれた子がいて……。「これをやったら喜んでくれるだろうな!」と思っていたというよりは、「クリスマスっぽいことしていないし、何かやりたいなぁ」という自己満足の気持ちでやった些細なことだったんですが、喜んでもらえてこっちがみんなにたすけられたというか、元気をもらってしまいました。

―予想外にできた空き時間を、自分のためじゃなく同僚のために使ったさえりさんも素敵です。

さえり:誰かのために時間を使ったという感覚はあまりなくて、たまたま気持ちに余裕があったので、余分なことをして自分自身が楽しみたいなと思ったんですよね。それが結果的に、誰かのハッピーにも繋がったという感じでした。

私は日々の中で、自分のことを甘やかすのはすごく大事だと考えてるんです。でも案外、みんなそれがあまり上手ではないとも感じていて。「甘やかす」というと、なんとなくネガティブなイメージがあるのかもしれませんね。でも、自分を甘やかすことは、誰かに優しくすることにつながると思うんです。例えば精神的に余裕がないときに無理して人に優しくしようとすると、対価が得られなかったときに無性に腹が立ってきませんか?

―とてもよくわかります。「こんなにがんばってやってあげたのに!」って。

さえり:そうそう。私も、以前仕事から疲れて帰ってきて、一所懸命夫のために晩ご飯をつくった日があったんです。でもそんな日に限って、「ごめん、遅くなる!」なんて連絡が来て、夫は何も悪くないのにめちゃくちゃイライラしちゃったんです。「私はあなたのためを思って、がんばったのに!」って。でも、これって本末転倒ですよね。夫に喜んでもらいたくて頑張ったのに、夫に怒ってしまっている。たぶん、身を削る優しさって、知らず知らずに「対価をもらうことで癒されたい」と思っちゃうんじゃないかなって思ったんです。それで、「そもそも心に余裕がないときに、がんばって人に優しく接する必要なんて全然ない」と思うようにしました。別に冷たくする必要はないけれど、“フラット”でいい。余裕があるときだけ、優しくする。
相談を受けたときにも、それでいいんじゃないかって答えるようにしています。

日頃から色々な悩み相談を受けるんですけど、本当に自分のことを大切にできていない人は多いですよ。まるで、雨の日に無理やりピクニックをしようとしているみたいだな、と感じています。

―雨の日にピクニック?

さえり:気持ちの浮き沈みは、天気と同じようなものだと思うんです。どうにかして変えようと思っても、なかなか難しい。
雨の日は雨の日なりの過ごし方がありますよね。それと同じで、「元気がないとき」「余裕がないとき」にはそのときなりの過ごし方があると思うんです。
「今日、私疲れてるな。ご飯を作るのはやめよう」「今日ちょっとイライラしてるな。人と離れてカフェに避難して、一息つこう」そんな風にやり過ごすんです。大事なのは自分の状況を把握して、一旦受け入れること。私は新卒で会社員をしていた頃、実はしょっちゅう会社をサボっていたんです(笑)。「サボる=悪いこと」だと捉えられがちですけど、私の場合「元気がない今日無理に頑張っても意味がない。明日以降、さらにいいアウトプットが出せるのであれば、いっそ休んだ方がいい!」と前向きに考えていました。

意識的に小さな贅沢をすることで、上手に自分を甘やかす

―確かに無理してパフォーマンスを落とすくらいなら、一旦リセットした方がいい場合もありますよね。SNSやメディアを通して見るさえりさんはいつも笑顔のイメージが強いですが、「今日はダメだ〜」と自分が嫌いになることはありますか?

さえり:割とすぐに落ち込むし、すぐに消えてなくなりたくなりますよ(笑)。その代わり、自分を甘やかすことも得意なので、浮上するのも早いです。ささやかなことですが、わざわざ足を伸ばして美味しいものを食べに行くとか、いつもよりちょっと高級な入浴剤を使うとか。あとよくやるのが、花屋さんで出来合いのブーケじゃなく、自分で選んだ花を買うこと。本当に気に入った花だけを買って、家に帰って茎を切りそろえて、花瓶に生ける。これだけで「ちゃんと生活に一手間加えられているなんて、私えらいじゃん!」と感じることができるんです。自分を甘やかすときに大事なのは、“意識的に”贅沢をすること。それから、ちょっとしたことでもがんばった自分を褒めることだと思います。

―自分を甘やかし、褒める。小さなことでもそれを積み重ねることで、自分をたすけることができるような気がします。自分をたすけるということは、その先で、誰かをたすけることにもきっとつながっていきますし……。

さえり:そう思います。誰だって不機嫌な人と一緒にいたいとは思わないですし、反対に、気持ちに余裕のある人と過ごすことで気持ちが救われることってあると思います。

―昨年ご結婚されましたが、パートナーの方と「たすけあっているな」と感じることはありますか?

さえり:うーん、そんなに大それたことではないんですけど、彼が当たり前のように家事をしてくれるので、日々すこしずつたすけてもらっていますね。毎日「ありがたいな」のポイントが溜まっていく感覚なので、大きな何かがなくても、夫=いつもたすけてくれる人という感覚です。特にルールを設けなくても家事分担がうまくいっているのは、「私たちは夫婦ではあるが、別々の人間である」という意識が薄れていないからかもしれません。他人が二人で暮らすときの基本ルールを忘れないのは、思いやり・たすけあいの上で大事なのかなと。過去の恋愛を思い返すと、「私たちは二人で一人」「言わなくてもわかってくれるはず」みたいな関係性になってしまった時期もあって……。それが悪い方に転がると、「どうしてわかってくれないの?」「言わなくてもわかると思ってた」と、ちょっとしたことが許せなくなって、どんどん優しさを失っていく負のスパイラルにはまってしまうんですよね。でも、お互いに別の人間であるという意識がベースにあると、「面倒くさくても伝えなければ伝わらない」と肝が据わるというか。

―「思っていることを相手に伝える」。簡単なようで、身近な人が相手だと案外労力を使いますよね。

さえり:そうですね。精神的に「自分のことは自分でなんとかする」と思えていないと難しいかもしれません。意識的に自分を「甘やかす」ことと、依存的に相手に「甘える」ことはまったく別物です。彼は、私に過剰に優しくしてくれるタイプではなく、“できる範囲で”優しくしてくれるタイプなんです。でもそれってすごく自然体でいいな、と感じていて。無理に優しくされたり、余裕がないのに頑張ったりするのも嫌だし、されるのも嫌ですね。後から、「そこまでつらい思いをして優しくしてくれていたんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに……」と思って凹みたくないので……。

―あのときの笑顔は無理につくられていたのか! みたいな(笑)。

さえり:そうそう。「今、自分はこういう理由で余裕がないけど、余裕ができたらきちんと話を聞くからね」と状態をきちんと伝えてくれたら、こちらもそれ以上のものを求めようとも思わないですし。そういう意味で私と彼は、「パワー以上のものを渡さなくてもいい、渡されなくても大丈夫」という心地いい関係性を築くことができている気がします。精神的にギリギリな状態にならないように、常に余力を残すようにしているという感覚です。今はそうでも、この先どうなるかはわからない。結婚を長く続けていけるように、いつまでも意識しておきたいなと思っています。

友達をたすけるように、自分のこともたすける

―確かにそうですね。さえりさんのお話を通して、「自分を甘やかす」ことの重要性がとてもよくわかったのですが、私を含め編集部一同、やっぱりそれが苦手なメンバーが多いみたいです(苦笑)。

さえり:なるほど……。ちなみにみなさん、普段から弱音って吐いてます?

―吐いていないかも……。「こんな話を聞かされても、きっと相手も迷惑だよな」と思って躊躇してしまうことがよくあります。それに、たすけを求めて返ってこなかったらどうしよう、と思ってしまうことも。

さえり:あんまり考えずに、「ヘルプ!」って言えると一番いいですよね。それで仮にたすけを求めたときに返ってこなかったとしても、それはあなたのせいじゃないと思います。もちろん相手のせいでもない。単純に、そのとき相手が「人に優しくする余裕がない状況にある」というだけ。自分も相手も「たすけられるときにたすける」。そのくらいがちょうどいいなと思います。ちなみに私は悩みごとも基本的には溜め込まず、こまめに吐き出すようにしています。溜まってからだと、何から手をつけたらいいのかわからなくなるので(笑)。

―ネガティブなことを言ってはいけない、と思いすぎると、ますますしんどくなってしまいますもんね。

さえり:自分に優しくするコツって、普段自分が友達にしているのと同じことを、自分にもしてあげることじゃないかと思うんです。みんな無意識に、自分を自分のものだと思い込みすぎているような気がするんですよ。「これくらいの体調不良だったらなんとか乗り切れるだろう」とか。でもその言葉、もし友達が体調を崩していたらきっと言わないですよね。「無理しないで、今日は休んでね」とかって声をかける。もし自分が他人だったら、なんて声をかけるだろう? それをベースに日々を過ごすことができたら、もっと自分に優しくなれる。自分に優しくできるようになってはじめて、身を削らずに自然体で、人にも優しくなれるのだと私は思います。

夏生さえり
フリーライター。CHOCOLATE.inc プランナー。書籍・WEBの編集者として勤務し、ライターとして独立。取材、エッセイ、シナリオ、ショートストーリー等、主に女性向けコンテンツを多く手がける。著書に『今日は、自分を甘やかす~いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『揺れる心の真ん中で』(幻冬舎)等。

(写真:くりたまき 編集:はつこ)