昨年末M-1グランプリのミルクボーイのネタを見て、腹がよじれるほど笑っている自分がいました。パッとしなかった一年の終わり、ようやくその年一番の笑いをもたらしてくれた彼らには感謝しかありません。そのときしみじみ感じたのは、「お笑いって、人をたすけるよなあ」ということです。どんなに地味な日常でも、どんなに悲しい出来事があった日でも、テレビやラジオからふと聞こえてきた芸人さんのボケとツッコミに、ついつい口元が緩んでしまう。そうやって笑えた自分に、ちょっとだけ安心する。誰にもそんな経験があるのではないでしょうか。今回は元お笑い芸人で、現在はネタ作家・お笑いコンサルとして活躍中の芝山大補さんに、「なぜお笑いは人をたすけることができるのか」をテーマに、じっくりお話を伺いました。

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「松本人志病」におかされて滑り倒した芸人時代

――芝山さんがお笑いの道に進もうと思ったきっかけはなんだったのですか?

芝山大補さん(以下、芝山):小学生の頃なかなか笑わない友達がいて、なんとか笑わそうと「さっき変なおっさん見たで! こんな話し方やったわ〜」みたいなアホな話ばっかりしてたんです。とにかく人を笑わせるのが楽しくて。17歳の頃、お笑い好きの妹が「base吉本」というライブハウスのチケットをくれて、初めてプロの舞台を観に行ったんですね。ケンドーコバヤシさんの単独ライブだったんですけど、「これは面白い! 芸人になったらこんなむちゃくちゃやっても許されるんや!」って感銘を受けて、芸人を志すようになりました。

――そのままお笑いの道に?

芝山:おかんがめちゃくちゃ厳しかったんで、とりあえず大学には進学したものの、ゲーセンに入り浸ってましたね。で、1年間で取れた単位がたったの「2」。これを逆手にとって、「こんなに成績が悪いんだから、これ以上大学通っても意味ないよ」ってなんとかおかんを説得して中退し、NSC(吉本の養成所)に入学したんです。NSCではつくったネタが講師陣に大ウケして、「こんな面白いネタは見たことがない」と称賛されて調子に乗っていたんですけど、卒業したらそのネタがウケなかったんですね。

――NSCを卒業したあと、芸人さんにはどんなルートが待っているんですか?

芝山:まずはbase吉本の劇場に所属するために、ひたすらオーディションを受けまくります。500組くらいから勝ち上がって生き残った者が、晴れて「吉本芸人」と名乗れるんです。ただ一度吉本芸人になれても、次のオーディションで落ちたらまた振り出しに戻るというシステムなので、毎週のように壮絶なバトルが繰り広げられます。当時僕が戦っていたのが和牛さん、銀シャリさん、スーパーマラドーナさんあたりでしたけど、全然敵わなかった。敗けまくってましたね。

――つらい……。敗因はなんだったんですか?

芝山:僕、子どもの頃からいじられキャラだったんですけど、NSCに入ってからキャラを偽って、ものすごい尖り始めたんですよ。というのも、松本人志さんにめちゃくちゃ憧れて。僕だけじゃなく、当時の芸人はみんな「松本病」にかかっていたんです。あくまで勝手なイメージで恐縮なんですけど、人のネタを見ても絶対に笑わない、「俺が客に笑いを教えたる」って意気込む、みたいな感じ。僕もそうならないといけないんかな、ってキャラを真似してるもんだから、誰も僕をいじってくれなくなりました。間違えて服を裏表に着てても、楽屋でつまずいて転んでも、僕が日頃あまりに殺伐とした空気を出しているもんだから、後輩はみんな見て見ぬ振り。偽りのキャラが芸にも響いて、「舞台でも面白いことしか言ってはいけない」というプレッシャーに押しつぶされて何も話せない。もう本当にしんどくて。

――今の芝山さんからは想像がつかないんですが……。

芝山:ですよね。30歳前後の3年間、今はYouTuberとして活躍しているフワちゃんとコンビを組んでたんです。僕がツッコミだったんですけど、彼女は本番でネタを飛ばしても平気で「もっかいやっていい〜?」って言うもんだから、こっちも巻き込まれて、スカしながら何回も同じ登場シーンをやらなきゃいけなかったんです。どうしたって格好がつかないわけです。あとフワちゃんって、必ずノーブラで舞台に上がりたがるんですよ。乳首が透けるのをガムテープで隠させるのがいつの間にか僕の役目になってて(笑)。舞台の前にガムテープをちぎっては彼女に渡しながら、「俺、一体何してるんやろ……」と。いつの間にか彼女のペースに巻き込まれて、スカしてることにも限界がきて、徐々に素の自分が出せるようになっていった感じですね。

生まれ持った面白さを引き出し、褒めることからコンサルは始まる

――フワちゃんのおかげもあって、角が取れて丸くなったと。しかしそのまま芸人を続けることはなく?

芝山:芸人の生活サイクルって、ネタをつくる、練習する、チケットを売る、舞台に上がる、打ち上げに行く、その合間にひたすらバイトを入れる、みたいな感じなんですけど、さすがに15年くらい続けていると飽きてきて。何が一番やりたいか考えてみたら、「ネタを考える」「人に話して笑いをとる」「笑いの理論を後輩に語る」この3つだな、という結論が出たんです。昔からネタをつくるのは人一倍速くて、みんなが1週間くらいかけてつくるところを3時間あればつくれてしまうし、笑いの理論を語ることに関しても、頭で理解しないと動いてくれないフワちゃんが相方だったから、アウトプットすることに慣れていたんですよね。そんなこともあり、5年前に芸人を辞めて、芸人の代わりにネタをつくるネタ作家になりました。最近では並行して、一般の人向けにお笑いコンサルも始めました。

――じつは私も先日、芝山さんのお笑いコンサルを受けたんですよね。どうやったら笑いが取れるのかを教えてくれるものだと思っていたんですが、実際に受けたらひたすら褒められまくった感じで、拍子抜けしました。

芝山:笑いをとるための技術って後からついてくるものなんですよ。まずは食材があって、それをどう調理したら美味しくできるかっていうのが前提。ここでいう食材が、その人がもともと持っている面白さです。僕がやっているのは、その人の冷蔵庫にどんな食材が眠っているのかを見つけてあげること。つまり、その人が他と比べて何が得意で、どこが特徴的なのかを探し出して教えてあげることなんですね。コンサルをしてると、「私、全然面白くないんです〜」ってみんな言うんですよ。自分の中にないものばかりに目を向けていて、僕からすれば「持ってるものを数えろ!」と。これまで山のように芸人を見てきて思いますけど、根っこにある面白さって、芸人も一般の人も変わらないんです。それこそ技術があるかないかの問題だけで、じつは芸人より面白い人生を送ってきている人はたくさんいる。つまり誰だって人を笑わせることはできるんです、初期設定として。技術はその次の段階なんですよ。

――確かに。コンサルでは、私の話を聞いた芝山さんが大きなリアクションをして、爆笑してくれて嬉しかったことが印象に残っています。

芝山:面白いトークで人を笑わせるほかに、褒めること=良さを引き出して教えてあげることも、相手を笑顔にできると思ってます。これもすごく大事な笑いの要素で、褒められて自己肯定感が生まれれば、その人がまた別の人を笑顔にさせることもできるじゃないですか。このサイクルって完全にハッピーでしかなくて、この輪があらゆるコミュニティで生まれたらみんなが互いをたすけることができると思うんです。

――まさにたすけあいのサイクルですね。笑顔にした相手はもちろん、その人の心に余裕が生まれることで、また他の誰かをたすけられる。それこそ、道で困っている人をたすけるのだって、落ち込んでいるときは難しくても、気持ちがハッピーなら声をかけられるかもしれないですよね。

芝山:そうそう。人を笑わせることで、究極戦争もなくなるんじゃないかと思っています。

――そうかもしれません。「人を笑わせる」というと、どうしても面白おかしくトークを繰り広げなくちゃいけないと考えてしまいがちですし、そんなこと自分にはとてもできない! と腰が引けてしまうんですけど……。

芝山:そもそも、「わかりやすい面白さ」しか見えていないんじゃないですかね? シュートを決めたヤツだけが面白いわけじゃなくて、その前にパスを出したヤツ、その前にボールカットしたヤツ、コートに全裸で飛び込んでくるヤツ。それぞれに役割があるんですよね、じつは。あと、あくまで笑いってその場その場のセッションだから、合わない場合もあるし、盛り上がらないときがあってもしょうがないんじゃないですか?

誰でも安心して“ボケられる”環境が、世の中を明るくする

――たまに女子会などの場面で、「もっと私が盛り上げなくては!」と焦って空回りすることがあるんですけど、力みすぎなんですねきっと。

芝山:女子会って、別にそれでよくないですか? 僕、究極の女子会って、大阪のおばちゃんらのトークだと思ってるんです。ひたすら自分のしゃべりたいことだけをずっとしゃべってて、相手の反応はどうでも良かったりする。「これいくらだと思う?」「うーん、3,000円?」「じつは280円なんよ!」「へ〜、安いなあ!ところで〜」みたいな感じ。話し手は気持ちよく話せればよくて、相手もとりあえず聞き役としての役割は全うする。それで笑顔が生まれれば十分なんじゃないかな? お笑いの大御所の名言で、「わろとけわろとけ」っていうのがあるんですけど、本当にそう。とりあえず笑って話してたら、大したことじゃなくても面白くなってきますからね。

――ネタにした途端に、どんなくだらないことも不運なことも面白くなる、みたいな。

芝山:嘘はあかんけど、事実をほんのちょっとだけ都合よく書き換えるだけで死ぬほど面白くなったりしますよね。20パーセントくらい盛る(笑)。でも一番いいのは、アグレッシブに生きることだと思いますよ。昔、鶴瓶さんと上岡龍太郎さんが一緒に番組をやっていて、鶴瓶さんの話があまりにも面白いから、上岡さんが「でき過ぎだ、嘘だろ」って思ったらしいんです。でもあるとき上岡さんが、たまたま飛行機の中で、隣の席のおじさんに話しかけまくってる鶴瓶さんを見かけて。「嘘じゃなかった、鶴瓶は面白い話を自分からつくりに行ってたんだ」と感心したらしいんですよ。すごい話ですよね。

――面白いですね。確かに行動しなければ、面白いエピソードも生まれない。

芝山:そうそう。あと、自分に起きたマイナスなこともエピソードとして語れるかも大事。せっかく買った漫画がつまらなかったとして、「最悪や……」で終わらせるか、「この漫画めちゃくちゃおもんないで! いいから読んでみ!」「おもんないのに読むか!」
ってネタにして、誰かを笑わせて元を取るか。もしそれで誰かがクスッとしたなら、失敗した側も救われるじゃないですか。例えば飲み会で、誰かの発言によってしらけた場面も、笑いがあれば救われるんじゃないかなっていつも思ってるんですよ。

――どういうことでしょうか。

芝山:例えば、誰かがちょっとプライベートな質問を投げてしまったとしますよね。聞いた人にとっては何気ない一言でも、聞かれた側は困ってしまうようなことってあるじゃないですか。そこで「そういう質問は困ります」ってはっきり言うのも大事なんですけど、それを見ていた同僚とかが「そんなん聞いてどないすんね〜ん!(笑)」って突っ込みながら話題を変えられたら、出すぎた質問で滑った人も、その質問でちょっと嫌な思いをした人も救われません?

――関係性にもよりますが、そんな風に盛り上げながら話題転換ができれば、その場にいるみんながたすかる気がします。

芝山:誰かが滑った瞬間に、レスキュー隊みたいにパッと笑いを放り込んで場を和ませるスキルを鍛えたら、すごくいいと思うんです。「お前……、俺がいなかったら死んでたぞ!」みたいな感じで、半径10メートルの世界を救いたいんですよね、僕は。で、半径10メートルを救える人間をたくさんつくれれば、たすかる人も増えるじゃないですか。そのためにコンサルをやってるみたいなところはありますね。「間違えたことを言わないように、しないように」って真面目に生きている人が多いと思うんですけど、本当に平和なのって、仮にボケてもツッコんでもらえる環境が整っていることなんじゃないかな。ボケもツッコミも、どちらも人を救えると思うから、僕はそのやりとりが当たり前に生まれるような文化をつくっていきたいんですよね。

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芝山さんの話を聞いて、月並みですが「お笑いって、深いな……」と感じました。単純に芸人さんのネタを見て笑うことで自分がたすけられるだけではなく、意識の持ち方をちょっと変えるだけで、もしかすると自分も誰かをたすけることができるかもしれない。これまで世の中には「面白い人」と「普通の人」の2種類がいるのだと思い込んでいましたが、芝山さんの話を聞いて、じつは誰の中にも人を笑わせるポテンシャルが隠れているのだと気づきました。自覚的にその力を掘り起こす、あるいはアグレッシブに面白いことを探しに出かけて行く。それが、「普通の私たち」が半径10メートルの世界をちょっとだけ明るくするための第一歩。今日からさっそく始めてみようと思いました。

芝山大補(しばやま だいすけ)
ネタ、企画作家
2018年より芸人から作家に転身。
SNSでネタ作成依頼を募集すると依頼が殺到し、
現在延べ300組以上の芸人のネタを作成している。
ネタ会議を行った主な芸人には「土佐兄弟」「きつね」を始め、
賞レースのファイナリスト、おもしろ荘出演者等多数。
キングオブコント2009年、2011年、準決勝進出。X(旧Twitter)

(写真:5歳 編集:はつこ)