私には「吃音(きつおん)」という発話障がいがあります。
吃音症とは、言葉が円滑に話せない障がいで、話を始めるときに最初の一音が詰まったり、同じ音を繰り返したりする言語障がいのひとつです。

世の中にはまだ理解されづらい一面を持っているため、笑われたり、からかわれたり、「しっかり喋れ」と理不尽に怒られることも多く、生きづらさを感じている人は多くいます。

今現在、私は吃音をほぼ克服し、吃音と上手に付き合っています。それでも人前で話すなどの緊張する場面では吃音が出てしまうので、そういったお仕事は心拍数を抑える薬を飲んで挑んでいます。

私が、私自身のことを(少しおかしいのではないか?)と初めて感じたのは小学6年生の頃。修学旅行前に班で広島について調べ、発表をしたときです。
私の班は4人。読むパートを段落ごとに、赤・青・緑・オレンジの4つに区切り、私は青のパートを任されました。

赤のパートを順調にテンポよく読み終えた友人の横で、(次は青…私だ……)と身構え、緊張しながらも声を出そうとしたのですが、「そ、そ、そ……そ、そのとき、広島では」と吃ってしまったのです。

隣にいた同じ班の子たちは笑いをこらえていました。クラス中は笑いに包まれていました。私が、恥ずかしくて泣きたくて、どうしようもなく惨めな思いをしていたことなど、クラスの子たちは気付いていなかったでしょう。

この日を境に、私は授業中に当てられたり、発表したりすることが最大の恐怖であり、苦痛になりました。

目に見えるような障がいを持っている人に対し、その人を笑い者にしたり、からかったりすれば、世の中から強く批判の声が上がるでしょう。

しかし目に見えづらい障がいは、笑い者にされようが、からかわれようが「無知」というバリケードに守られ、まるで「当たり前のことを、できない人がおかしい」かのように、世の中の“常識”に押しつぶされるのです。

かくいう私も、無知でした。自分自身、言葉が円滑に出ないことが「吃音」という発話障がいだと知るには、かなりの年月を要しました。
だから、「当たり前のことを、できない自分はおかしい」と思い込んでいたのです。

しかし、“それ”を人に気づかせてはいけない。そんな思いが強く、会話するときは極力聞き役に徹し、授業で当てられたときは喉の調子が悪い生徒を演じ、発表の前日にはお腹の調子が悪く学校に行けない娘を演じていました。

中学生になると、うまく喋れなかったときにおどけた言動で誤魔化すこともありました。本来の私は、ひたすら読書をするような大人しい子どもだったのですが、吃音を誤魔化すため、まるで道化のような立ち振る舞いをしていた時期があったのです。

月日が経つと、授業中に当てられたり、発表したりする機会は徐々に減っていきました。すると自分自身、吃音であると自覚する機会が減り、“言葉が滑らかに出ないときがある”という悩みはゆっくりと消化されるように溶けていきました。

しかし、溶けたように思えた、忘れてしまいたいと願っていた悩みは、体内にしっかり残っています。

悩みが形となって再び表面に出てきたのは、OLとして働き始めた頃でした。

“電話で自社名をうまく言えない”

最初の一音が、出ないのです。対面している相手であれば、なんとかやり過ごすことができます。しかし電話の場合は、無言が数秒続くことで通信障がいだと相手に思われ、電話を切られてしまいます。

家で練習するとスラスラ言えるのですが、いざ電話となると、最初の一音が出なくなります。当時私は電話が比較的多い営業部の事務員をしていましたし、3コール以内に電話を取ることが徹底されていたので、取らざるを得ない状況でした。同じ部署の人たちも、電話を取ると声が出なくなる私を不思議に思っていたことでしょう。

電話がなると緊張で体が強張り、次第にそれはどんどん酷くなりました。電話がならなくても常に電話が気になってしまい、ドキドキが収まらないのです。ストレスで体重は減り、もともとアレルギー体質だった私は主食である穀物を拒否する、穀物アレルギーを発症しました。

会社に迷惑をかけてはいけない、自分自身を守らなければいけないと思い、私は「電話で社名を言おうとするとうまく声が出ない」と上司に伝えました。会話は普通にできているのに、こんなことを言い出す自分はきっと、相手の目に不審に映るのではないかと思うと、情けなくて、悔しくて、頭がクラクラしました。

しかし、上司の口から出た言葉は意外なものでした。
「それは吃音ではないですか?じつは、自分の息子も小さい頃から吃音で、“ま行”だけ吃る(どもる)んですよ。もしかしたらと思っていましたが、こちらから聞くのは失礼かと思い、黙っていたのですが……それは吃音という言語障がいです」

このときの私の気持ちを言葉で表してくださいと言われても、私は未だにピッタリ当てはまる言葉が見つかりません。
しかし、“診断名がある”という事実は、「自分はおかしいのではないか?」と、ただひたすら自分を否定する、見えない恐怖から解放してくれたことだけは確かです。

幸いだったのは、上司が吃音に理解があったこと。

また、それまで同僚や先輩たちと良好な関係を築けており、カミングアウトした後も今までと変わらず接してくれたことです。

「もぉ〜!悩んでたんなら言ってよ!電話なんて他の人でも対応できるんだから!」と言ってくれる先輩や、朝礼や社内プレゼンで吃ってしまったとしても(大丈夫!頑張れ!)と励ましてくれる同僚の存在には、本当にたすけられました。

それからの私は、他の社員たちがせっせと電話対応してくださる中、何か他のことで還元したいと思い、得意の「書くこと」を率先して受けるようになりました。実務とは別に、報告書、調査書、企画書、プレゼン資料、ちょっとしたFAXから、会社案内まで、ときに残業したり持ち帰ったりもしましたが、とにかく誰かの役に立っているという充実感が嬉しくて楽しくて夢中で仕事をしました。

あれから10年以上が経ちました。

いまはライターとして主に在宅で仕事をしています。あの頃と同じように、誰かの役に立っているという充実感が嬉しくて、楽しく仕事をしています。

たまに講師として人前に立って話す機会もあります。
「人前に立って話すなんてすごいね!」と言われることもありますが、全くそんなことはなく、心拍を抑える薬は手放せません。飲み会やセミナーなどに参加したときなど、心構えのないとき(薬を飲んでいないとき)に突然当てられると、今でもうまく喋れません。

“目に見えにくい障がい”は、理解されづらく、心の中では「理解されたい、たすけてもらいたい」と思っていても声を上げづらいものです。
“目に見えにくい障がい”は、理解されづらいと知っているので、気づかれないよう上手く隠すのが器用になってしまいます。

私の娘(次女)も、少し吃音があります。

国語の本読みができません。人前で発表すると声が出せなくなります。
吃音は7割が遺伝子要因だと言われているので、おそらく私の遺伝だと思います。

みんなが意識もせずにできていることが、うまくできないと
「なぜできないの?」
と不思議に感じると思います。うまく喋れない様子を見ると、つい笑ってしまったり、からかいたくなったり、真似したくなる人もいるでしょう。

“知る”ことで救われる「たすけあい」がもしあるのなら、この記事を通じて“目に見えない障がい”や『吃音』の大変さを伝えたいと思います。

それによって結果的に「たすけあい」が生まれ、『吃音のある人』や、“目に見えない障がいある人”にとって、生きやすい社会になることを願っています。

(イラスト:シムシム 編集:はつこ)