東京メトロ丸ノ内線の支線の終着駅、方南町。この駅では日々、緑のヒーロースーツを着た『ベビーカー おろすんジャー』が駅の階段でベビーカーをおろしています。

そんな彼が子どもたちのためベビーカーおろすんジャー (@babycarorosunja)、町おこしのために毎月主催している『おろすん祭り』。
昨年末はもちつき大会を開催していました。
方南町に住み、おろすんジャーと交流のあるライターのくりたまきが、お祭りに遊びに行ってきました。

※おろすんジャーが活動を始めた理由と8年間の軌跡はこちらをご覧ください。
※おろすんジャーが『おろすん祭り』を始めた経緯はこちらをご覧ください。

2019年12月29日。11:00ごろ。

東京メトロの方南町駅東口の近く、方南銀座商店街を進んでいくと、そこにはすでに人だかりがあった。

のどかな町だから、数十人が集まる風景を目にすることはあまりない。幼稚園から小学生くらいまでの子どもたちと、その保護者たち。ボランティアの皆さんと、『おろすん祭り』の応援に駆けつけたさまざまな格好のヒーローたち。個性的なヒーローからうさぎのマスコットまでいると、非日常感が高まる。

日曜日の静かな商店街に広がるちょっと不思議な光景が、なんだか方南町らしい。住んでいるわたしはそう思う。

やっぱり『おろすん祭り』は人気なんだなあ。

おろすんジャーにインタビューをして、お祭りへの思いを直接聞いたあとだったので、わたしは集まった人たちを眺めてにやけた。我がことのように、うれしくなってしまう。

あたりの様子を観察していると、お店の軒先を借りて、もちつき大会の準備が進んでいた。

臼と、子どもたちのための大小さまざまな杵。メインのもちつきスペースの隣には、できたてのおもちを入れたお雑煮をつくってくれるコーナーが。さらにその隣には、ポップコーンとわたあめコーナーが設けられていた。

毎月おろすん祭りには、防災や障がいについて学べるイベントがあるが、今日は年末。楽しいもちつき大会だ。

おろすんジャーには、もちつき大会にも思い入れがあるのだろう。なんせ今年で8回目。以前インタビューで聞いたこぼれ話を思い出した。

「子どもとの接点ができてから、ニュースが気になるようになったんです。東京でも貧困問題があり、ごはんが食べられない子どもたちがいると知りました。僕はふだん農家なので、無農薬の野菜を使った子ども食堂を開催したこともあります。そこから試行錯誤して、今は防災や障がい理解をメインにしたお祭りをしています」

農家という職業柄、おろすんジャーは子どもの食にまつわる問題も意識して、もちつき大会を開催しているんじゃないか。

なんて、わたしの推測にすぎないけれど。

蒸したてほかほかのもち米が運ばれてくると、いよいよもちつきのはじまりだ。

「手を洗った子は並んで〜!」

おろすんジャーの大きな声が響くと、子どもたちが跳ねるように移動して列をつくる。

大人たちに向けても挨拶があった。無農薬のもち米を使っていること、お雑煮の用意があり子どもは無料で食べられること。そんな説明をしてから、おろすんジャーらしい言葉が発せられた。

「おもちのおいしさより、子どもたちの楽しさ重視です! おもちをつきたいだけ、ついてもらいます! なので、カチコチのおもちになっても許してください!」

ふつう、当たり前だけれど、おいしいおもちを食べるために、もちをつく。だから力を込めてつき、もち米があったかいうちに終わらせないと、粒が残った硬いおもちになってしまう。

けれど『おろすん祭り』では、子どもたちが楽しむことをなにより大事にして、もちをつくのだ。

子どもたちは、身長に合わせて杵を選び、何回でも好きなだけおもちをつく。やり方がわからない子どもには、おろすんジャーがしっかりサポートしてくれる。

「よいしょー!」

周りの保護者とボランティアの人たちの声が、冬の青空に響く。

よちよち歩きの子から、しっかりと大きな杵を使える子まで、参加者はさまざま。ペタペタとやさしく撫でるようにもちをつく子もいた。それでもおろすんジャーやボランティアの方々は、笑いながら好きなだけおもちをつかせてあげる。

真剣な表情で杵を構える子。
「念願のおもちつきだよ」というお母さんの声に照れる子。
何回も並び直しておもちをつく子。
お父さんやお母さんと共同作業をする子。

何十人もの子どもたちが、おもちをついていく。

にこにこ笑いながらおもちをつくこの男の子のお母さんに話を聞くと、彼はもちつき初体験なのだという。

「はじめてのおもちつきはどうだった?」
「あのね、楽しかった!」

男の子はくしゃっと笑って教えてくれた。かわいらしい笑顔に胸がきゅんとする。

もちつきではなく、おろすんジャーが目当ての子もいた。

おろすんジャーの大ファンである3歳くらいの男の子は、主催者としてあちこち動き回る彼を後ろから追いかけていた。でも、声はかけない。ただ一心不乱にきらきらした目で追いかける。振り返ったおろすんジャーが男の子に気づいて、近寄りハグをして高い高いをする。そのときの男の子の顔と言ったら、もう。

なんだ、ヒーローじゃないか。

わたしは思った。だって、おろすんジャーは以前のインタビューで、こんなことを言っていたのだ。

「僕はヒーローに興味がないんだよ。シャイだから、みんなと交流しやすいようにこの格好をしているだけで。子どもたちも僕がヒーローっぽくないことはわかってると思う」

悪役を倒すことはないし、決めポーズも直立不動。決め台詞だってない。それでも、本人の気持ちはどうあれ、子どもたちにとって彼は立派なヒーローだ。

子どもたちに混じって、わたしもお雑煮を食べた。お米の粒感が残るものの、つきたてのおもちは風味豊か。たくさんの人と一緒につくって食べるごはんは幸福度が高いなあと感じながら、舌鼓を打つ。

お雑煮を食べ終わったころに、きなこもちも登場して、子どもたちは大よろこび。

お祭りがすこし落ち着いてきたころ、ボランティアをしている方々にも話をうかがった。

まずは、わたあめをつくっていた女性に話しかける。

「どうしてボランティアされているんですか?」
「いつも子どもと一緒にお祭りに参加して楽しませてもらっているから、お手伝いしたいなと思って」

たすけあいの輪ができているのを感じた。

もち米を蒸したり、お雑煮を配っている人にも同じ質問をする。

「どうしてボランティアされているんですか?」
「おろすんジャーが放っておけなくて!」

ちょっと不器用な彼らしい人望なのかもしれない。

『おろすん祭り』には毎月のように、おろすんジャーと親しい他の町のヒーローたちが駆けつける。車椅子を自在に操るローカルヒーロー、神威龍牙さんにお話をうかがった。

「どうして『おろすん祭り』に参加されてるんですか?」
「僕も方南町駅のある、杉並区に住んでいるから。おろすんジャーがお祭りをやってると知って、力になれたらなと。それから、アットホームな町の雰囲気もいいよね」

これぞヒーロー、というかっこよさが言動の端々にきらめいている。力強くもちをつく龍牙さんの姿はたくましかった。

今回の取材を通して、おろすんジャーは『おろすん祭り』を心底楽しんでいるだろうなと思った。もちろん、お祭りを主催するには苦労も多いだろうけれど、このお祭りには、彼のよろこびが詰まっている。

方南町でアルバイトをはじめた大学生の青年は、そのままこの町で就職し、『ベビーカー おろすんジャー』として活動をスタートする。

インタビューをしたとき、彼にたすけあいについて質問をした。

「おろすんジャーさんは町のために活動する中で、逆にたすけられることってあるんでしょうか」

「めちゃくちゃありますよ。活動を続けてこれたのは、人とのふれあいがあったから。町の人が『頑張って』って声かけてくれるとうれしい。僕を見て、変なやつがいるなってリアクションをしてくれるだけでも、たすけられてる。うん、そうですね……僕は声をかけてもらえるだけで、たすかっているかなあ」

「リアクションがあるだけでも、たすけられてる」と言っていた彼が、『おろすん祭り』で子どもたちの笑い声をたくさん浴びて、笑っていた。覆面をしているから、どんな表情かはわからないけれど。

(写真:くりたまき 編集:はつこ)