『ベビーカー おろすんジャー』はお祭りを通して、たすけあいも防災も町おこしも、ポップに変えていく。
東京メトロ丸ノ内線の支線の終着駅、方南町。
この駅では日々、緑のヒーロースーツを着た
『ベビーカー おろすんジャー』が
駅の階段でベビーカーをおろしています。
今回は彼が子どもたちのため、町おこしのために
毎月主催している『おろすん祭り』に迫ります。
インタビューするのは、方南町に住み、
おろすんジャーと交流のあるライターのくりたまきです。
※おろすんジャーが活動を始めた理由と8年間の軌跡はこちらをご覧ください。
毎月、子どもが「お金を使えない」お祭りを自主開催。
くりた:
おろすんジャーさんは駅でベビーカーをおろすだけでなく、毎月子ども向けに防災が学べる『おろすん祭り』を開催されています。あれは一体、どうしてはじめたんですか?
おろすんジャー:
今までの人生で子どもとふれあう機会のなかった男が、おろすんジャーとして活動をしだしたら子どもたちに話しかけられるようになったんです。
くりた:
方南町の子どもたち、おろすんジャーさんを見かけたら、みんな声をかけてきますもんね。
おろすんジャー:
僕、小学校の全校集会にも行っていて。年に数回、方南町近くの小学校や高校に呼ばれて、授業にも参加しているんです。
くりた:
へー! 知らなかったです。子どもたちとそんな接点があるんですね。
おろすんジャー:
子どもとふれあうことが多くなってきて、「子どもたちのためになにかしたいな」と徐々に思うようになったんです。ニュースを見てても、子どもに関することが目につくようになって。ほら、東日本大震災で子どもが逃げられずに被災したニュースとかありましたよね。それで、なにかしたいと思うようになりました。おろすんジャーとして、毎回テーマをひとつ決めて勉強して、『おろすん祭り』をやろうと思ったんです。
くりた:
それがお祭りのきっかけですか。
おろすんジャー:
それだけじゃなくて、町おこしに貢献したいという気持ちもありました。僕は商店街で働いているんですけど、商店街の人やうちの社長と「方南町って日曜日はお休みのお店が多くて、人があまりいないよね」という話になったんです。実際、日曜日に駅でベビーカーをおろしていると、みんな町から出て行くんですよね。家族連れの人に「どこ行くの?」って聞くと、「水族館へ行く」とか「新宿で遊ぶ」と言っていて。
くりた:
毎日のように駅にいて、町の人と交流があるおろすんジャーさんだから、実感としてわかるんですね。
おろすんジャー:
それで考えてみたら、方南町って遊べるところがあんまりない。
くりた:
この町は、のどかな下町って感じが強いですから。
おろすんジャー:
それで「じゃあ日曜日になんかイベントをやろう!」 と。防災についてを体験しながら学べる遊びをつくって、方南町で休日を過ごそうと思えるようにとはじめたのが、『おろすん祭り』です。
くりた:
なるほど。このあいだ私も『おろすん祭り』に行って、お祭りで遊びながら防災について学べるっていうアイデアがおもしろいなって思いました。
おろすんジャー:
僕は正直、学校で防災について学んだことって、ほぼ覚えてないんです。避難訓練とかやってきたはずなのに。唯一覚えてたのが、消化器の使い方なんですよ。全校集会のとき、みんなの前で消火器を使ってバー!って火を消したのが、おもしろかったんです。「これやん」って思って。おもしろくないと、遊びじゃないと、覚えないよなって。
くりた:
このあいだのお祭りのメインイベントは、おもしろくて学べるおつかいでした。まず子どもに、話せない設定のお兄さんが指文字で「黄色い花」って暗号を伝えるスタートでしたね。それから、目隠しをして白杖を使いながらおつかいをしてきてもらい、指文字のお兄さんにお花を渡す。お兄さんがよろこんでくれて、その花を子どもにプレゼントするという内容でした。
おろすんジャー:
あの日は「視覚障がいと聴覚障がい」がテーマでした。以前から防災だけでなく障がいについてもお祭りで取り上げています。車椅子の押し方を教えたり、実際に乗ってみる体験もよくやってますね。
くりた:
暗号を解いてお花をもらってくるって、子どもも楽しいですよね。
おろすんジャー:
どうなんですかね、まだまだ研究中です。もっとうまいやり方はあると思う。僕はど素人だし、手伝ってくれている人も詳しくはない。お祭りの1ヶ月前に「次これやりたい」って言って、みんなで調べて模索してお祭りをつくっています。
くりた:
さらに良いやり方を考えているんですね。あと、お花のおつかいイベントが無料だったことに、びっくりしました。
おろすんジャー:
『おろすん祭り』は、誰でも遊びに来られることを一番大切にしています。おこづかいを1000円持ってる子も、1円しか持ってない子も、みんなが平等に遊んで学べる祭りにしたい。だから「お金が使えない」っていうのもメインイベントのテーマですね。
個人ではじめたお祭りに、多くの人が集まっている。
くりた:
あの、おろすんジャーさんが商店街で仕事をしていることを差し引いても、「お祭りを開催しよう」ってなかなか一個人が思わないですよね。だってすごい人出がいるし、お金もかかるし。しかもイベントは基本無料。
おろすんジャー:
お祭りって言っても、もともとはそんなに大きくなかったんです。数年前、最初に『おろすん祭り』を開催したとき、来たお客さんはほんの数人でしたよ。
くりた:
えー! 今ではあんなに地元の子どもたちがいっぱい来るのに。
おろすんジャー:
運営側も、はじめは少人数でやってました。
くりた:
最初に開催したときは、何人で運営していたんですか?
おろすんジャー:
最初は知り合いと、Twitterで連絡くれた人と一緒に、5〜6人でやったんじゃないかな。そこから増えていきました。
くりた:
SNSで『ベビーカー おろすんジャー』の活動を発信していたから、ボランティアの人も集まりやすかったんでしょうか。
おろすんジャー:
そうですね。SNSで僕のことを「ボランティアの人」だと認識してくれているフォロワーさんも多いです。「おろすんジャーみたいになりたい」と思っている人もいるらしくて。毎回お祭りに来てくれているヒーローたちも「なんかあったら呼んでください」って言ってくれます。
くりた:
あ、『おろすん祭り』には別のヒーローたちがいらっしゃいましたね。
おろすんジャー:
彼らは有名なんですよ。『ネクサス・フォーエバー』というチームのみなさんです。
くりた:
『ネクサス・フォーエバー』のみなさんは、なにをやっているんですか?
おろすんジャー:
彼らは普段、東京のいろんな場所で、街のお掃除をしてます。そういう風に活動する人たちをリアルライフヒーローっていうらしいんですけど、海外ではよくあるんですって。危ない地域で女性や子どもを守ったりとか、喧嘩を止めたりするヒーローとして。
くりた:
どうやって『ネクサス・フォーエバー』の方々と交流がはじまったんですか?
おろすんジャー:
ずいぶん前に、『世界まる見え!テレビ特捜部』というテレビ番組で、リアルライフヒーローを特集したんですよ。一般人がヒーローとして活動しているって。そこに日本代表で僕、出演したんです。
くりた:
あの『世界まる見え!』に、おろすんジャーさんが出演されてたとは……!
おろすんジャー:
本当にかなり前のことなんですけどね。それで、『ネクサスフォーエバー』がリアルライフヒーローって名乗るようになったら、もっと前から似たことをやってる奴がいたっていうのが発覚したらしくて。
くりた:
それが、おろすんジャー。
おろすんジャー:
そうです。それで僕のことを先輩として慕ってくれてるんです。「お手伝いさせてください!」って言ってくれて。いやでもべつに、僕自身はヒーローのつもりじゃないんですけどね(笑)。
くりた:
あはは!(笑)
テレビ番組でヒーロースーツを着てる〇〇レンジャーって、何人もいて〇〇レンジャーじゃないですか。
おろすんジャー:
そうなの? レンジャーの意味もわかってなかったからね、名前つけるとき(笑)。
くりた:
だから最初はひとりで始まったのが、テレビのヒーローものみたいに、いっぱい仲間ができているのが、すごくかっこいいなと思って。
おろすんジャー:
おお〜! たしかにね。もともとみなさん独自でヒーローをされてるから、おろすんジャーの仲間になっているというのは失礼な話かもしれないけど、活動には賛同してくれています。
『おろすん祭り』って名前はついてるけど、子どもたちのためにイベントをつくって商店街を盛り上げようとしているところに、力を貸したいと思ってくれてるんです。たぶん、僕ひとりで「おろすんジャーの祭りだぜイエーイ!」って言ってたら、『おろすん祭り』はこんなに盛り上がってないんじゃないかな。
やっぱり、僕はヒーローじゃない。
くりた:
ところで、おろすんジャーさんはリアルライフヒーローと名乗らないんですか?
おろすんジャー:
僕が? 僕、ヒーローに興味がないんだよ。くりちゃん、ヒーローって詳しい?
くりた:
いや全然、詳しくないですけど。
おろすんジャー:
『ネクサス・フォーエバー』のみなさんはヒーローに憧れて、ヒーローになっているんだよね。
くりた:
ああ、なるほど! 前回のインタビューでお聞きしましたけど、おろすんジャーさんはシャイだから、人と交流しやすくするためにヒーロースーツを着てるんですもんね。
おろすんジャー:
そうそう。ただのおっさんの僕と、ヒーローが好きでヒーローになった人じゃ、ちょっと考え方が違うから。
くりた:
「ヒーローになりたい」という願望はなかったってことですか?
おろすんジャー:
ないですよ。これがもし、ひよこの着ぐるみしか家になかったら、ひよこになって活動してました。たまたま、アルバイトで着ていて持っていたのが緑のヒーロースーツだっただけで。
くりた:
ヒーローをやっているつもりはなく。
おろすんジャー:
(小声で)ない。とくにヒーローをやってるつもりはないよ。この格好をしているからちょっと言いづらいけど、ヒーローはまったく興味ない。
くりた:
(小声で)興味がない。
おろすんジャー:
だからすごいなって尊敬してますよ、ヒーローやってる人は。
くりた:
ヒーローじゃなかったら、何者のつもりなんですか?
おろすんジャー:
ただの、緑のおっさんですよ。
くりた:
あはははは!(笑)
おろすんジャー:
子どもたちは一番気づいてるよね。緑のおっさんって。僕を見たら「緑マン」とか適当なこと言うのに、お祭りに参加してくれてる他のヒーローは、ヒーロー扱いしてるもんね。
くりた:
対応が違うんですね。うわあ、子どもってすごいなあ。
おろすんジャー:
やっぱ、違うんだろうね。子どもはわかってるんじゃない? おろすんジャーはフレンドリーに接していいけど、ヒーローにはちゃんと丁寧に接しないとダメだって。僕は全然、街のおっさんとして扱われたほうがいいんで。
完璧じゃないから、みんなが手だすけしてくれる。
くりた:
ボランティアは、毎回だいたい同じ人が参加してくれるんですよね?
おろすんジャー:
ああ、毎回来てくれる人が多いですね。30人くらい仲間がいるなかで、20人弱くらいが毎回参加してくれています。
くりた:
ボランティアしてくれてる人たちが、毎回来てくれるのってなんなんですかね?
おろすんジャー:
わっかんないけど……。
くりた:
だって無償ですもんね。この町の住人じゃない人もいるんですよね?
おろすんジャー:
いるいる。静岡県とか茨城県から、わざわざ来てくれる人とかいる。
くりた:
え、そんなに遠くから、わざわざ来てる方がいる?
おろすんジャー:
いる。
くりた:
『おろすん祭り』のために。
おろすんジャー:
もちろん遠方に住んでいる方は、他の予定も合わせて東京に出てきてくれてはいるけど、無償で協力してくれますね。べつに僕から食事を奢ってもらえるとかもなく。まあ、商店街からの差し入れとか、まかないはあるけど、それだけです。
くりた:
それでみなさんボランティアして、「じゃ!」って言って帰っていくんですか?
おろすんジャー:
「じゃ!」って……(笑)。ちょっと片付けながら「楽しいね」とか話をして、たまに打ち上げで飲みに行ったりもするけど、それくらいですよ。普通に考えて、ありえないよね。
くりた:
あはははは(笑)。
おろすんジャー:
それぞれ、なにか理由があるんでしょうね。子どもが好きだとか、方南町の人は方南町が好きだとか。
くりた:
ベビーカーをおろすという人だすけをしていたら、逆にボランティアでたすけてくれる人がどんどん増えてきたみたいな流れもあるんでしょうか。
おろすんジャー:
いやあ、活動していたら友だちが増えたからだと思います。単純に、友だちをたすける感じで来てくれてるんじゃないですか? 友だちの友だちが『おろすん祭り』に来てくれて、どんどん広がってる感じですかね。「あいつがたすけてるから、自分もたすけてやろう」っていうよりかは、なんとなく知ってくれた人が増えただけだと思う。僕を好きな人は、べつに増えてないと思うよ。
くりた:
ふふふ(笑) おろすんジャーさん、カリスマ性……
おろすんジャー:
はない!
くりた:
そういう雰囲気はつくってないですもんねえ。
おろすんジャー:
カリスマ性はないね。惹きつける感じ、ないね(笑)
くりた:
ないですか(笑)
おろすんジャー:
もしかしたら、そこが協力してくれる人の母性をくすぐるのかもしれない。年上の人とかは特に。「あいつ私たちがいなかったら無理じゃん」っていうのは、心のどっかにあると思います。
くりた:
おろすんジャーさんは、たすけてほしいときは、すぐ「たすけて」と言えるタイプですか?
おろすんジャー:
うーん、そこまで上手くないかもしれないですけど、やばいっていうのがバレやすい。あいつ相当テンパってるぞって。
くりた:
不器用な感じが出ちゃう。
おろすんジャー:
もし僕が完璧な人なら、手伝ってくれる仲間はこんなに集まってないかもしれないですね。
たすけあいをポップにして、楽しむ。
くりた:
最後にちょっと抽象的な話になるんですけど、おろすんジャーさんはベビーカーをおろしたり、子どもたちのためにお祭りを開催したりしてきて、『たすけあい』ってどういうものだと思いますか?
おろすんジャー:
おろすんジャーとして活動する前はね、たすけるってめちゃめちゃかしこまるものだと思ってたんですよ。しっかりと、ちゃんと準備をしてやるものだって思ってた。でもこうして活動してきて、困ってそうな人を見たら気軽に声をかけるっていうくらいのものだなって。
くりた:
難しいことではなく。
おろすんジャー:
人がたすかる、自分がたすかるって思うことって、そのレベルのことなんだなって実感しました。みんな……僕もそうだけど、難しく考えすぎちゃって、たすけあいがしにくい世の中になりつつあるのかもしれません。でも、僕もそうなんですけど、たすけるのを躊躇する理由って、「断られたら恥ずかしい」くらいなんですよね。今となっては、ベビーカーをもたせてもらえることが奇跡的でありがたいと、考えが変わりました。
くりた:
ほかに、活動を通して変わったことってありますか?
おろすんジャー:
あの、なんだろう、アンテナを張るようになりました。たすけることをラクに考えるようになったから、ヒーロースーツを着ていないときでも、声をかけられやすい雰囲気をつくろうと努力はしてます。「あのお兄さん笑ってるから声かけやすそうだな」って思ってもらえるように。ムッとした表情をしてるより、フニャンとした顔でいようっていうか。それくらいしかやってないですね。
くりた:
ここまでのお話をまとめると、おろすんジャーさんは、たすけあいも防災も町おこしも……ひと言でいうと「ポップにしたい」と思って『おろすん祭り』を毎月開催しているんでしょうか。
おろすんジャー:
そうですね。
くりた:
そういう風に、たすけあいをポップにしたいって気持ちが、服装にも現れてるってことですよね。
おろすんジャー:
そうですね、うん。自分に対して、そうかもしれないです。もともとは自分がかしこまった考え方だったから、この格好をしてポップにできる方がいいなって思ったんですよね。
(写真:くりたまき 編集:はつこ)