絶望しているときにほしかったのは、アドバイスじゃなかった
息子を育てなくても良い、と言ってくれた夫
私の息子は、ダウン症です。
発達がとてもゆっくりで、うまく話すことはできず、
みんなと同じような読み書き計算などもできません。
でも、心優しく、素直で真面目な、自慢の息子です。
私が息子にたすけられていることの方が多いくらいです。
今でこそなんの不安もありませんが、
息子が生まれたときの私は、不安で押し潰されそうでした。
息子が生まれた日のことです。
4歳上の娘が生まれたときは「おめでとうございます!」と
祝福に沸いていた分娩室が、シンと静まり返っていました。
朦朧とする意識の中で、なんとなく、
おかしいなと不安になったのを覚えています。
数日後、医師が私と夫に「息子さんはダウン症です」と告げました。
ダウン症。障がい児。治らない。発達が遅い。
普通の子どもにはなれない。
頭の中は、たちまちマイナスのイメージでいっぱいになりました。
息子を抱いているときは、あたたかな体温と寝息に安心して、
「ああ、この子は私たちと同じなんだ」と思うのですが、
ひとたび息子から離れると、嫌な想像ばかり駆け巡ります。
私の気持ちとは関係なく、時間は過ぎていきます。
助産師さんたちなど、周りの人は
「子どもは、育てられるお母さんを選んで生まれてくるから」
「ダウン症でも、世の中で活躍している人はいるから」
と励ましてくれるのですが、ほとんど耳に入りませんでした。
私だって、わかっていたんです。
自分の子どもを見捨てるなんて、できないことを。
でも、同時に、障がいのある子どもを育てる自信もなくて。
なんて駄目な母親だろう。
なんで健康に生んであげられなかったんだろう。
ずっと、自分を責めていました。
ある日、ふとした瞬間に、気持ちが決壊して、
夫に泣きついてしまいました。
「このまま、息子と二人で消えてしまいたい」
すると、夫が口にしたのは、予想外の言葉でした。
「そんなに辛いなら、育てなくても良い。施設に預けるという選択肢もある」
私はびっくりしました。
母親なんだから育てて当然、と思っていたのです。
てっきり夫からは「頑張れ」「諦めるな」と言われるのかと。
「俺は誰よりもママが大切。こんなに頑張ってるママが、生きる自信をなくすくらい辛いなら、もう責任を負わなくていい」
子どもが大好きで、息子の誕生を誰より喜んでいた夫が、どんな思いで「育てなくて良い」と言ったのか。どんなに辛かっただろうか。
私には、夫の気持ちが伝わってきました。
そうすると、不思議なもので、口をついたのは「ううん、私が息子を育てる」という決意でした。
前向きになるとか、立ち直るとか、ポジティブな変化が突然起きたとは、とても言えません。
強いて言えば「諦めた」という選択が近いと思います。
私は息子を育てることを諦めたわけではなく、
息子の「障がい」というどうにもならないことを、諦めたのです。
障がいがあって生まれてきたものは、もうどうしようもない。
あとのことばかり想像して絶望するのはやめて、
息子とのこれからに、ゆっくり向き合っていこう。
そう思うことが、できました。
私は、息子を受け入れたいのにそれができない苦しさを、
誰かに認めてもらいたいだけだったのだと、ようやく気づきました。
夫が認めてくれたことで、救われたのです。
世間でもなく、他の誰でもなく、
私の絶対的な味方でいてくれる夫がいれば、
息子とのこの先の人生はきっと乗り越えていけるはずだと思いました。
あれから24年が経ちましたが、息子はすくすく育ち、
たくさんの人に愛され、支えられて、生きています。
死にたいなら死んでも良い、と言ってくれた娘
そのあと、私にはまた、絶望に陥る時期がありました。
夫が心臓病で急死し、私もまた、
大動脈解離という病気を発症しました。
存命率20%以下の難しい手術を終え、
なんとか一命をとりとめたまでは良かったのですが、
私には重い障がいが残りました。
下半身麻痺。
一生、自分の足で歩くことはできなくなりました。
リハビリの1年間は、地獄の日々でした。
歩けない、寝返りを打てない、ベッドから降りられない。
できない現実ばかりが、突きつけられます。
毎日、病室で日が暮れていく度に、泣きました。
夫の代わりに、娘と息子を守らなければいけないのに、
自分のことすら満足にできない私は、もう駄目だ。
子どもたちにしてあげられることなんて何もない。
歩けないなら、死んだ方がましだった。
いつしか、そんな風に思うようになりました。
息子を生んだときのように、いろんな人が、
お見舞いに訪れてくれました。
「子どもたちのために、お母さんがしっかりしないと」
「神様は、越えられない試練は与えないから」
いまならそれが、私を精一杯思っての励ましだと、
受け取ることができるのですが、当時はどうしても無理でした。
あなたに、歩けない私の気持ちはわからない。
頑張りたくても、頑張る気力がわいてこない。
私は、自分の中に生まれてくる薄暗い言葉を、
言いかけては飲み込みました。
そしてついに、娘へ「ごめん。ママはもう死にたい」と
打ち明けてしまいました。
口にしてから、ハッとして、後悔が押し寄せました。
頑張ってくれている娘に、なんてことを言ってしまったのだろうと。
でも、娘は、毅然とした態度で言いました。
「死にたいなら、死んでも良い。それくらいママが辛い思いをしているの、私は知ってる。私も悲しいし悔しい。でも、歩け
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