みんなが自然と「たすけあい」を楽しめる瞬間を増やすには? でも、そんな社会はピンとこないし、どうしていいのかわからない。私たちこくみん共済 coop は、そんな戸惑いに寄り添い、「たすけあい」をENJOYするための7つのヒントを掲げます。今回は、ヒント1『気軽に楽しもう』をテーマに、ライターの5歳さんに文章を書いてもらいました!

小さい頃、かれこれ30年前の話ですが、僕は団地に住んでいました。

少子化が進む現代ではあまり見かけない光景になりましたがあの頃、公園は子どもたちであふれかえっていて、僕が住む団地では子どもたちが走り回っていました。団地には子だくさんの家庭がたくさんあって、地域で子育てをしていこうという雰囲気がありました。僕は同じ団地の友達の家に遊びに行ってそのままご飯を食べさせてもらったり、逆に僕の家に友達がたくさん来てご飯を一緒に食べたり、みんなが泊まったりしていました。団地のお母さん、お父さんたちみんなが地域の子どもたちみんなを見守っているような感じがあったのです。

【その地域には繋がりがあった】

僕の母も団地の子どもたちみんなの母ちゃん的な存在で、近所の子どもたちを可愛がっていました。母は僕と団地の友達を集めてデカいワンボックスカーに乗せ、「探検に行こう!」と気軽に山へ遊びに連れて行ってくれたりしました。僕も友達も探検隊を楽しみにしていて、みんなでいろんなところに行ったのを覚えています。

うちの母もまた、みんなで過ごす生活を楽しみ、団地をとても気に入っていました。

母が地域の繋がりを大切していたわけは、その暮らしを楽しんでいたのはもちろん、もともと落語や江戸時代小説がとても好きで、江戸の町民の平屋生活にずっと憧れを抱いていたのもあります。江戸の平屋に住む町民の生活は決して裕福ではないのですが、近所の人とお互いにたすけあい、ときにおせっかいを焼きながら生きていました。僕が住んでいた団地はまさに江戸時代の長屋の現代版のような場所だったのです。

うちの母は江戸町民の平屋のたすけあい生活を、住んでいた団地でそのまま実践していました。みんなで子育てをして、親の帰りが遅い家庭の子どもには気軽に「ご飯食べていきな~」と声を掛けていました。おかずを多く作れば近所におすそ分けをしていたし、今思い返すと笑っちゃうんですけど、お米や醤油がないと貸し借りもしていました。農家さんからたくさん野菜をもらったときには配って歩いていたし、家に帰ると玄関に野菜の入った袋が置いてあることもよくありました。

気をつかわないけど、たすけあう関係性

今の時代は何かをもらうと「お返しをしなくちゃいけない」と結構気をつかっちゃったりしますが、あの頃の団地では地域がゆるく、でもちゃんと繋がっていて、みんなで気軽にたすけあいのを楽しんでいたように思います。母はそうやって団地のみんながたすけあっている生活をとても気に入っていたし、地域にいた子どもたちも楽しそうに育っていました。

僕は団地から離れて15年が経った時、母が体調を崩したのきっかけに、再び幼い頃を過ごした地域に帰ってきました。

ひさしぶりに故郷へ戻った僕は、前に住んでいた場所の近くに家を借りました。すると近所には僕が子供の頃お世話になっていたおばちゃんたちがたくさん住んでいたのです。おばちゃんたちはひさしぶりに地元へ帰ってきた僕にホントに親切にしてくれました。僕は小さい頃「こーちゃん」と呼ばれていたんですが、あの頃と変わらずおばちゃんたちが「こーちゃん、こーちゃん」と言って色々と物をくれたり、世話を焼いてくれたりしました。

地域のおばちゃんたちは家庭菜園をしている人が多く、帰宅するとあの頃のように野菜がパンパンに入ったビニール袋が玄関においてあることがよくありました。春になるとキャベツや菜の花、ご丁寧にアク抜きしたタケノコを。夏には食べきれるかちょっと不安になるほどの夏野菜を。秋には息子たちが大好きなさつまいもを。冬には白菜やほうれん草を。小さい頃、僕を可愛がってくれたおばさんたちがかわるがわる笠地蔵のように玄関に野菜を置いていってくれました。

僕は長いこと東京に住んでいたので、幼いころと変わらない江戸の長屋の人情に再び触れてとても感動しました。30年前に僕が見ていた団地でのたすけあいと、とってもありがたくて温かいおせっかいコミニュティーは千葉の片田舎で今もちゃんと存在していたのです。

「好きだからやっている」

ある日、山形の知人からラ・フランスが大量に送られてきたので、いつもたくさん野菜をくれるおばちゃんのところに届けにいった時のこと。おばちゃんは留守でおじさんがでてきたので「いつもありがとうございます。野菜いつも助かっています」と言ってラ・フランスを渡しました。事実、僕は引っ越して来てからというもの、野菜をほとんど買わなくなったので家計はめちゃくちゃたすかっていました。

おじさんはこう言いました。「気をつかわなくていいからね。うちの奥さん、好きでやってんのよ、自分の作った野菜を人にあげるのが好きなんだよ。だいたい自分たちでは食べ切れない量を作っていて、最初から人にあげるのが目的でね、それが楽しいんだよ」と笑っていました。おばちゃんたちは最初から人にあげることを前提に家庭菜園をやっていて、野菜を人にあげるのを楽しんでいるのです。

気軽にたすけあうという感覚で

今回はたすけあいを「気軽に楽しもう」というテーマでコラムを書いているわけなんですが、この題材をもらって真っ先に思い浮かんだのが地域のおばちゃんたちでした。おばちゃんたちはこうやって地域でのたすけあいを自然にやってきた。「たすけあおう」と意気込んでいるのではなく、むしろ気軽な楽しみになっているのです。僕もそんなおばちゃんたちから江戸時代の長屋町民マインドを受け継ぎたい。だから多少おせっかいと思われてもたすけあいを気軽に楽しみたいと思う。現代社会はどうしても頭でっかちになりがちです。人に親切をしようとすると「相手に気を使わせちゃうんじゃないか?」という考えがよぎったりする。でもそんなときはまず「たすけが必要ですか?」と聞いてみたらいいと思う。僕の近所のおばちゃん風に言えば「野菜あるけどいる?」みたいな感じだ。

僕はおばちゃんたちみたいに野菜を育ててはいないけど、ほかに何かをあげたり、してあげられることはたくさんあると思う。僕が子どもの頃、そして大人になった今でも地元で息づいている「長屋のたすけあい精神」を受け継いで次の世代に渡したいです。そしてなによりたすけあいを気軽に楽しんでいきたい。