「離婚歴あり、二人の子どもの親」という共通点を持ち、今はあえて結婚という形にこだわらないパートナーシップを築いている「猫町倶楽部」主宰・山本多津也さんと、エッセイストの紫原明子さん。そんなお二人が、より心地よく過ごすために掲げるキーワードが「直線と円環」です。結婚・離婚を通してさまざまなことに気づき、多くの課題を乗り越えた二人だからこそたどり着いたこのテーマには、どんな意味が込められているのでしょうか。パートナー間の「たすけあい」も絡めながら、じっくりと伺います。

友人関係を経てパートナーへ

ーーお二人の出会いのきっかけは?

山本多津也さん(以下、山本):僕の主催する読書会「猫町倶楽部」のイベントに、知人が彼女を連れて来てくれたのが最初の出会いでした。僕はもともと彼女の書く文章のファンだったんですよ。Twitterにコラムが流れてきたらせっせとリツイートしてね。

紫原明子さん(以下、紫原):初めて会ったときの印象は「なんていい人なんだろう」でした。ただ私、ああいう団体を統率しているおじさんに対する偏見がすごく強かったんです。「いい人に見えても、どうせ裏では女遊びが激しいに違いない」と思っていて……。その疑いが完全に晴れるまでに3年かかりましたね(笑)。

――出会いから今の関係に至るまで時間があったんですね。
どうやってパートナーに発展したのですか?

山本:友人関係が続いていたあるとき、コンテンポラリーダンスの超プレミアチケットが2枚当選したんです。誰を誘おうかと悩んだとき、最初に思い浮かんだのが彼女の顔でした。そこで初めて二人きりでデートをして。

紫原:公演のあと、駅前の居酒屋で終電まで語り尽したんだよね。そこで、「ああ、この人は私ととても似た考え方をしているな」と感じたんです。

山本:コンテンポラリーダンスって現代アートみたいなもので、どんな見方もできるんですよ。そこで共感が生まれたのは大きかったよね。

紫原:そうそう。お互いに境遇についてはよく知っていたけれど、考え方を知る機会はあまりなかったんです。だからそのときに、もっとこの人と話してみたいと思って。次のデートで、「山本さんって、誰かとお付き合いすること、あるんですか?」と聞いたんです。そうしたら、「もちろんありますよ」と。その会話がきっかけで付き合うことになりました。

山本:僕は離婚して4年が経った頃だったかな。正直、それまでなかなか気持ちの整理がつかなかったんです。家庭が不和になってから離婚に至るまでの期間が結構長くて、その間なんとか関係を修復しようと努めていたんですが、結局は無理だった。家族4人で神輿(みこし)を担いでやってきたのに、突然僕だけがお役御免になってしまったような無力感をずっと感じていたわけです。でもふとしたきっかけで、「離婚をしても父親としての役割が失われるわけではない」と救われるような出来事があって。ようやく気持ちに整理がついて、そろそろ誰かと付き合えるかもしれないと思えるようになったタイミングでした。

ーータイミングもよかったんですね。
紫原さんはその頃どんなフェーズにいたのですか?

紫原:私は離婚から2年で、いろいろと恋愛を楽しんでいた時期ですね。当時付き合った人はみんな私とはまったく違うタイプで、「刺激はあるけれど、誰と付き合っても行き着く先は一緒」みたいな感じ。だけど彼は、私ととても似ていて。家族がダメになりそうなときに必死で努力してきたところとか、私もホームパーティを開くのがとても好きなんですけど、「場をつくること」が好きなところとか……。それで、ちょうど彼の気持ち的にタイミングもよくて。

山本:タイミングって大事だよね。あとはやっぱりコンテンポラリーダンスという非日常を共有したこともよかった(笑)。

いい距離感がいい関係性を築く

――お付き合いされて3年経った今、お互いのどんなところが好きですか?

紫原:人との調和を大事にするところです。他人を自分に合わせて変えようとするんじゃなくて、「相手のやりたいことができる空間をつくること」を喜びだと考えているところ。今彼は月に1週間以上、私たち家族と一緒に過ごしているんですけど、とはいえ私と子どもたち3人の間には、それまでに築いてきた家族の歴史があるじゃないですか。彼はそこに摩擦を起こすことをしないんです。もし彼に「大人として」「父親として」みたいな姿勢で私と子どもの世界に介入されたらイラっとすると思うんですけど、あくまで私たち家族がベストパフォーマンスを発揮するための環境をつくってくれる。

――例えばどんなときにそう感じられますか?

紫原:母子家庭なので、特に私と娘の距離感が難しくなることがあるんですよね。甘えてきたかと思えば、部屋にこもってずっとベッドに横になっている時期もある、みたいな。私も病んじゃうじゃないですか。そんなときに彼がふらっと家にやってきて空気を変えてくれるんです。娘が不登校になって一番しんどかった時期は、娘の好きな囲碁を勉強してくれて、読書会のメンバーを巻き込んで囲碁サークルまで開いてくれて。私たち家族の世界を広げようとしてくれるところが本当にありがたいです。

山本:僕が彼女をいいと思うのは、自立しているところかな。自分とは違う世界をしっかり持っていながらいい関係性を築いてくれている。僕も離婚後寂しくなかったかといえば嘘になるけれど、本業もあり猫町倶楽部の活動も充実していて、恋愛に依存しなくても自分を高揚させてくれる対象が常にあって。お互いに、恋愛だけにならない状況があるからこそのいい関係なんじゃないかと思います。

紫原:とはいえ、私も寂しいときもあるので、そういうときは「ちょっと!寂しいんだけど」ってちゃんと伝えるようにしています(笑)。そうできるのも、一度結婚と離婚を経験しているから。あの頃は「今は彼も忙しいかもしれないし……」みたいな遠慮があって、孤独感を言語化して伝えられず、頼りたいときに頼れず、出来るだけ依存しないように、と頑張っていたけれど、それは失敗だったと感じているんです。自分の気持ちに素直になれないことで、結局は不和が生まれてしまった。今では感情をくすぶらせることなくさっぱり出せるようになって、「あとあとの関係維持のために、ここは協力してもらおう」みたいな潔い判断ができるようになったと思います。

――そういう小さなコミュニケーションって、パートナーといい関係をつくるためには欠かせないですよね。でも、とても難しい。

紫原:私も彼も、離婚を経験したことで「始まりから終わりまで」を一度見ているんですよね。同じ轍をなるべく踏みたくないから、「バッドルートに行かないためには、今ここで頼っておいたほうがいい。そうしないと後々自分が爆発して泥沼になるぞ」みたいな判断ができる。自分の体力・精神力の限界と、それがパートナーとの関係にどう影響を及ぼすかが見えているというか。だから彼も、「今ここで話を聞いておかないと後でまずいことになる」という風に意図を汲んでくれる(笑)。

山本:パートナーと長く付き合っていると、「ロジカルに話をすれば伝わる」というコミュニケーションとはまったく違う、謎の関係に陥っていくじゃないですか。むしろ筋の通ったことを言えば言うほど通じ合えなくなっていく。いろいろな感情が折り重なって、口に出せない不満が積み重なって、いつしか相手の話も聞くことができなくなっていく。

紫原:無理と不満は溜めちゃいけないよね。無理って最初は相手のことを思いやるがゆえの行動だったのに、続けているうちに不満が膨れ上がって、いつしか相手のためにならなくなっちゃう。

「依存」も「たすけあい」もグラデーション

――依存関係が深まれば深まるほど、逆にそのループにはまってしまう気がします。「依存」と「たすけあうこと」って、何が違うんでしょうか。

紫原:うーん。「問題解決」かどうかかも。依存が問題を解決することもあるけど必ずしもそうでもない。むしろ依存が問題になることもあるよね。それに対してたすけあいは、「トラブル解決につながるもの」、かな。

山本:なるほどね。一方で「たすける」という言葉にもグラデーションがあるから難しくて、そこに上下関係が生まれてしまうと、あまりいいとは言えない。僕自身はパートナーシップにおいてはあまり「たすける」という感覚は持っていないかな。その感覚をちょっと間違えると、妙に偉そうにアドバイスをしてしまったりするんですよね。相手の問題を自分ごととして捉えることができていれば、そういう行動って本当は取れないはずなのに。

紫原:「たすける」という言葉にグラデーションがあるように、「依存」だって必ずしも悪いものではないですよね。人生のフェーズによっては、どうしても自分だけでは解決できない問題が起こるし、そういうときは誰かにおんぶしてもらわなければいけないじゃないですか。

山本:そうそう。物事って必ずいい面と悪い面があるから、一義的な意味だけで捉えないほうがいいよね。依存だとわかってする依存とそうじゃない依存ではまた意味合いが変わってくる。

「直線と円環」を共通認識としてすり合わせる

紫原:「依存」と「たすけあい」の話に絡めて話すと、私たち二人の間に「直線と円環」というキーワードがあるんです。東畑開人さんの『居るのはつらいよ』という本に登場する言葉なんですが。「直線」はより成長を目指し発展していくもので、「円環」は成長しなくてもいい、そのままでいい状態を意味するんですけど、本の中にも書かれている通り、結局両方をうまく共存させていかないと関係性はいいものにならないと思っていて。居心地がいい中でも少しずつ前進する。でも、進んでいない自分も肯定できる。

山本:そういう状況を、互いに共通認識として持てることが大事なんだと思う。

紫原:「二人の立場が固定されないようにする」ということも、いつも気をつけているかな。彼のほうが年上だし知識もあるんだけど、常に彼が相談役になってしまうことがないように、ときには少年のようにくつろいでもらえるような場所をつくるようにしていますね。役割が固定されてしまうことでよくない依存が生まれるから、「今日は私がお母さん役で、明日は彼がお父さん役」みたいに役割を演技的に取り入れることもときには必要かも。

――なるほど。直線と円環のお話ですが、どちらか一方が直線だけ、あるいは円環だけを目指したら、関係性ってよくならないですよね。

紫原:本当にそう。でも日本の多くの夫婦が、そのパターンに陥ってしまっていると感じます。そもそも外で働く人と家で育児をする人、完全に分業制になっていたら、どうしたって働く側が直線的、育児する側が円環的にならざるを得ない。それに対して世の中、「成長することが一番」みたいな風潮があるから、思うように働けない男性が劣等感を持たされたり、未だ育児を多く担いがちな女性が社会で軽んじられたりもする。

でも私達、直線と円環がきっぱり分けられた社会に疲れてますよね。身の周りにも、会社に適応できず鬱になる人、育児のストレスで鬱になる人、両方たくさんいます。だからこそ、「成長し続けよう!」みたいなわかりやすい一つの価値観に縛られないこと、その認識をパートナーとともに持っていることが大事だなと思います。

感情はときに矛盾するもの。いろんな感情を伝え合う時間が大事

――おっしゃる通りですね。直線と円環を共通認識としてすり合わせるためには、どんなことをすればいいでしょうか。

山本:読書会をする(笑)。

紫原:私たち、よく同じ本を読んで感想戦をしているんです。読み終わったら必ず「どう思った?」と相手に聞く。男の人の中には、感想を言うのが苦手な人も多いけど、そこをうまく引き出しながら聞いていくと、日頃考えていることの擦り合わせになるんじゃないかな。

山本:うまく気持ちを言葉にできない人というのは、「矛盾したことを言ってはいけない」という意識が強い。でも人間って、「かわいそうだけどうざいな」とか「うざいけど放っておけない」とか、矛盾した気持ちが必ずあるはずです。それを、全部出せればいいんじゃないかな。パートナーに対しても「君の言っていることは正しいし同意したいが、こういう理由で抵抗感をおぼえる自分もいる」「うじうじ悩んでいることは否めない、でも本当はちゃんとしたいとも思っている」みたいに、いろんな感情をちゃんと話せるといい。白か黒かのロジックだけで伝えようとするから、だんだん会話がなくなるんです。

山本:目的は意見交換だから、言いたいことに必ずしも芯が通っていなくてもいいんです。矛盾も含めた意見を受け入れるためには、相手のために時間を使うのもすごく大事です。合理的にLINEやメールで済ませようとしてはダメ。

紫原:文字だけだと逡巡や迷いが伝わりづらいですよね。それから彼は、絶対に「あのときああ言ったよね」というように言質を取らないんですよ。それも結構ありがたいなと思ってます。考えていることなんて、日々変わっていって当たり前だから。夫婦関係なんかで、「5年前にあなた、ああ言ったよね」なんて言うことありますよね(苦笑)。その間に起こった出来事が完全に「無」にされる、みたいな……。

――理解できる一方で、「あのとき約束したじゃない」という気持ちはどうしても湧いてきてしまう気もします。

紫原:もちろん、約束は大事にしてほしいですよね。でも「あのときこう言ったじゃない」と相手を責めているときって、自分の利益を守ることが一番になってしまって、相手の事情を無視しがちになってしまうなと思います。

山本:たぶん、「約束を守ってくれないなんて、自分は大切にされていない。傷ついた!」って主張したいだけなんだよな。もし相手から大切にされていると感じていたら、一度や二度約束が守られなかったとしても、そんなに怒らない気がするけど……。

紫原:そうかもしれないね。もし相手からないがしろにされていると感じるのであれば、どこかでケリをつけないといけないですよ(笑)。

本当の成長を目指すなら、パートナーごと持ち上げていく

――最後に、これから先お二人が目指すパートナー像があれば教えてください。

山本:どちらかというと彼女は直線的、僕は円環的な人間なんですが、僕的には一緒にいるだけで十分居心地がいいと感じています。一方で、彼女や彼女の子どもたち、友人たちから受ける刺激も自分にとってプラスに働いている。そんな現状が満足ではありますね。

紫原:でも直線思考が強い私は、ずっと今のままでもいずれは飽きるかもしれない。

山本:そうだね。彼女がどんどんステージを上がって行き、僕が止まったままでは、いずれ関係は破綻するかもしれません。そういう意味では僕も成長を目指したい。離婚を通して学んだことですが、パートナーを置いて一人勝手に成長していくのは、あまりいい状態とは言えない。「俺が成長して、社会的地位をあげて稼いでくるから、お前たちはここで待ってろ」と、かつての僕は、パートナーや子どもたちに対してこういう感覚があったんですが、本当の成長を目指すなら、パートナーごと持ち上げていくべきだった。

――なるほど。ただ、双方に直線的に成長する意思や機会がないと難しいかもしれません。

山本:パートナーとの関係が閉ざされたものになってしまうと、確かに難しいかもしれません。必要なのは「第三者からの視点」ですね。例えば僕たちであれば、今日こうしてインタビューを受けることで関係性が俯瞰され、言語化することで改めて気づかされることがある。つまり二人が「開かれている関係」であることがとても重要で。

紫原:本当にそう思います。私は彼の開催する読書会にどんどん出ていくし、彼も私の交友関係にどんどん入ってきてくれる。互いに及ぼし合っている影響を、それぞれのコミュニティにまで広げていくことが、いい関係を保つためには欠かせないことだと感じていますね。これから私たちも、もっともっと開く!それが今後のテーマです。

紫原 明子 (しはら あきこ)
愛と社会と家族について考えるエッセイスト。1982年福岡県生。17歳と13歳の子を持つシングルマザー。著書に『家族無計画』(朝日出版社)『りこんのこども』(マガジンハウス)。クロワッサンonline、AM、東洋経済オンライン、BLOGOS等、連載、寄稿多数。Twitter ID:@akitect

山本多津也(やまもと・たつや)
日本最大規模の読書会コミュニティ「猫町倶楽部」主宰。1965年名古屋市生まれ。住宅リフォーム会社を経営する傍ら、2006年から読書会をスタート。現在は名古屋のほか東京や大阪などで年200回ほど開催し、のべ約9000人が参加している。著書に『読書会入門』(幻冬舎)Twitter ID:@tatsuya1965

写真:くりたまき