#今できるたすけあい
コラム

もっているものを分け合う、両親が遺してくれた「みんなで生き延びる」ということ

※この記事は2020年6月15日に執筆したものです。

初めまして。神戸と表参道の2拠点で美容師とヘアメイクをしている、八木香保里(やぎかおり)です。神戸では、祖母、母と受け継いできた創業73年目の小さな老舗美容室『エリザベス』を、社長である弟と共に営んでいます。


今日は2月から今までに起こった出来事を書きます。

2020年2月21日、父が他界した。長い透析を経ての不整脈だった。5年前に美容師の母が乳ガンで亡くなり、これで私は両親を亡くしたことになる。30歳、もっと親孝行をしたかった。これからどんな人生を送っていけばいいのだろうか。そんなときに、全世界で疫病が流行していった。もう、悲しむこともつらすぎて、強くなった。

父も母も心が豊かでとっても優しい人だった。

阪神大震災が起きたあの日。母はぐちゃぐちゃに崩壊したキッチンの中から、おもむろに炊飯器を見つけだし、小さなおにぎりをたくさん握りだした。

当時5歳だった私が「え……なにをしているの?」と問うと「みんな朝ごはんまだやろからマンションの人たちに配るねん。おにぎりは元気になるからね」「ラッキーやったわ。昨日たくさんご飯炊いておいて良かった!」と言った。

世界が終わったみたいな、まだ状況も掴めていない酷い朝に、私の母はなにを言ってるんだ。

「私たちの朝ごはんは……?」と聞くと、同じサイズのおにぎりをくれた。家族、マンションの子どもたち、大人、みんな同じ大きさ。

「どんなときでも朝はお腹が空くでしょ。なんでも必要な分だけでいいの。こんなときこそみんなで分け合って支え合う、大丈夫だからね」と、お盆に乗せたおにぎりを、笑顔でマンションの人たちに配りに行った。父もそんな母を優しく送り出した。あの温かい後ろ姿を今でも鮮明に覚えている。

両親が生きていたら……。2人ならこんなとき、どうするだろうか。そんなことを、父が亡くなってから毎日ぼんやり考えていた。

生きているのに無力な自分。「私に何ができるんだろう」と自問自答の繰り返し。自粛期間、きっと世界中の誰もがそんなことを考えていたと思う。

3月11日。東日本大震災から9年経った日の朝。いてもたってもいられず、私は手ぬぐいでマスクを縫った。生前、父がお客さまやお世話になっている方に「日々のお礼です」と配っていた、大阪の老舗手ぬぐい屋・松利さんの日本手ぬぐい。それを父は、大量に遺してくれていた。

https://twitter.com/karly_hairmake/status/1238372719495802880?s=21…

仕事の合間に作るので量産はできないけれど、家族やスタッフにも手伝ってもらい、お客さまや保育園、近所でマスクがなくて困っている方に80枚ほど配った。

しかしウイルスの猛威は収まらず、緊急事態宣言が発令された。

美容室は、多大な影響を受けながら、感染防止対策を徹底し、粛々と短縮営業を続けていた。落ち込んでしまいそうになる日も、サロンスタッフたちと知恵を出し合い、店内を除菌する。そうして、少しでもお客さまが安心して来られるように、身も心も奮い立たせて営業を続ける日々。

そんな中、来てくださった常連のお客さまたちが「もうスーパーにマスクがないんよ」と口を揃えて言う。

当時サロンでは施術の際にマスク着用をお願いしていたので、この日は急遽社長が私物の不織布マスクをお客さまに渡してくれた。布マスクでいらしたお客さまにも、施術中に汚れてしまうのでお渡しした。

この2ヵ月の間、スタッフも私たちもあまりマスクには困ることがなく、足りないときは自前の手ぬぐいマスクでしのいできた。

しかし、このままお客さまがマスクを買えず、サロンからもマスクが無くなったら、お客さまもスタッフも安全に施術ができなくなる。エリザベスは長年ご愛顧いただいているのもあり、60〜80代のお客さまが多い。「朝から薬局に並んでも買えなかった」という方もいて「なんとかしてエリザベスで取り扱えへんかなぁ」と相談があったのだ。73年続けてきた老舗サロン。戦後からどんな時代も神戸と共に、お客さまの声に耳を傾けながら経営を続けてきた。

だから今回もお客さまの声に応えたい。しかしながら、マスクの価格は高騰、仕入れは大量ロットになるので小さな美容室では大赤字。売るにしても利益はないので商売にもならない。経営難の中で在庫を抱えることは会社としてもリスク。それに、すぐに支払える金額でもなかったので、お客さまに言われるまでは取り扱うつもりはなかった。

ただそんなことも言っていられない。

「お客さまが困っている。私たちにできることはないか」

社長と話し合い、市場にマスクが適正価格で出回るまでは、買いに行けないお客さまに代わってサロンで取り扱うことに決めた。「みんなで生き延びる」その一心。赤字を覚悟して発注をかけた。

発注先は、長年私たちを陰ながら支えてきてくれた、幼馴染であるお客さまの貿易会社。私たちの事情や決意を知ってか知らずか、次の日に粋な請求書が届いた。

「マスク2000枚納品 支払は八木のカット1回分」

びっくりして急いで電話したら「マスクの分は八木のカット1回分でいいよ、いつもお世話になってるからさ、こういうときだから、たすけあおう」と言う。そして次の日に、マスク2000枚を持ってきてくれた。

粋なことをしてくれる幼馴染に涙が止まらなかった。ちゃんと生きてきてよかった。嬉しかった。

「あなたたちも大変な中、人のために動いてたから、それを見てた人がたすけてくれたんだよ」と、横でやりとりを聞いていたお客さまが言ってくれた。

“たすけあい”ってなんだろう。

誰かのために動いたら、なぜか私がたすけられ、心も救われて、今までのぜんぶが報われた気がした。「美容師を頑張って続けてきてよかった」とさえ思えた。持っているものや心をシェアし合う、たすけあうってすごい力だ。

正直、綺麗事じゃなく大変な日々だった。父親が亡くなった日も、美容室は閉めず、店を続けていた。

「親が死んでも仕事を続けなさい、利他の精神。お客さまの美容周期を乱してはいけない、お客さまの日常を守るのよ」

新型コロナの影響で、ただでさえ美容周期が乱れる中、母の遺言を自分たちに言い聞かせて働いた。

コロナ禍と父の死がかぶるなんて、本当に人生で一番つらかったかもしれない。

それでも「少しでも支えてくれているお客さまの為に店を守りたい」「家業を継ぐものとしてブレずに誠実でありたい」と必死だった。そんな中で起きた今回の出来事。頑張ってきてよかったと心から思わせてくれた。

どの職業もそうかもしれないが、私は自分に価値を与えてくれるお客さまを心から大切にしているし、一生かけて綺麗に幸せにしたいと思っている。

世の中の美容師はコロナ禍の今も相思相愛、そうやってこれからも生きていきたい。

これから先、何が起きても、お客さまを美しくする。「たすけあい」によって「私は美容師でよかった」と思えた。

今もまだコロナ禍で世界中が大変だけれど、世の中がどう変わっても、人と人は相思相愛でたすけあい支え合う。そうやってこれからも生きていきたい。

(写真提供:美容室エリザベス、八木香保里 編集:はつこ)

八木香保里

1989年神戸市生まれ。美容師、ヘアメイクアーティスト。主に芸能人や広告・映像のヘアメイクを担当、美容室エリザベス3代目技術継承者として日本髪・和装婚礼文化を継承。世田谷と神戸の2拠点在住クリエイター。http://karlymake.com X(旧Twitter)Instagram→@karly_hairmake

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