#今できるたすけあい
コラム
ありがとうのバトン
※この記事は2020年6月9日に執筆したものです。
久しぶりに駅前の銀行に行くため出かけた私は、街の様子がどこか違うと感じた。
カラオケ店から流れてくる音楽が消えていたのだ。
私は全盲という視覚障がいがあり、白杖(目が不自由な人が使う白い杖)を使って歩いている。
街中の音は、外を歩くうえで大切な情報の一つだ。
カラオケ店から流れる音楽が聞こえたら「もうすぐ曲がり角がある」という印だった。
歩き慣れているはずの場所なのに、違うところにいるような感覚になる。
銀行での用事を済ませ、いつもより慎重に周囲の情報をキャッチしながら、通いなれたスーパーへと向かった。
私が買い物をするときは、店員さんの腕を持たせてもらい一緒に店内を回ってもらっている。
購入する商品をかごに入れる前は、大きさや形を知るために手に持たせてもらう。
物に触れることは「ここにあるな」という存在を確かめる役割もあるのだ。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、人と人の距離を保つように言われ始めた頃、これまで通りの形で買い物を手伝っていただいていいのか尋ねた。
店員さんは
「大丈夫ですよ。お買い物できないと困るでしょ。一人のお客さまなんだから、気にしないで来てくださいね」
と言ってくださった。
このような状況でも、一人のお客さんとして快くサポートしてくださる気持ちが嬉しかった。
先日、街中でこんなことがあった。
「なにかお手伝いしましょうか?」
と声をかけてくれた女性に、いつものように
「腕を持たせてもらっていいですか?」
と言おうとして、はっとした。
腕を持たせてもらうということは、相手に触れることになる。
これまで当たり前に口にしていた言葉が言えなかった。
相手は私の少し前を歩きながら、声をかけて目的の場所まで誘導してくれた。
その出来事を思い出したとき、買い物を手伝ってくれているスーパーの店員さんに、いつも以上にしっかりお礼の言葉を伝えたいなと思った。
お店の外まで見送ってくれたところで
「いつもありがとうございます。本当にたすかってます。お店もしばらく大変だと思いますが、がんばってくださいね」
と伝えると、
「ありがとうございます。その言葉に元気もらいました」
と明るい声が返ってきた。
店員さんの声を聞いて私も元気になった。
普段はなかなか言えないような感謝の気持ちを改めて身近な相手に伝えることで、優しい気持ちが広がっていけばいいなと思う。
「ありがとうのバトン」が一人、また一人と渡されていくことで、誰かが誰かをたすけられるから。
人と人の接触を減らさなければならない日々が続くけれど、心の距離は離すことなく繋がっていきたい。
身近な人へのありがとうを伝えること、それが私にできるたすけあいの形だと思う。
(写真:YouTube「これが全盲ママの日常【スーパーでの買い物の様子をご紹介】(西田梓)」より 編集:はつこ)
西田梓
そのほかのコラム
Copyright2024 こくみん共済 coop <全労済>