#今できるたすけあい
コラム
同情するなら食べてくれ精神じゃどうせこれから続かない。
※この記事は2020年5月11日に執筆したものです。
4月2日、午前6時。まだ肌寒い朝。
僕らは仕込みに取り掛かる。
シェフが作ってくれたきんぴらの味を思い出しながら、蓮根を炒めていく。
次々と、豚の生姜焼き、卵焼き、唐揚げが並んでいく。
軽く焼き上げたソフトな食感のフランスパンにレバーペーストやマヨネーズを塗り、野菜やさっきできた生姜焼きをあふれんばかりに詰め込んでいく。
やばい、もう11時。
オープンに向けて急ピッチで片付けをしながら、ホールスタッフも総出で弁当とバインミー(ベトナムのサンドウィッチ)を仕上げていく。
何とか時間内に仕上げきり、ホッと肩を撫で下ろすのも束の間、夜の営業準備に移るために予約表へと目を移す。
「今日の予約は1組か。弁当にすると20個分か……!」
普段と違う料理を作れることに少し楽しみを覚えながら、たしかな不安も感じ始めていた。
レシピ公開 「#おうちでsio」と テイクアウトをはじめた理由
僕は、鳥羽周作シェフが率いるフレンチレストランsioで働く料理人だ。
sioは、2018年7月にオープンし、2019年11月にはミシュランガイド東京2020にも掲載されている、いわゆる、星付きレストランである。満席続きで予約困難なレストランとしてメディアからも取材を受けていた。
さらに、2019年10月には2号店のo/sio、12月には純洋食パーラー大箸をオープン。僕は去年の8月に入社し半年で3店舗を経験。必死に料理を作っていた。
順風満帆にも見える、そんな矢先だった。
2020年の3月下旬。
徐々にお客さまの予約状況に陰りが見えてきた。
東京オリンピックの中止が決定した辺りから、予約数の減少は加速した。
満席にしたいにも、積極的な告知ができない日々。
料理人として、できることはないか。
コロナとの勝負は長期戦になると、最初から覚悟は決まっていた。
これからは、自宅にいる時間が長くなる。
すると、自炊する人が間違いなく増える。
そういった人たちのサポートができれば、料理人として役に立てるのではないか。
そうして始まったのが、レシピ公開であった。
やろうと決めてからのシェフは早かった。その日のうちにTwitterで「#おうちでsio」というハッシュタグをつけて、唐揚げのレシピを公開した。すると、すぐに数千〜数万人という方に届き、大きな反響があった。
続々とsio系列店のレシピを公開し、ひとつのムーブメントにもなっていると感じている。
いま料理人としてできることを、走りながら考え実行するしかない。
「明日から、お弁当やるぞ」
シェフの一言で、お弁当の製造が始まった。
「俺らは料理人だから。どうやったら料理を作り続けられるのか、考えよう」
そうやってできたのが、sioの日替わり弁当。
そして、さまざまな食感、味わい、香りが楽しめるHEY!バインミー(ベトナムのサンドウィッチ)だった。
テイクアウトが充実したところで、デリバリーを開始した。元配送員のスタッフが指揮を取り、効率よく、少しでも多くの人の要望に応えられるよう「おいしい」を届けていった。
お弁当とHEY!バインミーの製造数は日々増えていったが、レストランの売上は減る一方。溝はなかなか埋まらない。
しかし、お客さまの声に耳をすませば、自ずと次に作るべきものが見えてきた。
「レストランが恋しい」
「おいしいものを食べる生活を取り戻したい」
「さすがに疲れてきた」
そんな声が、たくさん届いた。
日替わり弁当とバインミーを作りながら、レストランを体感できるすこし贅沢な弁当の開発を急ピッチで進めていった。
そして、GWにようやく、sioの哲学や技術が詰まったsio贅沢弁当をお届けすることができた。
コロナが気づかせてくれたブレない強さ
ここまでたった1ヵ月。
業態を変え、売り方や売り場所を変え、新商品を作った。
間違いなく、これから料理人としてどうあるべきかを試されている。
僕たちは、レストランの営業も、組数を限定し、スタッフはアルコール消毒・マスク着用を徹底しながら、続けるという判断をしている。
シェフの口ぐせは、「幸せの分母を増やす」。
もはや社是ともいえるが、この異常事態に重要な行動指針になった。
僕らは、幸せの分母を増やすために、料理をしている。
幸せの分母を増やすためには、相手についての想像力が不可欠だ。
お客さまは、今どういう状況で、何を求めているか?
誰と、どこで、ごはんを食べているか? どういう気持ちなのか?
シェフは、よく言う。
「相手の立場になって想像し続けること、考え抜くこと。それが愛」
今は手軽でおいしく、なるべく人と接触せずに済む食事が求められている。
レストランで食事をする楽しみを奪われたお客さまは感動する料理体験を求めている。
また、来店予約をキャンセルせず、ずっと楽しみに待ってくれていたお客さまもいる。
僕ら飲食店は、サービス業だ。
サービスとは、人のために力を尽くすこと、と辞書に書かれている。
料理人とは、料理が好きなことはもちろん、
相手を喜ばせることが何よりも好きな人、なんだと思う。
GIVE,GIVE,GIVE!!
食べ歩き好きの先輩が、1日5食にして近くのお店のテイクアウトを食べているというInstagramのストーリー投稿を見た。
お店を閉店するに至った経緯を赤裸々に語るnoteを読んだ。
飲食業界にまつわることだけでも悲痛な叫びを目にして胸が痛む。
100年に1度ともいわれる感染症。
業界の中だけではなく、外を見回してみても、どこもバタついている。
今こそ、お互いに愛を持って支えていくことが大事だと思う。
たすけあうことは、一方的な関係では続かない。片方に無理が生じると歪みが生まれる。
つらいときこそ、人の本性が出ると思う。
実際、自分だって目を覆いたくなるような後悔があるし、だからこそ成長できたこともある。
一人でできることは少ない。
でも、想いがあれば、そこに人が集まってくる。
もちろん、簡単なことばかりではないし、むしろ難しいことが多い。
それでも僕たちは、料理人としてチームでギブし続けることを決めた。
飲食店をたすけるんだという取り組みをたくさん目にする。
本当に有り難いことだと思う。
しかし何度も言うが、たすけあいとは、一方的な関係では続かない。
無理してほしいわけではない。お互いさまなはずだから。
僕たちは「支えられるよりも、今だからこそ支えよう」という思いで、料理を作っている。
今はつらい状況が続くが、足元を見直すいい機会になったのではないかと思っている。
愛を持って、お客さまが求めている料理を作り続けること。
それが、コロナ時代における最大の生存戦略になるのかもしれない。
すべては、幸せの分母を増やすために、である。
(写真提供:オリタタクヤ 編集:はつこ)
オリタタクヤ
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