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第5回 山元町消防団 心をひとつに、団結力で地域の安全を守る

地図
PROFILE
宮城県の東南端、太平洋沿岸に位置する山元町。東日本大震災において、海岸地域は、津波の直撃により甚大な被害を受けた。その中で、いち早く人命救助にあたり、不休で復興活動に尽力したのが「山元町消防団」だ。日頃から、隣接する亘理町と共同で阿武隈川流域の水害対策を行ったり、婦人防火クラブと交代で不審火を警戒したりと、地域一丸となった防災体制を築いてきた。山元町役場 危機管理室の武田室長は、「地域に密着した消防団の皆さんがいなければ、自衛隊など全国からの応援を活かしきれず、復旧・復興は遅れていたでしょう」と言う。当時の状況について、団長の伊藤由信さんに話をうかがった。

生死の境を分ける72時間、必死に行方不明者を探した

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震災後、人手はいくらあっても足りない状況だった

地震発生直後、ぐちゃぐちゃになった家の中からどうにか消防団のハッピを探し出し、本部に駆けつけました。当然、団員もその家族も被災している状況でしたが、その日は10名、翌日は約150名が集まってくれました。はじめの3日間は人命救助を最優先とし、警察や自衛隊に道案内をしながら、行方不明者の捜索を行いました。団員は、住民の顔はもちろん行動範囲もわかっていますから。災害から72時間が経過すると生存率が急激に下がるといわれています。一刻を争う状況下で、「自分たちの地域は、自分たちで守る」という使命を胸に、夢中で活動していましたね。この間、飲料水は手に入らず、1日の食料はおにぎりが1個という極限の状態でした。

警察、自衛隊、行政と協力し合い、1日も早い復興を

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「各団体が連携し全力を尽くした」と伊藤さん

団員たちは朝から晩まで82日間休むことなく、捜索やがれき撤去などの活動を続けました。1日も早く町を復興させたい。そう思うと、休んでなどいられなかったのです。重機による道路上のがれき撤去作業が本格化すると、全国から訪れた人々の車両が進入し、復旧作業や遺体の搬出ができなくなってしまいました。そこで団員が、住民以外の通行を停止するなどの交通整理を行い、作業がスムーズに進行するよう動きました。警察、自衛隊、行政と連携することで、効率的な復興活動が展開できたと思います。

災害時に情報伝達しやすい体制をつくることが重要

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役場の危機管理室と情報を共有し活動している

振り返ってみると、地震から津波発生までの情報伝達がいまひとつでした。当初は携帯電話が通じましたが、すぐに通じなくなった。災害時の連絡手段を、携帯電話に頼っていたんですね。迅速な情報伝達は、二次災害を防ぐためにも重要です。反省し、トランシーバーを導入しました。よかったことは、団員同士はもちろん各団体との協力体制がすばやく組めたことです。日頃からの訓練なしに、災害が起きてから急にというのでは難しかったでしょう。地道に消防団の活動を続けてきたかいがありました。

Q 震災や復興活動を通して得られた気付きや思いを教えてください。
A 人生、何があるかわからない。だからこそ、前向きに生きていくことが大事なのだと思いました。ここまで復興できたのは、みんなが前向きな気持ちを持っていたことと、それを応援してくれる人たちがいたおかげです。本当にありがたい。感謝しています。
Q 消防団の活動において、今後の課題や目標はありますか。
A 災害発生時、団員が活動するためには、職場となる企業のご理解とご協力が必要です。消防団の活動が社会貢献のひとつであることを、地域や企業の皆さんにもっと積極的にお伝えすることで、団員が活動しやすい環境をつくっていきたいと考えています。

取材を終えて

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消防団の災害に対する一生懸命さが伝わってきて感動しました

山元町消防団は地域に根ざした活動をしており、地区に誰が住んでいるのかを把握していることが、震災で大変役立ったそうです。しかし、混乱して情報がつかめないため活動が思うように行かなかったことや、現場に行きたくてもがれきや浸水のため歯がゆい思いをしたとのこと。真摯なお話に心を打たれました。

こくみん共済 coop  宮城県本部 事業推進部 部長
白川尚正

取材協力:山元町消防団 団長 伊藤由信さん 山元町役場危機管理室 室長 武田正則さん 同主査 鈴木宏幸さん

取材日:2012年10月17日

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