今月の「生きるヒント」

住まいに愛情、暮らしに愛情

一生のうち、住まう家は限られています。長く過ごすところだから、できるだけ居心地よく、自分らしく保ちたい。常に最高のモノに囲まれて生活したり、時間をかけてお手入れしたりは無理でも、それぞれのペースで、日々の豊かさを感じられる暮らしがしたい。こころも充実、エコで豊かな「生きるヒント」をお届けします。

第1回

丈夫で長持ち。和の道具と暮らす。

日本には、シンプルな材料で、しっかりと手づくりされた生活道具がたくさんあります。長く生活に根づいてきたそれらの道具も、より効率よく生産できる工業製品に押され、家庭で見かけることが少なくなりました。長期間の使用に耐え、年数を増すごとに愛着も増す道具。便利さでは劣るように見えがちでも、別の魅力を持っています。そんな道具がひとつわが家にやってくると、住まいの雰囲気が変わることも。

上等な、箒(ほうき)でお掃除

白木屋中村傳兵衛商店

高野純一さん

白木屋中村傳兵衛商店は創業1830年の江戸箒専門店。近年、若い人を中心に静かな人気を得て、特に東日本大震災以降は通販だけで一日10件以上の注文があるときも。箒のみならず暮らしの道具全般にこだわりを感じさせる高野さんは、学生時代にアルバイトでこの会社に入り、箒と職人に魅せられてそのまま社員になって以来、勤続15年だそうです。

白木屋中村傳兵衛公式サイト
時代に置いていかれた道具?

最後に箒を使ったのはいつでしょう。誰もが知っているけれど、お部屋の掃除にこれを使っている人は、そう多くはないはずです。どんどん進化する掃除機に対して、昔のままの姿の箒は、現代の暮らしには合わない道具?いえいえ、そうゆうことではないと、高野さんは言います。第一に箒でのお掃除は、その静かさから時間を選びません。赤ちゃんが寝ていても、隣で本を読んでいても、誰にもガマンを強いることがありません。慌ただしい朝の時間ではなく、帰宅してから夜にお掃除をする人が増えたという現代に、むしろぴったりです。実際に使ってみると、ひょいと取り出しやすく、隅っこも楽にきれいにできて、不便どころか便利に感じる人が少なくないようです。

掃除機とは、満足感の性質が違う

箒の魅力は、機能的な特性だけではありません。白木屋中村傳兵衛商店で扱っているような上等な箒は、売れ筋で一本8,000円前後。決して安価とは言えませんが、すべて天然の素材で、職人の手で一本一本手づくりしたものです。高野さん曰く「一般論ですが、箒の場合、自分が何年も使い込んだものに、より愛着が感じられます。新品のときより古くなったものを好きに感じる。どちらがいい悪いではなく、掃除機とは満足感の性質が違うのです」。これは、同様に職人が手がけた、ほかの道具にも同じことが言えそうですね。ちなみに箒の材料は大別するとふたつ。ひとつはホウキモロコシ、もうひとつはシュロです。それぞれ特長があり、好みは人により分かれるところですが、前者でつくった箒の寿命は5~6年、後者だと20年以上にもなるそうです。

写真:さまざまな用途の小箒もある。右手の茶色いのが、たわしの材料にもなるシュロでできたのもの。

素晴らしくエコ!

材料のひとつ、ホウキモロコシを見てみましょう。2mほどにもなるイネ科の植物で、昔から穂の部分を箒にしてきました。高野さんも「箒職人より深刻」と語るほど、今は生産者が減っています。理由は、大変すぎるから。育てるのも、収穫するのもやっかいな作物なのだそうです。その箒、作物としてつくるとき、加工するとき、使うとき、そして寿命を終えて捨てるとき、全ての行程において環境負荷がゼロに近い究極のエコ製品。これは、高野さんが「その分、人間が負担しているのです」と表現するように、すべて人の手による仕事ならではなのですね。高野さんはこうつけ加えて笑いました。「現代の経済の観点からは、不適格な商品ですけど」。なるほど。

写真:ホウキモロコシ製の手箒。一本一本人の手で、すべて天然の材料でつくられている。

ひと言アドバイス

お手入れらしいお手入れは不要です。ホウキモロコシのほうの箒は、使い続けるうちに摩耗します。ハサミで切りそろえて使いましょう。シュロの箒は、毛先に癖がついたら、水をつけて直しましょう。寝癖を直す要領です。どちらも使わないときは吊り下げておきましょう。

高野さんより

昔は農家が、メインの農作物とは別に、空いた畑でホウキモロコシを育て、農閑期に内職で箒にして、現金収入を得ていました。シンプルな道具ですが、日本の風土によって生み出され、工夫により改良されてきた歴史があります。私たちが使い続けることで、つくり方と使い方の、両方の中にある知恵を継承してゆくことができます。この価値を守りたいと思いながら、僕は仕事をしています。

不均一の機能性。銅のおろし金

釜浅商店

百合岡実希さん(左) 湯浅碧さん

プロの調理道具店が並ぶ浅草合羽橋で、ひときわモダンな黒の暖簾が目を引く釜浅商店。海外へのお土産としても人気を博す和包丁や南部鉄器の品揃えが豊富。現在も釜を販売する骨太な老舗では、そうした道具を愛してやまない従業員の皆さんが、丁寧に説明してくれます。百合岡さんと湯浅さんもそうです。

釜浅商店公式サイト
不揃いの刃が、繊維をつぶさず、切る

プラスチック製のものに慣れた手には、重いと感じるかもしれません。シャリシャリと軽快なおろし心地に夢中になり、うっかり指を傷つけ、「これは刃物なんだ」と実感させられこともあるかもしれません。扱いやすさではプラスチック製に軍配ですね。材質は、銅に錫(すず)のメッキを施したもので、その刃は職人によってひと目ひと目、手作業で立てられています。「この目は、ぱっと見まったく同じに見えますが、工業製品のように均一ではありません。おろすたび、それぞれに微妙に異なる刃に当たり、いちいち向きを変えなくても、きれいな大根おろしができあがります」そう、百合岡さんが教えてくれました。鋭い刃で、繊維をつぶさずに切ることから、ふんわりと水分を含む、口当たりの良い大根おろしになります。これがプロの料理人に愛されるゆえんなのですね。

料理好きになるかも?

扱う道具に対する並々ならぬ思い入れを隠さない百合岡さんも、その昔は「ラーメンをゆでることしかできない人間」だったそうです。そんなふうだったので、道具はもちろん、自分でこしらえる料理も「てきとう」だったと。そんな百合岡さんを変えるきっかけになったのが、ひとり暮らしを始めるときにお母さんに持たされた菜切り包丁だったと言います。その使い心地には喜びすらわいてきて、「今度はこの料理に挑戦してみよう、あれもつくってみよう」と意欲的に。食生活が変わっていったそうです。「銅のおろし金もそうなんです。きっと、大根おろしありきの料理を考えてみたくなります!」。

豊かさをもたらす台所道具たち

「大切な方への贈物にもおすすめしています」と、百合岡さんの同僚の湯浅さんが続けます。光り輝く新品のときの、銅の色の見える部分と、錫のメッキの部分とを紅白に見立てて、お祝いの品に使う人もいるそうです。「長い使用に耐える製品ですが、摩耗してきたら目立て直しもできます。大事に使えば、ほとんど一生ものです」。と、こちらもまた、現代の経済の観点からいうと、優等生ではなさそうですが、釜浅商店にはそんな道具が数多く並びます。すっかり見なくなった鰹節削り器。百合岡さんはこれを使う人に、「市販の高級お出汁をおいしいと思ってるでしょ。そんなの目じゃないほどおいしくできるのよ」と言われたことがあるそうです。しっかりと編まれた竹ざるは、これにのせると素麺だけの食事がごちそうに見えそうです。どれもその「佇(たたず)まい」に、静かで、しかし力強い美しさがあります。

写真:お祝いにぴったりな鶴と亀のおろし金は薬味に。お値段は千円台半ば。通常の大根おろし用は4,000~5,000円台のサイズが使い良い。

ひと言アドバイス

銅のおろし金には野菜の繊維が残りやすいので、歯ブラシなどで落としましょう。新品のときの美しい輝きは、長くは続かず、だんだん鈍い色に変わります。それはそれで味わいととらえて末永く大切にしましょう。

百合岡さん、湯浅さんより

長く使える道具には、使いながら自分で“育てる”ような喜びがあります。使い終わったあと放っておくと、次に使おうとしたときにうまく働いてくれないこともあり、確かに合理性では劣るところがありますけれど、ゆっくりと、自分のものになってゆきます。こうした道具とつき合うことが、生活がより良い方向に向くきっかけになるとうれしいです。

編集後記

「大量生産の工業製品にも良さがあります。そのとき必要な道具は人それぞれなので、どちらかでなくてはならないとは考えません」。今回お邪魔したふたつのお店の、両方でお聞きしたことです。なるほど、現代のライフスタイルを考えると、すべてをこうした道具で代替するのは無理があるかもしれません。
箒でお掃除を始めると、おうちを「清めている」ような感覚がわいたり、にわかにフローリングの様子が気になってきたり、ただ確かに、ひとつ取り入れることで、家や暮らしへの向き合い方が丁寧になるような気がしました。


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