最上部へ
作文の部 課題 忘れたくないこと
最優秀賞
優秀賞
総評

忘れられない贈りもの

作家・子どもの本の専門店クレヨンハウス主宰

落合 恵子

落合恵子さんのプロフィール写真
落合恵子さんのプロフィール写真

「忘れたくないこと」というテーマで、素敵に深い、心に響く作品に出会わせていただきました。ありがとうございます!
 そして思いました。それぞれのかたが書いてくださった作品は「忘れたくない」と力を入れなくとも、書き手にとって、忘れられないことばかりであるのだ、と。
 ひとは、記憶でできていると書いた詩人がいます。思い出と言いかえてもいいかもしれません。
 わたしは、あなたの祖父母さんの年代だと思いますが、わたし自身もまた、たくさんの忘れられないことでできあがっています。それらは、「忘れたくない」と決意するまでもなく、意識しないでも、わたしの心に住みついて、おりにふれて心の奥底からぽっかりと浮かび上がって来て、わたしを、だきしめたり、ゆさぶったり、励ましたりしてくれます。そして、わたしの耳元で、「ちゃんと見てるからね」とか「わたしは、ここにいるからね」とか、そっとささやいてくれるのです。
 その声の持ち主は、たとえば亡くなった母であったり、祖母であったり、幼い頃からの友人であったり、部活の仲間であったりします。日差しの中を駆けると、ベージュ色の全身が黄金色に輝く大型犬、ゴールデンレトリバーのバースであったりもします。わたしの誕生日のプレゼントとしてわが家にやってきたので、誕生を意味する「バース」という名にしました。朝、散歩の時間になると、ちゃんと時計を見ているようにジャストの時間に、バースはリード(引き綱)をくわえてベッドに飛び乗ってきて、「くう、くう」と甘えた声で散歩に誘い、それからわたしの頬をペロリと舌でなめあげるのでした。起きないわけにはいかないではありませんか!
 ……などと、ちょっと書いてみただけでも、こんなにもたくさんの、「忘れたくないこと」、むしろ「忘れられないことや存在」がわたしにもあるのです。四月、八重桜が散るころに、祖母にならってタネをまいた朝顔と夕顔。土を持ち上げるように発芽して、やがて双葉が開いた時の、あの感激。あの喜びを忘れられないまま、いまでもわたしは、季節ごとにせっせとタネまきをしています。
 それぞれの書き手の、素晴らしく心に響く「忘れたくないこと」を繰り返し読んで、一人一人のあなたの心の中の、「わすれられない」タネを改めて考えます。
 これからもタネをまいてください。誰かがまいたタネを受け止めてください。そして、どうか書き続けてください。