今月の「生きるヒント」

シリーズ 女性の生き方 ターニングポイント~わたしの転機~ vol.18 田中優子さん 江戸の研究を続けること これこそが私の人生

プロフィール
たなか・ゆうこ/1952年、神奈川県生まれ。法政大学社会学部教授で、現在、社会学部学部長を務める。日本で第1回ウーマンリブ大会が開催された1970年、法政大学に入学。1980年に法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。文学修士。近世文学(江戸時代の文学)専攻で、研究範囲は江戸時代の美術、生活文化、海外貿易、経済、音曲、「連」の働きなど、幅広い。さらに、中国文学を中心に東アジアと江戸の交流・比較研究も。『江戸の想像力』で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。『江戸百夢』でサントリー学芸賞を受賞。他にも著書多数。「サンデーモーニング」(TBSテレビ)のコメンテーターも務めている。

江戸文化に一目ぼれをした大学時代

私は文芸評論や小説を書くのが好きな文学少女でした。職業になるかどうかわからないけれど、ものを書き続けたい。そうするにはどうしたらいいのか、高校生のころからずっと考えていたんです。そして大学に進学しました。当時は女性の4年制大学への進学率は17%。カトリック系の女子校から進学した私には、まわりがほぼ男性であることも含めて、すべてがカルチャーショックでした。いわゆる「お勉強」ではなく、考えたいことを考え、調べたいことを調べ、仲間たちと議論する。そのような大学生活が送れたことは、私の人生を大きく変えました。

学部生のときに、ゼミで江戸文学に出会いました。直感的に「これはすごい」と思い、今でもそのときの感覚を持ち続けています。江戸時代は、現代と価値観が正反対。私たちは一貫した「自己」という概念を大事にしていますが、江戸時代の人にはそれがない。一人の人間の中に、いくつもの人がいる。いろいろな名前を持っていて、どれが本名だかわからないんです。私たちにとっては信じられない状態ですが、江戸時代は皆がそうだから、それで社会が成立している。日本という国自体、たくさんの藩が存在していて、藩ごとに法律も、使われている紙幣も違う。こんな多面的な世界が存在していたこと自体が、すごく画期的だと思いました。

江戸文学の研究をするには、大学院にいかなければ。そう思って、大学院への進学を決意しました。そこに迷いはありませんでした。「もっと裕福な人生を送りたい」「楽がしたい」と思っていたら、迷っていたかもしれません。でも、私はこの道を選ぶことで、食べられなくてもよかったんです。研究が続けられるなら、アルバイトでも何でもやろう、生活はどうなってもかまわないと思っていました。


自分の針が、相手を突き刺す。離婚で学んだ人との関わり方

江戸文化の研究に没頭していた大学院時代。博士課程の最後の年に、休学してニューヨークへ飛び立ちます。当時付き合っていた人がニューヨークに留学していて、その人と結婚することに決めたからです。半年間ニューヨークに滞在し、日本に帰ってきて1年で法政大学の専任講師になることができました。自分を講師に推薦してくれた先生からは「男性の4倍働かないと認められないよ」と言われ、がむしゃらに働いたものです。すると持ち上がるのが、結婚生活との両立問題。家事をどう分担するかというだけではなく、私が先に講師になったことも、まだ学生だった夫にはストレスだと感じられたようです。その心理的な葛藤も、一緒に解きほぐしていくべきだったのでしょうけれど、私にはできませんでした。そして3年半で別れることに。つらかったですね。離婚した当時、こんな夢を見ました。二人で飛行機に乗っていて、元夫が私を抱きしめようとすると、私の体からぶわっとハリネズミのように針が出てくるんです。つまり、私は相手に対してそういう関わり方をしていたんですね。

離婚をきっかけに、人との関わり方が変わりました。相手の立場に立ってものを考えることの大切さを学んだのです。ものを書くことが好きで、研究で生きていくとなると、ほとんどの時間を仕事に使いたくなります。そんな生活で私は、人とどう関わるべきかを考えずに生きてきてしまった。でもそれではダメなんだと思い知らされました。男と女としての教訓を得たのではなく、人としてどうあるべきかということを考えるきっかけをもらいました。だから、相手がもっと家事をしてくれる人なら離婚しなかったのか、というとそうではないと思います。自分に問題があるということがわかったので、結婚に対しての自信はなくなりましたね。もう二度と、結婚はしないと思います(笑)。


自分の発言に責任を持ち、逃げない

江戸文化に通ずる
着物が好きで、
公の場でも和装が多い

私の著書は、学者にしては大胆な書き方をしていると言われることがあります。でも、私自身は大胆なことをやっているつもりはありません。私はもともと作家になりたかったくらいなので、研究を説明するというより、一つの作品を書きたいという意向が強い。ものを書くということは、人間が生きることそのものだと思っているんです。それは、発言することにおいても同じです。テレビ番組で社会問題について発言すると、私にとっては当たり前のことでも、過激な発言だと捉えられることがあります。でも、自分の意に反したことを言う訳にはいきません。ごまかしたり、隠したり、嘘をついたりして、口先だけでものを言っていると、確実に人に伝わります。私はできるだけ、自分が考えていることや感じていることに近い言葉を選びたいんです。これは簡単なようで、なかなか難しい。一方で、私の発言が大胆だ、過激だととられるのは、ある時代の社会一般が考えていることと、たまたま違っているというだけのことだという思いもあります。

私の発言に対して、大学に抗議の電話がくることもあります。そういうときは、どう対応してほしいか、丁寧に伝えます。「申し訳ありません」で済まさずに、説明を重ねていく。私にはその義務があると思うのです。新聞の書評のなかで用いた表現に対して、ある団体から抗議がきたこともありました。そのときは、直接会いに行って説明しました。逃げないことが大事なんです。若いころは、忙しさを理由に、そういった面倒から逃げていました。でもそれでは、自分の世界が広がるチャンスも失われるし、逃げた分野にはもう近づけなくなる。自分を閉じていくことになるんです。その苦い経験から、一つひとつ向き合うという姿勢を身につけました。


納得しにくいから、買い物は苦手

「腑に落ちる」という言葉がありますが、まさに、すとんと「これでいいんだ」と思えること、それが幸せなんだと思います。納得した生き方をしていないと、人間として落ち着きがなくなり、どっちが有利なのか迷ってキョロキョロしてしまう。多くを持たなくても、自分がそれに納得していれば、幸せだと思います。ただ、納得できる生き方をいつまでも探す訳にはいかないですよね。見つかってから生きようと思っても、もう生きてしまっているし(笑)。納得できる生き方というのは、大きな目標みたいなものではなく、毎日小さな納得を積み重ねられるかどうかなのだと思います。

それは意外と難しいことで、私は洋服を1枚買うにしても、すごく迷ってしまいます。本当に欲しいものはこれなんだろうか、といちいち立ち止まってしまう。納得できないことが多いので、ショッピングは苦手です。できるなら、全部誰かに買ってきてもらいたいくらい(笑)。料理も同じ理由で苦手。料理をするにはまず買い物しないといけないし、作り始めても「本当にこれでよかったのかな」と思うことが多いからです。だから、全部納得してやろうと思うとすごく時間がかかってしまう。もしかしたら、納得できるように生きるというのは、生き方を狭めることになるのかもしれませんね。それでも私は、人生の「ここ一番」というときは自分で判断してきましたし、それには納得しています。

田中優子さんの生きるヒント

人はみんな、自分なりの納得できる生き方を持っていると思います。「自分の人生は自分で選ぶ」と言う覚悟を持ち、そういう生き方を探すことが大切。ただ、細かいところは選ばないほうがいい、とも思います。就職のときに「これは自分には向いていない」「自分の才能を生かせる仕事がいい」と言う学生はけっこう多い。でも、どんな職場でも自分の才能を生かせる仕事はごく一部で、不得意なことの方がたくさんあります。それを理解した上で、大事なことだけは、妥協せずに選んでいくことが必要だと思います。私は幸運にも、直感的に選んだ江戸文学にずっと関わってこられていますが、それはほかにできるものがなかったからとも言えます。私にはこれしかなかった。でも、私は江戸文化を選んで、研究ができて幸せだと思います。

【色紙プレゼント!】応募受付は終了しました。ご応募ありがとうございました。当選者には、2013年12月上旬以降にご連絡いたします。


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