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今月の「生きるヒント」

シリーズ 女性の生き方 ターニングポイント~わたしの転機~ vol.9 平井美鈴さん 自分の限界を知る そのために、深海へ

プロフィール
ひらい・みすず/1971年、東京都生まれ。1995年、通勤中に地下鉄サリン事件に巻き込まれる。その翌年、大病を患い手術を受ける。この2つのできごとから「いつ死が訪れるかわからないのだから、やりたいことは挑戦しよう」と考えるように。1999年に小笠原諸島を初めて訪れ、その後毎年のように小笠原諸島に通う。2003年、フリーダイビングを始め、2005年には世界大会に出場。2006年には、フリーダイビングの代表的な種目のひとつ、コンスタントウェイト・ウィズフィンで日本記録を樹立。2010年、世界大会団体戦で日本初の金メダルを獲得。2012年の世界大会では、日本記録の90mを達成。女子では世界第4位の記録を保持することに。ヨガのインストラクター活動や、海の環境保全活動などでも活躍中。
公式サイト

純粋な好奇心から、フリーダイビングにのめりこんだ

9年前、30歳で、酸素ボンベをもたずに深海へ潜るフリーダイビングに出会いました。それまでは海より山が好きだったし、ほとんど泳げなかったんですよ。スポーツクラブのプールで泳いでいたら、溺れていると思われ、「大丈夫ですか!」と声をかけられたことすらあります(笑)。海が好きになったきっかけは、小笠原諸島で島の子どもたちがイルカと楽しそうに泳いでいるのを見たことです。それから、飛行機で偶然フリーダイビングの選手と隣り合うなどの出会いがあり、フリーダイビングを始めることになりました。

まったく未知の世界でしたが、高校で新体操をやっていた時の「自分の心が折れる寸前まで鍛える」という経験が、フリーダイビングの練習に通じるところがあり、続けられました。こういうと「自分に打ち勝つ」という修行のようなイメージを持たれることが多いのですが、私の場合はちょっと違います。モチベーションの源泉は、純粋な好奇心なんです。フリーダイビングという競技は、競技人口が少なく、発展途中なので、まだ解明されていないことが多くあります。目標深度を達成するために、どういう体の使い方をすればいいのか、どんな道具が必要なのか、いろいろ考えながら実践するのが楽しいんです。自分がどこまで潜れるのか、そのとき体にどんな変化が起こるのか、知りたい。これは、洞窟があったらのぞいてみたい、という人間の根源的な探究心のようなものだと思います。自分の体の可能性をさぐりたいんです。


水中で限界を感じた時、心が体を動かしてくれる

2011年世界選手権(ギリシャ)
個人戦・銅メダル獲得時

何度潜っていても、船上で準備をしているときは毎回こわくなります。深さ40~50mまで潜ると、光が届かず、周りは暗闇になっていく。コントロールできない圧倒的な自然に囲まれ、理性では処理できない原始的な恐怖におそわれます。50~60mくらいまで潜ると、水圧が高くなって、フィン(足ひれ)で漕がなくても、勝手に体が落ちていきます。この時は、宇宙空間に放り出されているような感覚で、気持ちがいいんですよ。そこから、目標地点にあるタグ(札)を取ってターンするのですが、肺の中の酸素はどんどんなくなっていくし、上に水が乗っている状態なので、かなりがんばってフィンで蹴っていかないと、浮上できません。だんだん筋肉がつかれて乳酸がたまり、体に力が入らなくなってきます。

そんなときは、応援してくれているみんなの顔や言葉を頭の中にめぐらせて、明るい気持ちを保ちます。疲れが限界に達して動けなくなりそうなときに、体を動かすのはやっぱり心なんです。2011年11月にバハマで行われた世界大会中、母にLINE(メッセージ送信や無料通話ができるコミュニケーションアプリ)で、「日本記録を達成できたよ」と送ったら、「おめでとう。でも、みんなの期待に無理に応えなくていいから、生きて帰ってきてね。すねかじりでもいいから、生き続けてほしい。いつまでも美鈴の笑い声や笑顔と一緒に、私も生き続けたいから」というメッセージが返ってきて、号泣してしまいました。本当に、生活面でも精神面でも、家族やサポートスタッフに支えられているからこそ、この競技を続けられていると感じます。


自分の人生をまっとうするための決断

2012年
AIDA世界選手権(ニース)
団体戦・金メダル獲得時

2年ほど前に、また違う転機が訪れました。ずっと、競技生活を支えてくれていたパートナーと別れて、独身になったんです。フリーダイビングを趣味でやっていた頃はよかったのですが、プロフェッショナルとしてその道を極めたいと思った頃から、2人の道がバラバラに離れてしまった。別れるか、フリーダイビングを続けるか悩んだ結果、私はフリーダイビングを選びました。自分の人生に責任をもって生きたいと思ったし、勇気をもってチャレンジしたかったからです。すごくつらい決断ではありましたが、今は自分の人生をまっとうしている実感があります。

また、その少し後、同じくフリーダイビングをやっていた親友が、病気で亡くなったんです。いろいろ悩んでいたとき、「それでも、今フリーダイビングに打ち込めていることは、幸せなこと。私はもうできないから、その分がんばってほしい」と闘病中だった彼女に言われて、自分が恵まれていることに気づきました。健康な体があり、競技を続けられる。これは奇跡のようなことなんですよね。そして、重なるように東日本大震災が起こり、大きなショックを受けました。地元・浦安の道路がガタガタになり、ライフラインも途切れてしまった。当たり前に続くことなんか、何もない。日常ってもろくて危ういものなんだと感じました。だからこそ、今を全力で生きていかなければと、改めて思ったんです。


がんばることで、人を勇気づけ、また力をもらう

2009年から、プロフェッショナルとして企業のサポートを得て活動するようになりました。それまでは、海外の大会に行くにも、ウェットスーツやフィンを装備するのも、すべて自己負担でまかなっていました。しかし貯金にも限界がきて、どうしようかと調べていたところ、いまお世話になっているエージェントと知り合うことができました。そこで、自分の活動をアピールして、企業にメリットを与えることができれば、スポンサードしてもらえることを知ったのです。ここから、活動の仕方が根本的に変わりました。自己満足から、プロのアスリートとして生きていく覚悟が固まったのです。

はじめは、ホームページなどで自分のことを発信するのが嫌でした。批判されるのが怖かったんですよね。でも発信してみると、ネガティブな反応以上に、記録を出した時など「感動しました」「力をもらいました」「私もがんばります」といったコメントをたくさんいただくことができました。私が全力で打ち込んでいるフリーダイビングの活動が、他の人の力になるんだということが、ものすごくうれしかった。そして、それがまた私の力になって、フリーダイビングを続けていく糧になる。これからは、競技だけでなく、講師活動、海の環境保全活動などを通して、フリーダイビングの楽しさや自然の美しさを伝えていきたいと思っています。

平井美鈴さんの、生きるヒント

生きていると、嫌なことは必ずあります。それを思い返している時って、過去に心が持っていかれているんですよね。また、競技前に緊張しているときなどは、まだ起こっていない未来のことに心が引っ張られている。こんな時は、意識的に心を「今」に戻すようにするんです。そのトレーニングを、ヨガなどを通じて重ねています。以前は、自分の感情に振り回されて、よくイライラしていたし、落ち込んだり、卑屈になったりしていました。でも、このトレーニングをすることで、だいぶ心穏やかに暮らせるようになりました。競技のために始めたメンタルトレーニングが、今を生きること、ひいては自分の人生をまっとうすることにつながっています。

【色紙プレゼント!】応募受付は終了しました。ご応募ありがとうございました。当選者には、2013年3月上旬以降にご連絡いたします。