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2012年3月号 人に優しい「食」のススメ―「スローフード」という生き方 第11回 本場イタリアが教えてくれたスローフード

家族と食卓を囲みながら、ゆったりとした時間を過ごし地域のことにも思いをはせるーー。そんな、あたりまえの「豊かな暮らし」を求める人が増えています。「食の安全」「地産地消」「スローフード」などのキーワードがしばしばメディアを賑わすのも、そうした表れの1つ。このシリーズでは、「食」と「暮らし」を巡って議論されている、古くて新しい豊かさと幸福、持続可能なライフスタイルとは何か、を探っていきます。

第11回目にご登場いただくのは、イタリア家庭料理教室を主宰され、モデル・タレントのジローラモさんの奥さまとしても知られるパンツェッタ貴久子さん。長年にわたってイタリアの「食」と向き合ってこられた経験と、本場のスローフードについてうかがいます。

 

イタリアとの出会いは大学生のとき

プロフィールを拝見すると美術大学の日本画科を卒業されていますが、料理そしてイタリアとの出会いは何がきっかけだったのですか?

貴久子 お料理は、子どもの頃から好きでした。母が歯科医で、診療を終えたらそのまま研究室へ行って遅く帰宅するという生活パターンでしたので、小学生の頃から兄と2人でお菓子などを作っていました。また、子どもの頃から本を読むのが好きで、しかも凝り性なので、たとえば鳥が好きになると、お小遣いを全部使って鳥の本ばかり読んでいました。お料理も同じで、大学生の頃はプロが読むような本を買って、休日には家族のためにフルコースを作ったりしていました。

  でも、いわゆるお袋の味というものは知らずに育ちました。大学生の頃までお味噌汁とか煮物の作り方も知らなかったくらいで、洋風のお料理ばかり作っていました。普段の食事はお手伝いさんが作っていたので、全く知識がありませんでした。

  イタリアとの出会いは、うちがカトリックで、神父様に案内されて大学生の頃、生まれて初めて行った海外がイタリアだったのです。もともと絵画が好きだったので、美しいものにあふれたイタリアの街にいつか住んでみたいと思いました。そこでイタリア語を習い始めました。

  その後、イタリアへ美術を学びに留学し、そこで出会ったのが夫のジローラモです。私はふだんジローさんと呼んでいますが、彼の紹介でナポリの磁器学校へ通い始め、家もお義兄さんと彼が持っていた空き家を借りることになりました。また、食事も彼の家族に呼ばれて一緒にするようになりました。

 

イタリア全20州をくまなく回って料理を取材

ご自身にとってのイタリア料理の原点は、ジローラモさんの
お母さんということですね?

貴久子 ナポリで暮らしている間は、ずっとお義母さんの家庭料理を食べていましたが、初めて手ほどきを受けたのは、ジローさんとの結婚が決まった直後です。日曜日の早朝に「これからパスタを作るから見てて」と起こされて、お義母さんが麺打ちをする様子を寝ぼけまなこで見ていました。

イタリアでは麺打ちは女性の仕事。お義母さん世代の人は手打ちするが、最近はパスタマシーンを使う人が増えている。写真は、貴久子さんがお義母さんに最初に習った手打ちパスタとナポリ風のラグー。お義母さんはセモリナ粉を使う。

  その後、結婚を機にジローさんと日本に帰国してからも、毎年イタリアの各地を訪れて、「食」に関する調査や研究を続けてきました。また、ボローニャにあるシミリ料理コースに通って、イタリア各地の様々なパンやパスタ、家庭的な料理やデザートを学びました。その後、全部で7冊のイタリア料理のシリーズ本を制作するために、イタリアの全20州を2年間かけてくまなく回って取材した経験がベースになっています。

  イタリアは、地方によって歴史も人種も生活文化も大きく違います。お料理も、たとえば寒い北の地方は牛がいて、バターやミルクを使った重いお料理ですし、牛乳のチーズがメインです。一方、南の地方は野菜も豊富、豚や羊がいて、ナポリのお菓子はラードを使いますし、チーズも羊乳だったりします。パンやパスタも、南のほうはたいてい硬質のセモリナ粉を使います。作り方も、小麦粉のパスタは練りすぎるとかたくなってしまいますが、セモリナ粉はよく練らないと滑らかにならないといったように、まったく違ってきます。

 

イタリア家庭料理のよさを伝えるための料理教室

イタリアでの経験をもとに料理教室を始められて、もう15年以上になります。

貴久子 お料理教室を始めたきっかけは、2つあります。1つは、ボローニャのシミリ先生の教室がすごく楽しくて、同じようなことができたらいいなと思ったからです。もう1つは、私たちが帰国した24年前、イタリア料理についての日本での見方や考え方がちょっと違うなと感じたからです。私は料理研究家ではありませんし、お料理を創り出しているわけでもありません。ただ自分がイタリアで見てきた家庭料理のよさをみなさんにお伝えしたいという思いから、お料理教室を始めたんです。

  イタリア料理は、もともと庶民の家庭料理から生まれたお料理です。先にパスタをたくさん食べるのも、たとえば少ないお肉でトマトソースを作って、お肉の味が出たソースとパスタを和えて、これでおなかをいっぱいにしてから皆で少ないお肉で満足感を得るためです。私はこれまで、そんなイタリア家庭料理の本来の姿からずれないように心がけてきました。

  でも、途中で何度かお料理教室を止めようと思ったこともありました。子どもの頃から引っ込み思案で、人と話すのが苦手だったからです。お料理教室を始めた当初、生徒さんから「先生とはレッスン以外話しちゃいけないのかと思っていました」といわれたくらいです。それでも続けてきたのは、ジローさんから「せっかく始めたんだから頑張ってやりなさい」と励まされたからです。

  いまでは生徒さんから「月に1度のお料理教室だけを楽しみに毎日過ごしているんですよ」とおっしゃっていただくこともあり、すごくうれしいですし、自分以外の方を幸せにできることにやりがいを感じています。

 

自分たちの価値観を守ろうとする気持ちの強さ

イタリアは、スローフードの発祥の地と聞きました。

貴久子 80年代の半ばに、ローマのスペイン広場にイタリアで初めてのマクドナルドができたことがきっかけで、スローフード運動が始まりました。私はちょうどその年、母と一緒に初めてイタリアを訪れ、案内していただいた神父様に「これがイタリア初のマクドナルドです」と案内されました。運動のことはあとで知りました。

  イタリアのトリノでは2年に1度、スローフード協会による食の祭典「サローネ・デル・グスト」が開催されています。私も5回は行ったと思いますが、すごくいい催しです。それまでの祭典は商業向けで、いかにも買い付けの人たち向けという形でしたが、サローネではチケットを買えば小学生でも入れます。伝統的な生ハムとかチーズとか、お魚とか果物まで、それぞれにこだわりのある食材が一堂に集まっていて、それを食べることができるんです。私もそこですごく美味しいレンズ豆やお菓子を知って、あとで産地を訪ねて行ったこともあります。

  イタリアには、長年受け継がれてきた伝統的な食文化、食生活がまだ残っています。毎日の食材も、たいていの人は市場や個々のお店で買います。スーパーマーケットもありますが、食材を買う場としては日本ほど利用されていません。イタリアの人は、本人たちは特に意識していないかも知れませんが、自分たちの価値観を守っていこうとする気持ちが強くて、それが「食」を守ることへもつながっているんだと思います。

サルデーニャ島で昔から食べられているパン「カラサウ」。かつて羊飼いが野宿をする時に持って行ったパンで折り畳めるように薄く作られている。オリーブオイルを塗ってオーブンで焼くとパリッと香ばしい。

  かつてイタリアでは、フランス原産のブドウを取り入れてフランス風のワインを醸造する動きが広がった時期がありました。その結果、有名なワインもできましたが、私が先ほどお話ししたシリーズ本の取材で各地を回っていた頃は、イタリア原産のブドウと伝統的なワインの製法を見直そうという気運がすごく高まっていました。スローフードの影響もあったと思いますが、取材を通じて、若い人たちを中心に自分たちの土地のものを見直して作り方を守りながら、フランスのものに負けないワインを作っていきたいという思いを強く感じました。

 

長年培われてきた料理や味にはパワーがある

イタリアでの経験を踏まえて、いまの日本の「食」についてはどうお考えですか?

貴久子 イタリアに行ってすぐに思ったのは、東京生まれで東京育ちの私は根なし草のようなものだということです。やはり伝統的な「食」が文化として深く根付いているのはうらやましいと、20代の頃からあこがれを持っていました。

  それに比べて日本は、いま景気が悪いということもありますが、「食」がすごく乱れていると思います。それは食べる側の問題で、安価なお弁当とかインスタントの食べ物といった濃い味付けに慣れてしまい、化学的な味がないと物足りないと感じてしまう人が増えているのではないですか? 体によくないというのは本人の問題でしょうが、私はやはり食材本来の美味しさというものを大切にして欲しいと思います。

  イタリアの伝統的な家庭料理を見てきて思うのは、長年培われてきたお料理や味にはすごくパワーがあって、誰かがわずかな期間で考えついたようなお料理とはまったく違うということです。新しいものに走るというのは日本のよさでもあるとは思いますが、度が過ぎると大切なものを見失いがちです。やはりもう一度、本来あるべき姿に立ち返ることがあってもいいかなと思っています。

  スローフードも、日本に入ってくると商業主義的なものになりがちですね。イタリアにも確かにそういう人はいますが、そうではない人、商業主義に乗せられない人もたくさんいます。いまの日本とイタリアを見ていると、日本はすごく流されやすくなっている一方で、イタリアは守るべきものは守っているという気がします。

 

パンツェッタ 貴久子(Panzetta Kikuko)


 

イタリア家庭料理教室主宰 翻訳家

多摩美術大学日本画科を卒業後、1986年からフィレンツェのロレンツォ・ディ・メディチ語学学校とナポリ国立カポディモンテ磁器学校で学ぶ。1988年にジローラモさんとの結婚を機に帰国。毎年数回イタリア各地を回り、食関係の研究に励む。1996年からイタリア家庭料理教室を主宰。1997年にボローニャのシミリ料理コースでディプロマを受け、夫とともに多数の雑誌や企業PR誌などでイタリアを紹介。2000年にヴェローナ市からジュリエッタ賞を贈られる。『クォチェンノ・マニャンノ パンツェッタさんちのナポリ定食』(NHK出版)など著書多数。


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