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2012年2月号 人に優しい「食」のススメ―「スローフード」という生き方 第10回 信州ジビエで地産地消と鳥獣害対策を実現

家族と食卓を囲みながら、ゆったりとした時間を過ごし地域のことにも思いをはせるーー。そんな、あたりまえの「豊かな暮らし」を求める人が増えています。「食の安全」「地産地消」「スローフード」などのキーワードがしばしばメディアを賑わすのも、そうした表れの1つ。このシリーズでは、「食」と「暮らし」を巡って議論されている、古くて新しい豊かさと幸福、持続可能なライフスタイルとは何か、を探っていきます。

第10回目にご登場いただくのは、蓼科中央高原のオーベルジュ「エスポワール」オーナーシェフの藤木徳彦さん。伝統的なフレンチであるジビエ料理を軸にした地産地消と鳥獣害対策の推進についてうかがいます。

※オーベルジュとは、宿泊施設を備えたレストラン。

 

20歳で体感した本場のオーベルジュと地産地消

藤木さんがオーベルジュ「エスポワール」を開店されてから14年。いまでは長野県を代表する料理人の1人と評されていらっしゃいますが、もともとは東京のご出身ですね。

藤木 私の父親は、昔からペンション経営をセカンドライフの目標にしていまして、子どもの頃からよく家族旅行で信州・蓼科にきていました。この店の土地は、私が小学生の時に両親が権利を購入したものです。料理人を志すようになったのも、最初は両親から勧められたからです。私が料理人になれば、ペンション経営という家族の夢がかなうというわけです。幸い、私自身も食べることが好きで、シェフの白衣にも憧れていましたので、迷わず調理師免許を取得できる学校に入りました。

  学校を卒業してすぐに蓼科のオーベルジュに就職したのは、いずれ蓼科でペンションをやることを考えると、最初からこちらで経験を積んだほうがいいと判断したからです。その店では8年近く修行し、料理はもちろん、ホールの接客から客室のベッドメーキング、庭や上下水の管理まで、すべて教わりました。

  ペンションからオーベルジュへと志向が変わったきっかけは、20歳の時に研修旅行で訪れたフランス・ブルゴーニュでの経験です。宿泊先のオーベルジュでは、チェックインの際に若い女性が赤ちゃんに授乳しながらの応対で、日本では考えられない接客態度だと驚きました。しかし、夜になると雰囲気が一変して、若い女性は黒服のソムリエ、女性のお母さんはマダム、お父さんは料理長、女性のご主人は見習いシェフと、家族で役割分担しながらてきぱきとお客さまにサービスしている。その様子を見て、これがオーベルジュというものかと実感しました。


蓼科の自然に囲まれたオーベルジュ「エスポワール」。

  そのオーベルジュではもう1つ、地産地消についても考えさせられました。メニューはエスカルゴやカエルなど、徹底して地元産の食材で、ワインもボルドー産のリストを見ていると「せっかくだからブルゴーニュ産にしなさい」と積極的に勧めてくる。出てくる料理はどれも美味しく、そのつど産地や旬、ワインとの相性などについて熱心に説明してくれる。その経験がもとになり、「自分もいずれ独立したらオーベルジュを、それも地産地消でやりたい」と考えるようになりました。

 

心と心の触れあいを大切に、地産地消を実現

「エスポワール」では、初めから地産地消を実現できたのですか?

藤木 1998年4月のオープンに向けて3月から1ヵ月間、準備をしたんですが、地元の食材が手に入らず、苦労しました。当時は直売所もありませんし、そもそも流通ルートがなかったんです。そこで仕方なく、既存のルートから調達した食材で料理を作ったところ、お客さまの1人から「こんなメニューなら東京でも食べられる。わざわざ信州まできて食べるフレンチの価値を考えなさい」とお叱りを受けました。

  それがきっかけで、地元の農家の方たちを訪問して、直接仕入れさせてほしいとお願いして回ったんですが、その際、父親には「田舎では心と心の触れあいが大切。お金ではなく、いかに相手の懐に飛び込むかを考えなさい」とアドバイスされました。そうしたなかで出会ったのが、野菜名人の朝倉ふさよさんをはじめとする生産農家の方たちです。朝倉さんからは、野菜の作り方や食べ方、料理法まで教えていただきました。

左:地元野菜の温製。まん中が朝倉さんお手製の凍み大根。ビーツやセロリラブなどの西洋野菜も地元産。 右:季節野菜を使った完熟パフェ。アイスクリーム、パルフェ、プリン、クリームなど、すべてに季節の野菜の風味が生かされている。

  もう1人、とてもお世話になったのが「たてしな自由農園」の取締役だった、山のお宝鑑定士として知られる宮本幸典さんです。宮本さんは日本菌学会の会員で、キノコに関しては諏訪保健所から鑑定の許可を受けるほどの知識を持っている方です。うちの店ではオープン以来、キノコだけはフランス産やイタリア産を取り寄せていましたが、宮本さんと出会って地元産のキノコのメニューが格段に充実しました。たとえば地元では食べられていなかったヤマドリタケモドキが、実はフランスの松茸といわれ、仕入れるとキロ8000円のセップ(ポルチーニ)であることを知ったのも宮本さんのおかげです。

  こうした方たちとの出会いで、私の料理はずいぶん変わりました。以前は厨房でメニューを考えていたのですが、いまでは生産現場で農家の方たちからヒントをいただきながら考えるようになりました。また、地元の食材をより美味しく料理するために、自分の感性でアレンジしています。評論家の方からは「フレンチではない」とお叱りを受けるかも知れませんが、それでもいいと思っています。

 

地元でも多種多様なジビエ食材が入手可能

「エスポワール」のもう1つの特徴は、野生の獣や鳥を使ったジビエ料理です。

藤木 ジビエとの出会いは、先ほどお話しした研修旅行の後、何度かフランスを訪れ、パリのレストランで食べて美味しいと思ったのが最初です。パリのマルシェでは毛付きの鳥獣がふつうに売られていますし、自分もいずれはぜひやってみたいと考えていました。

左:信州鹿の自家製サラミ。かたいすね肉を美味しく食べるため、ミンチにして腸詰め、燻製したもの。信州産のリンゴを添えて。 右:信州産鹿肉のロティ ジン香る赤ワインソース。狩猟が解禁になると、ジビエ料理を目的に多くの人が訪れる。

  実際に始めたのは、食材がなくなる冬場を前にして、知り合いの農家の方から「うちのおじいちゃんが鹿を獲ってくるよ」と聞いたのがきっかけです。信州では、11月上旬に天然キノコが終わると、冬場は野菜がありません。その一方で、11月15日から猟が解禁になります。そこで以前から興味のあったジビエ料理をやってみようと、かつての農家さんと同様、まずは猟師さんを訪問することから始めました。

  国内では、ニュージーランド産の鹿やフランス産の鴨など、ジビエ料理に使われる食材のほとんどが輸入物です。しかし、実際に探してみると予想以上に多くの猟師さんがいて、食材の種類も豊富です。うちの店では当初、鹿しか手に入りませんでしたが、猟師さんとのお付き合いが広がるなかで、猪、仔猪、野ウサギ、さらに山鳩、真鴨、小鴨、尾長鴨、キジ、コジュケイなど、多種多様な食材が入荷するようになりました。

 

ジビエ料理は鳥獣害問題の解決策として有効

日本では、全国各地で野生動物による農作物被害が深刻化しています。

藤木 農水省の調査によれば、2009年度の被害額は農作物だけで213億円に上り、産地の縮小や営農意欲の減退、耕作放棄地の増大といった問題を引き起こしています。また、最近は人家の近くでも鹿や猪、熊などが出没し、地域住民に精神的苦痛をもたらしています。これに対して国は2010年度、200億円の補助金を投じて鳥獣害対策を行っていますが、そのほとんどは堤防や防止柵などの土木工事というのが現状です。

  たとえば長野県では、野生鹿の生息数は10万頭を超えています。適正な数は3万頭といわれていて、7万頭を駆除しないと高山植物や農作物の被害はさらに拡大することになります。これに対し、最近は年間2~3万頭が駆除されていますが、そのうちジビエ食材として利用されているのはわずか6%程度です。

  では、残りはどうしているかというと、埋設処分はまだましなほうで、大半はそのまま放置です。それをイタチやテン、ハクビシンなどが食べて数が増えています。また、熊も冬場の餌にするため、冬眠しない熊が増えています。つまり食物連鎖が狂ってきているのです。ジビエ料理は、こうした問題の1つの解決策として非常に有効ですし、そもそも野生動物とはいえ、放置という形で命を粗末にするのは、倫理的な面からも問題があると考えています。

 

国産ジビエの振興と新たな産業創出に向けて

藤木さんは、地元の食材を使った料理教室や食育講座、大学などの講師のほか、信州だけでなく、全国各地で地域の魅力を発信するための助言を行うなど、幅広く活動されています。今後の目標についてはどうお考えですか?

藤木 まず2012年2月に「日本ジビエ振興協議会」を設立する予定です。主な目的は、次の3点です。

・野生鳥獣の資源化による農業・農村の活性化

・国産ジビエのブランド化を通じた農山村での新産業・雇用の創出(6次産業化)

・ジビエを切り口とした新たな都市農村交流事業の開拓

  いまや全国的な問題となった鳥獣害への対策として、一部の自治体ではジビエを地域興しに活用しようという動きがあります。しかし、自治体ごとに対応がばらばらで、相互の情報やノウハウが共有されず、消費者への効果的なPR活動も不十分で、人材の育成も遅れているというのが現状です。また、野生鳥獣の資源化にあたっては、食肉としての安全・安心・衛生対策の確立、流通網の整備といった課題をクリアする必要があります。そこで協議会では、産官学・農商工の幅広い連携のもと、ジビエ振興コンソーシアムの形成や全国ジビエサミットの開催などを通じて、国産ジビエの振興と新たな産業創出に取り組んでいく計画です。

  長野県では、生産農家の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増大といった問題が深刻化しています。猟師の方たちの平均年齢も、70歳を超えています。ジビエをはじめ地元の食材を使った料理を看板に掲げているうちの店にとって、それは近い将来の死活問題です。そこで私は料理人として、次代の担い手を育てるためにできるだけ食材を高く買い、さらに付加価値を高めてお客さまにお出しするよう、常に心がけています。

  全国各地に出向いて食農連携や地域活性化のお手伝いをしているのは、いわば恩返しの気持ちからです。これまで14年近くやってきて、お客さまにもきていただき、家族やスタッフと一緒に不自由なくやっている。その恩に報いるためにも、誰か困っている方がいればできる範囲でお手伝いをしていきたいと考えています。

  地域で当たり前と思われている食材のなかには、ダイヤモンドの原石ともいうべき食材があります。それを料理することで磨きをかければ、食べる方にその地域の様子や人々の物語をダイレクトに伝えることができます。美味しいものには人の心を動かす力があり、食材のよさを引き出す料理には地域を変える力がある。それが私の信念です。

 

【野菜名人の朝倉ふさよさんと】

朝倉さんとのお付き合いは、もう10年以上になります。年に30種類ほどの野菜を作っておられますが、お会いした当初、朝倉さんの自家用の畑で採れたニンジンやゴボウは味が濃くて匂いも強く、美味しく料理できませんでした。そこで改めて朝倉さんを訪ね、アクの抜き方や料理法などを教えていただきました。その後、朝倉さんには西洋野菜の栽培もお願いしてきましたが、いつも美味しく育てていただける、まさに野菜名人です。

 


朝倉さんの家の地下にある室(むろ)には収穫した野菜が保管されている。朝倉さんが手にしているのは、藤木さんに依頼されて作った西洋野菜のセロリラブ。


朝倉さん手作りの凍み大根。収穫した大根をゆでて小川の水にさらしアクを抜き、寒風に当てることで甘みが増す。手間がかかる作業だ。

 

 

藤木 徳彦(ふじき・のりひこ)


 

オーベルジュ「エスポワール」オーナーシェフ

蓼科高原のオーベルジュで修行した後、1998年4月にオーベルジュ「エスポワール」をオープン。 地元の食材を使った料理教室や食育講座、大学などの講師も務める。2008年に農林水産省「地産池消の仕事人」に選定。2011年に社団法人食品需給研究センター「食農連携コーディネーター」に登録。松本大学人間健康学部健康栄養学科特別講師。地産地消を「食べる」と「買う」から発信するJR松本駅ビル「信州アルプス市場」代表。日本農業新聞「藤木シェフの食材発見」連載中。著書に「フレンチで味わう信州12か月」がある。

オーベルジュ エスポワール


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