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2011年12月号 人に優しい「食」のススメ―「スローフード」という生き方 第8回 信州発の新聞で全国に「農」と「食」のネットワークを広げる

家族と食卓を囲みながら、ゆったりとした時間を過ごし地域のことにも思いをはせるーー。そんな、あたりまえの「豊かな暮らし」を求める人が増えています。「食の安全」「地産地消」「スローフード」などのキーワードがしばしばメディアを賑わすのも、そうした表れの1つ。このシリーズでは、「食」と「暮らし」を巡って議論されている、古くて新しい豊かさと幸福、持続可能なライフスタイルとは何か、を探っていきます。

第八回目にご登場いただくのは、信州・長野県を拠点とする「産直新聞」編集長の毛賀澤明宏さん。農産物直売所のネットワークづくりをはじめ、「農」と「食」をめぐる多角的かつ精力的な活動についてうかがいます。

 

産直・直売サミットが新聞創刊のきっかけ

毛賀澤さんが編集長を務めていらっしゃる「産直新聞」は、2011年8月で6年目を迎えたと聞きました。そもそもどのような経緯で創刊にいたったのですか?

毛賀澤 「産直新聞」は、長野県の農産物直売所や産直市場、手作り加工所と、その関連団体の方たちが力を合わせて発行している月刊新聞です。現在は、カラー印刷8~12ページのタブロイド紙を毎月1日、1万部発行。長野県内の個人や団体、行政機関、企業などに送付しているほか、県外の定期購読者も増えています。

  本紙の目的は、直売所や産直市場を中心に、そこにつながっている生産農家や消費者などのゆるやかなネットワークを創出することにあります。新聞を媒介として農の現場のリアルな情報や消費者の本当のニーズ、地域振興に向けた行政や企業のみなさんの取り組みなどを共有し、新たな「農」への動きに結びつけることを目標にしています。

  創刊にいたった直接のきっかけは、2006年春に開催された「第1回長野県産直・直売サミット」です。消費者の「食の安全・安心」への意識が高まり、高齢化をはじめとする生産農家の問題が深刻化するなか、直売所・産直市場・加工所などが交流を図り、切磋琢磨していくための場として催されたこのサミットで、相互の情報交換を恒常的に続け、消費者に対して情報発信を行うためのメディアが必要との合意にいたりました。そして、サミットの司会役を務めていた私に編集長の白羽の矢が立ったというわけです。

  直売所や産直市場が中心となり、行政機関や研究機関の協力を得ながら「農」と「食」にまつわる様々な現状や問題点を本音で伝える本紙は、全国でも類を見ない新聞だと自負しています。また、2008年末にはWebサイトも立ち上げ、長野県だけでなく、広く全国に向けて情報発信を行っています。

新聞を媒介にした相互理解と協力関係の構築

直売所のネットワークづくりのなかから生まれた「産直新聞」は、具体的にどのような効果をもたらしたとお考えですか?


晩秋には漬物用の野菜が山と積まれる
(伊那市グリーンファーム)

毛賀澤 2006年当時、長野県には約480ヵ所の直売所・産直市場と約200ヵ所の手作り加工所があるといわれていました。再調査の結果、直売所は現在、約880ヵ所ありますが、いずれにしても当時、直売所同士の横のつながりはほとんどなく、各々がそれぞれのやり方で運営している状況でした。協力関係というより、むしろ互いをライバル視しているケースも少なくなかったと思います。

  その一方で、農産物の販売市場は、スーパーなどの流通業界が95%と圧倒的なシェアを占めています。そうした状況を考えると、直売所のシェアはもっと拡大する余地があり、そのためには直売所同士が交流し、情報を共有する必要があるという、ある意味ではシンプルな発想で本紙の発行に踏み切ったわけですが、まず大きかったのは「気づき」という面での効果だと思います。

  具体的には、新聞を媒介にしてほかの直売所を知り、違いを学んで、それを参考にして自分たちの個性を伸ばしていこうという気運が高まりました。たとえば地場の産物だけを扱うのが直売所だと考える方もいれば、全国の産物を扱ってもいいはずだと考える方もいます。そんな方たちが互いの違いを認め合いながら、協力できるところは協力するという、いわば「結(ゆい)」のようなつながりができてきました。ちなみに他県に比べて個性豊かな直売所が数多くあるという点は、長野県の大きな特徴だと思います。

  もう1つの効果は、「産直新聞」を契機に、みなさんが本当にいろいろなことを考え、積極的に発言するようになった点です。たとえば本紙を中心になって支えていただいている直売所は20ヵ所ほどありますが、その方たちは能弁ではなくても、自分の考えを明確に人に伝える力を持っています。震災後、風評被害に苦しむ福島県の農産物を自分たちの直売所で売ろうといち早く名乗りを上げたのも、その方たちでした。私はそんなみなさんを心から誇りに思っています。

農商工が一体化した直売所こそが6次産業化の原型

毛賀澤さんは「産直新聞」以外にも、信州大学の農商工連携コーディネーター、社団法人食品需給研究センターの食農連携コーディネーターなど、幅広く活動されています。ご自身が「農」と「食」に関わるようになったきっかけは何だったのですか?


木曽町三岳地区の山間地でも元気な直売所
(木曽町三岳直売所)

毛賀澤 私は東京でライターなど様々な仕事に携わったあと、出身地の長野に戻って地元紙の政治・経済担当記者になり、米や日本酒、森林保全などについて調べていくうちに「農」と「食」をめぐる問題の重要性に気づきました。なかでも大きなターニングポイントになったのが、直売所の方たちとの出会いです。直売所のネットワークづくりに関わるなかでいろいろと勉強させていただき、「農」と「食」についての問題意識が大きく広がりました。

  信州大学の農商工連携コーディネーターとしては、2010年7月から実施している「信州直売所学校」の基本的なコーディネートを担当しています。これは、同大学産学官連携推進本部の地域ブランド分野が全国中小企業団体中央会の採択を受けて行っている、農商工連携などにおける人材育成事業です。

  具体的には、長野県における農産物直売所を地域の連携拠点の1つと位置づけ、多角的な視野を持った次世代の直売所運営者や、彼らとともに地域においてコーディネーターとしての役割を担う若手人材の育成をめざして実践的な研修などを実施しています。

  農林水産省は、農山漁村の雇用・所得を確保し、若者や子どもが定住できる社会の実現に向けて「6次産業化」を推進しています。農林漁業生産と加工・販売の一体化や、地域資源を活用した新たな産業の創出促進などが主なねらいですが、農商工が一体化した直売所こそが6次産業化の原型である、というのが私の持論です。そこで直売所に学び、それを農商工の連携に生かす手立てはないかと考えて「信州直売所学校」を始めました。

  このほか、2010年には農林水産省の「地産地消の仕事人」に認定していただきましたが、私の場合、すべてのベースとなっているのは「産直新聞」であり、これなくしては現在のような活動もあり得なかったと思っています。

中山間地域の景観と農業を守ってきた集落を支える

日本では国内の農業や食品産業などに多大な影響をもたらすとされるTPP交渉への参加が注目を集めていますが、長野県を中心とした農業の現状と問題点についてはどのようにお考えですか?


山の肉缶詰ー鹿・熊・猪のジビエ肉の缶詰も
(伊那市グリーンファーム)

毛賀澤 長野県は農業県というイメージを持たれていると思いますが、就農人口(販売農家)は全国で4位で多い方ですが、農地の多くが中山間地域にあるため、農家1戸当たりの平均耕地面積は全国で32位です。もちろん日本有数のレタス産地として知られる川上村のようなケースもありますが、大半は小規模農家なのです。私たちは、そうした「小さな農業」のネットワーク化を進め、6次産業化プランのモデルケースを作りたいと考えています。

  国はTPP交渉に参加する一方で、農業の大規模化を推進しています。農家1戸当たりの農地面積を現在の10倍以上に 拡大することで効率化を図り、国際競争力を高めようという考え方です。個人的には、大型農家を育成したとしても本当に国際競争に勝てるのかという疑問を持っていますが、それはさておき、最も重要なのは、県内の農家の多くが国の政策から落ちこぼれてしまう小規模農家だという点です。

  長野県の農業も全国の例に漏れず、農産物の価格低下や農家の高齢化・後継者不足、遊休農地の増大といった深刻な問題を抱えています。事実、今年は、月に1度ぐらいづつみんな歳をとって店を閉めるから、もう新聞はいらない」という電話をいただきました。中山間地域の景観と農業を守ってきた多くの集落が崩壊の危機に直面している。それが現実の姿なのです。

  これに対し、小さな集落を基礎にして何とか持続可能な農業を実現していかなければならないというのが、「産直新聞」を支えている直売所の方たちに共通した思いです。そうしたなかで注目しているのが、定年退職した方たちが首都圏からUターンして帰農という形で農業を始めるケースが増えている点です。もちろん若い新規就農者もいますが、多くは農業の経験がない60代のリタイヤ組で、そんな方たちが規格外の農産物を直売所に持ち込む動きが広がっています。

日本全国で同じ思いを持つ方たちの橋渡し役を果たす

「産直新聞」を軸にした今後の取り組み目標についてお聞かせください。


手作り加古品は直売所の売れ筋商品
(喬木村の小池手作り農産加工所)

毛賀澤 まずは、2012年4月から地場の農産物や加工品を中心とした特選品のネット通販事業を始める予定です。実は「産直新聞」を発行した当初、大手のネット通販会社から「地場産品の販売に協力してほしい」というオファーをたくさんいただきましたが、一貫してお断りしてきました。というのも、先方は売れ筋の希少商品を探しているのに対し、私たちは生産した方たちの思いや苦労を伝えていきたいと考えていたからです。新たに立ち上げる通販サイトは、手数料やマージンをできるだけ低く抑え、あくまでも自分たちの情報発信ツールとしてみんなで作り上げていきたいと考えています。

  もう1つの目標は、「産直新聞」を全国区のメディアとして育てていくことです。当初から「信州産直新聞」か「全国産直新聞」かという議論がありましたが、私自身は長野県だけでは読者数が限られるという事情もあり、初めから全国を視野に入れていました。創刊から5年経って人脈も広がってきましたので、日本全国で同じ思いを持つ方たちの橋渡し役を果たすメディアとしてネットワークを広げていきたいと思っています。

  さらにいえば、大都市の高齢化した集落、たとえば東京の戸山団地や多摩ニュータウンなどと地方の中山間地域の集落を直接つなぎたいという思いもあります。私自身はコミュニティの「クラスター化」と呼んでいますが、大都市と地方を直接結びつけることで、新しい形のコミュニティ、互いに顔の見える交流や集まりを作っていくためのお手伝いをしていきたいと考えています。

  長野県では、農業への新規参入を促進するために様々な取り組みを行っています。伊那市の「産直市場グリーンファーム」が生産農家と協力して実施している「生き生き百坪実験農場」もその1つです。これは、年間5000円の土地利用料を払って農作業を体験するというシステムで、すでに40人以上の方たちが参加しています。長野県では、今後もこうした取り組みを積極的に行っていきますので、リタイヤ後は農業をやりたいとお考えの方は、ぜひご連絡ください。お待ちしています。

毛賀澤 明宏(けがさわ・あきひろ)


 

「産直新聞」代表取締役社長・編集長

長野県産直・直売サミット実行委員会事務局長

2006年に「産直新聞」( http://www.j-sanchoku.net/ )編集長に就任。2011年12月、株式会社産直新聞社を設立。代表取締役。2010年に農林水産省「地産地消の仕事人」に認定される。2009年から産学官連携支援機関AREC(上田市)や信州大学(本部・松本市)の農商工連携人材育成事業にアドバイザー・コーディネーターとして協力しているほか、伊那市・箕輪町・南箕輪村をエリアとする伊那ケーブルテレビジョンの番組「伊那谷経済展望」のキャスターを務めるなど、多角的かつ精力的な活動を展開している。


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