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2011年6月号 人に優しい「食」のススメ―「スローフード」という生き方 第2回 鼎談:忙しい働き盛りの人にこそ無農薬・有機野菜を普通に食べて欲しい

家族と食卓を囲みながら、ゆったりとした時間を過ごし地域のことにも思いをはせるーー。そんな、あたりまえの「豊かな暮らし」を求める人が増えています。「食の安全」「地産地消」「スローフード」などのキーワードがしばしばメディアを賑わすのも、そうした表れの1つ。このシリーズでは、「食」と「暮らし」を巡って議論されている、古くて新しい豊かさと幸福、持続可能なライフスタイルとは何か、を探っていきます。

第二回目にご登場いただくのは、千葉県内で無農薬・有機栽培による野菜作りに取り組まれている3人の生産者。それぞれの世代がどのような思いで農業へと向かったのか、また、これからあるべき生産者と消費者の関係とはどうあるべきかについて、座談会形式でお話いただきました。

【3人のプロフィール】

石井紀子さん(58歳)

農事組合法人「三里塚ワンパック野菜」理事。三里塚ワンパック野菜は1976年、成田空港建設反対運動(三里塚闘争)のなかから生まれた。農薬や化学肥料は一切使わず、牛糞や藁、おがくずなどを使って作った堆肥と微生物の力を借りて土を作り、野菜を育てる彼らの取り組みは無農薬・有機栽培の祖とも言われる。援農を通じて千葉県成田市の農家に嫁いだ石井さんは、その初期の頃からのメンバーの1人。三里塚ワンパック野菜には最近は、県内外から農業を目指す若い人たちが研修に詰めかけている。

山木幸介さん(33歳)

千葉県山武市で「三つ豆ファーム」を営む。就農7年目。大学を卒業後、バックパッカーとしてアジアを旅している時、インドで有機農業に興味を持った。生産者連合「デコポン」の研修を通じて、三里塚ワンパック野菜でも農作業や出荷を経験。2006年から仲間と宅配グループ「東峰べじたぶるん」もスタートした。研修中に出会った妻と昨年入籍し、1歳の娘がいる。

秋間香枝子さん(38歳)

東京農業大学を卒業後、神奈川県厚木市の農家に一年間、住み込み研修。その後、青年海外協力隊として南米パラグアイへ。帰国後、生産者連合「デコポン」の研修で三里塚ワンパック野菜へ。そこでアルバイトをしていた夫と出会い結婚。2001年から千葉県成田市で「ピポカベジタブル」と称した宅配を始めた。小学校2年生を筆頭に4歳、2歳と3人の子どもがいる。

 

まずは、それぞれが就農された経緯について簡単に教えていただけますか?

石井 わたしは当初、援農という形で農業に入りました。そのまま嫁入りしたのはどうしてかといえば、食べ物につられたんですね(笑)。わたしが嫁に入った石井の家では夏はスイカ、冬はさつまいもをたくさん作っていましたし、米はコシヒカリでしょ。それがもう、たとえようもなくおいしくて、おいしくて。もともとは都会育ちで農業なんかまったく知らない、草と作物の区別もつかないような人間でしたから、そのおいしさにとにかく感動してしまいましてね。その時に生まれて初めて「人間の生活のなかで食というのは非常に大切だ」と実感しました。

秋間 わたしは子どもの頃から食いしん坊で、もともと農業に強い憧れがあって東京農大に入りました。卒業したら農業をやりたいなと思って農家に住み込みで研修したり、海外青年協力隊として南米へ行ったりもしました。帰国後、幕張でちょうど「ファーマーズフェア」をやっていまして、ここにいる山木さんも研修していた生産者連合「デコポン」を知りました。一般的には農家の生まれでないと農業に従事するのは難しいんですが、そこに行けば、住むところも手配してもらえて、農業を教えてもらいつつお給料ももらえるらしいぞ、と(笑)。だったらわたしにもできるかな、と思って入ったのが始まりです。

石井 秋間さんはデコポンの研修でうちにも来られて、そこで今のだんなさんと出会ったのよね。だから、ワンパック野菜の職場結婚第1号と言われています。で、第二号が山木さんです。

山木 僕は大学を卒業した後、やりたい仕事も特になくて、1年間ほどバックパッカーでアジアを回っていたんです。その時に、インドでちょっと感じるところがありまして。農業を「やりたい」という強い思いがあったというよりも、食べ物を作る仕事ってとてもわかりやすく人の役に立てるな、と思ったんですね。今は、その人に役に立てるという部分が一番、この仕事の好きな部分でもあるんです。

「朝飯前の作業をしている時が一番好き」

ということは3人とも、もともとは農家のお生まれではない訳ですね。最初は農作業って朝が早くて大変だな、と感じませんでしたか?

山木 僕はわりと朝が得意なんです。午前4時には起きて午前5時頃には仕事を開始するんですが、そこから朝飯までは自分の好きな作業をする時間、と決めています。やらなくちゃいけない作業は目白押しなんですが、その時間だけはとにかく好きなことをする。だから、朝飯前は自分にとって一番好きな時間でもあります。たとえば、「ボカシ」いじりとか草むしりとか……。

石井 山木さんが今、おっしゃった「ボカシ」はわたしたち有機栽培には欠かせないものなんです。作物に必要なのは、窒素、リン酸、カリウム。それに太陽光線と水が加わることで光合成され、作物が育つ訳ですね。無機物によって作られる化学肥料は即、根から吸収されますが、堆肥のような有機質はいったん分解して無機化しないと吸収されない。その分解に必要なのが微生物であり、それを含んだ肥料を「ボカシ」と呼んでいます。

山木 僕はこの「ボカシ」をいじっている時間が割と好きなんです。発酵していますから、触れるとほかほかしていますし、かすかに甘酸っぱい匂いもします。「ああ、土も生きているんだな」という実感が沸きますね。

石井 山木さんに比べると、わたしは随分と朝寝坊だった気がしますね(笑)。最初の10年間ほどは、出荷だけではなく農作業もワンパック野菜を始めたメンバーと共同でやっていましたから、みんなで午前8時スタートと決めて、午後6時には終わり。だから、感覚的には勤めに出ているのと変わらなかったかも。

山木 僕の場合、朝は早いですけど、寝るのも早いですよ(笑)。子どもが生まれてからは僕も、午後6時にはあがろう、って決めていますし。夜は子どもと一緒にご飯食べて、お風呂入って、遅くとも午後9時くらいには寝ちゃいます。

秋間 わたしも大変だと思ったことはあまりないですね。むしろ、農業って子育てしやすい環境だなと思います。子どもが小さなうちは一緒に畑に連れて行って遊ばせておくこともできるし、自由にさせておいても目だけは届く環境にいる。ダンナも同じ仕事をして家にいるので、お互いに協力しあえるし、自営業だから融通もきく。何よりも、自分の作ったものを自分の子どもに食べさせることができるのが、一番うれしいことかな。

「じつは、ミミズが苦手でした……」

農繁期と農閑期では、暮らしはどう違うのでしょうか?

石井 今は栽培の道具や方法も発達していますから、農閑期と言えるほど暇な時期はないかも知れないですね。根菜類は育つのにだいたい一年かかりますから、さつまいもやさといもは春に植え付けて、秋に収穫でしょ。葉物も、春はアブラナとかレタスにサマサンチュ、夏はきゅうり、ピーマン、トマトがありますし、秋はこの辺だと落花生にかぼちゃ、冬も白菜、キャベツ、ほうれん草、ブロッコリーと、一年中何かしらは植えて収穫し、出荷もしていますしね。

山木 特に忙しいのは、田植えと稲刈りの時期ですね。僕は米は作っていませんが、野菜の作付けも結局、春と秋に集中して重なることが多いんです。

秋間 有機栽培って、一つの野菜を大量に作るのではなくて少量を多品種、次から次へと作っていきますよね。一つの作物につき、種蒔きから中間管理、収穫、後片付けまでと作業がありますから、やろうと思えば毎日、何かしらすることはある。忙しい時期はとにかく忙しいです。

山木 難しいのは、収穫の時期を見極めることですね。たとえば、レタスの収穫に適した時期って四日間くらいしかなくて、それを過ぎちゃうともう駄目なんです。収穫適期の見極めには勘もあるとは思いますが、その勘を磨くには経験を積むしかない。まだまだ石井さんたちベテランにはかなわないな、と思う点です。

石井 いえいえ、若手の野菜もちゃんとおいしくできていますよ。

山木 野菜によっては、作るよりも出荷の手間がかかるものもあるんです。水菜は枯れている葉をとるのが大変ですし、さといもの仲間に八ツ頭という野菜があるんですが、それなんかごつごつしているのでゴミをとるのが大変(笑)。自分で作って出荷するようになって初めて、野菜の価格にはこういう手間賃も反映されているんだな、と気づきましたね。

石井 わたしが困ったのは、ミミズが苦手なことですね(笑)。いい堆肥の中にはミミズがたくさんいるんですね。それを籠に入れて手で掴んで畑にまくんですけど、最初のうちはそれだけでもう気絶しそうになっちゃって。その時のことは今でも夢にみるくらいですけれど。

生産者が育てていく、有機農業の未来

直販をされていて、消費者の意識の変化について気づくことはありますか?

石井 わたしたちが始めた頃に比べるとまず、無農薬・有機栽培そのものの認知度がすごく上がったと思います。今はス―パーのなかにもあたりまえのように有機野菜コーナーがありますが、当時はそんなこと考えられませんでしたから。最初の頃はとにかく「何がいい野菜か」、もわからない。慣れないうちは野菜に虫がたくさん付いてしまって、葉っぱがレースのように穴だらけ(笑)。春先はちょうど端境期で野菜があまり採れない時期なんですが、とにかく種類を揃えないといけないと思って、わけぎやノビル、葉タマネギとか臭いのきついものばっかりパック詰めして送っていたこともあります。今にして思えば、それでもつきあってくださる会員(消費者)さんがいたからここまで来れた。会員の方々の忍耐には、ほんとうに頭が下がります。

山木 今はインターネットなどの通信手段がありますから、お客さんの反応がダイレクトに掴める。「おいしかったよ」という反応があると、作る励みにもなりますね。

石井 自分たちで作った作物は我が子のようにかわいいですし、「今度はどんなものが収穫できるかしら」と芋掘り遠足のような気分で過ごしていたら、あっという間に38年が過ぎた。ただ、その間にはたしかに、いろいろなことがありました。なかでも、今回の原発事故は大きなショックを受けましたね。ワンパック野菜では今のところ、葉物に関しては井戸水で洗って出荷するようにしていますし、自分たちで放射性物質の計測器を買おうか、という話もしています。有機栽培の目的はそもそも、作物を作って収穫することだけではなくて、土を守り、水を守っていくことそのものにもあるんです。そういう意味で、今回の事故では「一番大事なものを守りきれなかったんだな」と痛感しましたし、それをきちんと伝えきれていなかった自分自身にもとても腹が立ちます。

秋間 ちょうどスローフードだ、ロハスだと盛り上がってきていた時期だけに、残念です。東京で開かれる「アースデイマーケット」という朝市に定期的に参加して、同世代のお母さんたちとの交流もちょうど盛り上がってきた矢先の事故だったので……。わたしは子どもを連れてしばらく妹のところに避難していましたが、落ち込んで、何をする気にもなれませんでした。ただ、夫は一人残って淡々と種を蒔き続けていましたね。種を蒔かなければ、収穫もできませんから。わたしは最近になってようやく、それでも自分は生産者として作り続けていんだ、と思えるようになったところです。

石井 有機農業というのは、消費者によって育てられる側面が非常に大きいんですね。じつはワンパック野菜が始まったばかりの頃、白菜に虫がついてどうしようもなくなり、このままだと収穫できないかも、ということがありました。会員さんにはどうしても定期的に野菜を送らなければなりませんから、泣く泣く農薬をまいたことがあるんです。それを会員の方たちに説明したら、なかに「白菜がとれなくても、箱が空っぽでもお金を払うから、とにかく農薬はまかないでくれ」という方がいらっしゃいまして。それを聞いた時にわたしたちも「中途半端な気持ちでは無農薬栽培なんかできないんだ」と再認識したことがあります。ですから、本気の消費者がいて初めて、本気の生産者が生まれる。消費者の方たちには、作物を買って食べるということは決して受け身の行為ではなく、自分たちが農家を育てていくんだ、という気概も持っていただきたいですね。

山木 僕は、無農薬・有機栽培ってあたりまえのことだと思っているんです。そのあたりまえに作った野菜を、もっと多くの人に気軽にたくさん食べてもらえるようにしたい。自らの体を作る食べ物は本来、最も注意を払うべきものなのに、多くの人があまりにそれを気にしていない。特に、僕らと同じような働き盛りの世代は忙しすぎて、あたりまえの食生活さえ送れていません。僕はそれはおかしいと思うし、食べるものに気を使わずに仕事の生産性が上がるはずもない、と思っています。だから、できるだけ働き盛りの世代が手に入れやすい価格で無農薬・有機野菜を提供したいと思って取り組んでいます。

石井 食べ物に関しては、これからものすごく高いものとそうでないものの二極化が進んでいくかも知れませんね。東北の農産地は今回の震災で大打撃を被っていますし、それを機に、環太平洋パートナーシップ(TPP)に参入すべきだという声が高まる可能性もあります。けれど、食べ物というのは本来、地産地消が基本だと思います。

山木 多くのエネルギーを消費して海外から運ぶようなものでもないですからね。

石井 今はいろいろな方がいろんな目的で無農薬・有機栽培に参入してきていますから、消費者も是非、何を基準に食べ物を選ぶのか、を真剣に考えて欲しいですね。生産者は単に作る人、消費者は食べる人ではなく、お互いがいい意味で影響し合いながら、生き方や価値観を通じてつながり合う。それが、食を通じたあるべき交流の姿だと思います。


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