今月の「生きるヒント」

今も大事、将来も大事。“お金”を語ろう 今も大事、将来も大事。“お金”を語ろう

その人の価値観をはかるモノサシにされることも多い“お金”。人生に、深くかかわりがある割に、真正面から語られることが少ないのも“お金”です。
誰かのお金観の背景にある経験やエピソードは、いつか自分のそれと重なるかもしれないし、現在の向き合い方を考え直すきっかけになるかもしれません。専門家による経済の話でなく、人それぞれの、お金にまつわるストーリーをお届けします。

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“きれいごと”を愚直に。しあわせにつながる経済を “きれいごと”を愚直に。
しあわせにつながる経済を

影山 知明さん

かげやま・ともあき

クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店店主

1973年東京都生まれ。小学校の途中から高校までを愛知県で過ごし、東京大学法学部に進学。卒業後、経営コンサルティング会社を経て独立系ベンチャーキャピタルを共同創業、総額30億円のファンドを立ち上げる。2008年に、空き家となった西国分寺駅近くの生家を建て替え、多世代型シェアハウスをオープン。1階に開業した子どものためのカフェ『クルミドコーヒー』は、東京有数の人気店に。2017年には『胡桃堂喫茶店』の営業も開始。
趣味はサッカーとプロレス観戦。ミュージックセキュリティーズ(株)取締役。著書に『ゆっくり、いそげ 〜カフェからはじめる人を手段化しない経済〜』(大和書房)。

クルミドコーヒー 公式サイト

貧乏学生が、考えられないくらいの高給取りに

インタビューは、2店舗目のカフェ『胡桃堂喫茶店』にて。階段横に本が並び、落ち着いた雰囲気。影山さんは『クルミド出版』で、こだわりの本づくりもおこなっている。

中学でも高校でも最後は学年で一番の成績をおさめて東大に進学し、就職はマッキンゼー・アンド・カンパニーに※1。どこかナンバーワン志向があるんですよね。中高共に、入学当初は不動の成績一番手が別にいたのですけれど、いつか抜くんだと決めて、最後は実現させました。でもずっと、ビジネスに興味を持ったこともなく、物心ついたころから公に尽くしたいと思っていました。憧れは金八先生みたいな先生になることだったんです。経営コンサルティング会社と、そのあとのベンチャーキャピタル※2とが、自分としてはむしろ想定外でしたね。

大学時代は、バイトする時間を惜しんでサークル活動に没頭していて、経済的にはギリギリの貧乏学生でした。経営コンサルティング会社に就職したのは、在学中に、1週間参加すると10万円もらえるというインターンのポスターを見て、応募したのがきっかけです。履歴書に「志望動機:10万円」と書いた正直さを買われたのか、参加させてもらうことができました。それまで僕にとってのバイトといえば、居酒屋チェーンやファストフード店でしたから、1週間で10万円なんて信じられませんでした。

新卒で就職して、いきなり高給取りになりました。最初は、コンビニでなんでも好きなヨーグルトを買える贅沢に感激したのをよく覚えています。2年目、3年目とさらにアップしていき、いまでは考えられないくらいの収入を手にしました。元来物欲に乏しい僕は、これといって欲しいものもないうえに、忙しくて使うヒマもありません。使い道がないので、1千万円もする(英国の高級車の)ジャガーのコンバーチブルを、なんとなく、「かっこいいかな」と思って買おうと検討したことすらあります。もうすっかり、別の世界の出来事ですね。

※1 米国に本社を置く、世界で最も権威があるとされる経営コンサルティング会社のひとつ。就職先としても最難関として知られる。

※2 主に未上場のベンチャー企業に対して投資を行う投資会社。

5年間、月末が乗り越えられるかいつも怖かった

クルミドコーヒーでお仕事中の影山さん。エプロンがとってもお似合い。

そんなキャリアや待遇を手放したのを不思議がる人もいますが、2001年にアメリカの西海岸を旅してまわって、成功者の志向が社会的なほうに向いてゆくことを、はっきりと感じ取っていました。僕自身も、人生は、なにをするかではなくどう在りたいかだと思っていたので、シフトチェンジに大きなためらいはありませんでした。ただ、カフェをやるとは思ってませんでしたね。この業界においてはまったくの素人で、しかもそれまで数千万、億という単位のお金を日常的に扱っていた僕は、気がつけば「そんなにかけるの?」というくらいの初期投資の額を、開業時に投じていました。

クルミドコーヒーをオープンして5年くらいはつらかったです。いまは大抵のことが、あのときの苦労を思えばたいしたことでもないように感じられるほどです。銀行への返済、スタッフへの給料ほか、各種の支払い。月末が乗り越えられるかいつも怖くて。年末に給料を払ったあと、年末年始休みで売上がない分、年明けスタート日の1月5日が1年で一番怖かった。紅白歌合戦を落ち着いて見られたことがありませんでした。金策で追いつめられて、親族や後輩に頭を下げたこともあります。人生を費やしてくれているスタッフはもちろん、結婚して子どももいたため、家族への責任も果たさなくてはいけない。コンサル時代の経験を生かした企業研修などで、なんとか成り立たせました。洋服など自分の身の回りのものはほぼ買わず、終電を逃したら数時間でも歩いて帰った5年間、お金のありがたさ、大切さを思い出させてもらえた5年間でもあります。

“お人好し列伝”。何度も連帯保証人に・・・

いくら大きな初期投資をしたとはいえ、あんなに稼いでいたなら、ずいぶん貯えもあったのでは?と思いますよね。ここからは僕の“お人好し列伝”の始まりです(笑)。ベンチャーキャピタル時代、おつき合いした経営者のすべてが成功するとは限らないわけです。苦しい人たちを放っておけなくて、連帯保証人を引き受けたのは一度や二度ではありませんでした。ファンドとして、投資額の1%にあたる金額を個人としても投資しなければいけないルールがありましたし、うまくいっていない投資先にこそ、ダメと分かっていてもそれ以上の額を投じてしまっていたので、貯金の多くは未公開株式に変わりました。残念ながらそれらの多くは返ってきませんでした。行きづまって失踪した経営者に、泣きながら詫びの電話をもらったときは、「死なないでくださいね」とだけ伝えて、残りの借金は連帯保証人の僕がかぶりました。そんなふうにして失ったお金が、トータルすると数千万円にはなります。

昔から、独り占めにしたいという気持ちがまるでないんです。母親にまで「そんなお人好しでは生きていけない」と、さんざん言われていました。それに、昔から“きれいごと”を真顔で言う性質(たち)だったので、大学時代につけられたあだ名は「偽善者」でした。まあ実際、腹黒いところもあったと思います(笑)。でも、最初は偽りの部分があったとしても、きれいごとを言葉にし続けていると、不思議なもので、次第に気持ちまで変わっていきます。初期投資が…と話しましたけど、カフェをつくるとき、左官屋さんや家具職人さんのいい仕事に対してちゃんと正当なお金を払いたい気持ちがあったんです。でも実際そのおかげで、長く大事に使えるお店にすることができました。お客さんもスタッフも、だから居心地がいいと感じてくれているのだと思います。店で出すものに使う材料にしても、謳わずしてかなりこだわってきました。スタッフも、そんなにいるの?と言われるくらい、一つひとつの仕事に人手をかけてやっています。「お客さんをよろこばせたい」、その”きれいごと”に愚直にやってきて、結果的に、売り上げを伸ばしてくることもできました。

“ちゃんとした仕事”が、報われる世の中にしたい

影山さんが企画に関わり、主に国分寺エリアで使える地域通貨「ぶんじ」。農家の草むしりでもお祭りのボランティアでも、誰かのために「贈る仕事」をすることで受け取ることができ、100ぶんじを100円相当として使える。影山さんのお店でももちろん使用可能で、お給料の一部をぶんじで支払っているスタッフもいるそう。

お人好しだし、楽観的でもあるんでしょうね。いまはもう、自分はカフェをやるために生まれてきたんじゃないかと思っています。前職に比較すると、カフェで千円稼ぐことがどれだけ大変か。餡子炊いて、出汁とって。商売や経済のリアリズムが、やっと実感できるようになりました。地道だし地味だけど、“ちゃんとした仕事”をしている実感があります。こうした“ちゃんとした仕事”が報われる世の中に、僕はしたい。僕には大事にしている言葉が3つあって、1つは「目の前の人を大事にする」。2つ目は「自分にうそをつかない」。3つ目は「まわりに感謝し感謝される」です。偽善者と呼ばれていたころと比べて、だいぶ行動が言葉に近づいてきたかもしれないなって思います。だってあのころの大学の友だちで、あのときに言っていたことを本当にちゃんとやっているのって自分くらいじゃないかと思いますから。3つ全部を実感しながらできるカフェの仕事が好きです。スタッフやお客さんと一緒に、好奇心を働かせたり、経験を持ち寄って学び合ったり、学校の先生になりたかった気持ちが満たされています。

僕はこれまでの人生で、口にしたことはだいたい本当にやってきました。中高で一番をとったお話をしましたが、どんなことも、一度やると言ってしまったら、時間がかかったとしても必ずやるようにしてきました。ときどき滑稽なほど、無駄なことにも有言実行です。例えば、連続出場した立川ハーフマラソンで、前年の記録を1秒でも上回ると決めたことだって死に物狂いで成し遂げます。僕にとって必要な事柄でもないわけで、キツくてしかたないならリタイアしたっていいんです。なのにできない。したくない。そんな性質の僕だから、“ちゃんとした仕事”が報われる世の中になるよう働こうと決めたこと、ひいては人のしあわせにつながる経済をつくること、もう、これに背くわけにはいかないのです。

お金にまつわる10のQ&A お金にまつわる10のQ&A

影山知明さん
  1. Q1.
    お金のことには詳しいほうだ。
  2. Q2.
    「趣味は貯金」に共感する。
  3. Q3.
    「趣味は投資」に共感する。
  4. Q4.
    先のことはわからないからこそ「使う」。
  5. Q5.
    どんぶり勘定の人よりお金に細かい人のほうが信用できる。
  6. Q6.
    100万円と10億円、もらえるなら10億円。
  7. Q7.
    お金の稼ぎ方と使い方、こだわるなら稼ぎ方。
  8. Q8.
    「金は天下の回りもの」に賛同する。
  9. Q9.
    アリとキリギリスならアリタイプ。
  10. Q10.
    お金にまつわる経験から得た教訓や信条をお聞かせください。

    うまく使いさえすれば、お金は人をしあわせにできるもの。人類最大の発明じゃないですかね。僕の場合「お金はもう懲り懲り」という経験をしているともいえるのでしょうが、むしろライフワークというくらいの大事なテーマです。お金の定義が、自分の欲しいものを手にいれるための道具なのだとしたら、使う動機はTakeですが、誰かのGiveを受け取るためのお金、Giveし合うためのお金だってアリだと思いませんか。
    家族にそれを押しつけるわけにはいかないけれど、僕だけのことを言えば、衣食住への欲求は年々減る一方です。3個100円のヨーグルトで生きてゆけます。でも、どうゆう人の仕事を受け取りたいか、お金の行き先をどこにしたいかに、意識的でありたい。みんな誰かのおかげで在ることができるのだから、その仕事を想像し、そこへの感謝の気持ちを忘れないことで、人のしあわせにつながる経済をつくりたいです。

編集後記

編集後記

影山さんを知る人に、「(影山さんは)もう、妖精かと思う」と言われていました。華麗なご経歴から、できるビジネスマン然とした人物を想像していると、おだやかな印象にギャップを覚え、さらに、“お人好し列伝”をお聞きし「現実にこんな人がいるんだ…」と感動したあたりで、「妖精」という例えを思い出しました。もちろん、ちゃんと地に足のついた妖精さんです。頭脳明晰にしてあたたかなハート、善意にあふれ、私心がなく、臆せず理想を語って有言実行。選挙候補者への褒め文句のようですが、「そうなんですよ。結構いい人なんですよ」と笑う影山さんになら、迷わず一票投じます。


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