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今月の「生きるヒント」

シリーズ 人生のチャレンジ 移住を選んだ人たち 第21回《後編》木村 聖子さん

生活に追われながら、いるべき場所を探し続けた。背中を押された崖っぷち、飛んでみたら追い風だった

前編はこちら

プロフィール
きむら・せいこ/青森県出身。原子力施設で知られる六ヶ所村で、鮮魚の小売り・卸業を営む家庭に生まれる。田舎のあれこれと、保守的な両親が息苦しく、早く家を出たいと思いながら育った。高校から実家を離れ、下宿やハウスシェアを経験。以降の人生においても、さまざまな住まい方をする。高校卒業後は両親の反対を押し切って上京し、ファッション業界を志すも挫折。経済的にギリギリだったが、留学を夢見て資金稼ぎのために働き、25歳でついに渡英を果たす。やがて英語力こそ身につくが、風土などが自分には合わないと感じて2年で帰国。東京で再び生活に追われる日々に突入した末に疲れ果て、沖縄暮らしを経て岐阜県郡上に移住。2014年に郡上八幡にゲストハウス「まちやど」オープン。まちやど公式サイト

経験が活き、やりたいことがゲストハウスに集約された

― 思いがけず仕事を失って、それまのご自分では考えられないほどに思い切った決断をして、ふっ切れたのでしょうか。

木村さん:でしょうね。クビになったあと、出雲のほうに行って、ぐるぐるとあてもなくドライブしながら人生を振り返りました。その時間が私に、本当にやりたいことを気づかせてくれたんです。

― それがゲストハウスだった!

木村さん:はい。下宿、居候、社員寮、住み込み、ハウスシェア、ゲストハウス、一軒家とアパートでのひとり暮らし。住んだ場所の多さもさることながら、私ほど、いろんな人たちと、いろんな住まい方を経験した人は、そうはいないと思うんです。関係する資格も、かつて夜間スクールに通って取得していますし、“住”は自分にとってのキーワードでした。ここ郡上八幡を訪れる人の中には、町を気に入って、移住を考える人がいます。もちろん、それ以外にふつうの旅行でもいいのですが、自由に気軽に、暮らすように滞在できるところがあると、体験として深まりやすいじゃないですか。これまでの自分の経験に照らしても、そんな、誰かにとってのきっかけとなりうる場所をつくれたらいいだろうな、って思ったんです。

定期的に開催するマクロビオティックの夕食会。この日は十数名、宿泊客のほか、地域の人たちも集まった。

― ゲストハウスなら、ホテルよりも町との距離が近いですもんね。

木村さん:そうなんです。出会いも多いはずです。

― 木村さんのように、外からやってきた方だからこその視点が役立ちもします。

木村さん:そうそう、それで、イメージがどんどんわいてきたところに、いろんないいご縁に後押しされて、バタバタとあっという間にできちゃったんです。

ここで、役割を担えることへの喜び

― ぐんぐん導かれた感じが伝わってきます(笑)。

木村さん:「まちやど」はまだ、ゲストハウスとして完成形ではないけれど、この土地で自分なりの役割が果たせている感は少し持てていて、それが嬉しいです。この先もっと楽しくなるはずです。

― 役割が果たせていると実感できる。いいですねぇ。

木村さん:そう、“役割”は意識します。私は今、未婚で子どももいません。そんな私だからこそできることもありますよね。ちょうどよく、できる人ができることをすればいいと思うのです。家庭内に生じる役割…例えばこれからは介護が大きな課題ですが、必ずしも家族が担わなくても、もっと都合良く、上手にできる人がいれば、そのほうがいいと思う。地域のことも、たまたま縁あってやって来た人がうまくやれるなら、それもいいじゃないですか。役割も、やり方も、固定化させないほうがバランス良くまわると思います。

― 固定化させないというのは、選択肢があるということでもありますもんね。

木村さん:まさにそうで、私は、住む場所も住む人も、働き方も暮らし方も、どれもより自由に選べるほうが、本来自然だと思っています。私自身、そのために役立てたら嬉しい。

― ゲストハウスを通して機会提供することで、役立てますよね。

木村さん:はい。ほかに、移住相談のお手伝いもしています。

― ぴったりのお仕事ですね。木村さんなら、説得力があると思います。

よく立ち寄るお店で。今日は揚げたての串カツ!

郡上八幡を象徴する吉田川。高い橋の上から飛び込む子どもたちの姿が、夏の風物詩として知られる。

木村さん:「いいところばかりじゃないよ」と、最初に伝えます。それはどこであっても、本当のことですから。

― そうですね。そのうえで、やっぱり郡上八幡が好きですか。

木村さん:好きですよ。ここの人たちからは、地元への愛が伝わってきます。わが町が自慢で、誇りを持っている人が多い。私には、生まれ育ったところに対する郷土愛みたいなものがなかったので、うらやましいです。片思いではいけませんが、私がここにいることで、町にもプラスになるのなら、い続けたいと思います。

― 青森のご両親は、今の木村さんをどう思っていらっしゃるのでしょう。

木村さん:今は、認めてくれています。イギリスに行った時点で、この子を自分たちの希望に沿わせるのは「もう無理だ」と観念したみたいです(笑)。いくら言っても、経済制裁しても、効果がなかったから。そこからだんだん関係が良くなってきました。

― あはは。結果オーライですね。

木村さん:ですね。

木村聖子さんの「生きるヒント」『自分の足で立つ』やりたいことを実現するためには、まずは自分の頭で考えて、自分の足で立つことをめざさなければならないと思います。「そうゆうものだから」という、押しつけの考えに甘んじていてはそれまで。変な常識やしがらみが多い世の中、そうゆうものは苦労してでも捨てたほうが、自分を鍛えられてあとあといい。直感も大事。自分の気持ちに素直に動くのは素敵なことです。でもそれは、やるべきことにちゃんと向き合った経緯があってはじめて素敵なわけで、考えるべきこと、やるべきことを端折って、楽をして成立するものではないと思います。しっかり考えて、精一杯のプロセスを踏み、自分の足で立ってこそ、本当にやりたいことに近づけるのではないでしょうか。